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見てる様で見ていない

作者: 夕方の土手

感情的にならない物静かな二人の会話です。

「コンビニの前にはゴミ箱があるって思うだろ?」


 隣に座る杉が言った。


「え? 何の話だっけ?」


 彼の話を聞きそびれていたのかと心配する。杉と話していると時々こういう事があった。会話の前後性がないのだ。

 たびたび置き去りにされてしまう。それは彼の頭の回転が速いとも、遅いとも取れるかもしれない。

 

「人間はいつも見てるものを、見ている様で見ていないものなんだ」


 得意気に杉が言う。いまだに彼の言いたいことがわかってない私は、だから何の、と昔流行った芸人の様な口調で訪ね直した。

 

「例えばさ」


 杉のぼーっとした目が運転席を捉える。車内ががたん、と揺れた。すぐに運転手の妙に味のある声が、吊革に捕まってください、と注意を呼びかける。

 

「歩行者用信号の青と赤、どっちが上だか思い出せる?」


 早速置いて行かれてしまった。一体コンビニのゴミ箱と歩行者用信号に何の関係があると言うのか。


「……あれ、どっちだっけ」


 しかしすぐに思い出せないのも事実だった。車用の信号なら思い出せる。左が青、右が赤、真ん中が黄だ。つまり歩行者用信号は上が青、下が赤だろうか。反対だった気もする。


「上が赤だよ」

 杉が短く答えた。ほらやっぱり見てないじゃないか、と。


 今思い出してたんだよ。反論しながら杉を見る。そこで違和感に気付いた。


「なんでそんなもの持ってんの?」


 そんなもの、とはコーヒーのカップだった。私は滅多に買うことはないがコンビニで150円ほどで売っていたはずだ。若者に人気のコーヒー店のロゴが容器に描かれている。ホワイトモカ味。見るだけで甘そうだ。

 問題はコーヒーカップではなく、杉がコーヒーカップを持っていることだった。


「甘いもの苦手だっただろ、杉」


「拾ったんだ」


 運転席を見ながら杉が答える。視線の先で運転手がブレーキを踏む。慣性をほとんど感じずにバスは停車した。

 杉が続ける。


「例えばさ、君がベンチに座ってたとするだろ」


「ああ、うん」


 また前後性のない話が始まるのだろうか。信号が変わり、バスが走り出す。


「充分休んだから、とか、バスが来たから、とか目的はどうでもいい。そろそろ立とうか、ってときに足元にゴミが落ちてることに気付くんだ」


「ああ、うん」


 これでも私は杉の話を聞くのが嫌いではなかった。置いて行かれたときに毎回聞き直したりはせず、最後に会話の本筋を見つけるのが楽しかったからかもしれない。

 杉が続ける。


「そのまま立ち去ると、周りの人には君がゴミを置いたまま席を離れる様に見えるわけだ」


「ああ」状況を思い浮かべる。「確かに」


 だろ、と言って杉がカップを振る。なるほどそれで拾ったわけか。でもどうしてバスに乗る前に捨てなかったのだろう。バス停のすぐ近くにはコンビニがあったはずだ。その疑問を伝えると、彼は小さく苦笑した。

 

「だから」

 と杉は前置きをする。


「コンビニの前にはゴミ箱があるって思うだろ」

最後まで見て頂いてありがとうございました

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