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生暖かい目で見守ってください。
2*20年5月18日
毎日が仕事の日々が続いて6年が過ぎた。
休みは休日出勤なので無いも同然…それでも働いてこれたのは残業代や休日のが時間外手当が支払われて終電までには帰れているから、まだマシだと思っていた。
同じ業界の中では会社に寝泊まりなんてざらだという。家に帰れるだけありがたい。
ただ、ここ数日は根詰め過ぎて頭が痛い…体が重い…。頑丈だけが取り柄の自分の身体もとうとう駄目になったかな?なんて考えていても仕事は終わらない。悲しい。
「木村先輩、大丈夫ですか?
顔色も悪いし今日は帰ったほうが良いんじゃないですか、わたし木村先輩のお仕事お手伝いしますよ!」
体調を気遣ってくれるとはなんて良い後輩だろう
後輩ちゃんこと竹田千恵ちゃん
こんなに仕事仕事で恋人なんてできないなんて嘆いたけど、せめて可愛い後輩で癒されようとアレコレしたらこんなになつかれるとは、幸せだ。
「力が湧いてきたから大丈夫だよ。ありがとうね」
そもそもこの竹田ちゃんにもかなりの仕事がある。私のまでできていたら皆、休日出勤なんてしていないよ
「そうですか…木村先輩は言い出したら聞かないですから心配です。辛くなったらいつでも言ってくださいね!」
「あはは、これじゃあどっちが先輩かわかんないなぁ」
本当に可愛い。どこからか元気が漲ってくるようだ
大量の書類も竹田ちゃんの可愛さのおかげで、先ほどよりも早くさばけている気がする。気がするだけかもしれないが、そこは気合が入っていることには変わらないので良しとする。
こんな邪なことを竹田ちゃんに対して向けていたと知られれば一巻の終わりなんだろうな…いやいや、これは愛でているだけ癒されているだけ おさわりはしていないから大丈夫…そういえば頭撫でたことあるな…セクハラかな?
結局その日の仕事が片付いたのは終電ギリギリの時間だった。
時計を確認し、慌てて荷物を肩に下げ会社を出る。
間に合ってくれ、これを逃すと高いタクシー代を出すことになるか会社の仮眠室にある硬いベットで一人寂しく眠るかと思うと恐ろしい。
会社で寝るのかなり怖いんだよね
ゾゾゾッ
駅の階段を駆け下りている途中、ふと視線を感じ 目線だけでちらりと伺う。
視線の先にはーーーーーー誰もいない。
もうダメだ、疲れすぎて現実と妄想の区別が効かなくなっているのだろうか…
そもそも終電の時間なのだから人は疎らだ。
誰かが見ているのならすぐに分かる、 と思う。
まあ、疲れているのでそんな集中力はもう無い。
全て疲れが悪い、早く家に帰ろう。
駆け足で階段を降りて電車に乗り込む。
また視線を感じる。一体何なのだろうか
今度の視線の先にはーーーーーーーはな?
ホームの端にひっそりと花が添えられている花
その周りにも、やはり人はいない。
……あの花は…やはりそういうことだろうか…
そういえば後輩ちゃんが以前に何か言っていたのを思い出す。
「先輩先輩、ちょっと雑談いいですか?」
「はいはい何かな?」
「私昨日営業課の人に聞いたんですけど、会社の最寄りにある駅で最近自殺者が多いらしーんですって」
「ンンッあれ?雑談ってそっち系なのかな??」
「今の所、未遂だったりで軽症者ばかりなんだそうですけど」
「あれ?聞こえてる????」
ただでさえ私は怖い話とか苦手なのに、毎日使う駅でのそういった話は止めて欲しいのだけれど…
しかし、竹田ちゃんは話を止めない。
「なんでもその人たちが言うには、自殺をする気なんてまったくなかったらしいですよ」
ふしぎですよね〜と竹田ちゃんは満面の笑みで笑っている。
あ、これは 私がこの手の物が苦手とわかっていてやっているな…先輩になんたる態度だろうか、将来は大物になりそうだ。
結局、笑顔が可愛くて受け流してしまったな
可愛いは私の世界を平和にしてくれるのだ。
記憶の中の竹田ちゃんを思い出しながら、少し怖い現実も和ませる。
いや、和めない。全くもって和めないよ竹田ちゃん!そもそもの問題、この現状がここまで怖いのも竹田ちゃんのおかげだからね
とりあえず今その話は置いといて
竹田ちゃんの話によると、まだ死人は出ていないんじゃなかったっけ?
とうとう出ちゃったのだろうか…花が置かれている状況を察するに、そういうことなのだろう。
お化けは怖いけど、誰かが死んでしまったことに悲しくなる。
ーーー自殺する気なんてまったくなかったらしいですーーー
この人も同じだったのだろうか、だとしたら悲しいなんてどころではない。
せめて魂が光の世界に導かれますように…
宗教なんてまったくと言っていいほど関心はないけど、そう願わずにはいられない。
閉じていく電車の扉を眺めながら、花について想いを募らせる。
翌朝目覚めるといつにも増した身体中のだるさを感じる。
それもそのはずだろう、昨日は通常時より多く頭を使い椅子に座りっぱなしだったのだから。
いくら身体がだるくとも会社に出勤しなくてはならないので、黙々と準備をする。
電車に乗り込むと少し肌寒さを感じた。近頃少し暑くなってきたので電車内も冷房に切り替えたのだろうか、上着を持っていないことを後悔する。
会社の最寄り駅までは約30分、それまで我慢しよう。
おかしい、電車を降りてからも寒気が収まらない。むしろ酷くなっている気さえもする
風邪か疲労か…はたまた両方か
重い足取りながらも会社へ目指す足をズルズルと進める。
悲しいかな、これが社畜の性なのだろうか
あと数歩で会社のあるビルに入ることができる、という所まで来て気づく。
エントランス内に人影が見える。
体調は絶不調だがこんな所を誰かに見られたくない、そう思い気合を入れ直す。
顔色は化粧で誤魔化せていることを願いつつ姿勢や表情も急いで取り繕い、中に入る。
「おはようございます」
「あ、おはようございます!」
中にいたのは男性が2人と女性が1人
女性の方は知った顔である。会社の受付担当の藤堂さんだ、受付を任せられるだけありとても可愛く性格も優しい子なのでたまに世間話をさせてもらうくらいには仲が良いと自惚れても良いだろう。
体調は悪いが朝から彼女に会えて挨拶もできたので幸せだ。
そして男性の方は、彼女に案内されているところを見るにどうやらお客様らしい
一人は無表情で平均よりやや低めの身長のせいか幼く感じてしまう。
大学生くらいだろうか…地毛にしては明るい茶髪を耳にかける仕草がなんだか艶めかしい。
彼はこちらを一瞥したが、すぐに興味を無くしたのか藤堂さんの後についていく
もう一人は狐みたいな男、振り向いた時には笑い顔だったので糸目と口元がグッと弧を描いている。
無表情男や藤堂さんより頭が1つ分よりさらに大きいがゴリゴリマッチョというよりすらりとしなやかな長身。加えて女の私でも羨んでしまうほどの真っ黒で艶やかな長髪。ただし七三分け。何故に…
そしてなんといっても2人とも、もの凄いイケメンだった。
新商品のモデルさんか何かだろうか?
営業スマイルで藤堂さんと無表情美人さんを見送っていると狐男と目が合った。
すぐにそらされると思っていたが、なぜかそのまま数秒間見つめあう形になる。
それもずっと弧を描いたままの笑顔が変わらない、これはどういう状況なのだろうか…こんなイケメン私は知らないので知り合いという線は無い。
まるで値踏みされているような感覚に陥る。
「・・・・如何なさいましたか?」
「あぁ、すみません。いきなり不躾で失礼しますが、最近急に疲れが強く感じるようなことってありませんでしたか?」
「え、えぇと そうですねぇ、、、」
どう答えていいのか分からないので、濁したような返事をしてしまう。
急になんだろうかこの男、そんなに顔色が悪いのだろうか?厚化粧でごまかしたつもりだったのだが…会社的にも体調の悪そうな社員が出勤しているのはイメージが悪いと思うのでなるべく知られたくは無かったのに
「私こういうものです。」
「あ、ご丁寧に」
そう言ってを渡された名刺を思わず受け取る。
「その疲れに少し心当たりがあるので良かったらじっくり詳しくお話をしたいのですが、こちらに電話をいただけませんか?」
新手のナンパだろうか?この男が言うと怪しさ満載なので、お金をだまし取られるほうかもしれないが
ずっと笑顔だし。
絵にかいたような怪しい営業マンそのものだ。七三だし。
「高野さん」
「はい!
では私はこれで失礼します、ご連絡 楽しみにしてます」
無表情男に呼ばれ、合流した後ろ姿を見送る。見えなくなる前にこちらに振り返り手のひらを振られた。
なんだそれは。私はどうしたらいいのか、これがイケメンの行動なのか…
「木村さん木村さん!今の何だったんですか?あのイケメンと知り合いだったんですか?!」
「これは木村さんも隅におけませんねぇ~」
「いやいや、私もあの人のこと全く知りませんよ?!」
唖然と立ち尽くしていると、他の受付嬢が好奇心を隠しもせずに話しかけてくるが
知り合いも何も初対面なので混乱しっぱなしである
自然と渡された名刺に視線が集まった。
【 第六研究事務所 高野 】
怪しさしかない…。第六研究事務所??いったい何を研究する所なのだろう、あの男に渡されたせいか後ろ暗いことをしていそう と勝手に想像してしまう。
「研究事務所ってなんのでしょうね?」
どうやら疑問に思ったのは私だけではないようだ。
「でも木村さん美人だからやっぱりナンパですよナンパ!」
「木村さんに目をつけるとは…いい目をしていますね、あのイケメンさん」
「そんなに煽てても何もでませんよ」
「煽ててるんじゃないですよ、本当に綺麗なんですって」
「・・・今度クッキー持ってきます」
きゃいきゃい と女子話に花を咲かせている受付嬢たち。
可愛らしい彼女たちに嫌味なく褒められると、とても気恥ずかしい。これも普段から細々と差し入れているお菓子のおかげかな、今度また差し入れをしよう。
こんな私はちょろいのだろう、でも良い。
綺麗なお姉さんに囲まれるのは気分がいいのだ
もう一度名刺に目を向ける。
名刺なので勿論電話番号も書かれているが、この番号にかけることは恐らくないだろう。
カモにされる予感しかしない。
今日このビルに居るのなら鉢合わせ無いように気をつけよう
そっとついたため息は楽しそうに話している彼女たちの声に紛れて、誰も気づかなかった。