朝の元気は援団長のおクチで
トーホグ地方。それはこの世界に残された、最後の秘境。
の中の三陸の漁村、十戸。A県とI県
の間にある人口20万の町だ。
特産品はニンニク。
田舎のことを口にするだけでも口が汚れるってひとがいたらごめんなさい。
北関東あたりからトーホグに進学する人もいる。
だけど征夷大将軍(笑)とか言ってる人、平安時代ならお前らの国も東国とか言われてるから大将軍より平将門と名乗り給えこの田舎者、という気持ちはため息に隠して。
この十戸市に生まれたのは、もはやどうしょうもない運命である。
でも、でもだ。
伝統と言う名の旧弊なくびきによって、個人の自由を制約するのはいかがなものか、と思いつつ、今日も「懸立十戸高校應援團」とデカデカと書かれたタスキを結ぶ。
朝8時。生徒たちが登校してくる時間帯。
校舎の屋上。
応援団は毎日屋上で「声出し」とかいう謎の儀式を執り行う。
ボロボロに破れた帽子。ツギハギだらけの羽織と袴。そして裸足。うぅ、今日も寒いと思いつつも、格好だけは気合十分に見えてしまう私なのだ。
ここまでの要素では、私が花も恥らう十六歳の女子などとは誰も思わないであろう。
風に揺れる髪の毛。
校舎の屋上に立つわたしは、十戸高校応援団団長−阿久瀨糸振である。
ドォン!(和太鼓)
ドォンオォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドォンドンドンドンドンドンドンドンカッドンドンドンドンドドドドドドドドドカッドドド……ドン!
私「サァーーーーーーーーー」
団員「さあーーーーーーー(一オクターブ低い声とテンション)」
私「校歌斉唱ーーー」
ドン!
私「コッチャエーコッチャエーコチャコチャエー(校歌の頭)、サッ!」
団員「「コッチャエーコッチャエーコチャコチャエー、ここはヒノモト陸奥の国ー、奥州十戸湊町……(貧血レベルのテンション)」
声出しは校歌と応援歌数曲で終わる。ちなみにスペシャルバージョンもあり、「ニンニク踊り」というモノをやるときもある。
まあそれはTHE公開処刑な応援なのだが……
団員「お疲れさまでした!」
私「うん、おつかれ」
一年生、旗手担当の車力村 桜。
彼女は背も小さくあまり応援団に向いていないような見た目だが、身長の倍もある校旗を軽々持ち上げる。そしてぶれない。でもトイレが長い。嫉妬してるとかじゃないぞ。
「あのー、先輩、じゃなくて団長」
「ん?」
「来週のオープンスクールの件ですが……アレを本当にやるんですか?」
団員たちはバラバラと教室ヘ戻っていって、私も気を抜きかけたところだったが……現実に襟首をぐいと掴まれて目を覗き込まれたような気分だ。
「うん、まあ……」
アレとは……例のニンニク踊りである。
私は朝からテンション母艦撃沈の極みであるのに、車力村ちゃんは目を輝かせて、
「本当ですか!?うわあ早く見たい!!期待しています!」
と言って足取り軽く一年の教室ヘ戻っていった。
8時15分。
「あーあ……」
数学のプリントを前にため息をつく。念の為言っておくが、数学ができないわけではない。落ち込んでいるだけ……いやさっきからこの言い方逆効果だな……
とか考えていたとき、
「阿ー久瀨ちゃん」
同じクラスのマブの馬場里 杏が後ろから軽く抱きつく。
「今日も声出てたねーいやさすが援団長」
「やめてよー」
「にしてもスピード出世だねぇ、二年にして旗手から援団長、そして歴代三人目の女子団長とは」
うわぁ……
「十戸高校 二十年ぶりの女子団長就任」と地方紙に死んだ顔した私が載った記憶が頭をよぎる。
「オープンスクール、期待してるよ!」
……あちこちの方面で期待されてるらしい。
アレを!
(一週間後)
体育館からぞろぞろ中学生が出てくる。何も知らない中学生たちは、ニヤニヤした教員に指示されて、中庭に並ばされる。
するとそこへ、例の格好をした私がひょっこりと屋上から登場するわけだ。
ザワザワザワ……
生まれて始めてバンカラという人種を目にするのだろう。あからさまにクスクス笑う奴もいる。
すうっと息を吸い一声、
「中学生の皆さん、こんにちは。十戸高校応援団です。今日は我が校伝統(私の嫌いなフレーズのひとつ)のニンニク踊りをお見せします」
は?となる中学生の皆さま。
ニヤニヤにニヤニヤの磨きをかける教員たち。
不幸なことに、屋上からだと嫌でも各人の反応が見えてしまう。
私「サァーーーーーーー、ニンニク踊りっ!」
ロザリオとニンニクの束(ドラキュラ退散アイテムのあれ)を持って、
「チャーチャラチャチャチャチャチャーチャラチャラ(軍艦マーチ)」
軍国主義的なリズムと宴会芸向けな動きで踊る。
なあ見ろよ、これが、アレだ。
ニンニク踊りである。
踊りながら、空の青さを噛みしめる。
中学生諸君、私のことなどどうか忘れてくれ給え……
もうすぐ期末テスト。いまは気持ちを切り替えよう。
たくさんの瞳に見つめられ、私は、しあわせでした(白目)。