第30話 勇者は脅威に抗う
通りのそこかしこに、負傷した警備隊の兵士が倒れている。
パニックを起こし、逃げ惑う街の人々。
それらを戦車の中から見下ろしながら、ローランは改めて戦車の凄さを実感していた。
鉄の塊は、それ自体が凶器になる。ただの体当たりで外にいる敵国の人間を蹂躙できるのは、悪い気がしないものだった。
しかし、手放しでそのことを喜べない懸念があることも事実だった。
「……エヴァ隊長~」
ローランは振り向き、エヴァに呼びかけた。
彼の後方にある操縦席への入口の扉が、開かれている。
その先にエヴァの姿はないが、間違いなく彼はそこにいると確信して、言った。
「危ないですから中に入って下さいよ~。どうなっても知りませんよぉ」
「いい眺めだぞローラン! このような景色が見られるのはビブリード国軍の特権だ! お前もこっちに来て見るといい!」
「……自分が此処から離れたら誰が戦車を操縦するんですか、全く……」
エヴァの言葉に溜め息をついて、操縦桿を前にぐっと倒す。
戦車が街の通りをゆっくりと進んでいく。前を歩いていた街の人間が、悲鳴を上げながら逃げていく。
普通の人間に興味はない。彼らの目的はひとつだけだ。
ローランは呟いた。
「……あの娘……本当にこの街にいるものなのかね?」
「……!」
遠くから迫ってくる戦車を見つめて、レオンは息を飲んだ。
ラガンが慌てた様子で彼に言う。
「まさか戦車で来るとはな……どうする、今から冒険者に召集をかけてたんじゃ間に合わんぞ!」
冒険者ギルドは状況に応じて近場にいる冒険者たちを動かす権限を持っている。
しかし、急すぎるこの状況では、まず声を掛けるべき冒険者を見つけることが難しいのだ。
レオンはラガンに落ち着いて下さいと言い聞かせた。
「この場は僕が何とかします。ラガンさんは、動ける冒険者を集めて街の人を逃がすように頼んで下さい」
「何とかするって……お前、その武器で戦車相手に……」
ラガンはレオンが担いでいる大剣を見た。
レオンが今持っているのは訓練用の模造刀だ。そんなものが戦車の鉄のボディに通用しないことは子供でも分かることだった。
しかし、レオンは少しも不安がっていない。
「戦車は操縦する人間を叩いてしまえば無力化します。だから大丈夫です、任せて下さい」
「……分かった。お前がそう言うならこの場は任せる。無茶なことだけはするなよ!」
ラガンは冒険者ギルドの中に引っ込んだ。
レオンは大剣を構えて、通りの中央で戦車が来るのをじっと待った。
やがて。目の前にやって来た戦車が立ち塞がるレオンの姿を見つけて停車する。
「ふはははははは! また会ったな、若造!」
哄笑が辺りに響き渡った。
レオンは声の出所──戦車の上部に注目した。
丸みを帯びた車体のてっぺん。そこに、腕を組んで佇んでいる黒い甲冑の男の姿を見つける。
何もない場所に突っ立っているその有様は、どうぞ狙撃して下さいと言わんばかりだ。
この場に弓か銃があったら遠慮なく撃っているところだ、とレオンは思った。
エヴァはびしぃっ、とレオンを指差して、言った。
「今日こそ、あの娘を返してもらう! 娘は何処だ、隠していてもためにならんぞ!」
「こんなに街を騒がせて……覚悟はできているんだろうな、お前たち!」
レオンはエヴァを睨みつけた。
エヴァはほうと声を漏らした。
「そんなちゃっちい棒切れで我が軍が誇る兵器を何とかできると思っておるのか。流石勇者は考えることが違うようで」
ばっと右手を真横に払う仕草をして、声を張り上げた。
「やれ、ローラン! 戦車の恐ろしさをこの男に思い知らせてやるのだ!」
「ああもう、砲撃の衝撃で転がり落ちても知りませんからね!」
ローランは呆れた声で呟き、操縦桿のトリガーを引いた。
どぅっ、と車体に付いている砲身から砲弾が発射される。
レオンは地を蹴った。
砲弾はレオンが今し方立っていた場所を貫き、石畳を砕いて派手な煙を上げた。




