69話 クリシュナード
四章開始です。
2017/10/30 移動期間を三日 → 十日にしました。流石に三日じゃ近場すぎるかなと思いまして……。
地面に散らばった小石に乗り上げる度にゴトゴトと鳴りながら揺れる馬車。
この独特の揺れは最初こそ慣れない刺激だったが、乗る回数が増えるに連れ、いつしか心地の良いものに変わっていっていた。
勿論、激しく揺れればお尻も痛くなる。だが、それも旅をしていると言う気分の高揚感に繋がり、乗り心地こそ悪けれど、その雰囲気が心地良かった。
まぁ、それもつい先日までの話で。
アステニアを出発して、途中小さい町に立ち寄っては夜を明かしつつ十日。いつも通りゴトゴトと揺れる馬車の中は、重苦しい空気に包まれていた。
それもそのはず、今日は俺達『救命の志』の他に、大きな傷を抱えた女の子が一人乗っているからだ。
「……。」
深くフードを被り、俯いたままの彼女は、武道を極めた"神速"という二つ名を持つ、猫人族のニーア。
最もSランクに近いとされた、Aランクの冒険者だ。
その強さと言えば、同じAランクで極めし者の一人である"絶影"のレンノエが、自分を足手まといだと言う程だ。
と言っても、二人共強すぎて俺には違いがわからない訳なんだけど。
そんな最強とも言える彼女は、今や唯の町娘くらいに戦闘能力が無くなっていた。
いや、無いと言えば語弊がある。実際には戦闘能力は有るが、それを引き出すことが出来ない状態だ。
「皆さん、魔物です。」
突然馬車が止まったかと思うと、俺達の乗っている馬車を走らせていた御者さんがそう言った。
道の先に、通行を邪魔するかのようにゴブリンが3匹佇んでいる。
そして、その言葉を聞いたニーアは、自分を抱きしめるように身体に腕を回し、震えていた。
そう、彼女は心に負った傷によって、戦うことが出来なくなっていた。
「分かりました、すぐに討伐します。」
俺達は馬車から降りて戦闘の準備をする。
俺達とは言っても、乗っているのは俺とリーニャとニーアだけだ。
シロナとヒサメは、ニーアがまだ受け付けることが出来ない状態らしいので、申し訳ないが馬車の外で付いてきてもらっている。
とは言え、シロナは馬車の屋根の上で時折休んでいるし、ヒサメは持久力の面で問題なさそうだった。
元々馬を休めるために休憩を挟むので、その休憩時間だけで充分だそうだ。
数々の戦闘をこなしてきた俺達にとって、ゴブリンは敵ではなかった。なんなら、俺一人でも倒せないことはない。
俺が前に出てゴブリンを牽制、その間にリーニャは落ち着いて矢を放つ。
レイは伸ばされた触手を勢い良く叩きつけてゴブリンを突き飛ばし、シロナが空中からちょっかいを掛ける。
ヒサメが氷魔法でゴブリンを貫き、あれよあれよという間にゴブリン達は倒れた。
戦闘時間うん十秒だ。最初の頃とはえらい違いである。
まぁ、人数が増えてるのも楽になってる要素の一つなんだけどね。
恐らく、今の俺達ならゴブリンくらいの魔物であれば10匹出てこようと1分もかからず殲滅してしまうだろう。
「終わりましたよ。」
レイに死体の回収を任せ、俺は御者さんとニーアに声を掛ける。
御者さんはペコリと頭を下げ、ニーアは安堵したのか体の震えが止まった。
まだ息が荒いが、少しすれば落ち着くだろう。
「ニーアさん。」
リーニャがニーアの隣に座り、手を握る。
ニーアは何も答えず、ただただ握り返していた。
俺達が向かっているのは、クリシュナードだ。
アステニアからでも直行できる為、そのまま目指している。
クリシュナードについたら、更にその先にあるクロトガへ向かう。
クリシュナードは、魔法大国と名高い。何故かと言うと、魔法を学ぶ場所、つまり魔法学校があるからだ。
クリシュナードで生まれた大魔法使いが、よりハイレベルな魔法使いを育てて魔王への戦力にあてたいと個人的に建設したものが、今や最大級の学校へとなった。
他の国にも魔法学校はあるが、それらは殆どがこのクリシュナードの学校を参考にしているらしい。
故に、クリシュナードには優秀な魔法使いが集まり、その人達が更に腕を磨く場所と言う認識になっている。
勘違いしてはいけないのだが、優秀な魔法使いしか入学できないわけではない。
優秀な魔法使いが集まってくるだけで、学校側は来るもの拒まずだ。やる気さえあれば誰でも入学できるという、何とも器の広い入学条件を掲げている。
それこそ、素質や職業に関しても全く関係ないと言う話だから驚きだ。
この世界では、魔法使いのツリーしか属性魔法を使えない訳ではない。
人型であるシロナやヒサメも属性魔法を使うし、銀狼のリアがアレイスターと戦っていた際に見せた幻影のナイフ投げも、魔力を消費して何かを発現するという点では魔法と同意である。
プリースト達が使うヒールも、同じく魔法といえるし、大きなくくりで言えばニーアの使う身体強化も、ある意味では魔法と言えるだろう。
つまり、魔法は誰でも使えるものなのだ。
実際の所、完全に前衛である戦士や武道家という職業は属性魔法を使う余裕もなければ、覚える時間もない。属性魔法を覚えるより身体強化して殴る練習をした方が有意義だからだ。
それに比べてアーチャーやシーフ等は、どうしても職業的に効果的でない魔物が現れてくる。それらに対応する為に属性魔法をちょちょっと覚える人達も居るわけだ。
簡単な属性魔法なら、発現するのは難しくないだろう。
ただ、当然専門職以外が属性魔法を覚えるデメリットというのも存在する。
それは習熟速度の違いだ。専門職であるマジシャンやウィザード等の魔法使いが仮に1日で会得できる属性魔法があったとして、専門職でないアーチャーやシーフ等が属性魔法を会得する為には魔法使い達に教えてもらいながらで、基本的にその10倍以上、つまり10日以上を要する。
10日でも早い方で、中には30日、つまり丸一月程を要して漸くマッチの火レベルの魔法が使えるという人だって珍しくないって話だ。
それを、戦闘できるレベルまで引き上げようと思うとどうだろう。
例えば焼き尽くす程の炎魔法が使えるのにマジシャンで一月と少し掛かったら? 専門職以外は丸一年だ。
一年でそれなら早いと思うかもしれないが、魔法使いのツリーに素質が有る人は、最初の足掛かりさえあれば後は人に教わらずともある程度は自分で理解していくものだ。
専門職が学校で一年かけて属性魔法を上達させている間に、魔法使いたちは魔物狩りやダンジョンで実践をしながら一月でそのレベルまで上達するのだ。
勿論、魔法使いが魔法使いに教わりながら練習をすれば、習熟速度は更に跳ね上がる。
つまり、どうあがいても専門職には勝らないという事だ。
そして、何をどう頑張っても属性魔法が使えない人も存在する。
それは原因は全く分かってないらしいのだが、どれだけの時間を費やしても、マッチの火すら発現できない人だって居るらしいのだ。
これは俺の憶測なんだけど、恐らく素質と言うのは、皆ある程度持っているんじゃないだろうか。
戦士の素質、武道家の素質、マジシャン、アーチャー、シーフ、プリースト……
それぞれの素質を皆ある程度持っていて、それを伸ばしていった先で職業が決定されるみたいな。
つまり、マジシャンの素質がゼロの人が、いくら練習しても属性魔法を発現できなくて、逆に少しでもあれば練習量次第で発現できる、みたいなね。
そして生まれつき素質の高い人っていうのが、元々アークウィザードとかで生まれてくる人達って感じかな。
ただ、転生した俺の場合は素質を「与えられる」だったので、テイマーの素質以外持ってないわけだ。
つまり、それ以外の職業の素質はゼロで。
つまり、属性魔法はいくら頑張っても使えない……と。
止めよう、所詮憶測だし、うん。
まぁ話がだいぶ脱線したけど、次に向かう国は魔法大国だ。
以上。
え? 脱線した割には結論が短いって?
そうだよ。だってクリシュナードには目的が無いからね。
俺達の目的はその先のクロトガであって、クリシュナードは道の途中にある国程度である。
まぁ、一度寄ったら少しの間は泊まることになるだろうけど。
クロトガに向かう馬車が常にあるとも限らないし。
後は、ニーアの状態にもよるけど、ある程度情報収集はしたい。
勿論人型の情報もそうだし、新しい魔物がいればレイに食べさせようとも思ってるし、依頼数少しは稼いでおきたいし、お金もついでに稼いでおこうかな。
ニーアは、正直どうすれば良いのか分からない。
スクリーマーとの戦闘を見ていない俺じゃ励ませないし慰められないし、そのトラウマを取り除く良い案もなかった。
ただ、震えればリーニャが手を握ってあげて、ひたすらに落ち着くのを待つだけだった。
~
そこはアステニアの活気とはまた違った、華やかと言えるような雰囲気の賑やかさがある場所だった。
大通りに並ぶ建物や屋台は、どこかお上品な感じを醸し出していたし、道を行き交う人々も馬鹿にはしゃぐ人達はアステニアに比べて少ないようだった。
「ここがクリシュナードか……」
やはり来たことのない場所というのは、少しばかり感動があった。
見える景色が違うというのは、やはり大きいことらしい。
俺の隣でリーニャが歩き、ニーアはリーニャにすがりつくように掴まって歩いていた。
シロナとヒサメは一応ニーアの視界に入らないように後ろを歩いてもらっている。
「取り敢えず、クロトガ行きの馬車を抑えておこうか。」
「そうね、早いに越したことはないわ。」
リーニャと意見も合致したところで、停留所へと向かう事にした。
停留所へと向かっている最中、周りの人達が顔を青ざめてこちらを見ているのに気付いた。
「……はぁ、慣れてもらうのにまた時間が掛かりそうだなぁ。」
「そう気負わなくても大丈夫よぉ。」
「ん。」
「まぁ、そりゃいつか慣れるだろうから大丈夫だと思うけどさぁ。」
門番の時もそうだったのだ。なんなら門番がシロナとヒサメを見た瞬間に魔法を撃とうとしていたレベルで警戒されていた。
そりゃそうだ。アステニアとは違ってこちらは免疫が全く無いのだから。
クリシュナードの人々は、シロナとヒサメを警戒していた。そりゃもう見事に警戒していた。
ある住人は小さな悲鳴を上げて逃げ、ある戦士っぽい冒険者は仲間を庇うように立ち……
皆従魔の首飾りや腕輪を見て、漸く警戒を解いていた。しかし、やはり恐怖心は拭えないらしく血の気が引いたような顔をしては居たが。
それでも、怖いもの知らずと言うのはどこの国にでも居るもので。
「おい、だーれが魔物をつれて入っていいなんて言ったんだよ?」
片手剣を腰に挿して、左腕にはバックラーをつけた男が、半笑いで声を掛けてきたのだった。
もしよければ、ブクマやコメントなどよろしくお願いします。
作者が喜ぶだけなんですけど……。




