90話 初めての泥酔
更新遅くなりました。
俺の思っていた通り、アラクネはコーヒーで酔っぱらった。
いや、酔っ払ったところまでは思った通りと言うべきか……
コーヒーを飲んだアラクネは、とてもごきげんだった。
コクッコクッとコーヒーを飲み干すと、ぷはーっと大きく息を吐く。
「この飲んだ瞬間に口に広がる独特な苦味……身体に広がるふわふわとした心地よさ……サイッコー!! こりゃー大人も好きになるよねー!!」
うん、思った以上の酔いっぷりだ。
まさかコーヒーがここまで彼女を変えてしまうとは思わなかった。
出会った初日にキャラ崩壊とは……
長く黒い髪は、コーヒーを飲むのに邪魔だったのか後ろで束ねられて糸で結んである。
リーニャは高い位置の、ゴールデンポイントでのポニーテールなのに対して、アラクネは下の方で束ねたローポニーだ。
髪が前に垂れ下がっていた時は見えなかった表情が、今はよく見える。ヒサメよりもツンとした目は、コーヒーのせいで全く鋭さを感じさせなかった。
アラクネは料理などそっちのけでコーヒーのおかわりを要求すると、俺の隣に腰を下ろした。
そのまま俺の方に腕を回してくる。
「でぇ、仲間になれだったっけ?」
「は、はいっ、そうですけど!」
俺の耳元に顔を近づけて囁くアラクネ。
お陰でアラクネの胸が腕に当たる。服越しで良く分からなかったが……デカい。
そんなほぼ密着状態のせいで声も上ずり、思わず敬語になる。
「んふっ、どうしよっかなぁ~。でも今気分がいいから仲間になってあげてもいいかなぁ~?」
「いっ、いやぁ~その、今はちょっとダメというか……」
酔っている間にっていうのは俺のポリシーに反するので、やんわりと酔いが冷めてからと伝えたかったのだが、ダメと聞いた瞬間、アラクネの機嫌が悪くなる。
「自分から仲間に誘っておいて、断るわけ?」
「いやそういう訳じゃ……」
「はい決まりねぇ! 決まり決まり! さぁ契約契約!」
アラクネは俺の前に仁王立ちになる。
うん、どうしても今テイムしないと面倒くさいことになりそうだ。
いや、テイムしても面倒くさいことにはなるんだろうけど……
あー! 酔っ払いってこんなに面倒くさいものなのか!!
だれか助けてくれないかとリーニャ達を見回すも、リーニャとヒサメは俺の方を見て面白がっているし、シロナはこっちを眺めながらドラゴンステーキを食っていた。シルヴィリアに至ってはもはやこっちの方向すら見ていない。こりゃ誰にも助太刀は期待できないな……
愚痴ってもどうにもなりそうにないので、仕方なくテイムする。
これはギリギリ合意の上だ、と若干犯罪感漂う言い訳を自分にしつつ、アラクネに右手を差し出す。
アラクネは俺の右手を握る。
前に二度経験したテイムの感覚。
油と水のように弾き合うお互いの魔力が、ゆっくりと混ざっていく。
アラクネは目を細めて、その感覚を味わっていた。
テイムが終わって、オレとアラクネは握っていた手を離す。
「これで契約は完了ってことね。」
「あ、あぁ。一応……」
「んふっ、じゃあいつでもコーヒーを飲めるわけね!」
「お、おぅ……でも飲みすぎは多分身体に悪いと……」
「何?」
「い、いえ、何でもありませんです。」
アラクネに睨まれた。くっ、酔っぱらいに注意するのは何処の世界でも危険が伴うのか……?
と、とりあえずステータスを確認してみよう。
あと名前もつけなければ……
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noname
21歳
種族:アラクネ
状態:麻痺
Lv72
HP 772/772
MP 616/616
STR:630
VIT:482
INT:556
DEX:790
AGI:880
【所持スキル】
蜘蛛糸・撚糸
蜘蛛糸・硬糸
蜘蛛糸・展開
蜘蛛糸・枷
蜘蛛糸・磔
毒生成
状態異常耐性
気配感知
魔力感知
特殊裁縫
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「ま……まじかよ……」
とんでもないステータス、それにレベルだ。
こりゃ推奨ランクがAランクとかBランクとか言われる訳だ。
VITが低めで瞬発力のある攻撃寄りのステータスはシロナと似ているが、スキル欄に蜘蛛糸という種族固有らしきスキルが並んでいる。
名前で何となく使い方が予想できるけど、こういう森のような障害物の多い場所ではかなり強そうだ。
毒生成と状態異常耐性もシンプルながら強力なスキルっぽそうだ。
気配感知の他に魔力感知というのもあるが、どういう違いがあるのかちょっと気になる。
それと……特殊裁縫ってなんだ……?
あのくるくると玉にしていた蜘蛛糸の加工に使うスキルなのだろうか。
ていうか状態が麻痺って……やっぱり中枢神経が……?
……じゃなかった、名前をつけないと。
「な、なぁ……なま」
「だから大丈夫よ。飲んだ初めはちょっとビックリした神経毒だけど、今はレジストしてるから。むしろ丁度ほわほわして気持ちいいわ……」
「い、いや、じゃなくて、名前をつけようと思うんだけど。」
アラクネはリーニャから受け取ったコーヒーを飲もうとした所で動きが止まる。
「名前?」
「そう。ずっとアラクネって呼ぶのはちょっと……ね。」
「名前ねぇ……ま、好きにしたら。」
好きにしたらとは……名付ける風習がないどころか、もはや興味すらない模様である。
まぁ、好きにしたらと言われたことだし、好きにしよう。
ヒサメの名付けの時も悩んだから、その時に予め考えておこうと心に誓ったはずなのだが、それを今思い出した。
つまり、全く何も考えていなかった訳である。
どうしよう……今回は戦ってないからスキル名や色から連想するしかないか……
蜘蛛、蜘蛛糸、蜘蛛の巣……黒色、クロ……うーん、クロは流石に安直すぎるな。
ブラック、スパイダー、ブラッ蜘蛛……いや、何でもないです。
蜘蛛の巣、クモノ、モノス、クロ……クロノス……ん? クロノス? なんかそんな神居たな。時間の神だっけ? 農耕の神だっけ? どっちも居たような気がする。
時間か……蜘蛛糸でその場を制する戦いかたは中々時間を操ってるように……は見えないか。
でもクロノスいいな。もう心の半分くらいはクロノスで決まっちゃったぞ。
ただ、個人的にはクロノスじゃやっぱりちょっと男性感があるな……クロノス……クロノ……クロノ。
シロナ、クロノ。うーん、こう並べるとなんか安直な感じが……。
うん、クロノスにしよう。男性っぽさはあるけど、しょうがない。
嫌って言われたら別のを考えるか……
「よし、名前を決めた。」
「ん~? 何?」
「クロノス。で、どう?」
コーヒーを飲んで気分の良くなったアラクネは、クロノスと聞いてもさほどリアクションがなかった。
聞いてないのか、考えてるのか……
「嫌なら変えるけど……」
「クロノス、ねぇ。由来は?」
「え、あー。由来というか、俺の世界にある時間の神の名前なんだけど……」
蜘蛛の体の色が黒いからクロと、蜘蛛の巣のノスを合わせましたなんて言えないよな流石に……
誤魔化すためにとっさに神の名前だって言ったけど……
「神、神の名前なの? 時間の? へぇ……」
満更でもなさそうな表情である。好感触。あぶなかった。
「いいわ、制してやろうじゃない。時間を。その名前、貰ったわ。」
「あ、あぁ。気に入って貰えて何より……」
「じゃ、コーヒー頂戴。」
「あ、はい……」
……俺は、もしかしたらとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
シロナにご飯、アラクネにコーヒー。散財の可能性があると言う意味のことわざがまた新しく出来てしまった……
本日、日も落ちてきていたのでここで野宿する。
見張りはしなくても良いように、ちゃんと結界石を購入していたのだが、アラクネ……改め、クロノスが私に任せろと言わんばかりに周りに蜘蛛糸を張り巡らせ、蜘蛛の巣のようなものを作る。
が、穴は空きまくり、形は崩れまくり、結局安心できないと言うことで結界石を設置。
結界の中で安心して寝ることに……
しかし、この森に居る魔物は強くてもDランク相当だって聞いたけど、クロノスはなんでこんな場所に来たんだろう。
魔素が好ましかったのだろうか。それにしては特別魔素の濃い場所でも無さそうだけど。
他のアラクネとは違うって言ってたし、馬が合わなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は夢の中に落ちていった。
~
小山武。
高校時代の親友で、俺の唯一のオタ友で、ギャルゲやアニメが好きな奴だ。
その武が、俺の家に来ていた。
あぁ、夢を見てるんだなと思った。
確か、前にもゴブリンリーダーに頭殴られて気絶していた時、武と会話する夢を見た。
今回は夢と自覚してるので、明晰夢と言う奴だ。
武はテレビゲームをしながら、俺に声をかけてくる。
「なぁ、モン娘のゲームやった? もう一週間になるけど。」
あぁ、この会話もしたなぁ。この時、俺はあるモン娘のゲームを買っていた。魔王やら戦争やら何もない世界で、モン娘とイチャイチャするギャルゲだ。剣と魔法の世界観だが、全く戦闘の無い斬新なゲームだった。
「うん、やったよ。平和で良かった。」
「平和か、そりゃストレス無くていいな。俺はまたヒロインに殺されたぞ。」
そうそう、こいつまた懲りもせずヤンデレヒロインのゲーム買ったんだよな。
しかもヤンデレの種類も沢山あろうに、大体主人公を殺していつも一緒に居れるね! って感じの奴ばっかりを買う。
絵に釣られ過ぎだ。
「でも、寂しくないみたいだな。良かったよ。」
「寂しい? なんで?」
なんだ? こんな会話したっけ? 夢だから新しい展開なのか。
「だって、転生してからかなり経つだろ。」
「……」
夢、夢だから今と昔がごっちゃになってるらしい。
でも、何でいきなりこんな夢を。
「何で知ってるんだ? って顔してるな。」
武は、俺を見て笑う。
そして、俺を指差した。
「だって、アラクネが乗っかってるぞ。」
アラクネが乗っかってる?
俺の身体を見ても、何も乗ってない。
すると、いきなりグッと押さえつけられる感触がした。
~
「……ぅん?」
急に体に走った感触のせいで、どうやら目が覚めたらしい。
重い瞼を開けると、そこは薄暗い所だった。
まぁ、森で野宿したわけだし、薄暗くて当然なんだけど。
なんか、真っ白なんですよね。周りが。
そんで、乗ってるんですよね。クロノスが。
クロノスが糸で作ったドーム状の空間の中で、俺はクロノスに押さえつけられていた。
「あの、クロノスさん? いったい何を……?」
「よ…………たな。」
「へ?」
小さい声で、震えるように呟くクロノス。
うん、ヤバイ感じがする。
「よくもあんなモノを飲ませてくれたな!!」
じめじめした森の中、爽やかとは言えない朝。
クロノスは、盛大にぶちギレていた。




