第12話 ビブリードからの追手
リンドルからほど近い場所にある、小さな森。
そこを歩く二つの人影があった。
一人は重そうな甲冑で全身を覆い、一人はごく一般的な冒険者が好んで着るような鎧を身に着けている。
その色は、黒。胸に小さく獅子の横顔のような形をした紋章が入っているのが特徴だ。
二人とも腰から剣を収めた鞘を下げ、肩に鎧に付いているものと同じ紋章が入った銃を担いでいる。
「エヴァ隊長~」
鎧姿の男が、前を歩く甲冑姿の男に呼びかけた。
「此処は何処なんですかぁ~。道らしい道が全然ないじゃないですか~」
「文句を言うなローラン! 森なんだから道がないのは当たり前だろう!」
腰ほどの高さがある草を掻き分けながら、エヴァと呼ばれた男は振り向きもせずに答えた。
「此処を抜ければ街がある。無駄口を叩く前に通り道を拓くのを手伝え!」
「……やっぱり横着しないで素直に森を迂回すれば良かったんですよぉ」
溜め息をつきながらエヴァの隣に立つローラン。
普通にしていればそれなりに整った顔立ちをしているのであろう男の顔は、現在は凛々しさが何処かに出かけてしまっているようで、情けなく眉尻が下がっている。
がさがさと草を掻き分けて進みながら、ローランはエヴァに尋ねた。
「本当にこの先にある街に、娘がいるんですか? 自分、それはちょっと都合良くできた話なんじゃないかって思うんですけど」
「娘が落ちたと思われる場所の近くにあった街だ。仮に娘がいなかったとしても、何らかの情報はあるはずだ」
自信に満ち溢れた様子できっぱりと断言するエヴァ。
兜で隠れた顔からは表情は伺えないが、自分の考えに絶対の自信を持っているであろうことは全身の態度から分かる。
「我々は、何としても娘をビブリードに連れ帰らなければならん。ビブリードの未来は我々の手にかかっていると言っても過言ではない!」
「……国の未来の前に自分たちの未来を案じてほしかったですよ。ほんとに……」
ローランは溜め息をついた。
行けども行けども草と木ばかりがある世界は、無情に二人の行く手を遮っている。
この調子だと、此処を抜けるのに後数時間は要するだろう。
しかしそんなことなど露ほども考えていないようで、やたらと元気なエヴァはローランの背中をばしんと叩いた。
「いいか、この作戦が成功するかどうかはお前の働きにかかってるんだからな。気合を入れて事に臨むんだぞ!」
「少しは隊長も働いて下さいよ……何でもかんでも自分に押し付けるんじゃなくって」
ローランのぼやきはエヴァには届いていないようだ。エヴァの返事が返ってくることはなかった。
それから無言のまま、ひたすら草を掻き分けて前に進むことに従事する二人。
やがて、目の前に二人の行く手を阻むものが現れ、二人は足を止めた。
木に絡み付く巨大な蔓のように木の間に陣取ったそれは、シューシューと威嚇の声を発しながら二人のことをじっと睨んでいる。
赤くて長い舌がちろちろと動いている。二人の匂いを敏感に感じ取っているのだろう。
ローランはがっくりと肩を落として、肩に担いでいた銃を下ろした。
「ポイズンスネーク……これだから森を通るのは嫌だったんですよ。森は魔物の宝庫だから」
「何を気弱なことを言ってるんだローラン! 我々はビブリードが誇るエリート、親衛騎団の兵士なんだぞ! たかが蛇一匹に後れを取るなどということはありえん!」
「……親衛騎団だって毒蛇に咬まれたら普通に死にますよ。無敵超人みたいな言い方をするのはやめて下さいよ……」
ポイズンスネークが口を開きながら迫ってくる。
無意味に胸を張って立っているエヴァを押し退けるように前に立ち、ローランは構えた銃の引き金を引いた。