第32話 間一髪
ローランは床に落ちた大剣とレオンとを交互に見た。
レオンは右手を突き出した体勢のまま、苦しそうに喘いでいる。落ちた得物を拾おうとする素振りも見られない。
これは──形勢逆転か?
ローランはごくりと唾を飲み込んで、口の端を上げた。
レオンの額に銃口を向けて、告げる。
「……どうやら、叩き潰されるのはお前の方らしいな」
「…………」
レオンの返答はない。前を凝視して荒い息を繰り返しているばかりだ。
「大人しくあの娘を差し出せば、お前の命は助けてやってもいい。さあ、娘を出してもらおうか!」
「…………」
ローランの言葉に、しかしレオンは懸命に首を左右に振った。
意地でも最後まで戦うつもりなのだ。この男は。
「……お前がそのつもりなら、こっちも遠慮はしない」
銃口をレオンの額の中心に押し当てる。
くっとトリガーに掛けた指に力を込めて、ローランは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「勇者よ、このまま地獄に堕ちろ!」
「…………!」
レオンはきつく目を閉ざした。
ぱぁんっ!
放たれた銃弾が、壁に当たって空しく弾かれる。
「うっ……」
ローランの顔から笑みが消えた。
ぼたり、と右腕から落ちる真っ赤な血。
彼の右腕に、深々と一本のナイフが突き刺さっている。
それを目にして、彼は悲鳴を上げた。
「うぁああ!?」
「レオン、大丈夫かい!」
操縦室に駆け込んでくる赤い影。
ナターシャは手にした大剣を片手で構えながら、ローランをきっと睨んだ。
「次は腕だけじゃ済まさない。それでもまだ向かってくるか、ビブリードの犬!」
「ひ、ひいっ!」
ローランは身を竦めて窓に飛びついた。
そのまま窓から外に出て、戦車を飛び降りる。
丁度真下にいたエヴァを下敷きにして、彼は地面の上に尻餅をついた。
「こらっ、上司を踏みつけるとは何事だ!」
再び転がされたエヴァが腕を振り上げて怒鳴る。
ローランはそれには取り合わず、さっさと立ち上がって戦車から距離を置いた。
「た、隊長! 逃げましょう! 殺される!」
「馬鹿者、敵前逃亡など許されるわけがなかろう!」
「だったら隊長が戦って下さいよ! 自分には無理です!」
戦車がゆっくりと前進を始める。
操縦席に座ったナターシャが、戦車を動かしているのだ。
戦車が乗っ取られた。その事実をようやく理解したエヴァは、歯軋りをしながら起き上がった。
「うぬぬぬぬ、仕方ない。ここは戦略的撤退だ! 退くぞ!」
「は、はいっ!」
駆け出すエヴァを慌てて追いかけるローラン。
二人が逃げ出したことを悟ったナターシャは、操縦桿から手を離して席を立った。
「……全く、無謀もいいところだよ、レオン。一人でこんな代物を相手に戦おうなんてさ」
「……ナターシャ……」
レオンは掠れた声を漏らして、その場に座り込んだ。
操縦席の背凭れに寄り掛かり、ぜえぜえと肩を上下させる。
その様子を目にしたナターシャは、片眉を跳ね上げてレオンの隣に移動した。
片膝をつき、レオンの背にそっと手を触れる。
「……レオン。あんた……どうしたんだい。言っちゃ悪いけど、あんたのその様子、普通じゃないよ」
「…………」
レオンはナターシャの方をちらりと見て──
そのままずるずると背中を丸めた格好のまま床に倒れて、動かなくなってしまった。




