絶対自殺世界線
『死にたい』
皆さんこんな単語を人生の中で何度も思ったのではないだろうか。何か失敗した時、恥をかいた時、そして、絶望した時。全世界老若男女に湧き上がるこの感情は正に喜びの反対である。本当に?世界には喜んで死ぬ人もいるだろ。だったらこの感情は喜びの感情だ。まさか、確かにそういう人も居るだろうが大抵の人は死にたくないだろ?君の隣にいる人とか目の前にいる人とか、いずれにせよ死ぬのって嫌だろ、だから負の感情だ間違いない。なーんて答えがすぐわかってしまうほどこの世界は甘くない。意外とハードモードなんだと。でも大抵の『死にたい』って感情はあくまでストレスを分散するための生物としての行動だからその意味には意味がない。たぶん(たぶん…)。
まぁでもそんな中、そんな新宿2丁目のビルの上。マジで『死にたい』と思っている少年が1人。マジもんのやつですね、はい。まぁこれからやることなんて大体予想が尽きますよね、そ、俗に言う飛び降り自殺。紐なしバンジーチャレンジ前。これからあと2分もすれば少し驚く出来事があるんだけど、、まぁそれは後で見ていただければ良くて。彼が屋上に着いてから2分半。屋上の柵を越えて約30秒、さぁ、物語が始まるぞ。俺の案内は一旦終了。後は君たちに任せようか、ではでは皆さん心ゆくまで、お楽しみを。
車が通り過ぎる音。あとは風。今この場に立つ俺の耳にはそれしか通らない。好きな音しか聞こえない。人の音は嫌いだ。自分の音が嫌いだ。そして何よりそのすべての音を聞き取ってしまうこの耳が何よりも嫌いだ。
「意外と高いな、この柵。」
まぁ、だからこれ持ってきたんだけど
少年は片手に持っていた折り畳み式の椅子を広げるとそれを踏み台に柵を登り空と柵の間に立った。
「ふぅ。」
あとは後ろにしている重心を前へすれば良い。それだけで楽になれる。この音たちから逃げられる。やっと、音がなくなる。
頬に流れる涙はまだどこかで死にたくないと思っていると言うことなのだろうか。それとも、この苦痛からの解放を心の底から喜ぶ涙なのだろうか。分からない。分かるはずもない。だって俺の心にはこの世の全ての音から逃げてしまいたい気持ちと、未だ聞いたことのない美しい音色を聴きたい欲求が混濁し、目の前を曇らせるのだから。
「ねぇ、そこの少年、何をしてるんだい?まさか自殺をしようとか馬鹿なことは思ってないだろうね。」
人生最後の日ですら誰かが邪魔をするとは…いや、これは流石にこんな所で長考している方が悪いか。この声色、コンクリートの地面を弾くようになるこの音からして履いているものはハイヒール。それも結構ヒールが高いやつ。この時間帯に屋上、このビルに勤めるOLってところか、年齢は25歳くらいと見て良い。さて、人生最後の答え合わせ。
少年が振り向いた先には二十代前半の女性が立っていた。
「馬鹿なことですか?」
「え?」
「いえ、ですから自殺は馬鹿なことですか?良いじゃないですか死んだって別に、どうせ少子化は止まらないんです。今更1人死んだ所で変わらないでしょ。」
「これは…相当捻くれてるね。貴方。」
「捻くれてる?そうかもしれません。でももし世界がメリットデメリットを優先して行われる合理的な世界ならメリット何て生んだことのない僕が死のうがそのデメリットはないに等しい。むしろお昼のニュースのネタが出来ていいじゃないですか。それよりも早く飛び降りないと。人が集まって二次災害が起きるのが一番のデメリットですからね。」
「あんたねぇ。それに同伴させられる私の身にもなりなさいよ。」
呆れたような顔の彼女。何と、この人は本当に自分を助ける気はあるのだろうか。
「なんか変わってますね貴女。普通だったら『君の両親が泣くよ。』とか『そんな事ないよ。君はいろんな人にとってメリットだよ。』とか知ったようなこと言って励ましますよね。普通。」
「いや、でも。」
先程までの堂々とした態度が一変、口ごもり、焦ったような表情になった。心なしか彼女の心拍数も少し早くなった気がする。例えてみれば『幽玄ノ乱』のイントロから『やわらか戦車』のイントロになった感じ。いや、誰が分かるんだよこのネタ。あーあヤダヤダこれだから音ゲープレイヤーは…はぁ。
「ま、両親は死んじゃってるんですけどね。それに俺は小学校以降通ってないですから周りと呼べるほどの人とも知り合ってませんしね。」
さて、相手はもう励ましの言葉はネタ切れだろう。何を言ってくれるのかな?
「もう飛び降りて良いですか?疲れたんですよ。色々と。」
「ダメ。」
彼女はそう言うとハイヒールを脱いだ。
「何でです?何でダメなんですか?こんな世界。こんな騒音だらけの煩い世界‼︎…死んだ方が楽じゃないですか。」
つい本音が漏れてしまった。まさかこんな人に言ってしまうとは。
「死んだ方が楽。か、はは、若いねぇ君。若い若い、若すぎるよ。でもまぁ、そういう物か、少年は。」
何でも見透かしたようなその目、その声、嫌いだ。何も見えてないくせに、全てを見たようなその心音、この耳栓さえとって仕舞えば全てが見えるのはこちらの方だ。
「だったら外して仕舞えばいい。聴いてみろよ、私が今何を感じているか。む、以外とこの柵高いな。」
「言いましたっけ?」
「いや?ただこんなこと思ってるんだろうなーって、実は私、君みたいな人に昔お世話になったからね、その耳栓。とったら聞こえるんでしょ?心の声。世界の音が。」
「何を馬鹿な、そんな超能力みたいな力、あるわけないでしょ。」
「今更隠すこともないでしょう。どうせ今日が人生最後の日だったら最後にその力、使えばいいじゃない。勿体無いわよ?」
「勿体ない。ですか。まぁ、そうですね。ええ、じゃあ使いますか、あ、後先に飛び降りるなんてやめてくださいよ?死体の上に飛ぶとか嫌じゃないですか。死にに来たんでしょ?貴女も。」
「あら、バレてた?」
柵を越え自分の横に立った彼女は困った顔をしながらこちらを向いてはにかんだ。
「そりゃ分かりますよ。じゃないと俺の横に立たないでしょ。」
少年は俯き笑って耳栓を取る。目を閉じ、神経を集中させる。この良すぎる耳は世界の音全てを拾ってしまう。だから耳を傾けろ。彼女以外の音を遮断しろ。もっとだ深く、深く。
ートクンー。
『最悪の高校生活だよ、全く。』
これは彼女の記憶。最も人生で記憶に残った彼女の言葉。
ートクンー。
『行くな。』
ーバチン‼︎…
「これは…この音は。」
耳栓をつけ、ゆっくり目を開ける。耳栓を付けてから目を開けるのは、研ぎ澄まされすぎた聴覚に視覚を加えた時、脳がオーバーヒートするのを避けるためだ。
「…やってくれたな、この女。まさか最後にこんな謎を突きつけてくるとは、人生全てをかけた自殺の邪魔とは、効いたよ、そして聴いたよ。おかげで知りたくなったじゃないか、あんたの死因。俺が気持ちよく死ねるために。」
ビルを降りると女性の死体を背に、少年は覚悟を決め青年へ、そして青年は全てを理解した。
過去に行く方法は一つ、今から十年後、世界初のタイムマシンが発射される。そこに行けばいいだけ。確率は七十億分の一か。
「なーんだ、簡単じゃん。」
十年後、彼が世界初のタイムトラベラーになるのは、また別のお話。
不定期投稿になると思いますが頑張ります!!