11話「アリアベルタの願い」
「心配するな。
俺はお前のことを愛してないし、これからも愛することもない。
お前との間に子を作るつもりもない。
お前はお飾りの妻として、離宮で大人しくしていればいい。
いずれ時を見て離縁してやる」
王太子は眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私を睨み、冷たい声でそう言い放ちました。
それは、私としても好都合です。
王太子に離縁されたら、どこかの農村に移住し、フェルと一緒に畑を耕して暮らしましょう。
母の旅した道をたどるのも良いかもしれない。
母の生まれた村にも行ってみたいです。
「それだけだ」
王太子は要件だけ告げると踵を返しました。
今を逃したら、王太子と話す機会を永遠に逃してしまいます。
「お待ちください……!」
まだ、庭園の利用許可をもらっていません!
私は王太子に駆け寄り、彼の服を思い切り掴みました。
私が掴んだことにより、彼のシルクの服に皺が寄りました。
私に触れられるとは思っていなかったのか、王太子が目を見開いています。
私に触れられたのがそんなに嫌だったのでしょうか?
「放せ、私に触れると汚れるぞ!」
彼は鋭い目つきで私を睨みました。
「放しません!」
王太子に冷たく突き放されても、負けません。
庭園を畑にしてじゃがいもを植えるんです!
お城の皆にじゃがいもを配るんです!
茹でたてのじゃがいもを、ふーふーしながら食べるんです!
そのためには、ここで引き下がるわけにはいきません!
「そなたのことを、愛することはないと言ったはずだ!」
「あなたの愛などいりません!」
ピシャリと否定すると、彼は少しだけ動揺していた。
彼を傷つけてしまったでしょうか?
式場で悲しげな表情をしていた彼を思い出し、胸が苦しくなりました。
「愛はいらないが子供だけは欲しいと言うわけか? 強欲だな」
彼は吐き捨てるように言い、フッと笑いました。
彼は何を勘違いしているのでしょうか?
先ほど抱いた罪悪感を返してほしいです。
「愛も子供もいりません!」
私はきっぱりと言い切りました。
私にそう言われるとは思っていなかったのか、王太子殿下は少しだけ困惑しているように見えました。
「なら、なぜ俺を呼び止めた?」
「庭を……」
「庭?」
「離宮の庭園を私に貸してください!
あとガーデニング用品と作業着も!」
私は彼の顔を真っ直ぐに見据えてそう伝えた。
私の提案に王太子は面食らったようで、目を大きく見開き、口を少し開けています。
ですが、彼はすぐにいつもの冷たい表情に戻りました。
「我が国では不作が続き、宮殿で働く庭師すら農業に従事している。
だというのに道楽で花を育てたいだと?」
彼は私の願いに眉根を寄せ、こう答えました。
「庭園を貸してください」とは言いましたが、花を育てたいとは一言も言ってません。
クレアさんも、王太子も、私が育てたいのは花だと勘違いしています。
王族が庭でじゃがいもを育てるとは思わないでしょうから、そのように取られても仕方ないのかもしれません。
「言っておくが、花にくれてやる肥料はないぞ」
王太子は凍てつくような瞳で、私を睨みました。
「肥料はいりません。
クワとスキとスコップなどの用具と、作業着を貸してくださればそれで十分です」
私も彼に負けないように、キッと彼の顔を見据えました。
私達の間で、しばしのにらみ合いが続きました。
「おかしな女だ。
いいだろう。
庭は好きに使え。
道具はあとで届けさせる」
それだけ言うと、王太子は部屋から出ていきました。
「はぁ……疲れました」
彼が去ったあと、一気に疲労が押し寄せてきました。
私は、その場にへなへなとしゃがみこんでしまいました。
ですが王太子から、庭園の使用許可を取ることができました。
その上、道具や服も貸してもらえます。
これで、明日から庭園を自由に使えます。
明後日には、じゃがいもの収穫が出来ます。
お城の人たちにもじゃがいもを食べてもらえると思うとわくわくします。
きっと、お城の皆さんに喜んでいただけるはずです。
皆の笑顔を想像したら、体の底から力が湧いてきました。
「明日から忙しくなります。
今日はもう休みましょう」
私はジャネットに施されたメイクを落とし、休むことにしました。
すでに眠っているフェルを起こさないように、そっとベッドに入りました。
「失敗しました。
どうせなら、使いやすい寝間着や普段着も用意してもらえばよかったわ」
私が今持っている服は、
ジャネットが用意した派手派手なドレスと、毒蛾のようなナイトドレス、
それから、お母様の形見のドレスだけです。
ハデハデなドレスは重くて使いにくいので、普段使いには向きません。
明日から、昼間どんな服を着て過ごしましょう?
最悪、王太子に用意してもらう予定の作業着で過ごすしかありませんね。
見た目より、動きやすさ重視ですから。
クレアさんと親しくなったら、街に連れて行ってもらおうかしら?
派手派手なドレスを売りに出せば、いくらかのお金になるはずだわ。
それで、普段使いのワンピースや、必要な物を買い揃えられるかもしれません。
そのことは明日以降考えましょう。
今日はもう眠いです。
「お休みなさい、フェル」
フェルの頭をそっとなで、彼と共に眠りにつきました。
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