60話 諦めたはずの夢と
~ 『マダラ』最深部 ラミア ~
ガラッ
何かが崩れ、転がる音が聞こえる。
ぼんやりとする意識の中、身体中にズキズキとした痛みを感じた。
私は今、どうなっているんだろう。
朧げな意識の中で、何か言い合いをしているような声が聞こえてくる。
何だか、最近聞いたことのある声だ。
……それもそのはず。
ゆっくりと思い出してくる。直前の出来事を。
そっか、負けちゃったのね。
あの白いハーピィの子が、私に放ったあの魔法。
初めて見た、風魔法の活用方法。
最初は、それそのものには破壊力なんて無いと思っていた。
でも、それは自分が受けてみて初めて、全く見当違いだったことがわかった。
油断した。攻撃技ではないと、あの魔法の脅威は加速にあると。身体を貫いた氷を見て、もう終わったのだと。
その爆風を直に受けた後、吹き飛ばされて壁にぶつかって意識を失った。
結果、負けた。
「そんなわけない!」
離れたところにいる私にもはっきりと聞こえる声で、ヒトが叫ぶ。
上手く聞き取れないが、彼女の怪我の状態について揉めているようだ。
それ程の深手を、私は負わせた。
その筈なのに、彼女は素知らぬ顔で、魔法を使ってきた。
まるで、何も痛みを感じてないような。
まるで、死ぬのが怖くないような。
そんな表情で。
それ程、命をかけてもいいと思える程、あのヒトの事を信頼しているというの?
……羨ましい。
私の脳裏に、過去の記憶が蘇ってくる。
~
それは、まだ集落に居た頃の話。
私は、私達の在り方に納得していなかった。
集落では、一番強い者が長となり、あらゆる決定権を持つ。
その決められた事柄や方針については、従わなければならない。
従わないものに待っているのは、追放か、死か。
その長の決めた方針の一つが、我が同族以外の種族に対して、排他的になること。
敵に気を許してはいけない、信用してはいけない。
それが、一番平和なのだと言う。
私は、それが間違っているとしか思えなかった。
平和とは何なのか。他の種族に怯え、衝突しながら生きることなのか。
違う。それはいつか激しく燃え上がってしまう争いの火種を、あらゆるところに残したままの危ない状態だ。とても平和とは言えない。
そもそも、敵とは何なのか。本当に種族で敵味方が決まるのであれば、長の方針に従わない者を追放もしくは死を与える必要は無い。
その行動が害をなすから、そう言った対応を取っているはずだ。それは、所謂敵ではないのか。
もし、言うことを聞かない、話が通じないから敵だと言うのであれば、彼女らにとって私は敵で、私にとって彼女らが敵だ。同族が味方だという話にはならない。
逆に、同族でなくても、話さえすることが出来れば、分かり合うことは出来るはずだ。
話をせずに一方的に突き放すのは、今が楽なだけで、後に待つのは今よりも困難な未来だ。
私の目指す平和は、そんな一部の平和ではなくて、色んな種族同士で協力して生活できるような、そういう平和だ。
そんな私の考えは、集落にとっては異端で、他種族にとっても、また異端だということを、この時の私は知らなかった。
「帰れ。」
門番と思しき者に、開口一番に放たれたその言葉は、とても納得のできる言葉ではなかった。
「少しくらい、話を聞いてくれても……。」
「何度も言わん。帰れ。」
ヒトと不戦協定を取り付けたと噂されているケンタウロスの集落へ到着した私は、私と同じ平和を望む種族であると淡い期待を持っていた。
それは、間違いだったのだ。
「不戦協定は同族の為だ。他種族がどうなろうと知らぬ。」
「で、でも! 私達だって分かり合うことが出来れば!」
「分かりあってどうする。我が身を守れず我らに縋るような貴様らが、我が同胞にとって有益足り得る存在とは思えぬが。」
「……。」
「お前達種族の話を聞くつもりはない。殺されたくなければ、さっさと引き上げろ。」
ヒトは、脅威だ。
弱い者も居れば、とてつもなく強い者も居る。
見た目だけでは、全く強さなど測れない種族だ。
そのヒトと遭遇した時、逃げるか戦うかの危険な選択を迫られる。
それを回避する為の不戦協定。
選択せずとも、五体満足で生きて帰ることが出来る、一番有益な方法。
私達はケンタウロスよりも弱く、共存してもケンタウロスがラミアを守る手間が増えるだけ。無益。
有益、無益。同胞にメリットの有ることだけを取捨選択して行う。
それが、ケンタウロスの方針だった。
根本的なものは、ラミアの集落と変わらなかった。
帰ろう。
後ろを向き、帰路につく私に、ケンタウロスの門番は言葉を投げかけた。
「どの種族であろうと、基本的に同胞以外は餌だ。我らが特別なだけであって、ヒトの前にでも出ようものなら命は無い。肝に銘じておけ。」
その言葉は、私の心を折るには充分だった。
ケンタウロス、人型の中でも強者の部類に入る種族。
ヒトと全面戦争になっても、勝るとも劣らない戦力を持つ種族。
その種族が、種族の壁は越えられないと言っているのだ。
ケンタウロスは力があるから、ヒトと話すことを許されただけで、力のない種族は、長の言うとおり他種族から逃げ隠れながら生きていかねばならない。
そういう運命だと、自分に言い聞かせるしか無かった。
集落に帰った時、そこには長が居た。
「……自分がした事の大きさを、分かっているか?」
「……。」
「お前は、昔から問題児だった。私の言うことは全く聞かず、同胞に迷惑をかけてばかりだ。そうだろう?」
「……迷惑なんて……。」
「かけてない、か? 今回の件で、怒りを買ったらどうする? 集落が潰れるかもしれんぞ?」
長は、私が何をしたのか、分かっていたようだった。どうして知られたのか分からないが、長の耳には届いていたようだ。
長の言うことも、理解出来た。出来てしまった。ただ言葉を交わすだけで、同胞を危険に晒すこと。
種族が違えば、分かり合えないこと。
「もう他種族との共存など考えないことだ。考えを変えないなら、群れから出ろ。じゃなければ、私が殺す。」
今まで散々反発してきて、それでも結果が残せず、最終的には長の言った通りだった。
こんな状態で、私が同胞に受け入れてもらえる筈はない。
そんな居心地の悪い集落で暮らすことなんて、もう考えられなかったし、最後くらいは長の言うことを聞こう。
「……分かったわ。さよなら。」
そう思って、私は群れから外れた。
そのままフラフラと彷徨い、辿り着いたのが、好みの魔素が充実した洞窟だった。
~
種族が違えば、分かり合えない。
昔に、そう自分に言い聞かせて納得した。
「おい! 気が狂ったのか!? テイマーのお前がヒール出来るわけ無いだろ!?」
「違う、テイマーだから、出来なきゃいけないんだ。」
それが、この光景は何なのか。
ヒトがハーピィを救う為に大声を上げ、涙を流し、治療を行う。
私が思い描いた共存。それは、私の知らないところで実現していた。
今の私は、彼らの敵。
一番欲しいものが、とても近くで、手が届かない場所にあった。
悔しい。
悲しい。
辛い。
意識がはっきりしてきて、声がよく聞こえる状態になったところで、重い瞼を開けることは出来なかった。
見たくない。
いっそ、殺して欲しい。
静かだった空間が、一気に騒がしくなる。
彼らは、ハーピィの治療が成功して喜んでいるようだ。
ハーピィが命をかけて守ったヒトもまた、ハーピィを大切に思っている証拠だった。
それが聞こえれば聞こえるほど、胸が締め付けられる。
そこには私が居る筈だったのに。
騒がしかった雰囲気が収まり、こちらに歩いてくる音が聞こえる。
どうやら彼らが歩いてきているようだ。
何の用だと言うのか。
私が八つ当たりしたばかりに、彼らと敵対してしまったのだ。
とどめを刺されるのだろう。
集落から出たあの日、本来死んでいるはずだったのだ。
長に群れを出るか、死ぬかを選ばされて、群れを出た。
生かされたから、仕方なく生きた。
そんなものだった。
今死んだって、後悔なんて……。
八つ当たりなどしなければよかった。八つ当たりせずに最初から会話をしていれば、快く向かえられたかもしれない。
諦めなければよかった。ヒトとハーピィが共存出来るなら、他の種族とも共存出来たかもしれない。
村を出る前に、もうちょっと説得してみればよかった。私の熱意があれば、賛同してくれた同胞も居たかもしれない。
後悔が溢れる。
「なぁ、起きてるんだろ? ラミア。」
呼ばれて、瞼を開ける。
殺される前くらい、私の理想を実現したハーピィとヒトの顔を脳裏に焼き付けて死んでやろうと思ったからだ。
ゆっくりと目を開けて、そこに見えた光景は、武器も構えずに突っ立っているヒトの姿だった。
~ ユウスケ ~
ラミアに声を掛けると、ゆっくりと目を開けた。
先程の戦闘の時とは全く違い、もう何もかもを諦めたかのような目だ。
一体何が、ここまで彼女の心をボロボロにしてしまったのか、ラミアが心を閉ざしている以上、今の俺にはわからない。
「……なぁに……殺さない……わけぇ?」
最初よりも力ない声で、ラミアは俺に問いかけてくる。
「殺さないよ。話をしにきたんだから。」
俺がそう言うと、ラミアは身体をピクッと震わせた。
そして、悲しみや悔しさの感情が流れ込んでくる。
「……めて。」
「え?」
「止めてよ!」
ラミアが、傷まみれの身体から振り絞った大声で叫ぶ。
「私は諦めたのに! あれだけ頑張って、会話して、それでもダメで、皆から疎まれて、でも共存できるって信じて頑張って、それでもダメだったから諦めたのに!」
血まみれの身体を起こし、ラミアが俺に掴みかかってくる。
「私はダメで、でもあんた達はっ!」
ラミアの掴みかかってきた勢いで、俺は後ろに倒れる。
ラミアは俺に覆いかぶさるようにのしかかった。
「今更……希望なんて見せないでよぉ……。」
胸元を掴んだまま、ラミアの声はどんどん小さくか弱くなり、涙を流し始めた。
心の中に溜まっていたモヤが、一気に流れ出てきたように。
ラミアは、とても断片的な言葉で俺に不満をぶつけてきた。
だけど、それが何を指しているのか、過去に何があったのか、ある程度は分かる。
何故なら、ラミアとすれ違ったあの瞬間に、ほんの少しだけだけどもうパスが繋がっていたから。
「……掴まないのか?」
俺はラミアに問いかける。
「目の前に希望があるのに、掴まないのか?」
ラミアは俺の上から避け、少し離れた。
「……無理よ。権利がないもの。」
「そうか? その割には、求めてるように見えるけど。」
「……そうね。求めてるのかもしれないわね。」
そう言いつつも、ラミアはその場に佇んだまま、虚ろにこちらを見ている。
こういうの、あんまり俺のキャラじゃないんだけど。
俺は右手を差し出した。
「もう分かってるんだろ? 後はお前が許すだけなんだぞ。」
「……。」
ラミアは、俺の右手を眺めたまま、手に取ろうとしなかった。
それに耐えかねて動いたのは。
「ん!!」
「えっ、ちょ、ちょっとぉ!」
シロナが、ラミアの近くまでズカズカと寄っていってラミアの手を握ると、強引に俺の手に重ね合わせた。
その行動に、ラミアはかなり困惑したようで、慌てた声を出しながら、されるがままに引っ張られてよろけた。
それを俺が支える。
「こ、こんな、こんなの……。」
ラミアは俺から離れようとするが、あまり力が入っていない。
素直になってないだけで、もう心は決まったようなものなのに、まだ認めたくないようだ。
試しに手を離してみる。
「あっ……。」
ラミアはつい言葉を漏らし、その事実を認めたくないのか顔を逸らす。
俺はつい笑ってしまった。
もう一度手をラミアの前に出す。
「ほら。」
ラミアは何か言いたそうに口をモゴモゴしていたが、観念したのかおずおずと俺の手を握る。
手を握った瞬間、小さかったパスは大きくなって、俺の魔力が勝手にラミアへと流れ込んでいく。
ラミアはそれに一瞬驚きつつも、抵抗することなく受け入れた。
二つの魔力は、そのまま混ぜ合わさり、融合した。
「……これって。」
テイムが終わり、ラミアが呟く。
もう多分ラミアも分かってると思うけど、俺の口から聞きたいんだろう。
だから、俺はなるべく優しい声でラミアに言った。
「ようこそ、ラミア。俺達は、もう仲間だ。」
その言葉を聞いたラミアは、安心したような顔をした後、俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。
俺はラミアを抱きしめながら、ラミアの身体にヒールをかけていった。
これで、少しは心も楽になってくれればと思いながら。




