91話 クロノスと銀の首飾り
めちゃくちゃ遅くなりました。すみません。
「お前が飲んで大丈夫だったから油断したが、まさか私にしか効かぬ神経毒を含ませているとはな……」
蜘蛛の巣で出来たドームの中で、昨日テイムしたアラクネのクロノスが俺を押さえつける。
コーヒーを飲ませたことにお怒りらしい。
どうやらまだ早い時間らしく、周りは誰も起きていないようだ。起きたら、このドームの異変に気付いて何かしらのアクションを起こしてくれる筈だと信じたい。
武。俺、今めちゃくちゃピンチだよ。
助けて欲しいよ。
「そして、あろうことか契約まで……」
「いっ、いや、契約を急かしたのはクロノス……」
「何か言ったか?」
「何でもありません!」
口を開けば睨まれるので、自分を弁護することも出来ない。まさに絶体絶命の大ピンチだ。
「私はそこらのアラクネとは違う。故に威厳を示さねばならん。だが、お前はその全てをぶち壊した! コーヒーで!!」
あぁ、めっちゃ怖い。めっちゃ怒ってる。
確かにあの姿は威厳なんてなかったけど、酔っているときくらいはいいんじゃないか……とはいかないんだろうな。
人間社会とは違って、酔うことそのものに馴染みがないだろうし……てかそもそも自分が醜態をさらしたと思えば、酔う酔わないなんて関係ないもんな。
と、そこまで声を荒げて怒っていたクロノスは、突然冷静になり言葉を続けた。
「しかし、それを招いたのは私でもある。契約を急いたのも間違いない。いくら神経毒を受けたとしても、レジストを中途半端に抑えてしまったのは事実だ。」
「は、はぁ。」
「……知識、知恵。それがヒトの強みということか。私はまんまとお前の策に嵌まったわけだ。」
いや、そんなんじゃなくてたまたま知ってただけなんだけど、まぁでもクロノスが納得しているならいいか……
ん? なんだ? 急に身体にかかる圧力が増えたような。
「過程がどうであれ、結果的にお前は私の主人となった。責任は取ってもらわねばなるまい?」
「え……ちょ……」
ずいずいと顔を近づけてくるクロノス。
こ、これはまさか! イチャイチャを通り越してアレですか!!
あぁ~っちょっとタンマ! でも抵抗できないから俺は悪くないよな! 悪くないぞ!
身体は任せるから優しくしてね!
「おい、盛るのはお前達の勝手だが、私の近くでヤるな。」
~
うーん、いい朝ですね。
えぇ、知ってましたよ。こうなることは。
蜘蛛糸ドームを短剣で切り裂いて顔を覗かせたシルヴィリア。
彼女の一言で、クロノスは俺から離れた。
名残惜しい彼女の重みに余韻を感じつつ、俺は渋々立ち上がった。
いやぁ、実に惜しいところだった。
酔った所をテイムしたのは確かに俺の望むところではなかったし、クロノスの望むところでも無かっただろう。
それでも、テイムしてしまった以上は、俺は主人としてクロノスの要求は出来る限り受け入れていくつもりだ。
だから彼女から迫ってきたら、俺は受け入れる準備が……
「……ユウスケ? 朝からなんて顔してるの。」
「はは、何でもないよ。」
だって、俺だって男だ。そういう欲求だってある!
分かってるぞ! あわよくばを狙う俺のこのクソ野郎な感じは俺だって分かってるんだ!
でも仕方ないだろ! そんな感じになったら俺だって言い訳の一つでもしながら流れに身を任せたくなるだろ!
寧ろここまで女の子に囲まれて生活して、今まで何もない事を褒めてもらいたいくらいだ。
って、そう言えばこの世界の結婚事情について全く知らないな。
一夫多妻制? そもそも人型とは結婚という形になるのか?
調べておく必要があるな。
「ところで、これからどうするの?」
朝食の準備を進めているリーニャが、サンドイッチを皿に盛り付けながら俺に尋ねる。
これからどうする……か。
一度キンから出された三つの条件をおさらいするか。
えぇと、まず一つはレベルを上げること。冒険者ランクはBにならないといけないって話だったな。
それで、次がアラクネを仲間にすることか。これは昨日クリアだ。
最後に、エルフの里で魔王についての情報を仕入れることだったな。
ステータス的にはまだCランクレベル。クロノスの参加を考えても、俺達が足を引っ張ってしまうからBランクには程遠い。
当分は、やはりランク上げに専念することになるか。とりあえずCランクに上がることが目標だな。
Cランクになる為の条件は、Dランク以上の討伐依頼を150件と指定魔物の討伐、それに加えて座学を一日だったか……
座学では、主に護衛についての立ち回り方や貴族に対しての礼儀等を教わるらしい。
まぁ教わるって言っても、ほぼ形だけだろうけどね。貴族が実際に護衛依頼を出し始めるのはBランク上が多い。
護衛についての立ち回りを教わるのは、Cランクになると商人から重要な護衛依頼を受けることが増えるからだ。勿論、Dランクでも護衛依頼を出されていることはある。問題は、内容だ。
Dランクでの護衛依頼は、主に魔物の討伐か、かなり低いレベルの盗賊だと判明している区域の護衛のみだ。それがCランクの護衛依頼になると、盗賊のレベルが一気に跳ね上がる。元Dランク冒険者だった盗賊が増えてくるのだ。
リーニャが昔言っていたように、EランクからDランクが一番死人が多い。死人が多いということは、挫折する冒険者も多いということだ。
じゃあ魔物を相手するのに挫折した冒険者は何を始めるのか。
当然、リスクが低い稼ぎ方をする。それがまともな人間なら、高いステータスを活かして街で力仕事をやったり、農業をやったりするんだろうけど、リスクが低い分EランクやDランクの依頼の稼ぎと比べたらやはり収入も低い。
魔物を相手するよりリスクが低く、なおかつ大量の金を手に入れる方法。それで道を踏み外した人達が盗賊へと変貌する。
まぁ、全員が全員元Dランクの盗賊ってわけでもないし、Dランクの冒険者で充分な区域はDランクの冒険者を護衛につける人も居るみたいだが。
いやぁ、そう考えると商いの世界って難しいな。正しい情報を取捨選択して支出を減らし、利益を出していかないといけないんだから。
話がかなりズレてしまった。閑話休題。
並べられたサンドイッチを一つ手に取り、話を続ける。
「とにかく、今はランク上げに集中した方がいいかな。Bランクまで上げてからエルフの里に向かう。」
「じゃあ、依頼をこなしていくことになるわね。」
「レベリングのお陰でDランクの依頼なら簡単に捌けそうだし、ちょっとペースを上げていきたいな。」
「そうね。」
「油断はするなよ。今のお前達はステータスだけが強くなった状態だ。」
最後のシルヴィリアが言った通り、レベリングをしたからと言って死ぬ時は死ぬ。そういう世界だ。
システムはよく分からないが、今までを振り返って考えても、HPとは関係なく急所への攻撃では一撃で死ぬ。シルヴィリアがあいつらの首を落としたときなんてのもそうだろうし、リーニャが魔物の頭に矢を命中させた時もそうだ。気を抜けば命を落とす世界だ、一切油断するつもりはない。
とにかく一度街に戻って、依頼の確認をしたいところだな。
「と、そうだ、忘れてた。クロノス。」
「……何用だ。」
あ、そのキャラは一応続けるのね。
じゃなくて。俺は鞄の中を漁って、二つのアクセサリーを取り出す。
勿論、クロノスに身に着けて貰うための従魔証明証だ。
予め買っておいた首飾りと腕輪。クロノス自身に選んでもらおうと思う。
「一応街に入る時、この装飾品をつけておかないといけないんだ。これで、危険がないという証明になるから。」
「どちらでもいい。」
「ですよねー。」
何となく予想してたけど、やっぱりどちらでもいいらしい。
うーん、どうしよう。
「首飾りが良いんじゃない? 黒いロングヘアのお陰でより目立っていいんじゃないかしら。」
「ふむ、確かに。」
個人的にだけど、黒に銀色はとても似合うと思う。リーニャの言う通り、黒いロングヘアのお陰で銀色の首飾りは浮かび上がるように目立つだろう。
目立たせたいという点でも、似合いそうという点でも、ここはぜひとも首飾りを付けて欲しい所だ。
そうなると……
「クロノス、髪を前に垂らすの止めて後ろに括ろうよ。」
「断る。」
「何で!」
クロノスに即答された。何で断るの! 理由がサッパリ分からない!
首飾りと腕輪はどっちでもいいのに!
「そう言わずに、これも円滑にコミュニケーションを取るためなのよ。」
「や、やめろ!」
「なぁに恥ずかしがってるのよぉ。」
抵抗するクロノスに、リーニャとヒサメが襲いかかる。
いや、抵抗はしてるけど、本気ではなさそうだ。まぁクロノスが本気を出したら俺達なんて数秒でダウンだろうし、一応仲間には手を出さないって感じなのかな。
クロノスの抵抗? 虚しく、髪は後ろで束ねられ、酔いどれ時のローポニースタイルになった。
酔っていないのでツンとした目は鋭いが、初めて見た時より恐怖心がないのは、きっといくらか友好的な関わりを持ったからだろう。どちらかと言えばクールビューティといった印象を受ける。
リーニャが俺の手から首飾りを取り、クロノスにつける。
蜘蛛の身体のお陰で若干背が高いクロノスの首に、背伸びをしながら腕を回して首飾りをつけるリーニャ。この絵面、尊い。
つけ終わったリーニャがクロノスから離れると、クロノスの姿が見える。
「どう? ユウスケ。」
リーニャが俺に確認してくる。リーニャが首飾りを勧めたから、似合うでしょ? とでも言いたげだ。
そして、実際似合っている。
俺が何も言わないからか、クロノスがそのクールな顔に似合わず恐る恐る聞いてくる。
「ど、どうなんだ。」
「うん、似合ってる。綺麗だよ。」
率直な感想だ。心の中と一言一句違わない。
クロノスはその言葉を聞いて「そうか。」と顔を綻ばせた。
あぁ、こうやって好感度を上げていってしまうあたり、俺は罪な男である。
俺は女ったらしの才能があるのかも知れない。ハーレム系主人公のオファーを貰ってもおかしくないな。
「ユウスケ、ちょっとバカなこと考えてるでしょ。」
「何で分かるの? エスパー?」
「何となく分かるわよ。サンドイッチ全然食べてないし。」
しまった。妄想スイッチのせいで全然食べてない。
俺の手元にあるのは、まだ一つ目のサンドイッチだ。それも手にとってすぐに従魔証明証の話を始めたので、一口も食べてない。
ていうか、ていうか……
「ていうか何でこんなに減ってるの! あっ! シロナか!」
初めは山程もられていた皿に残るのはあと三つのサンドイッチ。
リーニャ達はいつの間にか自分の分は確保していた。
シロナは美味しいものをお腹いっぱい食べたいので、次のサンドイッチに手を伸ばす。
「あぁぁ! せめて二つは残しておいて!」
ちょっと物足りない量のサンドイッチを、まぁシロナの幸せそうな顔を見れたからいいかと納得しつつ自分の皿に移した。
うん、今度からは先に食べたい量確保しておこう。




