23.絵魔師講義(序)
ワーナさんとメイガスによる、絵魔師講義は急ピッチで進められ、1時間もかからずに基本的なことを叩き込まれた。
講義の内容は以下のようなものだった。
まず絵魔師の仕事は大きく分けて3種類。
1、今回のような絵を描く仕事。
2、魔法使いとしての随伴。
3、モンスター討伐。
2と3については、魔法職全てに当てはまる仕事であり、逆に言えば絵魔師である必要性はあまりないらしい。
具体的には魔法使いとしての随伴なら、冒険者パーティへの派遣である。
冒険者というのは、魔法職以外の戦士職とでも言うのだろうか、街の防衛や商人の護衛、モンスター討伐など、傭兵じみた荒事専門のギルドがあり(通称冒険職ギルドと呼ばれている)これに属す戦士たちが冒険者と呼ばれているとのことであった。
この冒険者達は複数人のパーティを組んで仕事に取り組むことが多く、その中に魔法を使える者が求められる。
それは戦士達だけでは討伐の難しい物理に耐性のあるモンスターへの対策であったり、パーティの回復を担ってもらうためであったりと、RPGゲームにおけるバランスの良いパーティを作るためと言うのが私の認識である。
モンスターがいると言うのがそもそも初耳で、その辺りを詳しく聞きたかったが、これはまた次回にしてくれとメイガスに断られてしまい、詳しいことはまだわからない。
しかし、なんだかやっぱりそう言うものなのかーと変に納得もしていた。
前の世界で異世界に飛ばされてってノベルは多かったし、読むことも多かったからかな。
まあとにかく、こう言った理由により冒険者は必要に応じて冒険者ギルドに魔法使いの派遣を求め、冒険者ギルドは魔法師ギルド(私が属すギルドはこれになるらしい)に依頼を出すことで、該当する魔法使いを斡旋すると言うものであった。
その他にも、冒険者ギルドをはぶき、魔法師ギルドに依頼して紹介してもらう冒険者や、魔法師に直接依頼する冒険者もいるらしいが、余程の信頼関係を構築していない限りは、これを受けない方が良いとの注意だけを説明されそれ以上のことはおいおい知っていけば良いと、今回の講義では省かれた。
次にモンスター討伐の仕事については、冒険者ギルドなどを介さない依頼であり、主に魔法師個人で受けるモンスター討伐のことであるらしい。
モンスター討伐依頼の多くは国や街などの組織から出されることが多く、これらは冒険者ギルドだけでなく、全てのギルドに出されており、ギルドに属す者であれば受けられるのだと言う。
もちろん、ランクなどそう言った制限はつけられているが。
こう言った内容のため、モンスター討伐依頼と言っても仕事の内容は概ね魔法使いとしての随伴とかぶるものになるのだが、評価ポイントが違ってくると言うことから、説明を分けてくれていた。
評価ポイントとは何か。これも講義内容には含まれており、これは依頼ごとに設定されたポイントなのだそうだ。
依頼を達成することでそのポイントが得られ、ポイントが一定数溜まるとランクアップ試験を受けることが出来る。
また依頼達成ポイントに加え、依頼主による満足度ポイントという物もあり、依頼主が追加報酬を支払ってくれた場合に発生するポイントであった。
これらのポイントだが、依頼を達成できなければ勿論得ることは出来ないのだが、依頼の内容によって得られるポイントの数値も違ってくる。
それが魔法使いとしての随伴とモンスター討伐とでの違いとなっていた。
冒険者パーティに派遣されての依頼であると、直接の依頼主は冒険者パーティとなり、元々の冒険者パーティが受けている依頼のポイントは得られず、あくまで派遣による依頼のポイントしか得ることが出来ない。これは報酬についても一緒である。
しかしモンスター討伐の依頼を自分で受ける場合には、この依頼のポイントや報酬を自分で得ることが出来る。
つまりは直受けか、そうでないかと言うことでしかなく、魔法師ギルドの者が逆に冒険者ギルドに派遣を依頼することもできるとのことだ。
ただし、派遣されるのは新米が、直受注はベテランが行なうことが多い。
新米の元に派遣されてやろうという者はいないし、わざわざ取り分の少なくなる派遣で仕事をしたいベテランもいないだろうから、当然の事だと思う。
さてここまでが今回の仕事以外のものに関する講義であり、驚きと興味と恐れなど、様々な感情を私に湧き出させるものであったが、本題はまだ別である。
今回の本題である、絵を描く仕事。
これは絵魔師に依頼する場合無条件で--メイガスの言い様には常識として--魔法を使用したという枕言葉が付随するとのことであった。
この魔法とは、複製であったり、感情の抑止、
または向上など様々な効果を絵に付随すると言うものである。
今回の依頼3件に当てはめれば、料理のメニューや商会のロゴ制作は一つの絵で複数の媒体に転写を可能とする魔法。
お屋敷の絵画は心を穏やかにし、思い出を蘇らせる魔法を絵に付与させるとの事である。
複写については、原理はともかく前の世界でいうデータ納品の様なものかと納得した。
これであれば、使用権など様々な副次的な要素があるため、金額に幅があったのも納得である。
お屋敷の絵画についても、金額が高く感じていたことがバカらしくなる程の効果が付与されるのだから、むしろ安いのではないかと講義を受けてからは思ってる。
感情を直接操作できるなんて反則だよ……。
感情を動かす、つまり感動させる絵というものは、私が追い求めた絵描きとしての極致、その一つなのだから……。
とは言っても、あくまでその絵を見て感じた感情を増幅させる程度で、元の絵に少しでも感動していなければ効果はないそうだ。
それでもずるいなーと思わずにはいられなかったが……。
以上の講義内容を聴き終え、私はワーナさんへと顔を向けていた。
「大体はわかりました……。私には絵に魔法を込めたりとかはまだわからないので、その辺りはワーナさんに行ってもらって、今回は勉強させてもらいます。なのでそれ以外のところをアシスタントさせてもらえればと思いますけど、どうしましょうか?」
「うむ、これでも魔法は得意でね。任せて置きたまえよ。どうしましょうとは実際になにをすればいいかということだろう?」
私は頷き、ワーナさんも「それなら」と話を続ける。
「もとより、こうしてほしいというのは
あったのだ。大まかなイメージを起こしてもらい、私がそれを線で整え、さらにそれをミズカに着色してもらう。ああ、勿論この段階で仕上げることになるから、魔法を込めなくてはいけないが、そこは私がうまくやってやろう」
ワーナさんは得意げにそう言ったが、それって……。
「魔法以外の部分は、私がラフを描いて、ワーナさんが線画、そして着色と仕上げが私ってことですか?」
「ああ。そういうことだとも」
変わらず自慢げなワーナさんであるが、私は少し呆れてしまう。
それって、絵を描く部分においては、ワーナさんの方がアシスタントじゃん!?
いや、いいんだけどね。いいんだけどね?
いいんだけど、ちょっとワーナさんには絵を描くということの楽しさを教えなければいけないかもしれない……。
ふふふ……。ふふふふ。
「ふふ、ふふふふふふ。そうですか。ふふふ……」
急に笑い出す私に、メイガスもワーナさんもギョッとし、たじろぐ。
「わかりました。その様にしましょう。でも……ラフはワーナさんが描いてください」
「え、いやしかしな。君が描いた方がなにかと--」
「ええ、大丈夫ですよ。ちゃんと描ける様にアシスタントしますから」
暗く笑い私は言葉を繋げる。
「どうしようもなければ、私が最後には描きますけど、きっと大丈夫。しっかりアシスタントしますから……。依頼を受けたのはワーナさんなんですから、ちゃんと描くとこは描かないと……ね?」
私の言葉に、迫力にワーナさんはなにも言えず頷くしかない様であった。
「それでは早速取り掛かりましょうか……。ふふふ……。アトリエぐらい持っているのでしょう? 今からそこに行きましょうか」
「い、今からか? その、きりよく明日からでも--」
「今からです」
有無を言わせないトーンで私が言うと、ワーナさんは「はい……」とだけ頷き立ち上がる。
「なにしてるんですか。メイガスも行きますよ」
我関せずと傍観していたメイガスにも声をかけると「え」と驚いた様な意外そうな顔をする。
「一先ずアトリエで準備をしたら、ワーナさんには作業を開始してもらって、その間に依頼にある屋敷を見に行きます。その案内とか必要じゃないですか?」
私の言になにかいい作ろうと口を開きかけ、メイガスの目と私の目が合うと、その口もゆっくりと閉じ……。
「……わかりましたよ。まったく……」
とメイガスはため息まじりにそう吐き出すのだった。




