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33.病室の友人

 目の前に野菜が山のように積まれ、私はそれを病室で食べていた。

 苦くて苦くて、それでも食べる事を辞める事は許してもらえない。


 あのあと私は気絶し、メイガスに抱えられ街まで戻ることが出来たらしい。

 森の入り口で待っていた馬車の御者が、七色の光に驚き、怖いもの見たさで森の中まで来ていたため、早めに馬車に乗り街に戻れたのだと言う。


 この時間差のお陰か、私も彼女も無事生きている。

 お医者さんが言うには私も危ないところだったらしいんだ。

 なんでも重度の魔力不足で、衰弱死していてもおかしくなかったのだそう。


 あの時私が爆発させた魔力の波は、それほどに濃密な魔力を放出していたと言うことでもあり、そのおかげで魔力の波は森の入り口付近まで広がり、全ての道しるべの魔法を発動させたようだったのだけれど。

 そのせいでメイガスたちは、魔法の効力が消えないうちに、急ぎ出口まで向かわなければいけなかったんだってさ。

 メイガスが怒りながら、差し入れの野菜と共にお説教をしていったとき、そう聞いた。


 御者さんが見た七色の光も、この時出した私の魔力だったらしいのだから、結果オーライってやつで怒んなくても良いのに……。


 まあ、心配してくれたみたいだし、大人しく怒られといたけど。


 しかしこの野菜は苦い。

 青汁って飲んだ事は無いけれどこんな味なのかな。

 もう一杯とか嫌なんですけど……。


 恨めしめに野菜の山を睨むが、仕方ないので再び手を伸ばす。

 メイガスが持って来てくれた野菜は魔力回復の効果が高い物らしく、お医者さんと相談して1日のノルマが決められていた。

 相談していたのは私でなくメイガスだ。


 その今日のノルマもあと二つ。

 この野菜は、葉っぱをカブのように生やしたピーマンって感じの見た目をしていて、前の世界にはない品種の物であった。

 夢にピーマンお化けが出て来そうだよ……「ふふ、フサフサの葉っぱがイカすだろ?」とか言ってくるんだよ? ピーマンが。

 すんごく怖いんですけど!


 ブルブルと震えていると、どうしたのかとお隣のベットから顔を覗かせてくる人がいた。


 私と同じように、葉っぱピーマンが目の前に積まれ、しかし苦もなく食している。


「むしゃむしゃ」


 咀嚼音だけを響かせ、私を見つめている。


「むしゃむしゃむしゃむしゃ」


 咀嚼が止まらない。そして見つめ続けてくる。


「えっと……なにかな?」


 堪らずお隣さんに声をかけた。


「むしゃむしゃむしゃむしゃ……」


 咀嚼し。


「ごっくん」


 飲み込む。


「……ふう……」


「……」


「……?」


 お互い無言が続き、先に首を傾げられる。


「え、あれ? 聞こえなかったのかな? なんか見られてたみたいだけど、どうかしたの?」


 再び聞くと。


「んー……」


 と悩むそぶりを見せる。


「……」


「……」


 しかし再び無言の応酬が始まる。


「……」


「……むしゃむしゃむしゃむしゃ」


「また食べ始めるんかい!」


 私のツッコミにも首を傾げるだけで、彼女は野菜をモリモリと食べ続けていた。


 私と同室になった、お隣さんの彼女は森で私達が助け出した彼女だ。

 サーナ国の元お姫様。

 サガナ姫。


 夢で見た時と随分とイメージが違うが、記憶を失ったとか、そう言うことでもないようで、こっちの無口な感じが素のようであった。


「サガナさん」


「むしゃむしゃ?」


 呼びかけると、咀嚼で返事をされた。

 天然でやっているようだし、もう気にしないことにする。


「これからどうするんですか?」


「……、……復讐を」


 野菜を食べている間はクリクリとした、可愛らしい澄んだ眼をしていたのに、そう答えた時には濁った暗い目に切り替わってしまった。

 可愛らしいのも良いが、私はこちらの目も嫌いじゃない。

 ゾクゾクするんだよね。むき出しの感情って。


「ねえ……あの絵。あなたが描いたってほんと?」


 物静かな声で尋ねられた。

 抑揚が少なく、薄っすらとしたゆっくりな口調だった。


「うん。そうみたい。寝ボケてたみたいで描いてた時のこととかあまり覚えてないんだけどね」


「……そうなの。……ありがと」


 非常にゆっくりなテンポでお礼を言われる。


「なにが?」


「……色々? 助けてくれたこと……この絵を描いてくれたこと……この絵……もらっても良いよね? それもありがと」


 いや、あげるとは言ってないんだけど……。

 まあいっか。


「うん。良いよ。あげる。代わりにさ……」


「うん……」


「私と友達になろうよ」


 私は彼女が嫌いではない。


「うん。良いよ……。……へへ、嬉しい……」


 目を細くし彼女はニコニコと笑った。

 嬉しいのが、絵をもらえたことに対してなのか、私と友達になれた事に対してなのか、それはわからないが、後者なら私も嬉しいな--。




 それから数日後、私とサガナは同じ日に退院することとなった。

 サガナと友達になったあの日から、お互い以外に話す相手もいなかったためか、色んなお話をして、そしてより仲良くなっていた。


「それじゃ、またね」


 私は病院の前でサガナにそう言って手を振って別れた。

 サガナも手を振り替えして、別の方向に向かって進んで行く。


 私は進みながらも、短い間だけであったが寂しさに何度か振り返ってしまう。


 けれど仕方ないよね。サガナにはやるべき事があって、それに私は同行できない。

 わたしにもやるべき事がある……あれやるべき事が……やるべき……。


「〆切!!」


 そうだった! 仕上げの塗りがまだ終わってなかったんだった!

 私は全力でアトリエへと疾走する。


 〆切ってなんでこんなにも胸が締め付けられるんだろう?

 これが恋というものなのかしら?

『ストレスよ』by本心。

 久々に本心さんがやってきた。




 アトリエに駆け込むと、ワーナさんが驚いて振り向いてきた。


「どうしたのかね。そんなに慌てて。病み上がりなのだから、落ち着きたまえ」


 そう言って再びキャンパスに向き直る。


「落ち着いていられないんです! 〆切なんです!」


「〆切?」


「依頼のですよ!」


 私がこんなにも慌てているのにワーナさんは実に落ち着いた様子で、「ああ」とか言っている。

 いやいや、〆切って怖いんですよ!?

 そんな平然としちゃって、もう怒っちゃいますよ!?


「それなら、私が進めているから大丈夫なのだよ。来週までに納品出来れば良いそうだから、問題は無かろう」


 ワーナさんの言葉で、慌てていた気持ちがストンと落ち着いてしまう。


「あ、そうなんですか……」


 自分でも自分の感情の落差について行けず、呆けたように言葉が出る。


「うむ、しかし中々難しいな。ミズカのようにはちっとも描けんよ」


 拗ねたように言いながらも笑うワーナさんの目元には、よく見れば隈が出来ている。


「ずっと描いていたんですか?」


「そうなんだがな。それでもこれだけしか進まんかったよ。すまないがここからの仕上げはお願いできるかな?」


 目が覚めてから一度もワーナさんは病室に来てくれなかったが、ずっとここで私の代わりに描き続けてくれていたのだろう。


 私が教えた事を守り、少しでも納得のいかないものはやり直し、ひたすらにやり直し、そしてここまで描き続けてくれていたのだろう。


「あ、ありがとうございます」


「なにを言っているのかね。私が受けた依頼なのだ。私が行うのは寧ろ当然だろう?」


「あ、それもそうですね」


 確かにそうだよね。そもそも私がワーナさんの代わりだったんだもの。

 自分の勘違いに気づき、私は笑いがこぼれてしまう。

 それに吊られるようにして、ワーナさんも笑い出し、二人で一緒に笑い合った。




「それで、どうかね。ミズカなら私の描きかけがなくとも問題なく期日までには描き上げられるとも思うが」


「そうですねぇ。これなら、問題なく進められそうですよ。早めに仕上げて修正点とかあれば出してもらっちゃいましょ」


 ワーナさんが描いてくれていた塗りを見て私はそう返した。

 短い間に随分とマシになったものだ。

 ワーナさんが進めてくれていたのは、メニューのイラストと商会の紋章で、出来るところをできる限りで書き進めてくれてあった。

 やはりまだ立体把握の部分は苦手なのか、影入れが危うい。

 しかしこれだけ丁寧に描いてくれてあれば、少しの手直しだけで十分だろう。

 屋敷については、あえて触らずにいてくれたようだ。

 私がやりたいと言っていたものだし。

 そのことも含めて、本当に有難い。


「それじゃ、ちゃっちゃと進めちゃいましょうかね。ワーナさんは一度寝てきたらどうですか?」


「ん? ああ。そうさせてもらおうかな」


 何故か言い澱むワーナさん。


「? どうかしたんですか?」


「いや、今回はダメ出しは無いのだなと思ってな」


 毎回していたからね、ダメ出し。

 内心ではビクビクだったのかな?


「凄く丁寧に描いてくれてますからね! でも、しときます? ダメ出し」


 ニヤッと笑いかけれると「け、結構だ!」と慌てて屋敷へと逃げていってしまった。


 クスクスとそんな様子に笑いながらも、私はキャンパスへと向き直り、仕上げに取り掛かるのだった。


サガナ姫は再登場が確定しています!


たぶん……。

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