27.得てして変人は変人だと気付いていないもの
投稿の間隔が開いてしまったので、短めですが早めにアップする事にしました。
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彼女は薄暗い森の中、生い茂る草木の影に隠れ、息を潜めている。
元々は華麗であっただろうドレスが破け、泥や血で薄汚れてしまっている。
身を伏せ、傍らの石にでもなろうとでもしてるかの如く、身じろぎひとつしない。
しかしまだ生きていた。
不眠不休が続いたことを物語る目の下の隈。なりふり構わず走り続けたのだろう足裏は、裸足で血が滲み、豆が潰れている。
それでも、彼女はまだ生きている。
かすかに流れる彼女の呼吸と、心音。
誰にも聞こえるはずがない音であっても、そのかすかな音すら押し殺そうと歯をくいしばる。
そして、何よりも彼女が生きていると証明するものが、その目であった。
何処を何を見ているのか分からない目であるが、しかしその眼差しは鋭く強い。
ただ強く、憎悪を宿して何処かを見据え続けていた--。
◇
目が覚めるとワーナさんとメイガスがそこにいた。
寝起きで頭がうまく働いていないが、気持ちが少し落ち込んでいるように思う。
あまり覚えていないが、昨夜見た夢のせいだろうか。
昨日はワーナさんが食事から戻ってきてからも、深夜遅くまで描き続けていた。
もちろんワーナさんも一緒に。
寝る直前の記憶では、もう寝かせてくれとワーナさんが泣き言を言っていたが、気づけばそのまま一緒に寝てしまっていたようだ。
冬だったら凍えてしまっていたに違いないが、幸い暖かな気候が続く今日この頃である。
風邪もひかず健康でいられている。
ふう、頭の中が整理できてきたかな。
寝ぼけ眼で霧がかっていた視界がはれていく。
「あれ、なんでメイガスがいるの?」
思わず出た言葉にメイガスは大層機嫌を悪くし、私の頭を叩いた。
「迎えに来ると言ったでしょう!? まったくもう昼過ぎですよ!? いつまで寝ているつもりですか!」
まったくまったくとメイガスは大層お怒りのようだ。
「もー。叩かなくたっていいじゃない。寝てたんなら起こしてくれたって良かったんだしさ」
叩かれた頭をさすり、ぶーたれる。
しかし、これもまたメイガスをより怒らせてしまったようだ。
もう一度叩かれた。
「起こそうとしたに決まっているじゃないですか! 揺すっても叩いてもまったく起きる気配もなくっ--まったく二人ともっ--」
あまりにも怒りすぎて言葉に詰まってしまう様子のメイガス。
ワーナさんも私と同じく寝ていて起きてくれなかったようだ。
そんなワーナさんに目をやると幸せそうに、床に頬をつけ涎を垂らしている。
「と言うか、昼過ぎって……遅刻!?」
やっと頭が回り始めてきて、はたと気付く。
「だから怒ってるんでしょうが!!」
うわ、珍しい。
メイガスが怒鳴ったよ。
これでも起きないワーナさんを見るに、メイガスの苦労が垣間見えた気がする。
「と、とにかくワーナさんをさっさと起こしちゃお」
「そんな簡単にできたら……って、何しようとしてるんですか?」
ワーナさんを起こすために手に持った物を見てメイガスが戸惑っている。
「どうって、こうだよ?」
手に持ったバケツをひっくり返し、水をワーナさんにぶっかけてやる。
アトリエ内にバシャっという音が響き、数瞬の間の後。
「ぶえっ、っゴホゴホッ」
勢いよくワーナさんが身体を起こし咳き込んだ。
「っな。何事だ!?」
首を左右にブンブンと振り、状況を確認しようとするワーナさん。
「さ、ワーナさんも起きたし支度を始めなきゃ」
もう何も言えねーって顔でメイガスがマジ引きしているが、気にしない。
「ほら、ワーナさん。出かける準備準備」
「え? あ? ああ打ち合わせか……。ちょ、ちょっと待ってくれたまえ。着替えて、いや、シャワーにも入ってこなくては……」
まだ夢心地が抜けきっていないようで、ワーナさんがボソボソと言い、そしてノロノロと立ち上がりアトリエを出て行こうとする。
「待ってください! 私も行きます! シャワー!」
さらに待たされる事となったメイガスにまた怒られるかなとも思ったが、もう怒りも通り過ぎただ呆れていると言った感じにメイガスは諦めの声を出した。
「はあ〜。まあずぶ濡れのワーナ様をお連れするわけにもいかないですから、急いで下さい。後これ、昨日話した服です。しっかり着替えてきて下さいね」
そうして送り出されるままに、私とワーナさんは屋敷で一緒にシャワーを浴びてきた。
シャワーといっても、桶にお湯が溜めてあって、それをワーナさんが魔法で雨のように撃ち落とす物だったのだけど。
それよりも、ワーナさん。着痩せするタイプだったんだね。
中々のサイズだったから少し揉ませてもらったよ。
うん。良いものをお持ちで……決して自分のものとは比べないでおこう。
そう決意した。
急いで支度を終わらせ、メイガスと合流すると商会へとまずは向かう事となった。
服はメイガスのお古であるワイシャツに黒いズボンをはき、髪はワーナさんの魔法で乾かしてもらっている。
「それにしても、中々に似合っているのだよ。その服装。中性的な美男子使用人とかに居そうではないかね?」
「はあ。私は使用人を持ったことがないものですから……」
道すがら、ワーナさんとメイガスはそんな話をしている。
メイガスがいつもの仕事着なのは語るまでもないが、ワーナさんの服装が少々以外であった。
「そういうワーナさんは、貴族の令嬢のような服装で綺麗ですね」
「いや、まさしく貴族の令嬢なのだがね? 君は私をなんだと思っていたのかね?」
苦笑するワーナさんの服装は、奇抜なところもなく、実に美しいクラシックなワンピースを着こなしていた。
地味な色味のワンピースでありながら、ワーナさんの色白な肌や綺麗な髪を引き立てる形で、その地味さを調和させている。
「ははは。まあなんだって良いじゃないですか」
「笑われるものなのかね? 普段の私は笑い者なのかね!? メイガス君もなんとか言ってくれたまえよ? ちょ、なぜ目を逸らすんだね、メイガス君!?」
こんな感じで和やかに私たちは商会へと向かうのだった。
「私のことをなんだと思っていたんだい!?」




