洋服を買おう
俺が店から出ると
そこには、首輪を付けられた三人が居た
「…お待たせ」
その声にビクッと怯えたのはニナで
残りの二人もその表情は硬く
口を開いたのは、シロナだった
「…さっさとしてくれる?」
「ごめん、ごめんちょっと書類書くのに手間取ってさ」
そう言って、俺は歩き出すが
彼女たちは誰一人そこから動こうとはせずに
戸惑った顔をしていて、リーフィアが躊躇いがちに俺に聞く
「…隷紋、まだ入れてないです」
あぁ、さっさとしろって言うのはそういう事か…
そこで、やっと彼女達の表情の意味を理解して
「…別に入れないけど」
「ないとマズいもんなのかな?」
そんな俺の返答に三人とも面食らった顔をする
「…本当にただの馬鹿だったみたいね」
シロナはそう言い捨てて、そして深い溜息を吐く
「私達は、貴方の所有物よ?」
「逃げたり、反抗したりしない様にするのは、当然の事なんじゃない?」
言わんとしてることは分からなくもなくて
彼女たちを奴隷と呼ぶなら
多分、そうするべきなのだろうが…
「だって、アイドルになるんでしょ?」
確かに、俺は彼女達にそう聞いて
彼女達はそれに答えた
「それとも、それも嘘だったりする?」
三人は顔を見合わせて、ニナがそれに答える
「…アイドルがなにか良く分かんないけど」
「あたしは精一杯頑張るよ?」
痛い事をされないと分かったからなのか
その顔に先ほどの怯えはない
「リーフィアさんは?」
「…私も、頑張りますけど」
「じゃあ、シロナは?」
俺のその問いに
シロナは無感情なまま顔のまま声音だけを作り
「…はい、ご主人様」
「ご命令なら喜んで」
さっきの笑顔が、まるで夢か幻かの様な
無表情に俺は苦笑いしてしまい
「ご主人様って言うのは辞めてくれ」
「俺はアヤトだ」
「これからよろしくね?」
そう言って、手を差し出すが
誰もその手を取ろうとはしない
俺は諦めて、手を引っ込め彼女達に笑顔を向ける
「取り敢えず、まずは買い物!」
「この辺の地理詳しい人いるかな?」
それに手を上げたのはニナ
「任せて、自信あるよ」
「何買い物するの?…えーっと、アヤト様?」
「アヤトで良いって」
それに、むず痒いような顔をしたニナは
戸惑いがちに
「アヤト…うーん、お兄ちゃんで良い?」
…なんだろう、この背徳感
彼女の歳を知らないが、見た目だけなら
確実に犯罪臭のするニナにそう呼ばれると
変な属性に目覚めてしまいそうだった
「まぁ、ご主人様よりはいいか…」
「えっと、まずは服」
「アヤトさん、不思議な服着てますもんね」
俺のスーツ姿を見て
リーフィアはそんなことを言うが
「別に、俺のはこれで事足りる」
「買うのは君たちの服だ」
全員、かなり際どい格好をしていて
特にリーフィアの格好は
ミニスカートどころの騒ぎではなく
歩けば、その中が見えてしまいそうで…
「みんなパンツは穿いてるんだよね?」
それにリーフィアは不思議そうな顔をする
「…パンツというのは何でしょうか?」
…そんな所で異世界感出さないで?
というか、意識してしまったら
それしか考えられそうになく俺は彼女達から目を背けて
「取り敢えず、早急にみんなの服を揃えないといけない事だけは分かった」
「どっか、おすすめの服屋ってある?」
「出来れば可愛い服がある所」
「いくつかあるんだけど…」
そこでニナは、少し言い淀み
「でも、奴隷が入れるお店は知らないよ」
当たり前のように言われたその言葉に
なんの気無しにそれを返してしまう
「…奴隷ってそんなに差別されてるの?」
その言葉に、シロナはニコリと笑って
「…差別?」
「ご主人様は家畜を着飾るんですか?」
「随分変わった趣味してるんですね」
それを慌ててリーフィアが制止して
「シロちゃん、ストップ」
「ご主人様って呼ぶなって言ってたよ?」
だがシロナはそれを無視して、俺に笑みを浮かべ
「ご主人様」
「そう呼ばれるのがお気に召さないのなら」
「《隷紋で言う事を聞かせたらどうです?》」
…どうやら俺の発言はシロナの地雷を踏み抜いたらしく
こんな調子では言う事を全てに噛み付かれかねない
「好きに呼んでくれて構わないよ、強制はしたくない」
「気に触ることを言ったのなら謝罪する」
そう言って俺は頭を下げて彼女達にそれを告げる
「…俺は漂流者だ」
「この世界の事を知らなくて、知らないが故に失礼な言動や、訳の分からない事を言うかもしれないから」
「その時は、教えてくれると助かるかな?」
その言葉にシロナ以外の二人は合点がいった顔をしていて
「…漂流者って初めて見た」
ニナはまじまじと俺を見ていて
「そんなに珍しいもんなのか?」
それにニナは頷きを返して
「多分…お兄ちゃん以外見た事無いし」
リーフィアもそれに相槌を打つ
「そうですね、その言葉が最後に歴史に出てきたのは、英霊戦の時では無いでしょうか?」
…聞いたことの無い単語が出てきた
「その、英霊戦って何だ?」
「25年程前にあった、魔王討伐です」
なんかファンタジーっぽい単語が出てきて
リーフィアの説明を要約すると
世界は闇に包まれていて、漂流者を含めた四人の英雄達がそれを討伐して世界は平和になったと、どうやらそういう話らしく…
「とまぁ、それが終わって世界は平和になったって話で良いのかな?」
…そんな時に、ここに来ないで良かったと言うべきか、はたまたせっかくファンタジーじみた世界に来たのに特別になる機会を失ったと言うべきなのか、それに少し迷ってしまう
それにシロナは補足するように
「…そうね、ご主人様と同じ人間にとっては、平和で安寧の日々の始まりよ」
どこか棘のある言い回し、それは
自分達にとってはそうでは無いと言わんばかりで
「奴隷って制度もその辺が絡んでる?…」
ニナはそれに頷いて
「そう、魔王が治めていた領地に、私達…隷属種って呼ばれる皆は住んでいて」
「魔王が倒された後に、その領地も、そこに住む人も物もぜーんぶ人間達が持ちさって」
「…売られたの」
聞いてしまえば、それは俺が暮らしていた世界
その、中世の歴史に酷似していて
多分、戦勝国…
その言い方が正しいかは分からないが
人間達の視点から見れば、彼女達を奴隷と呼ぶのも
権利すら無いのも当たり前に見えて
彼女たちから見たら、それは忌むべき歴史で
住んでいた土地も、家も家族も
全てを奪い去られて、物として扱われる
ーーそんな日々の始まりで
その天秤は狂い無く
不幸と幸福が同じだけあるのだけれど
だとしたら、平等と呼ぶのだろうか?と
そんなことを考えてしまう
俺が押し黙って居るのを見たニナは少し笑って
「あたしはそうやって暮らしてた時…」
「物じゃなかった時を知らないから」
「あんまり気にしないでいいよ?」
話はおしまいとばかりに、ニナは
「結局、お買い物はどうするの?」
「取り敢えず…案内してくれ」
「…それは良いけど」
それに戸惑った顔を浮かべる
ニナの話を聞いていなかった訳では無いが
だからといって、はいそうですかと鵜呑みにする気もさらさら無くて
「物は試しに、やってみて」
「ダメならダメで、また考えるよ」
別に無策に頼み込めばどうにかなるとは思わない
けれど、それは難しい話でも無い
大通りから外れた服屋
その前で、ニナは立ち止まって
「この辺だと、あれが最後かな?」
俺はそれを眺める
店には店主と思しき人が一人いるだけで他に客は見えず、その店主も暇そうにしていて
ここから見える商品は、あまり飾り気がない
「…あそこで良い」
そう言って、三人を連れて店に入ると
店主はこちらを見て、忌々しそうに告げる
「奴隷は外に置いて頂けますか?」
俺はその店主に軽く会釈をして
「すみません、それは承知してるのですが」
「今日は彼女達の服を買いに来たもので…」
…まるで狂人を眺めるような目で俺を見る店主
「ウチは人用の服しかございません」
「奴隷になんか着させる服は有りませんよ」
それを聞いた俺は残念そうな顔を浮かべて
「こちらで扱う服は質がいいと聞いたのですが」
「売って頂けないのであれば仕方ありません」
「他の店に伺うとします」
「ニナ、リーフィア、シロナ」
「しょうがない、仕立屋に行こうか?」
そう言って立ち去ろうとした俺に、店主は
「…仕立屋に頼んだら、ここの何倍もしますぜ」
「それでも、三人分仕立てても金貨一枚でお釣りがくるだろう?」
それは、リーフィアにさっき聞いたばかりだが
さも当然の如く、俺は店主に告げる
「わざわざ仕立ててもらうのは、勿体ないですがいさ仕方ありません」
それを聞いた店主は、ため息を付き
そっと店の外に出て
表の営業中の看板の向きを変える
「…どうせお客も居ないんで」
「ウチだったらその金額でずっと多くご用意出来ますよ、旦那」
三人の衣服を大量に買い込み、支払いを済ませ
「またご入り用の時はお願いします」
それに会釈を返して店を出る
ニナは歩き出してすぐに
腑に落ちない様子で俺にそれを聞く
「…何であんなに態度が変わったの?」
「最初は奴隷なんてって感じだったくせに」
何も難しい話ではなく
ーーどうして、奴隷が入店を断られるか?
それを考えてしまえば理由なんてそう多くはない
「…まず、あの店には客が居なかった」
「それに金がある事を提示したから」
「ただ、それだけ」
…主に前者の理由が大半だとは思うが
それを聞いたリーフィアは納得した顔で
「だから、他の店に行かなかったんですか…」
そう、他に何件か回って店に客が居ないのは
あそこだけで
リーフィアは言葉を続ける
「他にお客さん居たらダメなんですか?」
「…駄目じゃないが、難しい」
「奴隷が店に行って服を買っちゃいけないのは、どうしてだと思う?」
その質問にニナとリーフィアは考えていて
「…奴隷と同じ所で買い物してるなんて、そんな店に行きたくないって言いたいんでしょ?」
それを言ったのはシロナだ
その通り
わざわざ奴隷だけを省く理由はそこにある
品位とか品格とか…見栄と言い換えてもいい
とにかく、そんな「低俗な物とは違う」っていう
心理が有るから区別していて
それは、店主も客も同じだろうが
客の方がその意識は強いはずで
店主の言うそれは、客にそういう風に思われない為の予防線に過ぎないと俺はそう読んだ
だから俺は敢えて、店主のプライドを傷つけないように、商品を褒めたし、仕立て屋を引き合いに出してそれを比べたのだ
決して、奴隷に着せる安い商品を扱っているからこの店に来た訳ではなく、少しでも良い物を彼女達に与える為にこの店に来たと
ーーまるで、奇特な金持ちを演じてみせた
そして、プライドも傷つかず、守るべき体裁もなく、確実に金を落とす確証さえあれば…
彼等も商人なのだから、売らない理由は無いと
蓋を開けてみれば単純な話で
「でも、お兄ちゃん随分いっぱい買ったよね」
買い込んだそれは、確かに必要な分より多いが
「アイドルなら、服はいくらあっても良いし」
「…それに、次も買う為の色付かな」
だから、次も彼女たちの服を用意するときに
ここで買おうと思ったから、それの先行投資だ
リーフィアは手に持つ服を見てしみじみと
「…こんなにいい服を扱うのに」
「なんで、場末に店を構えてるんですかね?」
「いい物を扱うからって、売れるとは限らない」
手にとった時に思ったが
そこの商品はお世辞ではなく確かに品質が良かった
丁寧に裁縫されて、使っている素材も悪くなく
飾り気は無いが、長く使えそうで
ーーだからこそ、売れない
「同じ金を出すなら、きらびやかな方が売れて」
「品質がいい必要もない」
それに、二人は不思議そうな顔をして
「…飽きたら捨てて買い換えるから」
「それが粗悪で消耗品でも困らない」
シロナは無表情にそれに答えて
自虐気味にボソッと呟く
「…まるで私達みたい」
そして笑いこちらを見て
「せめて、長く使って頂けるように頑張りますね?」
「…ご主人様に飽きられない為に」




