38.予選1試合目〜混乱とウグゥ〜
短いですがまた少しずつ……
その後本番前日であるのに深夜まで、魔法の打ち出し方やら、細かいテクやらをレクチャーしてもらった。
一夜漬けというものだ。
それでも、これで最低限戦えるかも? と思える程度にはなったのだから、良かったと言って良いと思う。
そして、今日は武闘会当日、予選がすでに始まっていた。
私と同じように、引率卒業の課題として舞踏会への参加が義務付けられたものが多く、また単純に自らの武を示したい戦闘狂いの強者は多いらしく闘技場は非常に賑わっていた。
その予選は2回戦が予定されており、一部の者を除いて殆どの参加者が望んでいる。
私の試合ももうすぐ始まる予定で、気持ちはナーバスだ。
「ワーナさん〜。戦うってなんなんだろう?? 私絵だけ描いて豪遊できればそれで良いのに、痛いのは嫌なんだよ??」
緊張で欲望が少し滲み出ているが私は私の素直な気持ちを吐露した。
「大丈夫であるよ。ルールで人死は出ないようにされてるのである。それに回復師が常に待機しているから、死にかけても即蘇生してくれるのであるよ。安心であろう?」
「安心できませんよ⁉︎ 瀕死になるかもって言ってるようなものじゃ無いですか⁉︎ 私、ぽ○けもんの気持ちなんてわかりたくも無いんですけど⁉︎」
「ポケ○ンが何かわからぬが、別に必ず瀕死になるわけじゃ無いのだから、そんな慌てるもので無いのだよ。常に相手の弱点を突いて、無傷で倒してしまえばいいのだよ‼︎」
そう言ってワーナさんはシャドーボクシングのごとく拳をシュッシュと前後させる。
図らずとも言っていることはポケ○ンの攻略法である。
「そんなこと言ったって自信ないですよう〜」
なんて言ったって一夜漬けだ。
いや体力だけなら多少はついているが、それだけで勝てるとは思わない。
先程までの試合を見ていたが、火の玉がヒュンヒュン飛び交うような場だった。
一つ当たれば効果は抜群である。
燃えるよ。全身がね……。
「私は大丈夫だと思うのだがね? そのための準備をしてきたつもりだよ」
「一夜漬けのくせにー‼︎」
思わず叫んだ時「ミズカ様お試合の準備をお願いします」と係のものが呼びにきた。
私はドナドナと係員の後に続いて、控室を出て行く。気持ちはシクシクとしている。
それでも逃げないのには、死なないと言う言葉を信じてか、ただの諦めか……。
コロッシアム的な広場に出た時、私はただ混乱していた。
戦闘が始まる前から状態異常だ。
確か以前にこんな感じの舞台背景を描く案件があったなーと現実逃避である。
確かその案件では、物語の主人公と魔獣が戦うシーンイラストだった思う。
決して今考えるとことではないが私はそんなことを思い出しては、辺りを見渡している。
『なにこれ、私が描いたのより超上手いんだけど!⁉︎」
その絵画的ビジュアルに悪態をつく。
今においては意味のわからないところでの悪態かもしれないが、私は状態異常『混乱』だから……。
その混乱じょうたいの私と向き合うのは、小柄な少女だ。特に混乱している様子はない。
「それでは予選第〇〇試合を開始します。両者は礼を」
そう審判が言う。
反射的に私は頭を下げ、相対する少女は空を見上げて両手を広げ空を見上げる。何故か片足は膝の位置まで曲げあげられている。
見上げた頭部以外、実にグリコ的だ。
これが彼女の『礼』と言う事なのかもしれない。
全く異なる礼を持って相対する、私たちに会場は俄に騒がしくなる。
賭けでもしているのか、予選に関わらず観客は多いようだ。
「では、はじめ!」
審判の合図とともにグリコ少女は動き出す。
私は『混乱』している!
『え、なにを始めれば良いの⁇ とりあえずBLでも描く⁇』
心中はそんなもんだが、BLはほとんど描いた事がない。混乱の度合いがわかると言うものだろう。
いや、わかんないか……。
その間にも、相手の少女は私と距離を一定に取り、様子を伺っている。
警戒した子猫のようであると私は思った。
私を中心に円を描く少女と混乱した私。
先に動いたのは少女だった。
当然とも言える。
「シッ」
空気の抜けるような発声とともに少女は腕を横に薙ぐ。
空気を裂くような不可視の何かが私に迫る。
対した速度ではないが、空気を実際に裂いて接近する何かを見ることは出来たのだ。
透明であるが、存在するそれはきっと風魔法的なものだろう。
私はそれを余裕を持って大きく避ける。
その行動は少女も予測していたのだろう。
「シッシッ」
と追加で2回腕を振るう。
犬を追い払うようだなと私は思ったが、黙っておいた。
犬を追い払うような振る舞いでも実際に攻撃であろう何かが迫ってきている。私はそれらも避けるため左右に移動を行い避けていく。
少女がシッシッと放った風魔法であろう何かは私に当たる事なく地面に向かって進んでいく。
多少傾斜がある形で放たれたのだろう。それは彼女の未熟さとも言えるかもしれない。
追加の2つを避けた頃、最初に放たれた風魔法が地面に着弾した。
「ジュ、ボン」
地面には小さな穴が空いた。
ちょっとした窪みとも言えるが、人体に当たったのなら腕の一つや二つ弾け飛ぶのではないか? と言える威力だった。
また、穴の中で小石が真っ二つに割れているのも、その魔法の斬撃力を物語っていた。
正真正銘風の魔法だろうと思う。
だってアニメとかゲームでなんか見たことあるもん。こんな感じの斬撃系風魔法‼︎
彼女の魔法がなんの職によるものかは分からないが、少なくとも当たればタダでは済まないことは分かった。
幸いは速度が遅く、余裕を持って避けることが可能なことか。
しかし少女も当然それはわかっているのか。
「シッシッシッシッ」
と立て続けに、続投を放ってくる。
見た目的には、そんなに犬が嫌なのかなって、思う行動だが、殺傷力が伴っているのには、泣きそうになる。
とにかく走り回り安全地帯に逃げ込む私は、シッシッと追い払われた子犬のようだ。
「シッシッシッ……シッ……」
逃がさないとばかりに、腕を振るう少女であるが、次第にその勢いも失われていく。
会場の地面が穴ぼこだらけになっていく中、私も逃げるだけではない。
むしろ逃げるばかりになったからこそ、一つのことに集中でき、私の混乱は解けたのだ!
「はっ! 戦うんだっけ!?」
と言ったものの、できることは少ない。
究極的に言えば私に出来ることは絵を描くことだけだ。
その思いとともに私は描いた。BLではない! もう混乱はしていないのだから!
「ファイアーボール!」
火の玉を簡単に数秒で書き上げ、私は唱えた。
ファイアーボールを出すだけなら、こんな恥ずかしい思いをして唱える必要はないのだが、出したファイアーボールを制御するためにはこれが必要だったのだ。
つまりは、描いた火の玉を留め、射出する。そのための文言なのである。
一夜漬けの成果だ!
唱えたところでファイアーボールは少女に向かってカーブ状に飛来する。
何故かすでに息絶え絶えな少女は、避けるだけで精一杯の様子だ。
私はその後もいくつかのファイアーボールを唱え。もう少しでヒットすると言うところまで少女を追い詰め、実際にヒットする前に少女が降参を示した。
片手を上げ降参を示す少女は悔しそうであったが、諦めがついた顔をしていた。
そして私は無事予選の一回戦を突破したのである。
「それにしても、あの子は急にシッシッ言わなくなっちゃいましたね? なんででしょう?」
私の疑問に答えるのはもちろんワーナさんだ。
「わかってなかったのかね? 作戦なんだと思っていたよ。あれは魔力切れ、言い換えれば体力切れなのだよ。魔法を保有魔素量以上に使用していれば、生命力、つまりはスタミナが消費されてしまうのだからね」
と説明されたが、私は初めて聞いた気がする。
「初耳なんですけど?」
「そうだっけ?」
私のジト目にワーナさんはアホ顔を返してくるだけだ。殴って良い??
「でも、今回は私の修行に意義があったとわかる一戦だったのだよ」
「はぁ?」
納得のいかない声が出た。
「魔術師は体力勝負! それがわかった一戦ではないかね。体力強化を第一にした私の指導はまさに正しかったのだよ!」
ハッハッハと笑って言うワーナさんが間違っているとも言えないので私はぐうの音も出ない。
なのでスネを蹴っておいた。
「ウグゥっ!?」
武闘会は始まったばかり、次戦のことに思いを馳せて私は、控え室の窓から空を仰ぎ見るのだった。
ワーナさんはうずくまって、地を舐めているーー。
たいやき!!




