驟雨1/2
わっちは、つくづく梅と縁のある女でありんす。
小恥馬鹿らしゅうありんすが、わっちの前身は酷い親不孝者でありんした。
饅頭臭いチビの頃から、ご亭さんや姉さん方には面倒を見て貰いんして、さぁこれからと言う時に、うっかり瘡毒を患ったのでありんす。
瘡毒、今で言う梅毒でありんす。梅毒なんてと今の方は馴染みが薄いんでありんしょうし、見たこともございせんでありんしょうけど、この患いは遊女にはつきものの病。
わっちの姉さんは「一度かかっちまえば子も孕まず、瘡毒も怯えずにすみなんし。怖いものなどありんせん」と申しんすが……いえ確かに一人前の証に違いありんせん。罹ったわっちは、姉さんの気持ちもよくわかりんす。
けど、わっちゃあ嫌でありんす。
梅の花はどれだけ華麗に咲こうとも、花開けば散りぬるのがさだめでありんす。いえ、花は散れども樹は残りんす。ただ瘡毒って奴は洞のように沸いて、肉を腐らせ、わっちの身体を蝕みんす。
それがわっちゃあ恐ろしくてかないんせん。日に日にこの身は醜くなりんす。鼻は欠け、歯も抜け、髪すら薄くなってしまいんすから、ヲンナどころか人の顔ではござりんせん。
わっちは、散るのを待たずに枯れるんが嫌になりんした。いずれ果てる命なら、いっそ今すぐ燃やしつかわそうと、胸の中を悪い病が満たしていったんでありんす。
文久二年、六月。
わっちの最期は雨が降っておりんした。
梅の木に縄を括り「あい、おさばらえ」と身を吊るしたんでありんす。
※
だから、親不孝者のわっちぁ罰が当たって当然でありんす。
目が覚めたわっちの身体に足はありんせんした。死んで幽霊になりんした……とも思いんしたが、どうもそうではござりんせん。
夜窓へ写ったわっちの姿は、かたっきし人の形をしておりんせん。
それはもう醜い醜い『テルテル坊主』でございんした。
あい、今のわっちは紐で吊るされ部屋に曝けた、一匹の咎人でありんす。