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過去からの贈り物

作者: 葉月



雪がしんしんと降る中、私は正月休みを満喫していた。昔なら年が開ける瞬間をテレビの前でカウントダウンしたが、もうそんな事もしなくなり、眠気に負けて年越しの瞬間は夢の中だ。

眠い眼を擦りながらテレビを点ける。画面の向こう側は毎年のように流れるお笑い番組だ。横目で見ながらお気に入りのティーパックを戸棚から取り出してマグカップに入れる。そこに沸いたばかりのお湯を注ぎ、ケトルと共にテーブルへ運ぶ。

正月だからといっておせち料理が我が家にあるわけでもなく、トーストを焼いて簡単に食事を済ませようとしていたその時。ニュースに切り替わったテレビから聞いた事がある名前と見た事ある顔が流れた。


『昨年11月に東京都世田谷区の住宅で50代の夫婦と20代の娘が殺害された事件で、事件後、行方が分からなくなっていた娘の夫の小野田達彦おのだたつひこ容疑者31歳が、本日未明3人を殺害した容疑で逮捕されました。事件発覚は近所の人からの──』



小野田達彦。


私の元恋人だった。




3年前くらいに、風の噂でいいとこのお嬢様と結婚した事は知っていた。婿養子になったと聞いていたので、苗字は変わっていたがテレビで見た顔は昔と変わっていなかった。

噂話の最中、彼女の実家がお金持ちだとか資産家だとか誰かが言っていた。皆でどうせ遺産目当てだろう話していた。どうせ上手いこと言って女性家族に取り入ったのだろう。口先は上手だったのを今でも覚えている。今回の殺害もお金欲しさに行った犯行だと供述しているとアナウンサーが伝えている。




達彦と付き合っていたのは今から5年前の頃だ。当時、大学生で居酒屋で友人と一緒にアルバイトしてる時に声を掛けられた。達彦は私より6つ歳上だった。何度も店に顔を見せては私に話し掛けるので、店を出禁になっていたが、それからは店の外で私のバイトが終わるのを待っていた。

何度かデートに誘われて、友人は「止めた方がいい」と言っていたが、異性の友人もいなければ男性経験も無かった私はすっかり舞い上がり、誘われるがままに出掛けていた。達彦から告白された時は今までで1番幸せだと感じていた。


達彦はとても優しく私の希望を何でも優先してくれた。欲しいと思った物は買ってくれたし、私が行きたいと言った場所にも喜んで車を出してくれた。もちろん、私はその分お礼もしたし、彼の言う通りに予定を調整したりしていた。

しかし、交際が長くなるうちに達彦は自分の思い通りに私を支配し始めた。友人関係や実家との連絡頻度、アルバイトのシフトにまで口を出し始めた。さらには、私の欠点を並べ立て直すように言ってきた。出来なかったり、断ると怒鳴りつけ、暴力を振るう事もあった。私を殴った後は謝罪と「私のために言っている」と優しく抱き締めてきた。


達彦は常に「私のため」を免罪符にしていた。

私はいつしか達彦が異常だと分かっていても、優しかった頃を知っているだけに達彦から離れられなかった。達彦はそんな私を見抜いていた。

そんな状態の私を友人達は本気で心配し、半ば無理やり私と達彦を別れさせた。連絡先も消去され、二度と会えないように引越しもした。別れた当初は達彦を忘れられず友人達を恨んだが、そんな私を見捨てなかった友人達のお陰で、半年も経てば吹っ切れていた。友人達には感謝してもし切れず謝罪ばかりしていたが、皆は笑って許してくれた。

「当時は若かったな……」

誰に言うでもなく、トーストを齧りながらポツリと呟く。


別れた後にだが、実は達彦は何度も暴力沙汰や借金等でトラブルを起こしていた事を知った。私には隠していたようで、全く気付かなかった。家にも誘われた事がないので、恐らくバレるのを避けたかったのだろう。大きなトラブルになる前に別れて良かったとつくづく思う。

何年も前に別れた相手の事はもう私には関係ない話だと思い、チャンネルを変えようとリモコンを手にする。すると、スマホの通知音が鳴った。新年の挨拶かと思いきや友人達からだった。もしかしてニュースの件かなと思いメッセージを開く。

案の定、達彦の件だった。昔の関係者にも連絡が入るかもとあったが、既に連絡先も知らないし住所も変わっているから私は何も知らない。その他、達彦の詳しい情報も載っていたがサッと目を通しただけで済ませる。何処で調べたのか、どうやって結婚したかとか殺害した方法とかも憶測だろうが教えてくれた。関わりたく無いので「私は大丈夫」とだけ伝え、コーヒーでも飲もうと空のカップを持ちながら立ち上がる。


すると、部屋にチャイムが鳴り響いた。新年早々何だろうと思い、モニターを見ると荷物が届いたようで運送業者が部屋の前に立っていた。慌てて出て、荷物を受け取り宛名を確認すると実家からだった。母が何か送ってくれたのかなと思い、配達員にお礼を言う。配達員が去ったのを確認し、中に入る前に段ボールを玄関に置いておこうと思い荷物のテープを剥がす。








突然、目の前が真っ白になり気を失った










重い瞼を開け、視界に飛び込んで来たのは見た事ない白い天井だった。何処にいるのか理解出来ず、周囲を見ようと首を左右に動かそうとする。だが、鋭い痛みがありスムーズに動かせない。ゆっくり動かすと、左側には大きな窓があり、テレビ台等が置いてある。右側はクリーム色のカーテンで閉められているので確認出来ないが、ベッド柵が見えるためどうやら病院らしい。



どうして病院にいるのか分からなかったが、動かせる範囲で手足を動かして見るが、足より腕の方が痛みが強い。触れる範囲で身体を触ってみると頭と腕から手に掛けて包帯が巻かれているようだ。ズキズキと痛むためどうしようか悩んでいるとちょうど看護師が巡回に来た。

「小林さん、目が覚めたんですね!!体調はどうですか??」

「………えっとよく分かりませんがズキズキ痛みますね」

「すぐ、先生呼んできますね」

私の血圧等を測ってから看護師は先生を呼びに行った。


しばらくして先生がやって来て、私の怪我を確認し、意識がはっきりしているか、記憶はどうか詳しく訊ねてくる。

「怪我はまだ痛むと思いますので鎮痛剤を出します。まだ起き上がるのは大変だと思うので安静に、食事も難しいと思うので点滴等で栄養と水分補給で」

「……あの、どうして私病院に??」

「…すみません、説明がまだでしたね。小林美里こばやしみさとさん、あなたは事件に巻き込まれたようです」



先生の説明によると、どうやら私は爆発によって大怪我をしたらしい。火傷を負い飛散した物で裂傷もある。病院に運び込まれてから2週間が経過していたが、それまで私はずっと眠っていたらしい。全治2ヶ月との診断だった。

私宛に届いた荷物に爆発物が仕込まれており、封を開けると爆発する仕組みになっていたらしい。何故、実家から届けられた荷物に爆発物があったのかは分からない。その辺は今警察が調べているとの事だった。

「警察には目を覚ました事は連絡しますが、まだ重症の身です。面会は私が許可するまではしないように伝えておきますのでゆっくり休んでください」

「………分かりました。あの、家族には…」

「アパートの大家さんが緊急連絡先であるご実家と職場に連絡してくれたそうで、ご両親は一度病院に来られたようです。ですが、まだ眠ってらしたので戻りました。再度連絡しておきます」

「…ありがとうございます」



それから1週間は点滴と火傷の処置をされながらただただ寝て過ごしていた。正月休みも終わり、会社にも出勤しなければならなかったが、大家さんが事情を話してくれたようで休みを貰っている。申し訳ないなと思いつつ、何故こんな目にあったのか謎だった。

午前の点滴が終わり、午後2時になった頃だろうか。病室をノックする音が聴こえたので返事をすると先生と看護師の他にスーツ姿の男性2人が入って来た。

「小林さん、刑事さんがお話を聞きたいと来られました。一応、ゆっくりなら話せると思うので20分だけ許可しましたので」

「こんにちは、小林さん。本庁の柏木かしわぎと申します」

「練馬署の間口まぐちです」

2人とも警察手帳を見せながらそれぞれ名を名乗る。

「静養中申し訳ありませんが、少しだけお話を伺えますか??」

柏木は丁寧に話してくるが、その顔は拒否権は無いとでも言いたげだった。ゆっくり頷くと看護師が用意してくれた椅子に2人とも座る。私が話しやすいようにベッドも少し上げてから、先生達は部屋を後にする。


先生達が去ったのを確認してから柏木が口を開く。

「さて、早速で申し訳ありませんが単刀直入に訊きます。犯人に思い当たる節はありますか??」

「………ありません。ここ最近、会社とアパートの往復ばかりで友人にも会ってないです」

「職場の人から恨みを買うような覚えはありますか??」

少し考えるが、自分ではそんな事をした覚えは無い。

「…私個人ではそのような事をした記憶は無いです。私が知らないところで機嫌を損ねたりして、恨んだとかなら分かりません」

「では、交友関係ではどうですか??」


一瞬、逮捕された達彦が浮かんだが、今の住所はもちろん、実家の住所も教えてないので知らないはずだ。

「いいえ、ありません」

「……そうですか」

私が断言したのが気になったのか、柏木が怪訝な顔をするがそれ以上は訊かなかった。その代わり、今度は間口が話し出す。

「荷物の発送先を調べたところ、小林さんのご実家付近の配送業者からでした。ご両親に確認したところ、確かに荷物は送ったと事で、中身は日持ちするレトルト食品等だったそうです。何故、荷物に爆発物があったのかは分からないそうです」


問題は何故荷物に爆発物が入っていたかだ。警察もそこが分からないので私の話を聞きたかったらしいが、残念ながら無駄足で終わりそうだった。

「会社の方にも確認しますので、念の為ここ最近で交友があった方を教えて頂けますか??小林さんが心当たり無くても、何か気付く点があると思いますので。もちろん、相手方にご迷惑はお掛けしませんので」

「……分かりました」

取り敢えず、会社の同僚と上司、そして連絡を密に取っている友達数人を教えた。言おうかどうか迷ったが、後から追求されるのも嫌なので達彦の事も伝える。


「……関係無いと思いますが、もう1人」

「誰ですか??」

「……元日に、殺人事件の容疑で逮捕された『小野田達彦』です」

達彦の名を出した途端、2人の顔が険しくなった。

「あの世田谷区の事件ですか??どういうご関係ですか??」

「……5年前、交際してました。ですが、実家の住所は教えてませんし、今住んでいる住所も教えてません。連絡先も変えましたし、向こうのも消しました。なので、関係ないとは思いますが…」

「分かりました。念のため確認します。では、今日のところはこれで失礼します」

柏木はそう言うと席を立ち、間口が慌てて頭を下げながらそれに続き2人は退室した。


久々に沢山話したからか少し疲れてしまい休む事にした。だが、ベッドが起き上がったままだったので直して貰おうとコールを押して看護師を呼ぶ。すぐに看護師が来てくれて、ベッドを下げてくれるようお願いするが「ちょっと待って」と言われる。

「もう1人、お見舞いにいらしてるのよ。会社の方が5分で終わるからって言うので、今連れて来るわ」

会社の人と聞いて、女性の先輩か同僚だと思っていたが、病室に現れたのは島原主任だった。


「元気……では無いな。調子はどうだ」

「し、主任!?」

島原悠人しまばらゆうとは同じ部署の上司だった。まさか男性社員が見舞いに来るとは想定外で、スッピンでしかも包帯を巻かれている姿を見られるのは流石に避けたかった。

「どうして主任が……」

「近くまで来る用事があってな。そのついでに小林の今後のスケジュールを伝えようと思ったんだ」

「メールか電話くだされば対応しましたのに…」

「ついでだ。悪いな、見舞いも何も持って来てなくて」

「……いえ、まだ食事は取れないのでお構いなく」

「そうか。まだ本調子では無いから手短に済ませよう。今後だが……」


島原は簡単に私のスケジュールを説明してくれた。まずは治療優先。退院許可が降りて、職場復帰が可能になったらしばらくは時短勤務。本調子になったら通常勤務との事だった。体調優先してくれる会社の方針に感謝しつつ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「すみません、ありがとうございます」

「気にするな。小林がいない穴は何とかカバーするから、焦らずゆっくり治せ。それじゃ、お大事に」

島原はそう告げると椅子から立ち上がり、病室を後にした。


立て続けの来客に疲れ、私はそのまま眠ってしまった。次に目を覚ました時はベッドが直されており、外は真っ暗だった。随分長い時間眠っていたようで体力が落ちているのがよく分かる。早く治さなきゃなと思いつつ、今は寝ている事しか出来ないのがもどかしい。


だが、時間はたっぷりある。

何故私が事件に巻き込まれたのか、私なりに考えてみようと思った。

まず分からないのが犯人の動機だ。年が開ける前の行動で、何か犯人に恨みでも持たれるような事が無かったか思い返す。だが、警察にも話したが会社とアパートの往復だった。その間、帰りにスーパーに寄ったりといった日常の買い物はしているが、そこで親しい人と会ったりもしていないしトラブルも起こしていない。

となると、やはり社内だ。

だが、同僚ともランチを一緒にする程度で、コミュニケーションも最低限にだが、円滑に取るようにしている。業務上のミスも最近はしていない。期日も守っている。誰かに失礼な態度を取ってしまったのか、やはり知らないうちに恨みを買ったのだろう。頭を悩ませていると、看護師が来て新たに点滴を始めて行った。



それから数日は見舞いも無く治療に専念出来る平穏な日々だった。

だが、奇妙な事が起こった。島原からお見舞の品が届いたのだが、その中身が奇妙だった。食事を取るのがまだ難しいと伝えているのに、何故かフルーツの盛り合わせが届いた。看護師達に渡す事は出来ないのでどうしようと思いつつ、包みを開ける。すると、フルーツの甘酸っぱい匂いの中に思わず顔を背けたくなるような匂いがした。


ゆっくりフルーツを動かしていくと、底の方に黒くて柔らかい塊があった。恐らく、腐ったフルーツだろう。その腐臭が甘酸っぱい匂いに混じって不快な臭気を発していた。周りのフルーツにも影響が出ており腐りかけている。このままでは匂いで気分が悪くなると思い、島原には悪いが看護師に頼んで捨ててもらう事にした。


その翌日に、今度はお菓子の詰め合わせが届いた。流石にお菓子は腐ってないだろうと思うが、念のために封を開けて中身を確認する。箱の蓋を持ち上げて中を見てみると、中身は様々な焼き菓子が個包装されており、不審な点は無さそうだ。食べられそうな物は無さそうだが、退院してからでも食べられるだろうかと思い、賞味期限を確認する。すると、期限は2週間も前に切れていた。気にしない人は気にしないだろうが、それでも見舞いの品では有り得ない。


全部切れているのかと思い、1つずつ確認しようとお菓子を持ち上げる。

「ひっ………!!」

思わず持ち上げたお菓子を落としてしまった。お菓子の下にはビッシリと虫の死骸が敷き詰められていた。慌ててコールで看護師を呼んだ。呼ばれて来た看護師もこれには悲鳴を上げる。

「な、なんですかこれは!!」

「……分かりません。賞味期限が切れていたので、全部確認しようとお菓子を持ち上げたら……」


全身がゾワゾワして思わず身震いする。看護師は手袋をしながらお菓子の蓋を閉める。

「こちらは全て処分で宜しいですね??」

「お願いします。……それと、会社の人からの見舞いは断ってもらっていいですか??」

「その方が良さそうですね。一応、警察にもお話しましょうか」

「……はい。そうすると、処分しない方がいいですか??」

「……こちらで保管しておきます」

そう言うと看護師は急いで病室を後にした。私は一気に全身の力が抜け、ベッドに身体を預ける。


どうして立て続けにこんな事が起こるのだろうか。今のところ、島原からのお見舞しか来ていないので、島原が直接腐らせたりしているのだろうか。でも島原と何か揉めたりした記憶は無い。郵送等で送られている形跡は無いので、病院に届けられてから私の手元に来るまでの間に仕込まれているのだろうか。でも、理由が分からない。病院の関係者に私を恨んでいる人がいるとは思えない。


そんな事を考えているうちに、警察がやって来た。前回同様に柏木と間口だった。挨拶もそこそこに柏木は話を急いだ。

「不審な物が届いてるとお聞きしました。体調の方は如何ですか??」

「今のところ、特に問題無いです」

「そうですか。先程、看護師から届いたお菓子は預かりましたので、これから調べます。昨日も届いたようですが…」

「昨日はフルーツだったので、看護師さんに処分をお願いしてしまいました……。残っていれば調べられると思いますが…」

「聞いてみます」

間口はそれだけ告げると看護師の元へ走った。


「数日間、調査しましたが小林さんの交友関係では疑わしい人は浮かびませんでした。もちろん、逮捕された小野田達彦も調べました。ですが、小野田は小林さんの連絡先も知らないし、荷物が発送された日は家族で九州にいたとのアリバイも確認出来ました」

柏木の言葉に安心したが、柏木は険しい顔のままだ。

「社内の人かと思いそちらも調べました。……お見舞を届けてくるのは社内の人でしたよね??」

「はい、島原主任です」

「彼にも話を訊きましたが、思い当たる節が無いとの事でした」

「………そうですか」

まさか島原が犯人なのだろうか。普段は優しく部下もあまり咎めたりしない上司だが、心の底では恨まれていたのかもしれない。


柏木の報告を聞いていると、慌ただしい音が廊下から響いて来た。私の病室の前で止まったと思うと「柏木さん!!」と間口が荷物を抱えながら入って来た。

「間口、ここは病院だ。静かにしろ」

「すみません!!……ですが、小林さん宛にまた届きました」

「えっ??」

間口の報告に血の気が引いていくのがはっきり分かった。思わず身構えると、私の代わりに柏木が手袋をしながら荷物を受け取る。

「看護師に話を訊きにナースステーションに行ったんです。すると、その荷物を持ちながら話しているのを目撃しました。いつもなら窓口で受付けて病棟まで持って来るそうなんですが、今回は郵便で届いたようです」


「小林さん、確認して頂いて宜しいですか??」

柏木が私に見せてくる。大きさはシューズケースくらいの大きさで水色の包装紙と青のリボンで梱包されている。住所は病院で宛名は私宛になっていた。品名は「お見舞品」と書いてある。だが、送り主は知らない人だった。

「……全く知らない人です」

住所も行った事ない場所だし、名前も心当たりがない。

「開けても宜しいですか??」

「はい」

柏木がリボンを取り外し、包装紙を丁寧に開いていく。中身はクリーム色の蓋に茶色の箱だった。柏木がゆっくり蓋を開けると「うっ!!」と呻き声を上げる。間口が不思議そうな顔をして箱の中を覗くと「うわっ!!」と声を上げ、口元を抑えながら後ずさる。


刑事2人の思わぬ反応に恐怖心が増すが、恐る恐る中身を見てみる。

「えっ……」

箱の中には透明なケースが入っており、さらにその中には全身をバラバラに刻まれた猫が入っていた。お腹の底から何かが込み上げてくるような感覚がして、思わず口を手で塞ぐ。何も食べていなくて助かった。でなければ胃の中の物を全て吐き出していただろう。刑事2人も何も言えず、ただ刻まれた猫を見ていたが、柏木が蓋を閉めて再度梱包し直す。

「……送り主の住所に行って話を訊いてきます。何かありましたら連絡しますので、どうぞゆっくり休んでください」

「………はい、ありがとうございます」

私がゆっくり頭を下げると、柏木も頭を下げ間口に「行くぞ」と告げ病室を後にした。



それから1週間は何も起きなかった。柏木達も訪ねて来ないので静かだった。私の怪我の方も順調に回復しており、食事もお粥だが食べれるようになった。まだ細かい手の動作等は傷が痛むが、それでもだいぶ回復したと思う。お昼も食べ終え、何もする事がなく早く退院したいと思って過ごしていると、私に面会だと看護師が告げに来た。島原かなと思ったが、入って来たのは柏木達だった。

「こんにちは、小林さん」

何時もの険しい表情ではなく、珍しくにこやかな柏木に戸惑ったが、会釈で挨拶を返す。

「お疲れ様です。あの……今日は…??」

「今日は報告に参りました」

そう言いながら柏木は椅子に腰掛けた。

「報告ですか??」


「えぇ。小林さん、昨日犯人を逮捕しました」

「えっ!?」

突然の朗報に驚くと、2人はとても嬉しそうだった。

「長らく不安な日々を過ごされたでしょう。もう安心して大丈夫です」

「犯人は誰ですか??」

「あなたの会社の島原悠人でした」

「主任が!?」

「はい。島原の近辺を調べ上げ任意で事情聴取したところ、全て自白しました」

確かに見舞の品を届けてくれたのは島原だったが、私を狙う動機が分からない。困惑していると、柏木が説明をしてくれた。


「島原には現在、交際している女性がいます」

その女性(仮にAとする)が、なんと元日に逮捕された小野田達彦と昔付き合っていたそうだ。Aは達彦の事が大好きだったが、振られてしまった。達彦はAと別れてすぐに私と付き合った。達彦の事が大好きだったAは、達彦を私が奪ったと思っていたらしい。でも、略奪してまで復縁を望まなかった。失恋の傷を慰めるように友人の紹介で知り合った島原と交際を始めた。


交際は順調で、平穏な日々を過ごしていたがあるニュースが耳に入った。達彦の家族が殺害された。そして達彦は行方不明になっていた。その事をAは島原に告げた。Aの事を傷つけた達彦の事を恨んでいた島原は、達彦をどうにか見付けられないか探したが、どこを探しても見付からなかった。


だが、違う標的を島原は見付けた。Aの職場に部署は違うが、私と達彦との事を知っている友人のうち1人が働いていたのだ。職場で行方不明になっている達彦が、私の元カレだと話していた。それを聞いたAが友人から詳細を半ば無理やり聞き出した。それを島原に伝え、達彦を見付けられなかったので、代わりに私を標的にしようと思ったらしい。


「あの、荷物は??部屋に届いた荷物はどうしたんですか??」

他にも聞きたい事はあったが、それよりもまず実家から送られて来た荷物の確認が先だった。

「それも島原の犯行です」

なんでも母が荷物を私のアパートではなく、会社に送ってしまったらしい。私が休みの日に会社に届いてしまったので、出勤していた島原が受け取った。私が出勤したら渡そうと思ったらしいが、荷物に爆発物とか仕込めば最悪私を殺せると思いそのまま預かった。ネットで爆弾の作り方を調べ、材料を買い自分で作った。そして、荷物に爆発物を仕込み再度実家の住所で配送手配をする事にした。だが、実家の住所と同じ地域から発送しなければならないので、休日にAに旅行と偽って私の地元に誘い出した。そして道の駅等を行程に組み込んで、実家にお土産を買うとAに伝えた。もちろん、発送業者は母と同じ業者を使用し日付指定で送った。


「そこまで……」

手の込んだ犯行に開いた口が塞がらない。それに、私を狙った動機が信じられなくて驚愕した。達彦の元カノの話なんて聞いた事ないし、お互い終わった事なのに未だに根に持つ事が恐ろしい。しかも、達彦ではなく私に標的を変える意味も理解出来なかった。

お見舞品と称して届けた腐ったフルーツもわざと腐らせた。お菓子に入っていた虫の死骸も全て島原が意図してやった事だった。猫も島原が殺し、ケースと箱に詰めて梱包した。そして知人の名前と住所を書いてもらい、その地域から発送した。もちろん、知人には何も伝えずに島原の代わりにとお願いしたらしい。

「送り主に確認したところ、島原が『昔喧嘩別れした女性にお見舞の品を送りたいが、私の名前だと受取拒否されるから代わりに書いて欲しい』とお金も渡され頼まれたそうです」


島原が素直に事情聴取を受けたのも、逃げきれないと踏んだのだろう。なんでも私が爆発事件に巻き込まれて、入院している事を友人が職場で話をしていた。それがAの耳に入り、達彦の元カノと同一人物だとAは確信したらしい。島原にその話をしたところ、酷く動揺していた。そして島原の部屋に、梱包に使用した残りと見られる包装紙等があるのを見付けた。事件に関係していると思ったAは、巻き込まれたくなくて島原に別れを切り出した。ショックを受けた島原は、やはり私を殺そうと準備をしていたらしい。そんな中、警察が島原の部屋を訪ね、拒絶するよりも素直に応じた方が後々いいと思い事情聴取に応じた。


数々の証言や証拠を突き付けられた島原は、逃げ切れないと踏んで自白した。全て自分の犯行だと認め、爆発物の材料を買った店等捜査の穴を埋めるよう洗いざらい話した。

「体調が悪い中、何度もお話をお伺いして申し訳ありませんでした。お陰様で事件は無事に解決しましたので、ご安心ください」

「はい、お忙しい中ありがとうございました」

私は2人に深々と頭を下げる。柏木たちは「いやいや」と手を振り頭を上げるように言う。

「我々は職務を全うしただけです。それよりも、これからは安心して一刻も早く怪我が治る事に専念してください」

「はい、ありがとうございます」

「我々はこれで失礼させていただきます」

「失礼します」

2人は椅子から立ち上がり、頭を下げて病室を後にした。報告を聞き終わり、私は深く息を吐きながら横になる。まさか島原が犯人だとは思いもしなかった。いや、犯人かもしれないと予想はしていたが私に対する動機が謎だった。だが、判明してスッキリした。まさか達彦の事が、こんな事件にまで発展するとは思わなかった。

それにしても、お喋りな友人には困ったものだ。友人が職場で達彦の事を話さなければ、Aは島原に話さなかったし島原もこんな事件を起こさなかっただろう。元々お喋りな友人だが、これを機に少し距離を取ろうか等と思いながら私は目を閉じた。





犯人逮捕から1ヶ月半。


私は怪我も順調に回復し、退院する事になった。何度か通院しなければならないが、日常生活に支障は無いとの事だった。アパートに戻ろうにも部屋は爆発の被害でまだ工事中だった。保険に入っていたとはいえ、大家には迷惑をかけてしまった。契約更新の時期も近かったので、アパートは解約する事にした。退院前に母に連絡していたので、そのまま実家に戻る事にした。


無事に退院し、その足で会社に長期で休んでしまったことを謝罪しに行く。会社の皆は「大丈夫??」や「災難だったね」等気にかけてくれたが、その目は事件の詳細を知りたいと言っていた。そんな同僚達を軽くあしらいながら社長室へ向かう。ノックをしてから入室し、社長に頭を下げる。

「この度はお騒がせして申し訳ありませんでした」

「いやいや、新年早々災難だったね。……怪我の方はもういいのかい??」

「まだ何度か通院が必要ですが、日常生活に支障はありません。………あの、今後の事なんですが」

「あぁ、職務復帰の件だが…」

社長も言いにくそうだったが、先に私から告げる。


「……ご迷惑おかけしてしまいましたので、このまま退職しようかと思っております」

「……いいのかね??」

「はい、被害者がいるとなると悪い噂も立ちやすいでしょうし……。皆さんも仕事がやりにくいと思います」

「残念だが、その方が良いだろう。優秀な人材を失うのは痛手だが、今度は心労で倒れられても困るしね」

「はい、今までお世話になりました」

「……再就職先はどうする気だね??」

「落ち着いたら探そうと思います。それまでは実家に戻ります」

「そうか。……退職金の他に会社側から慰謝料として幾らか出すから、当面の生活費に充ててください」

まさかの社長からの申し出に辞退しようとしたが、社長は強引に話を決めてしまう。会社の人間が犯した罪だからとの事だった。社長の思いを無下には出来ず、有難くその話を受ける事にした。

社長室を後にした足で、そのまま部署の皆に退職する旨を告げ、荷物は後で取りに来ると伝え会社を出た。




実家に戻り、静養しながら過ごして2ヶ月が経過した。気付いたら冬も終わり、春も過ぎ去ろうとしている。私は再び実家を出て都内に戻り、新しい職場で働き始めた。生活環境も変える為、以前とは違う区に住み職場もかなり離れた場所を選んだ。島原が出所して、また私に近付く事を恐れたからだ。


事件の裁判はこれからだが、私は弁護士を通じて島原の様子を聞いていた。感情に身を任せすぎて反省しているとの事だが、信用出来ない。本来なら知りたくないが、被害者なので他人のフリも出来ない。必要最低限な情報だけ聞き、なるべく考えないようにしながら過ごしている。




新年早々とんでもない事件に巻き込まれた。自分がいつ被害者、加害者になるか分からない恐怖を味わったので人付き合いには十分注意しようと思い、夏が近付く眩しい太陽を見上げながら大きく伸びをした。









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