第40話 忍び寄る影
ゼブララプトルの死骸の前にしゃがみ、レオンはナイフを振るっている。
その手捌きを、アメルは横に立って見つめている。
「何をしてるの?」
「これはね、解体作業と言うんだよ」
ゼブララプトルの腹に入れたナイフをゆっくりと動かしながら、レオンは答えた。
「ゼブララプトルの肉は食用になるんだ。ギルドに納品するために持って帰ろうと思ってね」
魔物は肉や皮、爪、牙などが素材になる。
肉は食用として、皮や爪、牙は武具の素材として街の職人に重宝されているのだ。
それらを鮮度を落とさずに持ち帰るために行うのが、解体作業である。倒した魔物の死骸をその場で捌いて、素材にして持ち運びやすくするのだ。
自力で解体作業ができなくても冒険者ギルドに行けば専属の解体職人がいるので、丸のまま死骸を持ち帰るのもひとつの手だ。しかし自分で解体作業ができれば余計な部位まで持ち歩かずに済むので、冒険者であれば覚えておいて損はないスキルであると言えるだろう。
「その場で血抜きをすれば肉の鮮度は落ちないからね。内臓も取り除いておいた方がいい。鮮度がいい方が高く買取してもらえるから、アメルも余裕があったら覚えておくといいよ」
腹を開き、内臓を取り出す。
……気持ち悪いって思わないのかな。レオン。
血にまみれた内臓にちょっぴり嫌悪感を覚えつつ、アメルはレオンの手元に注目した。
レオンの手は、小刻みに震えていた。
内臓を残らず掻き出したところで、ナイフが手から離れてちゃりんと落ちる。
レオンは顔を顰めて、血まみれの手で胸元をぎゅっと掴んだ。
「……う、……」
ふっ、ふっと呼吸の間隔が短くなっていく。
レオン、また……
アメルは心配そうにレオンの顔を覗き込んだ。
「痛いの? 大丈夫?」
「……大丈……」
大したことはない、とレオンは答えようとした。
その時だった。
どくん、と今までにない圧迫感を心臓が訴えた。
爪を立てて力一杯握り潰されているような感覚がレオンを襲う。
それは肉を鋭い刃で裂かれているような激痛となって、彼の全身を貫いた。
「……ぐ……あぁっ……!」
堪えきれず、悲鳴が漏れた。
アメルがびっくりしてレオンの両肩を掴んだ。
「レオン!」
ぐらり、とレオンの上体が傾ぐ。
地面の上に散らばっている内臓の上に、彼は倒れた。内臓がぐちゃりと潰れて、中から汁のようなものが溢れ出てきた。
アメルは半ばパニックになって、辺りを助けを求めるように見渡した。
何処までも広がった平原に、人の姿はない。まばらに生えている木と茂みと草が見えるばかりだ。
その茂みの陰に、灰色の影を見つけてアメルの動きが止まる。
灰色の影はどんどん増えていき、二人の方に近付いてきつつあった。
長い毛に、長い尻尾。長い爪。すらりとしたフォルム。
それは、狼であった。
グレイウルフ。平原や高原など、広い地域に生息している魔物である。
群れで協力して狩りをする習性を持っており、普通の獣と比較すると頭が良いのが特徴だ。
おそらく、ゼブララプトルの血の臭いに惹かれてやって来たのだろう。
「……!」
アメルは身を竦ませた。
全部で十匹もいる、凶暴な魔物。それに狙われていることを察したのだ。
しかし、逃げるという選択肢は彼女にはなかった。
今すぐに逃げれば、彼女は助かるかもしれない。しかし、身動きが取れないレオンは間違いなく襲われることになる。
レオンを見捨てて逃げるわけにはいかないという思いが彼女の中にあったのだ。
アメルはレオンを見た。
レオンははぁはぁと激しく肩を上下させている。起き上がらせることは、できそうにない。
……私が、やらなきゃ。レオンを助けるんだ……!
彼女は唇をきゅっと結んで、鞘に収めている双剣の柄に手を掛けた。




