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第35話 破壊者の片鱗

 夕刻。訓練の時間が終わり、子供たちは各々の家へと帰っていった。

 アメルはレオンにぴったりと寄り添って、今日も一日有意義な特訓ができたと満足そうな表情を浮かべている。

 ナターシャは武器置き場に武器を片付けて、レオンの元に歩いてきた。

「訓練は終わりかい?」

「ああ。日が沈んだ後に子供たちを帰すのは危ないからね。日が沈む前に終わらせるようにしてるんだよ」

「成程ね」

 彼女は空を見上げた。

 西の空に、建物の陰に隠れるようにして黄金色の輝きが浮かんでいる。

 それに向かって飛んでいくカラスを見つめながら、彼女は言った。

「レオン。この後なんだけど……少し、あたしに付き合ってくれないかい。二人きりで話したいことがあるんだ」

「二人きりで?」

 レオンはアメルを見た。

 アメルは一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに元の様子に戻って、レオンの顔を見上げた。

「レオン、私は大丈夫だよ。一人でちゃんと帰れるから、ナターシャさんのところに行ってあげて」

 アメルも、自分の面倒は一人で見られる歳だ。家は此処からさほど遠くない場所にあるし、人の目がある大通りを通っていけば、安全に家まで帰ることはできるだろう。

 レオンは分かったと頷いて、腰のポケットから家の鍵を取り出した。

 それをアメルに渡して、言う。

「それじゃあ、アメルは先に家に帰ってて。もしも僕の帰りが遅かったら、晩御飯は先に食べてていいからね」

「うん」

 鍵を受け取ったアメルは、ばいばいと二人に手を振って建物の中に入っていった。

「……話って、何?」

「街の宿に部屋を取ってあるんだ。そこで話すよ」

 訝るレオンに、ナターシャはゆっくりと歩み始めながら答えた。

「それじゃあ、行こうか」


 たったったっ、と歩き慣れた道を早足で歩くアメル。

 大通りから小脇の細道へと入り、家を目指してどんどん先へと進んでいく。

 私も、冒険者を目指してるんだもの。一人で家に帰るくらいのことはできるようにならなくちゃ。

 訓練場に来ている子供の中には、アメルより幼い子供もいる。彼らが一人で家に帰れているのだから、自分が同じことをできないはずがない。

 そう自分に言い聞かせて、歩く。

 晩御飯、レオンのためにお料理しようかな。材料を切って煮るだけなら私にもできるし、帰った時に御飯ができてたらレオンも喜んでくれるだろうし。

 無謀にも生まれて初めての料理に挑戦しようなどと考えながら、彼女はふふっと笑う。

 曲がり角を曲がった、その時。

 通り道を塞いでいるそれらと目が合って、彼女は思わず足を止めた。

 短剣や長剣で武装している革鎧姿の男たち。

 男たちの足下でうずくまっているのは、この辺に住んでいる一般人だろうか。武装はしておらず、顔に痣や切り傷があるのが見受けられる。

 ──それは、物盗りの犯行現場の瞬間だった。

「……何だ? お嬢ちゃんがこんな場所を一人で歩いてるなんて、危ないなァ」

 男の一人がねちりとした笑みを浮かべながら、アメルの元へと歩いてくる。

 その手に握られているのは、剣先に僅かに血が付いた長剣。

 アメルはびくっと体を震わせた。

「本当はお嬢ちゃん相手にこんなことなんてしたくはないんだけどよ、これを見られたからには口を塞がなきゃいけないわけよ、分かる?」

 口封じ。具体的にどんなことをされるのかはアメルには分からなかったが、此処に留まっていて良いことはないということだけは何となく理解した。

 逃げなくちゃ……!

 だっ、と元来た道を駆け出すアメル。

 しかし、男の方が行動が早い。彼は左腕をさっと伸ばして、アメルの左手を掴まえた。

 進もうとしていた方向と逆に引っ張られ、アメルはつんのめった。

 男はアメルの体を傍の壁に押し付けて、高く吊るし上げた。

 わらわらと、二人の周囲に他の男たちが群がってくる。

「こいつ、どうする?」

「決まってんだろ。たっぷり可愛がった後、人買いに売っ払うんだよ。なかなかいい顔してるし、いい商品になると思うぜ」

「は、離して……!」

 アメルは暴れるが、男はびくともせず腕は振りほどけない。

 男は持っていた剣を腰の鞘に収めると、その手をアメルの胸元に近付けてきた。

 指先が、シャツの紐に触れる。

 アメルは目をぎゅっと閉ざして、叫んだ。

「嫌!」


 どがっ!


 アメルの正面にあった壁が、彼女の叫びと同時に砕けてただの石となる。

 突如として爆発した壁に、男たちはぎょっとしてそちらの方を振り返った。

「な、何だ!?」

「離して!」

 ぶわっ、と彼女を中心に広がる力の塊。

 びきっ、ばきん!

 男たちが手にしていた得物が残らず折れ飛んで、通りにちゃりんと転がった。

「……!」

 柄だけになった己の武器を見て、男たちが戦慄する。

 アメルを吊るし上げていた男は、慌ててその手を引っ込めた。

 急に手を離されたアメルはその場に尻餅をついた。

 彼女は胸元を抱きながら、男たちをきっと睨みつけた。

 男たちはびくっとして得物を投げ捨てると、我先にとその場を駆け出した。

「畜生、こんな奴なんかこっちから願い下げだ!」

「待てよ、てめぇだけ逃げるつもりか!」

「…………」

 ふー、ふー、と肩を上下させながら、アメルは今の一連の出来事を思い返した。

 急に爆発した壁。へし折れた武器。

 自分の感情の昂ぶりと共に具現化した、破壊の力。

 ……ひょっとして、あの時森で木を折ったのも……私?

 地面にうずくまっていた男に目を向ける。

 男は身震いして跳ねるように立ち上がると、悲鳴を上げながらよたよたと走っていった。

「ば、化け物!」

「…………」

 ──魔法のように手を触れずに何かを破壊する力を持った人間の話など、聞いたこともない。

 ……私は、人間じゃ……ないの?

 自分の両の掌を見下ろして、彼女は唇を噛んだ。

 レオン、どうしよう……私……

 掌を握り潰して、座ったまま俯く。

 私のことが……怖い。怖いよ、レオン……!

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