驟雨2/2
わっちを作ったあの人さんは「梅雨が嫌い」とおっせえした。
でも心の中まで憎んではござりんせん。見ればわかりんす。
あの主さんは、野暮で天邪鬼の与太郎でありんすから、好かねえことをやるんでやんす。
アレはわっちが梅雨を止める力がないと知って、わざとわっちを作ったのでありんしょう。自分が雨男だから、吊るせば雨が降ると言っておりんした。
……それならいっそ窓辺になんかにゃ吊るさずに、机の傍らにでも置いておくんなんし。雨を止ませろと言いなんすな。
わっちの声は、いくら出しても野暮天の耳には届きんせん。
「おぶしゃれざんすな!」と詰ろうとも、とんちきな主さんはどこ吹く風でござりんす。
それではあまりにむごうありんすから、わっちはこうして空の神様にずっとおがみいす。
すると――いえきっと、そんなわっちの願いが届いたんでござりんしょうね。
わっちを作った与太郎の部屋に、奇妙な小包が届いたんでありんす。
その中身は主さんの首を傾げさせんした。
机の上に取り出されたんは銀の缶詰。茶筒のような形をした小さな缶でありんす。
缶は貼り紙も下げ札もありんせん。わっちの頭と同じのっぺらぼうでござりんすから、主さんも気になって仕方ありんせん。
「この缶詰、悪戯かなぁ?」
主さんは缶を取り耳元へ近付け振ってみんした。中身はわかりんせんようでありんす。
当たり前でありんす。その缶の中には何も入っておりんせん。
その代わり、梅雨が閉じ込められていんす。
わっちが吉原に居た頃の話でありんすが、
似たような話を、武左な塩次郎が噂しているのを聞いた事がございんした。
あの頃は缶の代わりに竹筒でありんしたけど、わっちの耳にした珍品と瓜二つ。テルテル坊主に生まれ変わっちまったわっちゃあ、体がソワソワして仕方なくなりんすから、
「ああ、早くその缶を開けておくんなんし」
と叫びんす。
きっとわっちは、その缶に閉じ込められた梅雨を慰めるために生まれて来たんでありんす。
役目を果たせば、また人に戻れるかもわかりんせん。
――ああ! じれっとうす。早く、早く開けておくんなんし。
わっちは月が陰るのを、これほど嬉しくなりんした事などありんせん。
吉原に居た頃は、そんな風に思った事すらありんせん。けれども今のわっちは雨止め人形。窓を叩くポツポツと鳴る雨音に身体はくすぐられ、心は軽やかに弾みんす。テルテル坊主の性って奴でござんしょう。
「お疲れ様でありんした」
どうせわっちの声など届かないのでありんしょうけど、わっちは缶を開けた主さんを労ってあげんした。
すると主さん、すくりと立って窓へ近付きなんす。
「雨降って来たよ……」
主さんがからりと窓を開けんすと、夜風がわっちの身体を揺らしんす。雨に濡れたわっちの身体は、梅の毒に冒されたみたいに脆くなりんしたが、不思議と痛みはありんせん。
ただ一つ、悲しい事がありんす。
雨に濡れたわっちの顔は、すっかり滲んでしまいんした。
この酷い有様を写す窓の鏡は残酷でありんす。梅の木に吊るした前世のわっちと似て、なんと見窄らしく、無惨でありんしょう。
そんなわっちを、主さんは大きな手で掴みあげると屑箱に捨てんした。
人間って生き物は、なんて横暴なんでありんしょうね。わっちが雨を止めようとしていんすのに、気に入りんせんからと投げ捨てる。
「もうようざんす、わっちは諦めんしたから。好きにしておくんなんし」
それも悪くありんせん。運命って奴でありんしょう。受け入れんす。
今のわっちは不思議と満たされた気分でありんすから。この雨音を聞きながら眠るのも一興でありんしょうし。
振り返れば生まれ変わって数日、短い生涯ではありんした。梅雨は始まったばかりでありんす。役目も果たしてはござりんせん。
でも、わっちの心だけは晴れ晴れとしていんす。
きっと、わっちがテルテル坊主に生まれ変わったのは、心の中に振り続けた梅雨を晴らす為だったんでありんしょうね。
だったらわっちは幸せ者でありんす。
……あい、ありがとうございんした。おさらばえ。
羽黒
@haguro_ism
読んでいただき、ありがとうございんした。
廓言葉は初めて書いたんですが、書いててとても楽しかったです。
少しでも楽しんでもらえたなら幸いでありんす。
あい、次の話はmonakaさんになります。どうぞヨロシク。おさらばえ!