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バレンタインの憂鬱

作者: 銘尾 友朗



 左手でスマホを持ち、右手は(せわ)しなく画面をスクロールする。


「あーーっ、もうっ!」


 ため息をつく筈が、口からは嘆きが暴力的に出た。キミに会えなくなってから、もうすぐ一年がたってしまう。私たちは遠距離恋愛……未満。友達以上恋人未満ってやつだ。大学の卒業式の後で(こく)るつもりだった。それがあの、緊急事態宣言。どうしよう、どうしようと悩んでる間に、キミは引っ越してしまったね。就職先の会社がある街へと。


 「……寂しい」


 スマホに入った写真を眺め、ポツリ呟く。仲間で撮った集合写真しか無いけど。私たちはあの頃、とても気が合って、一番仲が良かったよね。私はいつの間にか、キミに恋をしていたんだ。


 写真をスクロールして、キミの姿ばかりを追いかける。その笑顔が眩しくて。そして、恋しくて。


 何時だったか、私が落としたファイルを拾おうとしてくれたことがあったっけ。


「痛っ」


 そう言ってキミはファイルを落とした。私はファイルの角でも当たったのかと慌てたら、「昨日、爪を切ってて深爪しちゃったんだ」って、はにかんで笑ったね。その笑顔がド・ストライクで、持っていかれちゃったんだ。


 恋をするのは初めてじゃない。だけど恋の始まりは、いつも一緒。会いたいのに、会うと気恥ずかしくて、必要以上に照れ臭くて。名前を呼ばれるだけで心臓が跳ね上がる。顔が赤いのを見られたくなくて、そっぽを向いてしまう。


 そのくせ一人になると、嫌な態度を取ってしまったんじゃないかと、いつも悲しくなった。



 この一年、細々とラインのやり取りを続けてきた。キミからのラインがあると嬉しくて。ただ嬉しくて。遠く離れた土地でキミが頑張ってると思うと、私も頑張ろうと思えた。


 スマホのページをめくってキミの笑顔に触れたなら、キミの元へと飛んで行けたらいいのにな。


 会いたくて、会いたくて。会えなくて。寂しくて、涙が落ちた……。



 突然。静寂を破って、掌の中で電話が鳴る。発信者のキミの名前が光ってる。


 やめてよ、電話なんて。キミの声、耳元でなんて聞けないよ。きっと嬉しいのに恥ずかしくて、何もしゃべれなくなる。


 やめてよ、電話なんて。こんな涙声、聞かれたくない。だから私はラインした。


『どうしたの?』


『バレンタインチョコ、ありがとう。出張でアパートを留守にしてたから、今日受け取ったよ』


 それは悩みに悩んで送った宅配便を、受け取ったことのお知らせだった。


 メッセージカードは付けられなかった。悩んで悩んで、どうしても、告れなかった。


『あのさ、』


 ラインが続いていく。それだけで嬉しい。


『うん』


『来月、用事があって実家に帰るんだけど』


『うん』


『それで、……』


『うん?』


『だめだ。ちょっと電話するから出てくれないか?』


『えっ? あ、うん』


 引っ込め、涙! 何故か分からないけど電話がかかって来るらしい。私は慌てて深呼吸と、今のうちにとハナをかむ。そのタイミングでまた着信。


「あのさ、……久しぶり」


「あ、えっと、久しぶり」


 本当に久しぶりに、キミの声が耳から入って、胸の中で反響してる。声を聞いただけで嬉しくて、胸からじわりと、体中が熱を帯びていく……。


「チョコありがとう。すげえ嬉しかったよ」


「えっと、どういたしまして。喜んで貰えて良かった」


 駄目だ。キミの柔らかい声に対して、固い声になってしまう。胸に広がる不安。このままじゃ、学生時代の二の舞だ。成長してるところを見せないと!


「それで来月のことなんだけど、姉の結婚式があって、連休に地元へ帰るんだ。そのとき、……」


 電話の向こうで小さなため息。続いてキミが、大きく息を吸う音がした。


「……そのとき、会ってくれないか?」


 きゃーーーーーーっ!? 何? 今、何て言ったの?


「え、え、っと」


「もう何かの予定、入ってる? あ、ほら、来月はホワイトデーだから、どうせなら直接渡したいし。それで、そのときに話があるんだ」


 キミは慌てたように話す。その瞬間、キミが照れてるときの癖を思い出した。全然会えない状況に、キミを忘れたくなくても、薄れていってしまう記憶が歯がゆくて辛かったのに。


「今、左手の親指を握りしめてる?」


 そっと聞いてみた。


「へっ!? あ、うん。何で?」


 ひょっとして、そうなのかな。そういう事なのかな。期待しちゃってもいいのかな?


「3月の連休って20日と21日だよね。今のところ大丈夫だよ」


「良かった! 19日に定時で上がらせて貰って帰るから。また、近くなったら連絡する」


 キミの声が弾んでる。そのまま真っ直ぐ私のところへ飛んでくる。私の心も弾んでる。


「待ってる。……ううん、ずっと待ってた。だから、これからも待ってる」


 私は自分の耳が赤くなるのを感じたが、それは心地がいいと思った。


「うん、……俺もやっと言える。そのときに話したいから、待っててくれ」


 来月。そこで私たちのプロローグは終わる。そこからきっと、恋物語か始まるのだ……。






(終)

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― 新着の感想 ―
[良い点] きっと幸せになれる! ╲(´∀`)/
[一言] 甘酸っぱいですね〜。
[良い点]  今の時代。  やり取りは、会話でなくてラインなんですね。  私らの時代。  電話も自由に使えなかったのに……。  素敵な恋か始まりそうです。  期待を裏切らずによかったです。
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