紫陽花とナメクジ 弐:僕≒蛞蝓。
引き続きスマホを眺めていると、気になる記事を見つける。
【紫陽花の葉には毒がある】
そこにはそんなふうに書かれていた。
毒? その記事によると人間ですら危険な毒があるのだそうだ。全く知らなかった。
そんなものを食べてナメクジは大丈夫なのだろうか?
記事を読み進めると、おかしな事が書いてある。
カタツムリやナメクジは紫陽花に居るというイメージが強いが、それは梅雨のイメージで人間が画像を合成したり、写真を撮る為だけに乗せたケースがほとんどで、自然界では毒を本能的に避ける事から紫陽花の葉には虫の類がほぼ寄り付かない。
……どういう事だ?
確かに例外的に毒の薄い物や、毒の無い物もあるとは書いてあるが、うちの紫陽花はどこにでもある紫陽花だろうから多分違う。
僕は立ち上がり、部屋の隅にある机の引き出しから懐中電灯を取り出し、もう一度窓の外、紫陽花の葉を見た。
居る。
ライトに照らされた葉の上に、まだあのナメクジは居た。
しかし、確かに良く見ると、葉は食べられた形跡が全くない。
だとしたらなんでそんな場所に居るんだろう?
もやもやしながら布団に戻り、もう一度スマホを握る。
カタツムリやナメクジが紫陽花の葉に居たとしたら、食べる為ではなく外敵から自分を守る為なのかもしれない。
そんな記事を見つけた。
そうか、お前は……。
お前は自分の身を守る為にそんな居心地の悪い場所で必死に耐えていたのか。
自分にとって食べ物も無いし、食べたら害にしかならない場所で。
雨を避ける為に、外敵から身を守る為に。
敢えて毒のある環境に隠れていたのか。
自分から、本来自分が居るべき場所では無いそこへ、飛び込んだっていうのか。
……僕は、お前のようになれるだろうか?
何故だろう。ナメクジが庭の紫陽花の葉の上に居た。それだけの事。
それだけの事なのに……。
僕は涙が止まらなくなっていた。
弱い自分は、きっと涙の塩分で溶けて消えてしまうだろう。
弱い自分は、死んでしまうに違いない。
どれだけの時間そんな事を考えていただろうか。
相変わらず寝苦しく、眠気も無い。
そういえば雨音が聞こえなくなった。
既に雨は止んだらしく、朝日が昇り始め、明るい光が部屋へ射しこんでいた。
もう一度窓へ近寄り、外の紫陽花を眺めてみると、そこにもうナメクジは居なかった。
あれだけ泣いたというのに僕は、まだ生きていた。
当たり前だ。人間なのだから涙の塩分で溶けたりしない。
それがなんだかおかしくて、笑ってしまう。
そうだった。僕は人間だ。
あのナメクジみたいに強い存在じゃない。
ただの弱い人間だった。
……そして、遅れてきた眠気に目を擦りながら、自分が居るべきではない場所の事を考える。
……変われる、だろうか?
久しぶりにクローゼットから学生服を取り出すと、少しじめっとした臭いが鼻を突く。
さっそく心が折れてしまいそうだ。
……まずは、クリーニング屋まで出かける事から始めるか。
そうだ、焦る必要は無い。
いくら自分に言い訳をして、遠回りしたっていい。
あのナメクジのようにゆっくりとしか進めなくても、殻から出て歩みを止めなければ……。
ちょっとは前に進めるんだ。
適当な服に着替えて数か月ぶりに家から出る。
その様子を見ていた両親は泣いていた。
いい大人にもなって泣くとかやめなよみっともない。
溶けて消えちゃうよ?
それにしても、空が青い。
日光が眩しい。
目頭やら目の奥やらが痛い。
犬の散歩をしているお姉さんと目が合うが、なんだか笑われた気がする。
これが、殻から出るって事か……。
やっぱりあいつは凄いよ。
僕はジーンと響いてくる痛みに、目を手で拭いながら……もう一度、雲一つ無い空を見上げる。
気が付けば
もう梅雨は終わっていた。
お読みくださりありがとうございます。改めまして、monakaと申します。
この度梅雨をテーマの短編集を作ろうという話を頂き参加させてもらいました。
皆で一つの物を作り上げるという事や、普段書かない短編という事もあって新鮮な気持ちで楽しく書けましたがいかがだったでしょうか?
普段は【ぼっち姫は目立ちたくない!】というファンタジーを書いていますので興味を持って下さった方はどうぞご一読下さい。
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それでは素敵な作品が揃っていますので、どうぞ最後までお楽しみください☆