10話「初夜」
結婚式のあと、お披露目パーティーも、パレードもありませんでした。
私は馬車に乗せられ真っ直ぐに離宮に帰されました。
式にはたくさんの貴族が来ていたが、国王夫妻の姿は見えませんでした。
王太子の結婚式に、国王夫妻が式に参列していないのには、何か理由があるのでしょうか?
王太子殿下に質問しても、教えてくれませんよね。
離宮に帰り、私はゴテゴテしたウェディングドレスを脱ぎ捨てました。
コルセットがきつくて、苦しかったのです。
縦ロールと厚化粧はそのままです。
化粧も落としたいのですが、それはジャネットが許してくれません。
重たいウェディングドレスを脱いで、安堵したのもつかの間。
「アリアベルタ様、初夜の準備をします」
ジャネットがナイトドレスを持って来ました。
彼女が持って来たのは、猛毒を放つ蛾の羽根のような、悪趣味なデザインのナイトドレスでした。
契約結婚ですし、王太子殿下は私を嫌っています。
きっと彼は、初夜でも私の部屋に来ないでしょう。
それを差し引いても、このデザインのナイトドレスはありません……。
悪趣味が限界突破しています。
ひと目見ただけで、夢に出てきそうなデザインです。
フェルではありませんが、ジャネットに対して「早く国に帰って」と言いたくなりました。
◇◇◇◇◇
その夜、離宮にて――
「初夜……なのよね」
現在、私は枕を抱きしめてベッドの隅にうずくまっています。
王太子殿下は私を嫌っているから、初夜に離宮を訪れるとは思いません。
しかし、来ないからといって眠ってしまってよいのか……悩みます。
誓いのキスもフリだけだったことを考えると、彼が初夜に私の部屋に来る可能性は限りなく低いでしょう。
しかし今夜王太子殿下に会えないと、次に彼に会えるのがいつになるかわかりません。
彼と話せないと、いつまで経っても庭園の使用許可を貰えません。
それは困ります。
教会では彼に庭園のことを話す機会がありませんでした。
それならば、披露宴やパレードで……と思っていたのですが、披露宴もパレードも行われませんでした。
クレアさんのお話では、この国の民は飢餓に苦しんでいます。
宮殿の庭師すら、農業に駆り出されるほどです。
一日も早く畑を作り、国民にお腹いっぱいじゃがいもを食べさせてあげたいのです。
果物の種は日持ちしますが、種芋の方は時間が経ちすぎると腐ってしまいます。
そうなっては元も子もありません。
なので、なるべく早く庭の使用許可をいただきたいのです。
だから、できれば王太子殿下に今夜部屋に来てもらいたいです。
もし、王太子殿下が今日この部屋に来なかったら、明日私の方から彼に会いに行きましょう。
彼は私を歓迎しないでしょうが、ことは急を要するのです。
なりふりかまってはいられません。
「王太子はまだ来ないのだ?
僕、もう眠いのだ……」
フェルがまぶたを擦りながら、大きなあくびをしました。
彼は姿を消して私についてきてくれます。
頼もしいボディーガードです。
午後十時、普段ならとっくにフェルが眠っている時間です。
「ごめんね、フェル。もう少し我慢して」
王太子にいかがわしいことをされそうになったら、フェルに眠りの魔法をかけてほしいのです。
だけどその前に、フェル自身が眠ってしまいそうだわ。
まぁ……誓いのキスもフリで済ませた方が、襲ってくるとは思えないのですが……。
念には念を入れて置かなくては……!
「もう、限界なのだ……」
フェルが枕に頭を乗せ、クークーと寝息を立てました。
「フェル、起きて……」
しかし、彼はぐっすりと眠ってしまったのか、私の言葉が届いていないようです。
そのとき、廊下を早足で歩いてくる足音が聞こえました。
この足音は、ジャネットではなさそうです。
足音に気を取られていると、扉が乱暴に開かれました。
扉の向こうには、王太子が立っていました。
「王太子殿下……!」
彼は黒いジュストコールを纏っていました。
本当に訪ねて来るとは思いませんでした。
フェルは、眠ってしまったし……どうしましょう!?
どうしていいかわからず、私はあたふたしてしまいました。
私は立ち上がって、王太子に向かって頭を下げました。
「王太子殿下、ようこそおいでくださ……」
「悪趣味だな」
王太子殿下は私の言葉を遮り、私のナイトドレスを見て眉をしかめました。
このナイトドレスは、私の趣味ではありません。
好きで着ているわけではないのですが、面と向かって「悪趣味」と言われると傷つきます。
「殿下が、お越しになるとは思いませんでした」
「今日は初夜だ。
侍従が煩いから顔を見に来ただけだ。
すぐに帰る。
お前も血なまぐさい男に触れられたくはないのだろう?」
「それは……」
王太子殿下に「化け物」と言ったのはジャネットです。
一介のメイドにすぎないジャネットが、王族を誹謗中傷したことが知られたら、彼女の命はないでしょう。
ジャネットは嫌な子だけど、死んでほしいとまでは思っていません。
なので、彼に本当のことは言えません。