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かっちゃった

 もう用事は済ませてしまった。だから後は帰るだけ。なのに、なんだか名残惜しくて、二人は当て所もなくうろうろとしていた。やっぱり手は繋いだままで。あちこち覗き込んではあれがかわいいこれがかわいい、どうのこうの、なんだかんだ。要はそこら辺の女の子と何も変わらない。

 だけど車を停めた辺りの出入り口はどんどん近付いてきて、終わりは容赦なく迫ってくる。分かってはいる。あまり長居はしていられない。帰らなければならない。

 だったら、最後にここだけ寄ろうか。互いに口には出さず、ふらりと入ったのは女性向けの雑貨が置いてある店舗だった。


「ブランケットいいなあ」

「ふかふかです」

「ふかふかだぁ」


 畳んであるブランケットの隙間につい手を入れてしまったり、やたら手足の長いカエルのぬいぐるみを腕組み状態にしたり、ベレー帽やニット帽をとっかえひっかえしてみたり。

 そんな調子であれやこれや見ていたのだが、店舗の奥の方まで辿り着いた時、ふと同じものが目に止まった。


「あ、かわいい」


 声に出したのも同時だった。手に取ったのは、華奢な指輪。アネモネの花と葉が指に巻き付くような、そんな細い指輪だった。ただし、エマが手にしたのは青いアネモネ、葉月が手にしたのは赤いアネモネだ。

 思わず顔を見合わせて、笑い出してしまう。こんな雑貨屋で売っているものだから宝石なり輝石なりが埋め込まれているわけではない。金属だって合金で、値段も安い。だが、その小さな指輪を同じように「かわいい」と思ったのは紛れもない事実で。


「……買っちゃいましょうか」

「そうだね、買っちゃおっか」


 まるで二人だけの秘密のように。会計の時も小銭入れを覗き込んで、十円あるよとか言い合って。

 こうして、エマと葉月は二人だけの宝物を手に入れて、ようやく帰路へついたのだった。




 二人は知っていただろうか。青いアネモネの花言葉は「貴方を信じて待つ」。赤いアネモネの花言葉は「君を愛する」。




「本日の予定を申し上げます。午前十時より……」


 松代がいつものようにスケジュールを読み上げる。葉月は書類を捲り、どのような相手かを確認する。


「先日の杉浦様からの追加発注、理由は分かりましたか?」

「今しばらくお待ち下さい。相手側が明確に火消し作業を行っております」

「会合の時間までに間に合いますか」

「昼食のお時間には、然るべきご報告をいたします」


 できると思います、などという希望的観測などは決して言わない。そのようなものは足枷にしかならないからだ。できるか、できないか。できるならいつまでにできるのか。それだけでいい。


 報告を終え、会合先へと向かうまでに僅かな間が発生する。葉月は自室へ戻ると、姫鏡台の小さな引き出しを開けた。取り出したのは小さな小さながま口だ。前にみどりが「冗談で作った」と、それこそ印鑑入れか何かに使うような口金を用いて作った、掌に収まってしまうほどに小さながま口。

 ぱちり、と音を立てて開ける。中に入っているのは、小さな指輪。ひっそりと咲く、アネモネの花。それを今着けることはしなかったが、見つめて少し微笑んでから、そっと仕舞った。


「よし、がんばりましょうっ」


 鏡台から立ち上がる頃には既に、葉月の表情から緩さや甘さは掻き消えている。安藤家当主・安藤葉月として彼女は一歩、外へと踏み出した。




 戒斗、いや、鉄男を仕事へと送り出して、エマはひとり部屋に戻る。さて、今日のご飯は何にしようかな。洗濯物を干して、布団も干して、天気が良いからカーテンも洗おうかな?

 そんな事を考えつつも、向かったのは居間。片隅に置いてある、小さなティーポット型のジュエリーケースを開ける。中から取り出したのは、小さな指輪。ひっそりと咲く、アネモネの花。朝の光を受けてかすかに輝く。


「うん、今日も一日がんばろっ」


 家事があるのでつけることはしない。だが、小さな大事な宝物を見ると、嬉しくなるのだ。そっと元に戻して、エマは微笑んだ。

 また、二人でお出かけできたら良いな。今度はどこに行こう、何をしよう。




 一緒に、手を繋いで。友達と二人なら、どこにだって行ける。何だってできる。

 さあ、次はどんなお話をしよう?

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