16話「じゃがいもの収穫」
「アリー!
起きるのだ!
庭を見るのだ!」
翌朝、夜が明けきらぬうちに、フェルに起こされました。
「もう朝なの……?
水汲みして、朝食の準備をして、洗濯して……繕い物もしないとね……むむにゃむむにゃ……」
今日もやることがいっぱいです。
「寝ぼけてないで起きるのだ!
畑にじゃがいもの収穫に行くのだ!」
そうでした。
私はヴォルフハート王国に嫁いできたのです。
祖国にいたときのように、朝食の準備や繕いものをしなくても良いのです。
美味しいご飯を一日に三回ももらえて、服もお願いすれば新品をもらえるのですから。
昨日、種を撒いたじゃがいもが育っている頃だわ!
私はネグリジェを脱ぎ捨て、作業服に着替えました。
クレアさんに新しい寝間着をお願いするのを忘れたので、未だに毒蛾のようなデザインのネグリジェを着ています。
あのネグリジェは、デザインはともかく着心地は良いんですよね。
誰に見せる訳でもないので、このままあのネグリジェを使い続けても良いかもしれません。
私はベッドから起きて、髪をポニーテールにし、作業着に着替えました。
庭に行くと、青々としたじゃがいもの葉が畑一面に広がっていました。
庭の奥に作った果樹園には、膝丈に育った木が見えました。
すくすく育っていて嬉しいわ。
「さすがフェルの魔法ね!
植物の成長が早いわ!」
「あったり前なのだ!
僕はそのへんの妖精とは格が違うのだ!」
フェル以外の妖精を見たことがないから比較はできないけど、フェルは妖精の中でも優秀な部類に入っているようです。
「そうね、とっても凄いわ!」
私はフェルの頭を撫で撫でしました。
ふわふわの手触りがたまりません。
ずっと撫でていたいです。
「わーい、アリーに褒められたのだ!」
フェルも頭を撫でられて気持ちが良さそうです。
誰かに見られたら困るので、フェルには寝室にいる時以外は姿を消してもらっています。
「さぁ、張り切ってじゃがいもの収穫をするわよ!」
「おーー! なのだ!」
私が右手を勢いよく上げると、フェルもそれに続いて手を上げました。
◇◇◇◇◇
「王太子妃様、朝食のご用意が……ひゃあああっっ!!」
じゃがいもを半分ほど収穫したところに、クレアさんがやってきました。
いつの間にか、朝食の時間になっていたようです。
収穫に夢中になっていて、彼女が来たことに気づきませんでした。
朝食の前に、じゃがいもの収穫を終わらせたかったのですが、思ったより手間取ってしまいました。
「クレアさんおはようございます。
今日の朝食のメニューはなんですか?」
「僕、オムレツが食べたいのだ!」
フェルは姿を消しているので、彼の声はクレアさんには聞こえません。
「な、ななな……なんでじゃがいもの葉が茂ってるんですか……!?
だって、昨日畑を耕したばかりなのに……!」
クレアさんはじゃがいもの畑を見て、腰を抜かしたようです。
「え〜〜と、ここの畑は特別といいますか……」
妖精の存在を抜きで、植物の急成長をどうやって説明したら良いでしょうか?
何も考えていませんでした。
お城の人にじゃがいもを食べてほしかったのですが、怪しまれて誰にも食べてもらえないかもしれません。
それは悲しいです。
「も、もしかして……!
ノーブルグラント王国のじゃがいもは、ヴォルフハート王国のじゃがいもより成長が早いのですか?」
クレアさんが真剣な瞳で聞いてきます。
「あ〜〜、え〜〜と……」
面倒だからそういうことにしておきましょう。
「まぁ、そんなところですね……」
親切なクレアさんに嘘を付くのは心苦しいです。
「やっぱり、そうだったのですね!
ノーブルグラント王国は、大寒波の年も、日照りの年も、害虫が大量発生した年も、毎年豊作でした!
ヴォルフハート王国は大打撃を受けているのに、なぜノーブルグラント王国だけ収穫量が変わらないのか不思議だったのです!
植物の成長が早いから、被害を受ける前に収穫できたのですね!」
ヴォルフハート王国が貧しいのは、大寒波や、日照りや、害虫の大量発生などが関係しているようですね。
「僕がいる国は作物の成長が早くなるし、作物が丈夫になるのだ。
寒波や日照りなんかにびくともしないのだ!
僕のいる国で害虫の大量発生なんか、あり得ないのだ」
フェルが「えっへん」といって、腰に手を当てました。
フェルは、祖国の農作物に多大な影響を与えていたみたいです。
そうなると、フェルがいなくなったあとのノーブルグラント王国は……?
そんなことより、今はじゃがいもの収穫が先です!
収穫が終わったら、また種芋を植えなくてはいけません!
この国の民は飢えているのです!
皆にじゃがいもを食べて幸せな気持ちになってもらいたいです!
「クレアさん、朝食の前に収穫を終えたいんです。
クレアさんも、手伝ってもらえませんか?
収穫したじゃがいもを、お城のみんなに食べていただきたいです!」
「僕の加護を受けたじゃがいもの味は、僕が保証するのだ!」
クレアさんは俯いたまま、体をぷるぷると震わせていました。
やっぱり無理だったでしょうか?
お城のメイドさんに畑仕事を手伝わせるなんて……。
「王太子妃様!
わたし今日まであなた様を誤解してました!」
顔を上げたクレアさんの目には、涙が浮かんでいました。
泣かせてしまいました!
クレアさんは、泣くほど農作業をするのが嫌だったのでしょうか!?
「王太子妃様は、隣国でちやほやされて育ったので、金遣いが荒く、使用人に乱暴を振るう野蛮な方だと伺っておりました!」
私の悪い噂は皆が信じています。
クレアさんが真に受けても仕方ありません。
「ですが、その認識は間違っておりました!
自国から門外不出の種芋を持ち出し、自ら鍬を持って畑を耕し、お城の皆にじゃがいもを振る舞うような方が、そんなことをするわけありません!
王太子妃様は誰よりも、清く美しい心の持ち主ですわ!
その懐の深さと慈愛の精神はまるで女神!」
え〜〜と、それは過大評価な気がします。
横にいるフェルを見ると、ぶんぶんと首を横に振っていました。
そうですよね。
私は普通の女の子です。
「じゃがいもの収穫ですね!
喜んでお手伝いいたします!」
言うが早いか、クレアさんはメイド服のまま、畑に入っていきました。
彼女はワンピースの裾が汚れるのも気にせず、じゃがいもを引っこ抜いていました。
「手伝ってくれるなら、なんでもいいですね」
私はクレアさんと共にじゃがいもを収穫しました。
畑から収穫したじゃがいもは、大きな鍋二杯分になりました。
私は、収穫したじゃがいもの一部を包丁でカットして、また畑に植えました。
フェルがじゃがいもを植えた畑に魔法をかけていました。
これで、明日もじゃがいもを収穫できます。