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来世で彼女は猫になる

作者: ミント

「私、来世は絶対猫だと思うの! 」


 突然、同棲中の彼女が仁王立ちでこんな事を言ってきた。


 彼女の名前は小野夏美おのなつみ。24歳。夏美とは高校の時同じ部活で知り合い、直ぐに付き合う事になってから約9年間、恋人以上夫婦未満な関係が続いている。同棲生活は現在3年目。


 因みに、俺は渡辺陽太わたなべようた。26歳の会社員。中肉中背で平凡な顔立ち。


 そんな俺はリビングのソファで寝転び、肘を付き手で頭を支えながら彼女を見据え、


「ほう、その心は? 」


「だってさ、私って猫っぽい顔してるじゃん? 」


 夏美は俺の顔の前で正座し、小首を傾げた。


 確かに彼女は猫みたいな顔をしている。目がくりっとしていて瞳が大きく、少しつりあがっているところなんかが特に猫っぽい。


 しかし、この騒がしい性格のせいで猫っぽい印象は全くない。というか、顔つきで来世が決まるってどんな発想だよ。


「そもそも、顔が猫っぽいからって来世が猫になるとは限らんだろ」


「そんなことないよ! 」


「なんでそんなに自信満々なんだよ」


「私は猫っぽいから」


「関係ないだろ」


「あるもん」


 むーっと俺を睨みつける夏美。可愛いけど、さっきから何を言ってるのかわからない。


 というか朝ごはん食べて、休日だし家でゴロゴロしようかなぁと思っていた矢先に、こんな意味の分からない会話に付き合わされる俺の身にもなって欲しい。


「とにかく。来世は私、猫になりますので。異論は認めませんので」


「はいはい」


 もう正直、なんでもいいです。


「むぅ……」


 適当に流そうとする俺を再度上目遣いで睨む夏美。なんだぶりっ子か可愛いなちくしょう。


「まあいいでしょう。とにかく、私は来世猫になるので、今から猫の生態を勉強必要があると思います」


「ほう」


 何か面倒な事を言ってきそうな予感がする。その証拠に、夏美はおねだりする子供のような顔になっていた。


「つまり、猫を飼いたいのです」


「却下だ」


「なんでよ! 」


「育てるのが大変だから」


「私やるもん! 」


「ても夏美、最後まで面倒見れないだろ? 」


「うぅ……」


 夏美は暗い表情で俯いてしまった。


 ちょっと嫌なこと言ってしまったかもな……。


「でもさ、猫って可愛いよね? 」


 俺の手を握る夏美。


「ま、まぁな」


「猫、好き? 」


「好きだぞ。大好きだ」


「じゃあさ」


 夏美は立ち上がり、


「今から猫カフェ行こうよ」


 そう言って、俺の手を引っ張ってきた。


「全く、仕方ないなぁ」


 俺は渋々ソファーから起き上がり、服を着替えるために自室へ戻った。服装は、白の半袖Tシャツに黒スキニーパンツ。真夏なので身軽な格好だ。


 最後に財布とポケットティッシュをウエストポーチに入れて、自室を出た。


 玄関には、鼻歌を歌いながら待つ夏美がいた。服装は無地トップスに黒のハイウエストスカートのワンピース。


 いつも通り可愛いので満点をあげたいところだが、俺は部屋から黒のニット帽を取って来て、夏美に渡した。


「ほら、忘れ物」


「あ、ごめん。忘れてた……」


 気まずそうな顔をして受け取る夏美。


 そのまま深々と帽子を被り、俺を見上げる。


「どう? 変じゃない? 」


「ああ、変じゃない」


 夏美は何かを気にしながら言った。全然変じゃないし、むしろ帽子がよく似合っている。


 こうして家を出た俺たちはバスに乗り、猫カフェ近くの商店街で降りた。


 それから携帯の地図アプリを頼りに歩くこと10分。


 ようやく目的の喫茶店に辿り着いた。


 歩いた距離はそれほど長くないのだが、夏の暑さにやられ、さらに貧血気味だった夏美にとってはかなり厳しい道のりだったらしく、とても時間がかかってしまった。


「ここが猫カフェか」


 看板には『猫の楽園 にゃんこパラダイス』と書いてある。


 隣を見ると、汗をだらだらと流して今にも倒れそうになっている夏美が、俺にもたれかかってきていた。


「大丈夫か? ほら、水」


「うん大丈夫、ありがとう」


 夏美はペットボトルを受け取り、半分くらい入っていた水をごくごくと飲み干す。


「ふぅ。じゃあ入ろっか」


「ああ」


 俺は体調が悪そうな夏美を心配しながらも、店の扉を開けた。すると、


「猫だ! 猫がいる! 」


 入り口の扉を開けると、いきなり猫が歩いているのを発見。さっきまで辛そうな顔をしていた夏美も、今は満面の笑みで俺の手を引いてくる。


「あぁ、猫がいるな」


「待ってぇ、ねこちゃん〜」


「ちょっと待て。靴履き替えるぞ」


 デレデレした顔で今にも猫に飛びかっていきそうになっていた夏美の手を引っぱり、靴からスリッパに履き替えてすぐ近くにある受付へと向かう。


 それから店員さんの説明を聞くことになった。料金設定や猫じゃらしなどの有料オプションの話を聞き終えると、店員さんに何時間利用するか尋ねられた。


「ねぇねぇどうする? とりあえず5時間はいっとく? 」


「すみません1時間で」


 小声で夏美が何か言ってきたがスルーして、俺は店員さんに時間を伝える。


 それから店内へ入ると、あまりに広々としていてびっくりした。


 歩いていると、そこらじゅうにいる猫たちが各々好きなように過ごしているのを見かけた。棚の上で昼寝をする猫。お客さんにおやつを貰っている猫。猫じゃらしで遊んでもらっている猫。特に部屋の真ん中にある猫のために作られたであろうお洒落な木の棚には、沢山の猫が登って遊んでいた。


 俺達はとりあえず低めに作られたソファに腰掛けると、近くにいた猫が近寄ってきた。


「おぉ、びっくりした」


 寄ってきた猫のうち一匹の黒猫が、いきなり俺の太ももの上に乗ってきた。猫といえば人に近寄らないイメージがあるので、結構意外だ。


「にゃー、にゃー」


 夏美が俺の太ももの上に乗った黒猫に向かって猫のポーズをとり、戯れはじめた。


 見ていて尊すぎるその光景に、思わず頬が緩む。


「ねぇねぇこのねこさん、陽太のことが好きなのかな? 」


「すまん。実はこの猫、俺の浮気相手なんだ」


「そっか。こんな可愛い猫さんとなら仕方ないね」


 夏美は嬉しそうに黒猫の頭を撫でた。猫は「みぁ〜ぉ」と気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「あ〜可愛いなぁ。猫欲しいなぁ」


 チラチラと俺を見てくる夏美。俺は華麗にスルーを決める。


 そしてそのまま優しく撫で続けて数分後。夏美の目に異変が起きた。


「なんでだろ、目が痒い」


 夏美が猫から手を離し、瞼の上から軽く目を擦った。そして、


「へくちゅっ」


 可愛くくしゃみをして、ティッシュで鼻をかんだ。


 もしかしてこれは……。


「よーだぁ。めががゆいよぉ〜」


 そう言って目を強く擦ろうとする夏美。


「待て、擦ったらダメだ! 」


 俺は慌てて夏美の手を掴む。


「うえぇ、なんでぇ? 」


「夏美、お前は猫アレルギーだ! 」


 俺は声高らかにそう宣告した。


 猫アレルギーの場合は目の痒みが重症で、擦ったら致命傷になりかねない。


「ううぅ、痒いよぉ。かきたいよぉ」


「絶対だめだ。とにかく、この店を出るぞ」


 俺は夏美の手を引っ張り、急いで店を出た。


 それから近くの公園のベンチに腰を下ろし、自販機で買ったお茶を飲みながら一休みすることになった。


「はぁ、まだ猫といたかったなぁ……へくちゅん」


 夏美は残念そうに呟いた後、可愛くくしゃみをした。まだアレルギー反応が出ているようだ。


「夏美がそんなに猫が好きだったとはな」


「そりゃ好きだよ。だって……


 むかし陽太が私の事、猫みたいで可愛いって言ってくれたから」


「ん? なんだって? 」


 最後ボソボソと言っていたので何を言っているのかよく聞き取れなかった。


「なんでもない」


 恥ずかしそうにそっぽを向く夏美。


 その後、暫く生暖かい風に当たり、特になんの会話もなくぼーっとしていると、夏美が立ち上がった。


「さて、ペットショップ行こっか」


「おい待て、まだ猫飼うつもりかよ」


「だめ? 」


「そりゃだめだろ。お前猫アレルギーなんだから」


「ぶー」


 まるでお母さんにお菓子を買ってもらえなかった子供のように頬を膨らませて拗ねる夏美。そんなに猫が飼いたいのか……。


「なんでそこまで猫が飼いたいんだ? 」


「だって……」


 夏美は突然、何かを諦めたような遠い目で俺を見据え、


「私がいなくなった時、陽太に寂しい思いをしてほしくないから」


 泣きそうな顔で言う彼女につられて、俺まで泣きそうになった。


「そっか……ありがとな」


 俺は立ち上がって夏美の頭を撫でると、夏美は「えへへ」と気持ちよさそうな声を漏らした。


 それから遅くまで、公園で遊ぶ子供を眺めながら談笑し、俺たちは家路に着いたのだった。



 そして、それから一ヶ月後。



 とうとう、夏美が倒れてしまった。



 医者の話によると、夏美の命はもって数日。早ければ今晩には息を引き取るかもしれないらしい。


 体が弱く重い病気を患っていた夏美は2ヶ月前、あと数ヶ月の命だと余命宣告を受けていたのだ。


「夏美……」


 病室にて。ベットで横になり辛そうに呼吸をしながら寝ている夏美の手を、俺はそっと握りしめた。顔や手が少しげっそりしていて、見ているだけで心が苦しくなる。


 暫く手を握っていると、夏美の両親が部屋に訪れた。俺は一旦、トイレに行くと言って部屋を出る事にした。


 俺は目の端に溜まった涙を拭き取りながら、トイレに向かう。


 泣いちゃだめだ。泣いちゃだめだ。


 最後は笑ってお別れするって決めたじゃないか。


 溢れ出しそうな涙をグッと堪え、俺は病室に戻った。


 俺が戻った時には夏美は起きていて、両親とお話ししていた。


 親子の仲を邪魔するのは良くないなと思い、俺はまた部屋を出る。


 暫くすると、夏美の両親が部屋から出てきた。2人とも、目に泣いた跡が薄ら残っている。


「陽太くん。最後に、夏美と話してやってくれないか? 」


 父が、泣きそうな声でそう言った。俺は拳をきつく握りしめ、


「はい」


 病室の扉を開けた。


「あ、よーたぁ。来てくれたんだ、嬉しいな」


「当たり前だろ」


「うへへ」


 夏美が幸せそうに笑う。


 俺は夏美の目の前の椅子に座った。


「ねぇ陽太。……手、握って」


「ああ」


 俺は夏美の手を命を吹き込むようにそっと、優しく握りしめた。


 それから暫く、沈黙が続いた。


 ここでなにか思いを伝えておかないと、後で絶対後悔する。そんな事は分かってる。


 でもこんな時、なんて言えばいいのか分からない。 


 夏美は、最後になんて言ったら喜んでくれるんだ? 


 なんて言ったら、安心してあの世に行ける?



 ……こんな時、なんでなにも言葉が出てこないんだよ。くそっ。



「ねぇ陽太」


「なんだ? 」


 悔しさに顔を歪めていた俺を、夏美は寂しそうな顔で見つめる。


「新しい彼女ができても、私のこと忘れないでね」


 思いがけない、しかし愛さえ感じられるその言葉に、目が熱くなった。


「馬鹿なこと、言うな……」


「ふふっ」


 泣きそうになる俺の顔を見て、弱々しく笑う夏美。


「それからね」


「ん? 」


「私、来世は猫になって、絶対陽太に会いに行くから。そしたらずっと、側にいさせてね」


「ああ、もちろんだ」


「あ、でも、それだと新しい彼女さんに申し訳ないかなぁ」


「猫は浮気に入らないんじゃなかったのか? 」


 夏美が会いにきてくれるなら、なんでもいい。


「ふふっ、そうだったね」


 夏美は、安心したように笑った。


 そして。


 夏美は死期が近づいているのを察したような顔で俺を見つめ、俺の手をぎゅっと握りしめた。

 

「じゃあね、陽太。大好きだよ」


「俺も……俺も大好きだ。夏美……」


 最後に彼女が見せたのは、美しい笑顔だった。


 俺は必死に涙を堪えながらなんとか笑顔を作り、思いを伝える。


 夏美は俺の言葉を聞いて満足したのか、そのまま安らかに息を引き取った。


「あぁ、、あああぁ、あああぁっ……」


 俺は、狂ったように泣き叫んだ。


 我慢しようとしても、感情が溢れかえって止まらない。


 君の顔が目に焼き付いて離れない。


 無邪気に笑う、君が好きだった。


 何事も全力で頑張る、君が好きだった。


 自分が一番苦しいはずなのに俺の心配ばかりするような、優しい君が好きだった。


 そしてそんな君の事を――


 ――俺は今でも愛している。




 それから、一年が経った。


 今日は、休日。


 夏美が居なくなってからの休日はとても退屈で、何もやる気が起きない。


 とりあえず近くのコンビニに行って適当に飲み物を買い、公園のベンチに腰を掛けた。特に意味はない。


 この後またコンビニに行って、弁当買って、帰って……それから……それから……。


 夏美が亡くなってから一年が経つというのに、未だに彼女の事を思い出すと涙が出そうになる。


 そんな時だった。


「みぁーぉ」


 一匹の野良猫が、俺の足に擦り寄ってきたのは。


 俺は思わずその猫を持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。


「みゃー」


 猫は膝の上で俺の目を見つめる。


 俺はそんな猫を撫でながら、


「久しぶりだな、夏美」


 思わず恥ずかしい事を口に出してしまった。


「みゃぁ? 」


 心なしか猫も、何言ってんだこいつ? みたいな顔をして俺を見ている気がする。


 いや分かってるよ。冗談だよ。


「な、なんてな」


 誰に言い訳しているか分からないが、一応言っておく。


「そうだ、お前どうせ腹減ってんだろ? 俺の家くるか? 」


「みゃー」


 こうして。


 俺の家に、新しい家族が一匹増えたのだった。



 これからこの猫を、大事に育てようと思う。




『完』





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