22.イラスト相場考察と置物のワーナ
ワーナさんが受けていた絵魔職の依頼は3件あり、それのどれもが一見魔法を必要としない、イラスト制作の依頼に思えた。
内容としては、
【新規開店に伴う、飲食店のメニューイラスト制作】
報酬:銀貨20枚
温かみのある、美味しそうなイラストを希望します。
前菜、魚料理、肉料理、デザート・ドリンクをそれぞれ各ページに一品と、表紙を飾る我が食堂一押しの魚介パスタをお願いします。
付属にシンプルなデザインのメニュー表がついており、表紙と各ページ(前菜・魚介・肉・デザート・ドリンクの5ページに別れている)にはすでにメニュー名や簡単な説明書きが書かれている。その中で不自然に空白が出来ている箇所があり、そこにイラストを埋めて欲しいということであろう。
【我が商会の紋章を描いて欲しい】
報酬:銀貨15枚 出来により20枚までならお出しします。
表題通り紋章をデザインして欲しい。
我が商会は主に木材の買い付けと販売を行っている。
その為、力強い大樹をデザインに使用して欲しい。
我々商会の今後のさらなる繁栄をイメージさせる物が出来ることを期待する。
この案件には、付属に覚書が付いていた。
多分メイガスが依頼者に直接確認していた事柄なのだと思われる。
覚書には、
使用用途:看板、判子、紋章旗など
イメージカラー:緑
とあった。
【屋敷の思い出を残したい】
報酬:50枚
お父様が栄転することとなり、住まいを近々移すこととなってしまいました。私は現在の屋敷に大変思い入れがありますので、寂しさや悲しみで、心穏やかに新天地へと向かうことは出来ないでしょう。
せめて、いつでも私の好きだったこの場所を、新天地での慰みに思い出せるよう、素敵な絵に残して欲しいのです。
この依頼に付属はなく、ただただ絵画として依頼者の屋敷を描けば良いのだろうと理解する。
以上の3件だが報酬が少し高いように思えた。
今日までの生活で銅貨が100円ぐらい、銀貨が1000円ぐらいと、大体いくらぐらいの価値になるかというのがわかってきたのだ。
まあ、元の世界で私が受けていた仕事の報酬と比べて考えた結果なので、一概にこの世界でどうなのかとまでは言えないが。
一先ず、ヒアリングと言ってもワーナさんが私にアシスタントとして何をして欲しいのかよりも、この世界での相場観であったり、イラストの価値観などを確認する必要がありそうだ。
私は再度確認し直していた依頼書から視線をあげ、メイガスに向き直る。
テーブルを挟んで向かいに座っているメイガスもまた、こちらに意識を向けていた。
私の隣に座るワーナさんは一先ず置物になっていてもらおう。
「いくつか確認したいんですけど、まず私の価値観だと依頼料が制作内容に比べて高いように感じるのだけど、この辺りだと一般的なものなんですか?」
「そうですね。むしろ安い方であると思いますよ。なにぶんEランクの依頼ですし」
メイガスの答えにもう一度考察する。
イラストを制作する際に金額を決めるには、需要と供給、制作にかかる労力や時間、あとは付加価値などが関わってくる、と私は考えている。
需要と供給は、今回の場合イラストを制作してほしいと言う要望と、それを行える絵魔師の人数の割合になるだろう。
ほしい人が多く、行える絵魔師が少なければ金額は上がり、逆であれば下がる傾向がある。
次に制作にかかる労力や時間だが、これらは単純に制作にかかるコストを意味する。
例えば、時間給のバイトなどを思い出すとわかりやすい。
単純で楽な仕事は1時間で900円だが、大変だったりみんなが嫌がる仕事だと1時間で1000円だったりと高くなっている傾向がわかるだろう。
絵を描く労力というのは、一概に大変だとも、楽だとも言いづらいが、一般で思われているよりは大変だと私は思っている。
まあ、大体のプロイラストレーターは、自分が働く上での時間単価の基準値は持っているもので、私の場合だと最低時給1000円で考えていた。
これ以下だと生活が苦しくなっちゃうしね……。
最後に付加価値だが、これは今しか手に入りませんよとか、無名の絵師が描いたものではなく、有名な人が限定1名様にだけ描きますよとか、供給が限定的であるということで、追加の価値を生み出すものが多く。
今回の場合、あまり関係はないだろう。
さて、以上の内容によって複合的に物の価値というのは決められると言えるが、この世界での現状の需要と供給が、どのくらいの割合になっているのかがまだ不明であるため、まずはこれを知る必要がありそうだ。
ここまで考え、再びメイガスに問いかける。
「イラストを描いてほしいという依頼の数と、対応できる絵魔師の人数の割合を教えてもらうことは出来ますか?」
「そうですね……。依頼5件に対し絵魔師が1人で対応しているのが現状ですね。最近は需要が増えていて、受注待ちの依頼が多くなっている傾向が強くなってきています」
「聞きたいことは、こういう事であっていますか?」
「はい! ありがとうございます」
メイガスの先回りした回答に、ワーナさんがメイガスを贔屓にしている理由が、よく実感できた。
「そうなるとやっぱり、一件ごとの報酬が少ないように感じちゃうんですけど、何か特別な内容が含まれてるんですか? あ、報酬額を変えてくれとかそういう話ではなくて、気になっただけなんですけど」
もうすでに決まっている報酬額であり、本来私が口を出すような事でもないのだが、今後この世界で絵の仕事をしていくのであれば、知っておく必要がある。
「……ああ、なるほど」
私の質問に少し考えるそぶりをしてから、メイガスはそういった。
「なにか違和感がありましたが、もしかしてあなたは魔法を使用しない絵の仕事をしていたのではないですか?」
「え、まあそうですけど」
前の世界に魔法などなかったのだから、当然だよね。
「魔法を使用しない一般の描き物のであれば、確かにおっしゃる通り、報酬が高く感じるのでしょうが。絵魔師にわざわざ依頼しているのですから、当然絵魔師としての魔法が必要なものに決まっているでしょう?」
小馬鹿にしたようにメイガスが私にニヤついた口元を見せつけてくる。
「む、依頼書には魔法が必要だなんて書いてなかったもん」
むすっと言い訳じみたことを言ってみると、
「一般常識です。わざわざ書く人はいませんよ」
と呆れ気味に返されてしまった。
「しかし、そうするとワーナ様。まだ絵魔師の仕事について、説明が出来ていないんじゃあないですか?」
「……? おお、なんか言ったかね? 私は今、屋敷の私室に置いてある縫いぐるみ達の心というもの感じていたところでね。すまんが話を聞いていなかったよ」
メイガスに話を振られ、ワーナさんはやっと現実に戻ってきたという感じにそう言った。
置物状態で拗ねていたようだ。
「仕事の説明と言ってもね。今日急遽依頼の話になってしまったのだから、仕方がないだろう? それに実地で覚えてもらった方が何かと都合が良いというものさ」
そう続けワーナさんはコミカルに両手を広げ首を振る。アメリカンチックな動作が鼻に付くが、しっかりと話は聞いていたんじゃないか。
「まあ、ということで今からその辺り教えて行こうじゃないか」
「そういうことでしたら、終わったらまた呼んでください。私は他の仕事が--」
「ははは、君も一緒に教えるのだから残りたまえよ」
席を立ちかけたメイガスをワーナさんが引き止め、嫌な顔をしつつもメイガスは再び腰を落とした。
あれ……。ワーナさんに対して私がヒアリングする筈が、講義のお時間になってしまったよ??
こうなったのって私が悪いわけじゃないんだから、メイガスは私を睨まないでほしいな……。
この話で書かれている相場観や価格設定のお話はあくまで、ミズカの主観による認識によるものです。
実際は、まあどうなんでしょうね。




