31.ヘイ、ブラザー。クーデターらしいぜ?
思わぬ方向に話が転がってしまい長くなってしまいました;
こんな予定なかったのに……。
朝食を終え、アトリエに戻って来てからは、早々に仕事を開始していた。
私は昨日描いた屋敷のラフの修正を進め、ワーナさんはダメ出しされていた所を直す所からスタートする。
魔法で絵を描く行為に対して、ペイントツールのようだと言ったが、それは一度描いた絵を修正する際により強く感じることができた。
何故なら、ペイントツールには必須のやり直しがこの魔法には存在しているのだ。
ペイントツールのやり直しと言う機能は、一個前の動作状況時に状況を瞬時に戻してくれる機能のことだが、魔法の場合は魔力を込めて描かれたものの魔素を取り除くことで、なかったことに出来る。
これによって擬似的にではあるが、パソコンのペイントツールと同じように、描いたもののやり直しが出来た。
ワーナさんはその技術を駆使し、ダメ出しをされた箇所を描いては消し、描いては消してと行った具合に、やり直しを繰り返している。
まあ私も同じ技術を教えてもらって、利用してるんだけどね。
これでショートカット機能もあれば完璧なのになー。
その日のうちに私のラフは完成し、ワーナさんのラフにダメ出しと改善の手助けをしつつ、3日後にはそれも終わった。
さらに3日をかける事で、全ての線画も終わらせることが出来ていた。
線画は当初の予定通りワーナさんが全て描いてくれたが、手持ち無沙汰になった私によって散々修正を言い渡されたワーナさんは、精神的に披露が積み重なっている事だろう。
そして、これから最後の仕上げである塗りの段階で私は提案をする。
「ちょっと息抜きでもしましょうか」
ひと段落し、自分の作業が終了したワーナさんであるが、すぐに披露が取れるわけでもない。
その為気晴らしの意味も含めての提案であった。
「息抜き?」
「はい。働きづめだったので、ギルドにでも行って、メイガスでも冷やかしに行きましょうよ」
悪い微笑みをワーナさんに見せると、ワーナさんも苦笑気味ではあるが、意地の悪い笑顔で答えてくれる。
「ふふ、それはなかなかに面白そうだね。少々待っていてくれたまえ。準備してこよう」
そう言ってワーナさんは、着替えをする為一度屋敷に戻ってから、私と一緒にギルドへ、もといメイガスを冷やかしに向かうこととなった。
ワーナさんの気晴らしとは別に私も気になることがあったので、あるものを持って行く事にした。
「やあやあ、メイガス君。元気にしているかい? はは僕は元気さ、元気すぎてやになる時があるくらいさ」
心底嫌そうな顔をメイガスはしていた。
ちなみにこのアメリカンチックを履き違えた言葉を垂れ流しているのは私である。
「やあやあ、メイガス君。今日もお日柄がよく、実に幸せというものを実感してしまうと思わないかい? 私は否! とても幸せだ!」
こっちの何も否では無い方はワーナさんだ。
たぶん、素で言っているから敵わないよね。
「なんなんですか。意味がわからないんですけど……」
メイガスの勘弁してくれと言いたげな表情が私たちの心を癒してくれる。
「へいへい、そんなことを言うなよブラザー。一緒にパイを食った仲じゃあないか」
自分で言ってて、どんなキャラだって思うけど、実は徹夜明けだったんだよね。
変なテンションでも仕方ないよね。
「え、なんだね、それ。いいなぁ……。へいへい。ブラザー。私たちの友情を熱く語り合おうじゃないか! ブラザー」
私の変なテンションにワーナさんも感化され、余計混沌とした場になって行く。
仕方ないよね。ワーナさんも当然徹夜明けなんだもの。
「ワーナ様もなんなんですか……。もうなんだか怖いんですけど……」
私たちのテンションにメイガスは大いに引いているようであったが、私もワーナさんも結構楽しい。
場所がギルドの受け付けである為、私たちの後ろに並んでいる人たちは実に迷惑そうにしていたが……。
そんなことは些事だと割り切り、さらなる快楽を求めメイガスに詰め寄る。
「いいかい、ブラザー。この世界で大切なことは日々を楽しめるかどうかなのだよ。独白による毒を吐く行為だけでは、日々はさもしい事になるばかりだ。ここはいっそバカになるんだ。バカのように『野菜を食べれば大丈夫だ! 』と語尾につけると良い。 日々が楽しくなるぞ?」
「なんと! そうなのか! マイシスター! 意味はわからないが、野菜を食べれば大丈夫だ!」
私の意味のわからない言に、ワーナさんが早速感化されてくれる。
うん、バカって幸せそう。
「ほんと勘弁してくださいって。いい加減怒りますよ?」
眉間に皺を寄せメイガスが言う。
「ははは、ブラザー。野菜を食べれば大丈夫だ!」
念のために言うが、これを言ったのはワーナさんだ。
ブチっ。
となにかが千切れる音が聞こえた気がした。
「トリアエズ、ウエニイキマショウカ」
非常に笑顔が怖いメイガスに連れられ私たちは、もうメイガスの私室に成りかけている2階の資料室へと連行されていった。
「何を怒っているんだね? 野菜を食べれば大丈夫だ!」
「オコッテイマセンヨ? ワーナサマ? 野菜を食べていれば大丈夫らしいから、後は任せたぞ!」
ワーナさんとのやりとりの末、メイガスが受け付けのバックヤードに叫んだのは余談である。
資料室に入ってまず目についたのは地図だった。
幾重にも線が引かれ、メモ書きと重要なところに丸が付けられているそんな地図が作業机一面に引いてある。
たぶん、失踪事件についてのその後の捜査関係なのだろう。
「これ……。まだ捕まってないようだね……」
地図を見て私がメイガスに言う。
「ええ……でももう逃げられないように手は打ってありますよ。それよりもこんな事でごまかせんからね?」
答えるメイガスは、受け付けでのことを流してくれるつもりはないようだ。
ちぇ、誤魔化せるかなって思ったのに。
「野菜を食べれば大丈夫だ!」
空気を読まないワーナさんの発言で、メイガスによるお説教が始まった……。
ワーナさん……今は自重の時です……。
メイガスのお説教が続く間私とワーナさん、は地べたで正座を強要され、終わった今でも足が痺れていた。
「それで、何の用があったんですか?」
「? 特にないが?」
メイガスの問いに私が答える前にワーナさんが答えてしまう。
お説教が延長戦に入っちゃうから、ワーナさんはもう黙ってて!
「まま、待って。私はあるから! 用事あるから!」
「え? そうなのか? 冷やかしだけじゃ--」
余計な事を言いそうになったワーナさんの口を慌てて、抑えつける。
いやほんと黙っててワーナさん。
「これ! そうこれを見て欲しいの!」
ワーナさんの言いかけた事を誤魔化すように、声を張り上げメイガスへ持ってきていたキャンパスを押し付ける。
「これは? 依頼のものでは無いようですが……」
「依頼されてた分はもう線画まで終わってて、これから仕上げて行くところ。これは依頼とかとは全然関係なくて、ちょっと聞きたいことがあったから持ってきただけなの」
「はあ。まあ依頼されている分が問題なく進んでいるのであれば、別にいいですが……。それでこれは?」
「うん。多分どこかの森だと思うんだけど、この場所に思い当たりが無いかと思って」
私が持ってきたキャンパスは私が描いたであろう、森の絵だった。
あの夢を見た後も毎晩同じような夢を見続け、次第にその夢の内容を起きてからも思い出せるようになっていた。
それで気になり、聞いて見る事にしたのだ。
「よくわかりませんが、近くの森という事であれば、ベールの森じゃ無いですか?」
「ベールの森?」
本当に思い当たりがあるなどとは思っていなかった為、素っ頓狂な声で問い返してしまう。
「ええ。この街から北に行ったところにある森で、この絵にも描かれているように赤ぶどうが多く取れる場所がある森なんです」
メイガスがいう『赤ぶどう』が”彼女の食べていた果実なのだろう。
「近くではあの森以外に群生しているところはありませんし、遠くのどこかの森という事でなければまずそこだと思いますが……。それがどうかしたんですか?」
「どうってことでは無いんですけど……ちょっと気になっちゃって……」
そう言って私はキャンパスに描き足しをして行く。
水差しの水を使って魔法が着色をして行く。
大まかに夢で見た女性を描いていっただけであったが、メイガスはそれを見るとみるみる顔色を変えていった。
「なぜ……」
私が泥に薄汚れた彼女を書き上げる頃には、メイガスの顔は真っ青になっていた。
「ん? これは隣国の姫ではなかったか? 面影があるという程度だが……」
意外な事にワーナさんから声が上がる。
「ええ。隣国の『サーナ国』の姫。サガナ姫です……。しかし今になってなぜ……」
メイガスも知っていたようで、彼女の国の名を口にする。
「これは、この絵はなんなのですか? 彼女は生きているのですか!? 貴方は姫と面識が--」
「ちょ、ちょっと待って!」
メイガスが畳み掛けてくるのにたまらず、待ったをかける。
「面識とか、この絵がどうとかは一旦置いといて。説明しても納得してもらえないと思うから。ひとまず重要なのは、このお姫様はまだ生きている……と思うよ」
「な! そ、それは本当ですか!」
メイガスは目を剥き詰め寄ってくる。
「ほ、ほんとかどうか確証は無いけど……たぶん、この森で生き延びてると思う」
「それが本当なら……いやしかし……。でも確かにベールの森なら位置的にも……」
メイガスが部屋内で行ったり来たりとブツブツつぶやき始める。
「生きてるだなんだと、どういう事なのかね。そもそも一国の姫がこんな泥まみれになっているはずもないだろう? 何をそんなに右往左往しているのかね、メイガス君」
「……。実はまだ大っぴらにはなっていないのですが……サーナ国は大々的なクーデターが起き、今はもう存在しない国となっているのです」
重々しくメイガスは語り出す。
「これから話すことは他言無用でお願いしますが、サーナ国で起きたクーデターで王とその係累は全て亡くなり、クーデターを起こした者達に反抗するものも、新しく即位した王によって処罰されたそうです……」
沈んだ声に部屋内の温度も途端に下がってしまったように感じた。
「なるほど、民達に知られれば無駄に騒ぎ立てる者も出て来る……。混乱を抑えるために情報統制したといったところか……」
「はい……」
「しかしなぜそれを君が知っているのかね。貴族である私の元にも、情報が来ていないというのに」
「それはワーナ様がアトリエに篭っていたことと、私が偶然サーナ国のクーデターを知ってしまったからです……」
「知った? それではこの情報をもたらしたのは君だと?」
「私が報告した時には、既に上層部も知っていたかもしれませんがね」
そこでメイガスはため息を一つ付き、また話を続ける。
えーと、なんだか話が大きくなって来ちゃったんだけど……。
「私がクーデターにを知ったのは、失踪事件の捜査で改めて隣国に逃げ込まれないように連絡を回していた時でした」
「サーナ国はベールの森を越えたところにあり、逃げ込まれる可能性が高かったので魔道具で直接連絡し、包囲網を完璧にしようとしていたのです」
「しかし、サーナ国からの返答はなく、仕方なく辺境警備の人員に連絡を取り、サーナ国の様子を見にいってもらったのですが……」
「既に王城はクーデターを起こしたもの達によって落とされた後で、新しく王を簒奪したものが民達に宣言していた所だったそうです。
「宣言?」
話が大きくなりすぎて、実感がわかなかった私であるが、少しでも話に入って行こうとそう聞いてみる。
「新たな王は、『古き王は打ち取った! 我こそが新たな、そして真の王だ! 古き王はその座に胡座をかき、苦しむ民を顧みることをしなかった! 我は違う! 我こそが真なる王! 民を! 国を! 幸いに導く事を約束しよう!』とそう宣言していたそうです。そしてそれを宣言していたのは、サーナ国に仕えていたはずの騎士長だったと聞いています」
「もちろんこの事は上にも報告したのですが、今は様子見をするとの事で、情報統制が行われた事以外は何も教えてもらえていませんでした」
そこで一旦メイガスの話が止まる。
「ふむ、隣国の話とはいえ、我が国の対応も悠長な事だと思わないでも無いが……見えないところで何かしらはしているのだろうよ」
「そうですね……。ただ私が心配しているのは、この絵の人物が本当にサーナ国の姫であり、そしてベールの森に落ち延びていたらという事です」
「それが何か問題になるの?」
「もし、本当に姫様であれば、ベールの森は我が国の領土です。サーナ国の新たな王が我が国に侵攻する名目にこじつけるかもしれないと、そう思ってしまうのです」
「我が国で悪政の姫を匿っている、とかか? まあ、なくも無い話かもしれぬが、なかなか難しいだろうよ? そんなにも疑う何かがあるのかね?」
「いえ、そういうわけでは……ただそういう可能性もあるというだけの話で……」
そう言うメイガスはどこか”らしく無い“とそう感じた。
「そもそも、この絵に描かれているのが、本当に姫様かどうかが分からなければ、意味のない話です」
この話を打ち切るように、メイガスはそう言い捨てる。
「じゃあ、確認しに行ってみようか。近いんでしょ? このベールの森って」
私はキャンパスに描かれた森を指差して言った。
「今からですか?」
「うん。もし見つかんなかったり、そもそも居なかったりするんなら、ただのピクニックにすれば良いしさ」
「メイガスも行くでしょ?」
そう聞くと、やはりと言うべきかメイガスは、頷いた。
苦虫を噛み潰したような苦渋の表情であったが、確かに頷くのだった。
クーデターとかなんだとか、さっぱり話についていけなかった私であるが、ただメイガスの様子がいつもと違うことには気付いていた。
確信とまでは行かないが、それはメイガスがなにかを”心配“していると言うことに起因する事なのだと思う。
メイガスが本当に心配しているのはきっと--。
そして、ベールの森に行く事で話がまとまると、ワーナさんは「ピクニックか! それなら弁当を買って来なくてはな! 何が良いだろうか……野菜を食べれば大丈夫だ!」とか言ってギルドを出て屋台を見に行ってしまった。
と言うかそのネタはもういいから……。




