67話 勇者の力
「見せてあげるよ。勇者の強さってやつを。」
俺の前で魔族に向かってそう宣言したナオトは、強く踏み込んだ。
その瞬間、まるで地面が抉れるかのような土埃を上げて加速する。
ナオトの姿は見えなかった。
ただ、にじり寄ってきていた魔族が、吹き荒れた突風とともに次々と切り刻まれていく姿だけが俺の目に映ったのみだった。
これほどの強さは、かつてアステニアの近くの森『スワンプウッド』で行われた、銀狼の"殺人姫"リアと極めし者二人の戦いでしか見たことない。
勇者と謳うだけあって、その強さはAランク以上って事か。
その先の大通りとの合流地点に待ち構えていた3mの魔族も、ナオトが軽く剣を振れば身体の半分が抉れ、また軽く剣を往復させれば更に半分が抉れ、消滅した。
「ふぅ、こんなもんかな。」
辺りに見える魔族は全て消滅し、ナオトが剣を収めた。
額には汗一つかいてない。やっぱり相当ステータスも高いみたいだ。
「ありがとうございました。本当に死ぬかと……」
「はは、君を見つけたのはたまたまだった。やけに魔族が集まってるなと思ってちらっと覗いたら、まさか一人で路地に取り残されてるとか。」
頭を下げた俺に、ナオトは苦笑いしながらそう言った。
実際、皆が避難していた中で一人だけ集団から外れていた俺が悪いのだし、頭が上がらない。
「面目ないです……」
「それで、何で一人で? 逃げ遅れたのか?」
「いえ、行かないといけないところがあるんです。」
「こんな状況で?」
「こんな状況だからこそ、かも知れません。」
俺の返答に、ナオトは変なやつを見るような目で俺を見たが、それも一瞬のことで普通の表情に戻った。
「で、どこに行くの?」
「宿屋の『ふぇんりる』ってところです。俺の仲間が待ってるはずなんで。」
俺の言葉を聞いて、またもや顔を顰めたナオト。今回はついに堪えられなかったのか俺に質問をしてきた。
「こんな状況で宿屋に居座ってる訳無いだろう。避難してるよ。」
「いや、待ってると思います。待ってなくても、行きます。」
普通に考えたら皆は避難するだろうけど、俺はリーニャ達が避難してるとは思わなかった。
何でだろうね、分からないけど、絶対待ってる気がする。
待ってなかったら待ってなかったで、無事に避難できたのを確認したってことで問題無い。
「はぁ、頑固だね。絶対譲らない。」
ナオトは下を向いて腕を組んでぶつぶつと何かを言っていたが、すぐに顔を上げて俺の方を見た。
「いいよ、行こうか。それで、何処にあるの?」
「あっちの方向です。」
『ふぇんりる』がある方向を指差すと、ナオトは一瞬目を見開いた。
その後、6mの魔族が壊した建物の瓦礫を風魔法で吹き飛ばした後、俺に言った。
「行こうか、多分君の仲間は君を待ってる。」
「……え?」
さっきと真逆のことを言うナオトに若干混乱した俺に、ナオトはこう告げた。
「向こうの建物には、魔族が押し寄せているからね。」
背筋に冷たい何かが走った。
途中に出会う魔族をナオトが切り捨て、時には会話をしながら、俺達は『ふぇんりる』へと走っていた。
ナオトは、新しいダンジョンが見つかったと聞いて、安全かどうかを確かめる為に最初に潜った、いわば開拓者の内の一人らしい。
開拓者っていうのは、新ダンジョン内の魔物の強さ、凶暴さ、ダンジョン内の構造の複雑さ、素材の価値、それらを安全を確保しつつ確認していく人達のことだ。
どんな魔物が現れても対応できる腕が要求されるから、自ずと精鋭が集まったパーティが完成する。
そこでナオト達のパーティに依頼が届いて、それをナオト達が受けたってことだ。
ナオト達がダンジョン開拓を終え、ゆっくりしていた所に魔族の出現。ナオト達は勇者という使命から魔族の討伐を名乗り出て、各方面に向かったという事だった。
ナオトが言うには、やけに魔族が落ちていく場所が数箇所あり、その場所の一つに二人で向かっていた所、もう一箇所魔族が多い場所が目に入ったから、ナオトだけ分かれてそっちに向かった。それが今さっき俺が居た路地の所だ。
「つまり、君の仲間は俺の仲間が助けてるはずだ。」
「それなら安心しました……」
「優秀なアークウィザードだから、一人でアレも5体くらいは一気に殲滅すると思うよ。」
ナオトが走りながらアレと指差したのは、6mの魔族だ。
耐久力の面がどれほど優れているのか分からないけど、あの攻撃力だけで測るなら相当な強さの筈だ。
耐久力がどれほどなのか分からないのは、俺が戦ったこと無いからって言うのもあるけど、ナオトが斬れば5秒程で木っ端微塵になるからでもある。
人間、強すぎる人を前にするとそれ以外は実際よりも弱く見えてくるものなのだ。
「あっ! あれって!」
走っている最中、遠く視線の先に6mの魔族の上半身が建物の上に見えた。
1、2、3……6体程居る。ってことは、そこに人が居るって事で。
それに位置的に、あそこは『ふぇんりる』だ。
「あぁ、君の仲間が居るところだろうね。まぁ見ててよ。」
あっけらかんと言うナオト。その直後に、その魔族達はとてつもなく大きい炎に包まれた。
あまりにも激しい炎に、魔族たちは為す術もなく溶かされ、消えていった。
「す、凄い……」
「でしょ、彼女天才だし。」
天才か。勇者が天才って言うくらいだから相当凄い才能を持ってるんだろうなぁ。
影のリーダーだったアレイスターもここまでの魔法は使っていなかった。
「天才っていうか、柔軟かな。彼女は俺達の世界の漫画とかによくある魔法をさ、説明したら何となくでも理解してくれるんだよね。」
「漫画の魔法ですか?」
「うん。詠唱したら空飛べたり、デカい幾何学模様の盾が魔法を防いだりとか。元々こっちの世界には無かったらしいんだけど、彼女に教えたら自分で開発してきちゃってさ。」
マジかよ。構想を伝えられただけで1から魔法を作り上げたのか。そりゃ凄いわ。
「ちなみに今の魔法はベギ○ゴンって言うんだけど。」
「それ絶対ダメなやつじゃないですか!」
何教えてんだこの人おちゃめ過ぎるだろ!
そりゃ分かる俺達しか分からないネタだけども!
「はは、ウソウソ。ベギ○ゴンをイメージして伝えただけで、魔法名はそれじゃないよ。」
本来なら緊迫した状況の中で、そんな緩い会話をしながら走っていた俺達は、ついに『ふぇんりる』へとたどり着いた。
宿の前の道で、以下にも魔法使いですって姿をした一人の女の子が杖を構えていた。
その後ろに、リーニャ達や見知らぬ冒険者達が居る。
「あっ! ユウスケ!」
俺に気付いたリーニャが俺の名前を呼んだ。
俺はリーニャの元へ走っていく。
「やっぱり待ってたんだねリーニャ。」
「当たり前よ。絶対ここに帰ってくると思ってたから。怪我してない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。そっちは?」
「こっちも大丈夫よ。シロナちゃんとヒサメなんて大活躍してたし。」
柔らかい笑顔でそう言うリーニャ。良かった、無理もしてなさそうだ。
シロナも運動できてスッキリ! みたいな表情してるし、ヒサメも当然よみたいな顔してるし、大丈夫そうだ。
「ナオト、来るのが遅いんじゃない?」
「ごめんアリエル、思ったより数が多くてさ。」
ナオトも魔法使いの姿をした女の子と会話を交わしていた。どうやら彼女が仲間のアークウィザードみたいだ。
ナオトがシロナとヒサメを指差して、アリエルが従魔だと説明を入れていた。
手間が省けて非常にありがたい。
「小さいのは他のメンバーが討伐してるし、そろそろかな。」
ナオトが空を見上げてそう言った。漆黒の渦はまだそこに存在している。
ナオトが渦を見つめる。誰も口を開かない、静寂の時間が過ぎる。
そして、ナオトが口を開いた。
「今日もダメだ。降りてこないみたいだ。」
ナオトがそう言った途端、漆黒の渦はぐるぐると回りながらその姿を消していった。
晴れた空は、まるで今まで何も起こっていなかったかのように青く澄み渡っていた。
~
「あの渦は、魔王が魔族を送り込んでくる前兆なんだ。」
迷宮都市グリルの危機が去った後、『ふぇんりる』の食事スペースでナオトがあの渦について説明をしてくれていた。
「魔族にもランクがある。条件は正確にはわからないけど、恐らくその場所の戦力に応じてよりランクの高い魔族を送り込んでくると予想される。」
「あの3mとか6mとかの魔族は、高ランクってことですか?」
「そうだね、普通の魔族が俺達と同じか少し小さいくらいだ。その上が3m程、その上が6m程、過去には10m程の魔族が降りてきたって記録もある。」
10mって……大きすぎるだろ……
「10mって……とんでもないわね……」
隣で聞いてたリーニャもあまりの大きさに神妙な表情になっていた。
「まぁ、本当かどうかは分からないけど。それで、これまた過去の記録に載ってたことなんだけど。稀に魔王自ら降りてくることもあるらしい。」
「魔王自ら……ですか。」
「多分眷属だけじゃどうにもならないって思った時に出すんだろう。」
そこまで言うと、ナオトは拳を強く握りしめた。
「つまり、まだ俺くらいなら、自らが出るほどじゃないって思われてるってことだ。」
「ナオト……」
ナオトの隣りに座っているアリエルが、ナオトのことを心配そうな顔で見る。
それに気付いたナオトは、表情を緩めた。
「大丈夫だよアリエル。まだ時間はたっぷりあるんだ。いつか引きずり出してやればいい。」
「そうね、その為にも、もっと強くならないと。」
その二人の言葉には、得も言われぬ力強さがあった。きっと、今までそれを信念に旅を続けてきたんだろう。
しかし、俺の中には一つ疑問があった。
「魔王を倒すっていうのはわかりましたけど、魔王が出てきた時にナオトさん達がそこにいるとは限らないんじゃないですか?」
今回はたまたまグリルに居たから良かったものの、毎回魔族の出現位置にナオト達が居るとは限らない。
遠い場所なら出現してから向かうなんて到底無理だ。
「あぁ、それなんだけど、出現位置はある程度分かるんだ。」
「そうなんですか?」
「どうも、人口の多い場所を襲うみたいなんだよ。今回もグリルがたまたま人口が多くなっていて標的になっただけで、いつもは大体別の場所が狙われてる。」
別の場所か……人口が多いとなると、やっぱり王都か? アステニアも一応王都になるんだよな。
「隣の国がかなり規模が大きくてね、そこの王都が一番出現率が高いんだ。」
やっぱり王都なんだな……
「アステニアはどうなんですか?」
「アステニア? どうだったかな。俺が覚えてないくらいだから、多分出現して無いんだと思うよ。」
良かった、もしアステニアに帰ることになっても怯えずに暮らせそうだ。
「じゃあ、俺達はこれで。」
ナオトから魔王について色々教わった後、ナオト達は修行のために旅に出るって言っていた。
今までもずっと強い魔物と戦ってはレベルを上げていたらしく、これからもその生活を続けるらしい。
ちょっと俺も思うところがあったので、ナオトに人型とはなるべく戦わないでほしいとお願いした。
ナオトは、話が通じたらねと言っていた。
魔王。
今まであまり意識したことなかったけど、今回の件で魔王の脅威は身近なところにあるんだということが分かった。
俺達も、遭遇してもどうにか出来るように、魔王について調べるべきかもしれない。
そう思いながら、部屋へと戻っていった。
これで多分三章は終わりです。次章からはモン娘の手助けに加えて、魔王の事について調べていったりする事が目的に加わります。




