1話「殺戮の王太子に嫁ぐことになりました」
「アリアベルタ。
ノーブルグラントの第一王女として、ヴォルフハート王国の王太子に嫁いでもらいたい。
異論はないな?」
「っ……?」
突如、玉座の間に呼び出され陛下から告げられた言葉に、私は驚いて声が出ません。
「レオニス様って殺戮の王太子とか、戦鬼とか呼ばれているのでしょう?
怖〜〜い。
わたくしが嫁ぐのではなくて良かったわ〜〜」
異母妹のシャルロットが、美しい顔を歪め、クスクスと笑っています。
「愛人の娘であるアリアベルタも、ようやく役に立つ日が来たか」
異母兄のバーナードお兄様が、綺麗な金髪をかきあげ、フッと笑いました。
「国境の付近でモンスターの襲撃に遭い、あわやというところを運良く隣国の王太子に助けられた。
その折、余は王太子に『王女を嫁がせる』と約束してしまったのだ」
「お父様のお話を聞いて、わたくしびっくりしたわ。
隣国は貧しい小国。
しかも王太子自ら剣を取り戦い、その身はモンスターの返り血で汚れているというではありませんか。
わたくし、そのような方に嫁ぎたくありませんもの」
「そうだな。
可愛い娘をそんな男のところには嫁がせられん。
しかし約束は約束だ。
そこで思い出したのがアリアベルタ、お前のことだ。
愛人の子とはいえ、お前も一応は王女だからな。
嫁ぐのはお前でも構うまい。
アリアベルタよ、シャルロットの代わりに隣国に嫁いでくれるな?」
陛下の有無を言わせぬ物言いに、私は頷くしかありませんでした。
「はい、陛下」
バーナードお兄様とシャルロットは正室の子。
二人は整った顔立ちにプラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳、陶磁器のようにきめ細やかな白い肌を持っています。
対して私は陛下が街場に散策に出た折に、立ち寄ったカフェで働いていた女性の娘。
私の髪は茶色、瞳は緑、顔立ちも平凡、顔も程よく日焼けしていました。
レモンイエローの可憐なドレスをまとった妖精のように愛らしいシャルロットと、母の古着を直して着ている冴えない私。
陛下にとってどちらが大切なのか、一目瞭然です。
◇◇◇◇◇
私の名前はアリアベルタ・ノーブルグラント。
父は国王で、母は平民出身で陛下の愛人でした。
もっとも母は父の愛人になるつもりなどありませんでした。
母がカフェで働いているとき、お忍び姿の父に熱心に声をかけられたのです。
母はそんな父にほだされ、貧しくとも温かい家庭を築こうと父のプロポーズを受けました。
ですが父は国王で、父には正室と正室の間にできた子供がいました。
そして母には愛人の地位と、庭付きの離宮での窮屈な暮らしが与えられました。
そのとき母は、すでに私を身ごもっていたので、お城を出ることはできなかったのです。
父が離宮を訪ねてくることはほぼなく、離宮で育った私の世界には母しかいませんでした。
そう……人間では。
母は私を沢山愛してくれました。
母が生きている時は食事や衣服が提供され、望めば本や勉強道具も与えられました。
離宮から出られない不自由はあったけど、それでも母が生きている間は幸せでした。
母が亡くなったのは八年前、私が十歳の時。
母が亡くなった日、父が離宮を訪ねてくることはありませんでした。
小さな葬儀が行われ、参列者は私だけでした。
それから離宮には、ほとんど何も届かなくなりました。
日に三度届いていた食事は二日に一度に減らされ、服や本のたぐいは一切届かなくなりました。
私の身体が成長するにつれ、子供の頃に貰ったドレスでは窮屈になりました。
なので私は、仕方なく母が生前着ていたドレスを直して着ています。
母が生きているときには柔らかいパンや、温かいスープや、ふわふわのオムレツが出ました。
母の死後提供されるのは、カチカチのパンと、腐りかけの果物と、生のじゃがいもだけです。
それでも私は今日まで生き抜いてきました。
……彼が側にいてくれたから。
※中編を大幅に改稿し長編化しました。長編化にあたり中編版の内容と差し替えました。2025年1月20日
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【書籍化のお知らせ】
この度、下記作品が書籍化されました。
タイトル:彼女を愛することはない 王太子に婚約破棄された私の嫁ぎ先は呪われた王兄殿下が暮らす北の森でした
著者:まほりろ
イラスト:晴
販売元:レジーナブックス
販売形態:電子書籍、紙の書籍両方
電子書籍配信日:2025年01月31日
紙の書籍発売日:2025年02月04日
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まほりろ