第56話 特別なんかじゃない
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訓練場の中央に置かれた椅子に腰掛けて、レオンはぼんやりと前を見つめている。
彼の目に映っているのは、子供たちが各々の訓練で体を動かす姿だ。
しかし心此処にあらずといった様子で、レオンの注意が子供たちに向くことはなかった。
「……レオン」
彼の背後にそっと寄り添うナターシャ。
レオンは前を向いたまま、尋ねた。
「アメルは?」
「とりあえず、あたしが預かってるよ。あたしが取ってる宿の部屋にいさせてる」
「……すまないね。迷惑を掛けてしまって」
「気にしなくていいよ。あたしとあんたの仲じゃないか」
ナターシャは腕を組んで、子供たちを見つめた。
「心の傷ってもんは根深いからね……あたしには、子供たちがああ言う気持ちも分からないではないんだよ」
それは、決してアメルのことを非難しているわけではない。かといって彼女の肩を持っているわけでもない。
彼女はあくまで中立的な立場で、物事を見て言葉を述べているのだ。
「これから、子供たちはあの子を見る度に指を指すだろうね。それでもあんたは、此処であの子を育てていくつもりかい」
「……そのつもりだよ」
レオンは答えた。
「アメルに罪はない。逃げる必要は何処にもないんだ。だったら堂々としてればいい」
「……あの子はあんたほど心が強いわけじゃないんだよ。少しはあの子の気持ちも考えておやり」
レオンの言葉に半ば呆れた様子で、ナターシャは肩を竦めた。
「……訓練も大事なんだろうけどね。教え子の心を守ってやるのも、教官の大事な務めだよ」
「……ああ、分かってる」
まるで説教をされているみたいだ。
それを自覚すると、急に可笑しくなった。レオンはふふっと笑って、ナターシャに視線を向けた。
レオンが急に笑い出したので、怪訝に思ったのだろう。ナターシャの片眉が跳ねた。
「何だい、急に笑ったりして」
「君は変わってないなと思ってね」
肩を上下させながら、レオンは言った。
「僕に説教をするのは、君だけだよ。……昔から、君だけは僕を勇者だとは見ないで対等に接してくれていた」
ふう……と大きく息を吐き、視線を前に戻す。
「それが、嬉しくてね」
「今更何を言ってるんだい。あんただって普通の人間なんだよ。そんなの当たり前じゃないか」
嫌だね、と言って彼女はレオンの肩に手を置いた。
「勇者だから特別だとか、そういう考え方はするもんじゃないよ。勇者だって泣いたり落ち込んだりする普通の人間なんだ。あたしらがそれを忘れちまったら、誰がそいつの苦しみを和らげてやるって言うんだい」
「……そう考えてくれる君がいたから、僕は最後まで魔族と戦い抜くことができたんだ」
ありがとう、とレオンは言った。
ナターシャはそれを何と言うこともなく聞いていた。
二人の間に沈黙が横たわる。
子供たちの掛け声が、遠くから風の囁きのように聞こえてきた。
「……さて」
沈黙を破って、レオンはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「僕は一足先に帰らせてもらうよ。アメルを迎えに行かないとね」
「そうかい。気を付けてお帰り」
去っていくレオンをその場で見送るナターシャ。
彼女は髪を掻き上げて、案山子相手に武器を振るっている子供たちの元へと歩いていった。




