序章 奴隷商人の悩み
「今日も不景気だな…」
鎖に繋がれた隷属種たちを眺めつつ、後退し始めた髪を気にしながら店主は独り言を漏らす
ここは首都から離れた港町モーリスタ
食料や魔具や嗜好品、ありとあらゆる品物が行き交う物流の拠点であるこの町の片隅で、この店主が扱う商品は奴隷なのだが
ここ数年は売れる品物は少なく
懐事情は芳しくない
そんな現状に、店主は深いため息を付く
ーー始めのうちは、順調だったのだ
労働力として人気のある獣人種や魔術に長けた耳長のエルフ種、それに愛玩目的や姓商業目的のサキュバス種
そんな宝の山が毎日異国の地から商業船で運び込まれ、市場に溢れかえり
物珍しさや、人手不足の背景も手伝って
それは飛ぶように売れた
どんなに仕入れても、腐ること無く
金貨がまるで価値のないゴミのように飛び交い
此処モーリスタは一大奴隷バブルを築いたのだ
ーーだが、そのバブルも長くは続かなかった
優良な商品たちはすぐに枯渇し
人よりも長く生きる隷属種達は
買い替えの需要も無く
今や奴隷市場は安い金額で買い叩かれる
不良品ばかりが溢れていて
場末のこの店が扱うのは中古品…
そういえば多少は聞こえが良いが
娼婦として使えなくなった払い下げや、労働力として使えなくなった廃棄品を処分料を貰って引き取って食いつなぐ傍ら、売れれば儲けものと気まぐれに店を構えているだけで
そんな現状に店主は嫌気が差す
「…そろそろ潮時かね」
そんな独り言を漏らせば、ここしばらく鳴った記憶のない、店のドアベルが音を立てて、店主がそちらに目を向けると
見慣れない服を着た
一人の青年がそこに立っていた
「…いらっしゃい」
「ようこそゴミ箱へ」
青年はそんな店主の皮肉を気にも止めずに
店内をひとしきり見渡した後に呟く
「…良い店ですね」
「こりゃ、とんだ冗談を」
ーーだってここはゴミ箱ですぜ
そう言葉を続けようとしたが、青年の目は真剣そのもので、それを見て店主は言いかけた言葉を引っ込める
そもそも、こんな所まで使えなくなった奴隷を買いに来るなんていう物好きは少ないとはいえ、全くいないわけではない
だが、そんな廃棄物の使い道としてすぐに思いつくのは、慰み物にするなら良い方で、後は剣の試し切りか、ストレス発散のサンドバックかといった具合でしかなく
そういう奴は大抵濁りきった瞳で
まるで獲物を探すように店内を物色するのだが
ーーこの青年は違った
その目はまるでなにか
宝物でも探すかのように子供じみていて
「…何をお探しで?」
今日はもう店仕舞いだとそうやって追い返そうと決めていたはずの店主は好奇心に負けてしまう
そう問われた青年は躊躇いがちに
「…女の子が欲しい」
青年の言った的はずれな注文に
思わず苦笑してしまう店主
「奴隷を買うのは初めてですかい?」
青年はその言葉に頭を掻きながら
諦めたような口振りで
「やっぱり売ってくれない感じです?」
ーー確かに、よその店にしてみれば、面倒な客に違いないだろうと店主は思う
奴隷のことを人扱いするなんて
相手にされなくて当たり前だが
そんな常識知らずを相手にするほど困窮しているのも事実であり
「…旦那にアドバイスです」
「奴隷は人じゃない」
「そこにあるのは物なんですから、それを間違えちゃいけませんぜ?」
青年を見据えたまま、店主は再度それを聞く
「…何をお探しですかい?」
青年は怯みもせず、躊躇いもせず
まっすぐ見返してそれを繰り返す
「…女の子が欲しい」
ーーこの青年は人の話を聞いてたのだろうか?
店主は呆れ返りながら、訂正するのを諦め
メスを探しているという事は、娼館で働かさせるか、個人的な慰み物なのだろうとは思いながら
それでもこの店が扱う商品で事足りることは無いだろうと、青年にそれを説明する
「この店に有るのはゴミばかりで仕事を…客を取らせたり出来る様な代物は有りませんで?」
「見るに耐えない、傷物しかねぇですから」
青年はその言葉に、少し顔を歪めながら
「脱がせたり…そういう事をさせたりする気は無いんで」
「…見せてもらって良いですか?」
…それを聞いてもなお、商品を見たいなんていうのはもはや、奇特を通り過ぎて気でも狂ってるとしか思えないが
それでも真剣な眼差しは
冗談でも冷やかしでもないと告げており
「それは構わねぇですけど…」
「金はあるんですかい?」
躊躇いがちに懐から取り出された小袋には
金貨が詰まっていて
それを見て、店主は驚いてしまう
青年が持つそれはそこそこの金額であり
それだけ有れば、高級店で上玉を買える
だが店主も商人であり、わざわざネギを背負ってきたカモを逃すことも無いとそれを思い直し
「…品定めした事は?」
「無いから、色々教えてくれると助かる」
…それでは、どちらにせよ高級店でも
不良品を高値で買わされておしまいだった
ニールは魔具である鏡に魔力を通し、透過させ
その先にある光景を映し出し
「向こうからは見えねぇんで安心してください」
「生憎、扱っているタマはこれしかねぇです」
そこに居るのは檻に入れられた商品
狐耳の少女に
尖った耳のエルフ
片方の角が折れた小鬼
それをじっと眺めながら青年は呟いて
「…みんな可愛いですね」
ーー確かに見た目だけなら、それなりの器量だが
どれも金を出して買おうなんていう代物では無く
「現物見せたほうが早いですかねぇ…」
「ちょっと待っててくだせぇ」
そう言って店主は店の奥に一度消えて
戻ってきた時に引きずって来たのは狐耳の少女
白銀の髪からぴょこっと突き出す尖った耳にフサフサとした毛並みの尻尾
その金色の目は青年を無感情に眺めていて
それに店主は冷たい声で命令する
「ご主人様になるかもしれない方だ」
「ちゃんと奉仕してみせろ」
少女はそれに動こうとせず
「…隷紋でいうことを聞かされたいか?」
それを聞いた妖狐種の少女は諦めたようにボロボロの布切れのような服を脱ぎ始めて
なんの感情も見せないままその裸体を晒し
…それを見た青年は、堪えきれずに顔を歪める
その少女の身体を埋め尽くすのは
夥しい数の焼き印でーー
「…あんたはこれでも買いたいって思うんですかね?」
少女の身体に刻まれた焼き印は「隷紋」と呼ばれる、個人の所有物を表す証であり、その所有者が魔力を流せば、耐え難い苦痛をもたらす鞭になり
少女に刻まれた夥しい隷紋は
その数だけ所有されて
それと同じ数だけ捨てられたという事で
問題を抱えた商品であるという事だったのだが
ーー何にも言わずに売りつけて返品されても困るからと現実を見せたが…正直、素人相手にやり過ぎただろうか?
「これでわかりましたかい?」
「旦那だってこんなのに欲情しないでしょうよ」
それでも青年は、少女から目を背ける事無く
まっすぐそれを見て聞いた
「君の名前を教えてくれる?」
「…シロナ」
ただ、その一言を聞いた瞬間に
青年は目を見開いて
そこで、気でも狂ったかのような叫びを上げる
「やっと、見つけたぞ!!」
そのまま青年は少女の肩を掴んで
期待と興奮の入り混じった声でーー
「なぁ君、アイドルにならないか!?」




