第45話 帝国は世界最強の夢を見る
巨大な渓谷が連なっている。翼を持つ生き物以外は生息することすら難しいその場所に、一隻の飛空艇が停まっていた。
船体に、獅子の横顔を象った紋が描かれている。
ビブリード帝国の船である。
内部に幾つもの武装や兵器を内包するその船は、巡回する兵士に守られながら、不気味な沈黙を保っていた。
船内の奥、とある一室にて──
椅子に座りながら、リヴニルは目の前で語られる甲冑の男からの報告に耳を傾けていた。
「……それで」
言葉が途切れたところで、モノクルの位置を直しながら、問いかける。
「戦車を放棄して、何の戦果も上げずに逃げ帰ったと……そう言うんだね?」
「も、申し訳ありません! そもそもの失態は、此処にいる部下が敵の脅迫に屈して戦車を明け渡したからで──」
甲冑の男──エヴァが体を二つ折りにして必死に謝罪する。
彼に倣って頭を下げながら、ローランはぼそりと言った。
「失態も何も、隊長がわざわざ狙われやすい場所にいたからそこに付け込まれたんでしょうが……」
「この失態は必ず挽回します! 何卒、我々にそのための機会をお与え下さい!」
「……まあ、戦車なんて数あるうちの一台だからね。アガヴェラに取られてしまったところで痛くも痒くもない。私が怒っているのは」
リヴニルは席を立って、穏やかながら冷たい眼差しを彼らへと向けた。
「娘一人取り戻すこともできないお前たちの無能さについてなんだよ」
「そ、それは……っ」
エヴァは言葉に詰まった。
「……勇者が、敵国に勇者がいたんです! レオン・ティルカート……奴さえ現れなければ、後れを取ることもなかったのです……!」
「……レオン?」
リヴニルは宙に視線を這わせてしばし考え込み、ややあってああと呟いた。
「……その名前は知っているよ。二年前、同盟軍を率いて魔族と戦った英雄だね。あの戦いの後から姿を見ないと思っていたが、そうか、アガヴェラに身を寄せていたとはね……」
顎に手を当てて、考えを巡らせる。
「……英雄と対決か。ふふ、久々に熱い戦いになりそうだよ」
「……あの、リヴニル様。我々の処分は……」
恐る恐るエヴァが尋ねる。
リヴニルは一転して微笑み顔を彼らへと向けて、言った。
「私は寛大だからね。面白い話を聞かせてくれた礼として、この場ではお前たちを処分することはしない」
髪を掻き上げて、続ける。
「でも、何事にも限度というものはある。次に事をしくじったら……分かっているね?」
「は、はいっ!」
更に深く頭を下げて返事をするエヴァ。
リヴニルは右手を前方に掲げて、告げた。
「生身で英雄と戦えとは言わない。特別に、機動装甲の貸し出しを許可しよう。それを使って、次こそはあの子を奪還してくるんだ。分かったね?」
「必ず、リヴニル様の仰せの通りに!」
エヴァは一礼をすると、ローランを引き連れて部屋を出て行った。
一人になったリヴニルは、窓の外に目を向けて、呟いた。
「二年前に英雄になった男……所詮はカビの生えた伝説だ。我らの力で、その幻想譚を打ち砕いてみせよう。我らビブリード帝国が世界最強であるということを世に知らしめてあげようではないか」




