序章 魔王さまのチャンネル開設
序章 魔王さまのチャンネル開設
「なぜ、俺を殺す必要がある?」
魔王バランが尋ねる。
「お前が魔王だからだ!」
一点の曇りもない瞳で魔王バランを真っ直ぐに見ながら、一切迷うことなく勇者が答えた。
「ふむ、いつものやつか。ではさらに聞こう。お前は魔王であることが殺される理由だと言った。だったら、魔王が殺されなくてはならない理由を教えてくれないか?」
魔王バランは穏やかに質問する。それは、しごくまっとうな質問だった。
「人間界に魔物が出没しては様々な被害を引き起こしている。その魔物達の王が魔王だ。だから魔王を斃す!」
その答えにも、勇者に迷いはなかった。
「正直な話、魔界ではまともな法はない。魔物達はみなそのような物を守らないからだ。力で抑えつけてはいるが、目の届かないところでは好き勝手やる。それが魔物だ。その上で聞こう。人間界では犯罪者が犯罪を犯す度に、王が殺されなくてはならないのか? お前の言っていることはそういうことだろう?」
魔王バランはあくまで穏やかに話す。
そして、それまでまったく迷いのなかった勇者の表情に、初めて陰りのようなものが生じた。
「そ、そんなことはどうでもいい。貴様は人間界を征服するために、魔王軍を組織していると聞いた。この私がいる限り、絶対にそんなことはさせない!」
さっき自分が話たことを、いともあっさりとぶん投げた勇者は、また迷いの無い瞳を魔王に向けて責め立てる。
「魔界をどんなところだと思っているかは知らんが、人間界の征服など不可能だ。軍事侵攻はできても魔物に統治はできない。さっきも言った通り、魔物は法など守らないからだ。そもそも、法を作ることすらできん。魔物は略奪者にはなれても、領主になることは不可能だ。常に好き勝手やるようなゴブリンやオークやトロールに統治などという高度なことを出来ると思うか? つまり人間界に侵攻する意味などないし、お前の言ったような人間界を征服することなど、ただの幻想に過ぎん」
魔王は勇者に向けて現実というものを淡々と話す。
すると直前までの迷いのない瞳の輝きは失われ、勇者の表情はまた陰った。
「そ、そんなことなど関係ない! 魔王は悪いやつだ! 俺は多くの人々のため、貴様を斃す。ここに辿り着くまでの間に、魔物たちとの闘いの中で散っていった仲間たちのためにも、魔王、貴様はこの場で死ななくてはならないんだ!」
また、都合の悪い事実をぶん投げて、勇者はひどく曖昧模糊としてしかも個人的な理屈をつけて魔王バランに向かい闘いを挑む。
「また、こうなるのか。勇者に理を説いても無駄だとは承知しているが、ここまで辿り着いてしまうと、もうダメなのだろうな」
嘆息を交えながら魔王バランはつぶやくように言った。
「今更何を言っている? 命乞いなど無駄なこと、私は正義の名の下に貴様を斃す。さぁ、貴様が来ないなら私から行く。覚悟!」
勇者は最強の剣を振りかざし、魔王バランにいきなり切りかかることで闘いが始まった。
魔王と勇者の闘いはそれから丸一日続き、どちらも深く傷ついて両者は大地の上に倒れた。
そこからさらに半日が過ぎ、陽がすっかり暮れた頃、魔王バランがゆっくりと起き上がる。
かろうじてだが、魔王バランは生きていた。
これと似たようなことは、過去幾度となくあった。
歴史は明らかに繰り返されていた。
うんざりするような再現性だった。
これまでは、魔王の宿命だと思い耐えてきた。
説得を続けてきたのは、その宿命を変えようと思ったからだ。
だが、説得はこれまでずっと失敗し続けてきた。
もっと他に何か良い方法はないか、と魔王バランは考えつづけてきた。
そして魔王バランは数え切れない星の光を見上げながら思いついた。
そうだ、チャンネルを開設しよう。