第一話
俺の名前は斎藤雅樹。
三十七歳、職業はサラリーマン、いつも通り朝の通勤電車に乗り込もうとしていたら突然光に包まれて異世界に飛ばされてしまったようだ。
気が付くとそこは映画やゲームで見たことのある宮殿の間。真っ赤な絨毯の上に立っていた俺は目の前で驚いている二人の男女がいるのに気が付いた。
どちらも中世ヨーロッパの貴族みたいな服を着ている。まるで王様とお妃様だ。いや、まるで、とかじゃないな。王冠を被っていたから本物の王様とお妃様だ。周りを見回すと同じような(それでも王様に比べれば装飾も地味な)服装の男女がざわざわとどよめいている。俺の横には若者が一人立っている。俺と同じスーツ姿で俺と同じようにびっくりした顔をしていた。
『なんと! 勇者が二人も!? 鑑定士を呼べ!』
王様が周囲のどよめきを消すように何事か叫んだ。ちなみに、叫んでいる言語は分からなかった。英語だったらかろうじてわかったのだが、初めて聞く音だった……。足物にはチョークで書いたらしい魔法陣が不気味な色をして輝いているところだった。どうやら儀式のようなものをしていたらしくて、俺たちが召喚されたらしかった。が、二人も召喚されるとは思っていなかったらしくて慌てふためいているようだ。
俺のアニメやネットの知識をフル動員して考えたところ、どうやら異世界転移というものに巻き込まれてしまったように思えた。おいおい、勘弁してくれよ……。
それからはあっという間だった。みすぼらしい老人が杖を振りながら呪文みたいなものを呟くと俺と若者の前に薄い長方形が浮かび上がった。なんだこれ。ホログラム?
触ってみようとしたけれど、指は空をきるばかりだ。
よくわからない文字が綴られている。短い単語と下にバーがあって長さもまちまちなことから多分、俺のステータスみたいなものだろう。俺の名前から職業から色々と書き込まれているようだった。数字のようなものは見当たらない。ステータスといえども数値化まではされないようだ。……が、なんとなくわかる。これが高いとは言えないだろうな。ちなみに俺のホログラムは緑色で、隣の若者のホログラムは金色だった。うーん、嫌な予感がする。
王様も渋い表情だ。隣のお妃様とコソコソ話していたかと思うと、また誰かを呼び出した。今度は魔導士みたいな恰好をした女の人だ。険しい表情のまま王様の命令を受けて大きく両手を広げて光の輪を作り出した。その輪を二分割して俺と若者の方へ送り出した。なんだこれ!? ちなみに俺の輪の方が若者よりも小さい気がした。光の輪は俺の頭上で止まったかと思ったらシュッと吸収されていった。俺の頭に、だ。
途端、視界が開けたような気がした。何だろう。頭の靄を取り払われたような感覚だ。
「これで、言葉が通じるのじゃろうか」
「ええ、陛下。私の知識魔法はどの民族にも有効。この二人にも通じるでしょう」
言葉が分かった。さっきまでただのざわめきだったはずのこの世界の人々の言葉が理解できたのだ。しかも、もっと言えばこの場所がどこなのか、どんな事情を抱えているのかも理解できた!