第42話 一秒でも長く
「…………」
レオンは身じろぎした。
目を開けると、窓から差し込んでくる月明かりが目に入った。
優しい夜の闇。静寂。それらが彼のことを包み込んでいる。
目が暗さに慣れてくると、此処が自宅の寝室であることが分かってきた。
……どうして、此処に……
訝っていると、視界の外から落ち着いた声が掛けられた。
「……目が覚めたかい」
声がした方に目を向けると。
壁に腕を組んで寄り掛かっているナターシャの姿が、見えた。
レオンは起き上がろうと上半身に力を入れた。
それを、ナターシャが制する。
「無理して起きなくていいよ。夜なんだし、そのままゆっくり寝てな」
「……どうして、此処に……」
レオンが訝ると、ナターシャはふっと息を吐いた。
「それは、何であんたが此処にいるのかって意味かい? それとも何であたしが此処にいるのかって意味かい」
少しの間を置いて、その両方の疑問に彼女は答えてくれた。
「あたしがあんたを此処まで運んだんだよ。アメルの案内でね、あんたの家の場所を聞いたんだ」
「!……アメル」
レオンは少女の姿を探して首を動かした。
覚えている──気を失う寸前に見た、魔物と向き合っていた少女は、今はレオンの隣で穏やかな寝息を立てていた。
ベッドの横、アメルがこの家で暮らすようになってから新たに誂えた床上の自分用の寝床で、毛布を肩まで被って眠っている。
レオンがベッドを占領しているため、代わりにそこを使っているのだろう。
「その子に聞いたよ。あんた、出先で倒れたそうじゃないか。教官が教え子に世話されるなんて、あんた何をやってるんだい」
ナターシャは溜め息をついて、続けた。
「こう言うのは余計なお世話かもしれないけどね……あんた、仕事は控えて養生するべきなんじゃないのかい。あんたのその体、仕事を続けるには無理があるようにあたしには見えるよ」
「……僕は……」
反論しようとすると、ナターシャは肩を竦めて、
「……ま、そう言ったところであんたは聞いちゃくれないんだろうけどね。あんた、昔から任務に対しては頑ななところがあったしね」
遠い目をする彼女。レオンの勇者時代のことを思い出しているのだろう。
「……でも、無理だけはするんじゃないよ。意固地になって、そのせいであんたが早く力尽きるようなことがあっちゃ意味はないんだから」
一分でも、一秒でも長く生きてほしい。
それは、ナターシャの願いだった。
レオンに残された寿命は長らえることはできない。それでも、長らえたいと願うのは人間の性なのではなかろうか。
「生きておくれよ。精一杯に……あたしたちのためだけじゃない、あんた自身のためにも」
「……善処するよ」
ナターシャの切ない言葉にレオンは頷いて、目を閉ざした。
全身を、倦怠感のようなものが包み込んでいる……疲れているのだろうと独りごちて、彼は再び眠りの世界へと旅立ったのであった。




