84話 幸せを求めて
――復讐じゃ
――リアの場合は特別じゃな。
キンがシルヴィリアの復讐を特別だと言っていた意味が、彼女と会話をすることによって漸くわかった。
あれは、キンが個人的に気に入っているからとか、クロトガの民だからとか、そう言う事ではなかった。
シルヴィリアは、復讐をしないといけない身体なんだ。
漆黒の短剣"断罪者"の呪いは、手に取った者の時間を止めること。
成長も、心境も、その全てがその時のままになってしまう。
シルヴィリアが断罪者を手にした時、復讐心に取り憑かれていた。
それは村を焼かれ、同族を殺されて復讐を心に決めていたからだ。
そんな、心の中に一番どす黒い感情が渦巻いていた時のままで時間が止まってしまうと、彼女は狂ってしまう。
例え復讐を果たしたとしても、それは一時的なガス抜きに過ぎず、また復讐心が湧き上がってくるのだ。
対象も居ないのに、敵がまだ居るかの如く。
キンはそれを分かって、定期的にガス抜きをさせていたんだろう。
シルヴィリアが狂ってしまわないように。
……退っ引きならない。
「ユウスケ! 何ぼーっとしてるの!」
「えっ、うわっ!」
慌てて飛び退いたそこに、デカい角が掠める。
そうだった、今はコイツをどうにかしないと。
「考え事するのはいいけど、せめて終わってからにしてよね!」
「ごめん!」
俺達は今、ゴーレムではなく魔物を狩りに来ている。
ゴーレムの魔石でレベルを上げたので、そのステータスに体を慣らす目的と、ゴーレムの魔石では経験値効率が悪くなってきたので、別の魔石を入手したいからだ。
今俺に突進してきたこの魔物はブラッディブルというデカい牛の魔物だ。
コイツは図体もデカいが何より速い。でもこの辺りでは弱めの魔物らしいので、体慣らしには適当な相手だろう。
そして、こいつを選んだ理由はもう一つあった。
「お肉!」
ゴーレムの時とはうって変わって意気揚々とブラッディブルに攻撃を仕掛けるシロナ。
シロナは、保存食にいい加減飽きていた。
皆さんお忘れかと思うが、シロナを仲間にした時、俺はシロナと約束をした。
色んな国を回って、美味しい物を食べよう。というものだ。
さて、ニーアを乗せてアステニアを出た俺達はクリシュナード、クロトガと移り、今は古代遺跡付近に居る。
古代遺跡にこもり始めて早三日。
クロトガで満足に食事の補給もできずにそのまま古代遺跡へ直行した為、レイに格納していた調理済み食料も底をつき、保存食で凌ぐ日々。
ついに、我がパーティ一の美食家であるシロナが音を上げたわけである。
干し肉、堅パン、もう嫌だと。
美味しいお肉が食べたいと。
つまるところ、このブラッディブル狩り。最重要項目は他でもない、幸せという名の美味しいお肉の調達なのだ。
幸いレイは料理セット――前は肉焼きセットのみだったのが、いつの間にか一式揃っていた――を格納しているし、調味料の類はそれなりにレイに格納している――何故か俺が入れたわけでもないのに入っている――ので、別に現地調達でも問題ないわけだ。
寧ろ、保存食だけを食うよりは気持ち的にもいいだろう。
連携も問題なく、身体に異常もない事をしっかり確認した俺達は、とりあえず肉を沢山溜めておけばいいだろうの精神により、ただ黙々とブラッディブルを狩る。
お腹がなる頃には、三日分位あるんじゃないかと思う程の肉をゲットすることが出来た。
いや、シロナが食えば一食分かもしれないが。
勿論ブラッディブルの魔石はかじる。美味しくはないけど経験値の為だ。
レイも含めて、皆に均等に魔石を渡してレベルを上げた。
さて、俺達のパーティでは料理が出来る者は一人しか居ない。
勿論リーニャだ。
しかも残念なことにシルヴィリアも料理は出来ず、彼女は生肉のままワイルドに齧り付こうとしていたので慌てて止めた。
「ストップストップ! 今からリーニャに調理してもらうから、それ食べよう。」
「調理……? こんな場所で?」
流石に古代遺跡の中へは入りますよ。えぇ。あの中安全なんですもん。
と、言うことで古代遺跡の広間のような建物の中でお料理タイム。
俺は料理についてはサッパリ分からないのでリーニャに丸投げして、とりあえず椅子や机になりそうな瓦礫とか引っ張り出してきたり、レイの中からリーニャに指定された物を取り出したりとか、邪魔にならないサポートを行ってリーニャの負担を減らす。
レンガのような材質のブロックを詰んだ上にデカい木の板を寝かせ、簡易テーブルが完成した。
ふっ、こんな簡単な机とも呼べないような机でも、なんだか俺ってDIY出来るんだぜって気持ちになってくるな。
リーニャは割りかし凝っていて、森等を歩くことがあれば山菜のような野草やハーブを摘んでいたので、味付けにも一工夫加えてくれた。
干し肉ばかり食っていたので、急激に濃い味付けは合わないだろうと少し薄味に。
そうして、出来上がったステーキのような料理を皿に盛り付け、落ちていた机代わりのデカい木の板に並べていく。
平行に積まれたブロックのお陰で美しく並んだ皿達に、俺は感動した。
「出来る……今日の俺は出来る男だ……!」
「どうしたのユウスケ? とりあえず暖かい内に食べよう?」
「んーーーー!」
そうだ、折角作ってくれた飯が冷めては勿体無い。
俺はささっと椅子に座ると、リーニャの料理を楽しむことにした。
「「「「頂きます」」」」
手を合わせてそう言うと、俺達は早速食べ始める。
「んーーーーーーー!!!!!」
「シロナちゃん気に入ってくれた? 良かったわ。」
「あらぁ、これ店で出せるんじゃない?」
シロナはその美味さに絶叫、リーニャはそれに顔を綻ばせる。
ヒサメにとっても文句なしの一品だったようで、店で出せるという最高級の褒め言葉を言っていた。
さて、俺も食べるか……ん?
なんだ? 何故かシルヴィリアがキョトンとした顔で俺達を見ている。
シルヴィリアは俺と目が合い、俺に対して質問した。
「その、"頂きます"って、何だ?」
「え? あー、頂きますっていうのは……何て言うんだろう。感謝の言葉かな。」
「感謝?」
「うん。俺の世界では、食べ物を食べる時は、その食材達に感謝して食べるんだ。今回で言えば、俺達はブラッディブルの肉を食べて生きる。だからブラッディブルに対して、あなたの命のお陰で今日も生きることが出来ますー……って感じかな。命を頂くから、頂きます。まぁ、詳しい由来は知らないんだけどね。」
今になっては由来を調べる事もできないし、間違えてても仕方ないな……と開き直りながらステーキを口に運ぶ。
うーん! 美味い!
ブラッディブル自体の肉の旨味が濃い。干し肉ばかり食っていたので、そこまで濃い味付けにしていないはずなのに、何かのソースをかけているかのような濃厚さ。
あぁ、干し肉のお陰で、素材本来の旨味を感じられているのかもしれない。
鞄の中にいるレイに肉を運ぶと、レイも喜んだように肉を食べていた。
俺がステーキに夢中になっていると、俺の話を聞き終わったシルヴィリアが自分のステーキをじっと見つめていた。
「命に、感謝……か。」
小さな声でそう呟くと、シルヴィリアは手を合わせて頂きますと言い、ステーキを食べ始めた。
~
翌日、俺達は早足のシルヴィリアに先導されて次の獲物に向かっていた。
古代遺跡とは遠く離れて行っている。
「シルヴィリア、何処に向かってるんだ?」
「次の魔物の所だ。」
それだけ言うと、さっさと歩いて行く。
無口で歩くのはいつものことだし、早足なのは少し気になるけど、それ以上に左右にブンブンと振られた尻尾に不吉な予感を抱いていた。
何故ここまで上機嫌なんだ。
「いた、あれだ。」
シルヴィリアが立ち止まる。
俺達はその横から覗く。
「……シルヴィリアさん、あれは?」
「ん? 見て分からないか?」
いや、分かりますよ。分かりますけど、何で? 何で?
俺達の前にはその巨体を寝そべらせて休んでいる魔物の姿。
四足歩行、傷の一つも付かなそうな刺々しい鱗、大きな羽を持ってその長い首の先には凛々しいお顔。
シルヴィリアさん、これ、ドラゴンですよね?
「いいか? お前達はここにいろ。私が狩ってくる。」
「ちょーっとまって!? 何故ドラゴンを!? ちょっとずつ強くなって行くっていう過程すっ飛ばし過ぎじゃないですか!?」
俺の必死の抗議を受けて、シルヴィリアは尻尾をブンブンと振りながら答えた。
「ドラゴンはな、美味い。」
そうして、認識阻害を使ったシルヴィリアは勢い良く地面を蹴ってドラゴンに近づいていった。
残された俺達は、何とも言えない表情でそれを見送った。
シルヴィリアが狩ったドラゴンは、ドラゴンの中では下級のレッサードラゴンだった。
しかし、下級と言えどドラゴンはドラゴン。強さは他の魔物と比にならず、本来一人で狩るのは難しい。
だが流石はAランク二人とやりあったシルヴィリア。強さは本物だ。
認識阻害、幻影を使って巧みに相手の視界から消え、急所を攻撃。
本気を出したシルヴィリアに為す術もなく、下級ドラゴンは息絶えた。
ドラゴンが死んでいるのをしっかり確認して、シルヴィリアは俺達を呼ぶ。
シルヴィリアの何倍もある巨体のドラゴンを、皆で解体だ。
ドラゴンの解体なんてしたことなかったけど、そこはシルヴィリアがテキパキと指示を出して行く。
あっという間に素材、肉、魔石に早変わりした。
ドラゴンと言うのは、余すところなく使える。
骨や皮や歯は武器や防具の素材に。
魔石は売れば高額になるが、今回は俺達の経験値に。
そして肉は……
「リーニャ、肉だ。料理を頼む。」
尻尾をブンブンと振ったシルヴィリアが、ステーキの催促をしていた。
リーニャは少し困惑しながらも、料理の準備を始める。
「いや、ここで料理したらマズいんじゃ……」
下手すれば、魔物をおびき寄せる餌になりかねない。
しかし、シルヴィリアはとんでもないことを言い出した。
「あぁ、魔物が寄ってくるだろう。つまり探さなくても肉が来るということだ。」
あぁ、ダメだ。
どうやらシルヴィリアは、リーニャの料理の虜になってしまったらしい。
命に感謝か……とか感慨深く呟いていたあのシルヴィリアさんはどこへ……
なんて言ってても仕方ないので、俺も腰を下ろした。
シロナとヒサメもまだかまだかとワクワクしている。
シルヴィリアに至っては、尻尾の揺れがまさに飼い主と戯れる犬そのものだった。
ブンブンと揺れる尻尾を見ていたら、シルヴィリアがその視線に気付いたらしく、少し顔を赤らめながら俯いた。
「わ、私は料理を口にしてこなかったんだ。お前も知っての通りの生活をしてきていたから、料理屋に訪れる機会もない。そもそも、私は狼人だから生肉のままでも問題無い。だからこんなに凝った料理を食べたのは初めてだ。まさかこんなに味が変わるとは思わなかったから、今まで興味すら無かったんだ。」
早口にまくし立てるシルヴィリアに、俺はなんだか自然と笑みがこぼれた。
今の彼女は、呪いなんて関係なさそうだったから。
「な、何を笑っている! 殺すぞ!」
「もう俺の事は殺さないんじゃなかったの?」
「くっ……!」
そこへリーニャがドラゴン肉のステーキを持ってくる。
今回も大胆な味付けはなく、素材本来の旨味を活かしたステーキらしい。
いやしかし、見ただけで分かるこの美味さ。さっさと口に運んでしまいたい。
「お、お、おぉぉぉ。」
「はぁぁぁぁ~~」
いつもは「んー!」しか言わないシロナは、目をキラキラさせて感嘆の声を漏らす。
いつもは表情を変えないヒサメも、今回ばかりは目をキラキラさせて涎を垂らすかのごとく大口を開けていた。
それ程に高級感漂う肉。圧倒的存在感。
「じゃあ、食べよっか。」
「「「「「頂きます!」」」」」
挨拶が済むと、それぞれが肉に齧り付く。
俺も一口。
「何だこれ! マジで美味すぎる!!」
もう何だこれ、美味い。すまんこれ美味いしか言えない奴だわ。
口に運ぶ度に幸せだ。語彙力なんて要らない、脳みそが溶けたって良い。美味い、うま、うま。
この美味さは皆にとって衝撃的だったようだ。リーニャもシロナもヒサメもレイも、そしてシルヴィリアも。
「俺が元いた世界では、負の感情を美味しい食事で解消する人も居たんだ。」
急に喋り始めた俺に、注目が集まる。
「なぁ、シルヴィリア、今この瞬間は、復讐心なんて忘れられそうじゃないか? 美味い飯食うのって、幸せだろ?」
「……あぁ、そうかも知れないな。」
皿に乗っかったドラゴンのステーキを見て、シルヴィリアは幸せそうに微笑んだ。




