59話 モンスターテイマーの出来る事
2017/08/09 パスが繋がってうんぬんのくだりに一文追加しました。
「す、すみません……ヒール、出来ません。」
「……え?」
今、なんて言った?
ヒール出来ません?
「何で?」
「ひっ! あ、え、あの、それは……」
俺の問いかけに、クルエは一歩後ずさる。何その反応。後ずさるような表向きには言えない理由が?
もしかして、人型だから嫌なのか?
一歩前に出る。そんな偏見で治療を拒まれては困る。無理矢理にでも治療して貰わないと、シロナが死んでしまう。
一歩前に出ると、クルエは更に後ずさる。何故逃げる?
「ちょ、ちょっとユウスケ!」
後ずさるクルエと一歩ずつ前に出る俺の間に、リーニャが割って入った。
俺の肩に手を置き、俺の進行を妨げる。
「何?」
「ユウスケ、今凄い怖い顔してるよ。落ち着いて? まずは理由を聞こう?」
リーニャが俺を窘めるように言う。
リーニャの後ろで、クルエはライラに抱きしめられていた。いや、ライラが俺から守るように盾になってるって感じか。
クルエは俺に視線を向け、小刻みに震えていた。怯えてる。
「シロナちゃんが危なくて焦ってるのは分かるけど、仲間にそんな顔向けたらダメだよ。」
そんなこと言われたって、この状況で焦るなっていう方が無理だ。
無理だけど……
再度クルエに視線を向けると、クルエはまた小さく悲鳴をもらした。
……俺、どんな顔してるんだよ。
「ごめん。」
「うん、分かったなら良し。」
そう言うと、リーニャはクルエの方を向き、クルエに話しかける。
「それで、どうしてヒール出来ないの?」
「……は、はい。それが……おっ、怒らないでくださいね?」
クルエは恐る恐るそう尋ねる。ごめん、本当に悪かったからそんなに俺に怯えないで欲しい。
リーニャが怒らない、大丈夫だからと子供をあやすように落ち着かせながら先を促す。
「……拒絶されるんです。」
「拒絶?」
「はい……ヒールは、対象の身体に魔力を流して傷の修復を行うんですけど、その時に本来なら魔力は体に馴染むはずなんです。それが、シロナちゃんには魔力が馴染まなくて、行き場の無くなった魔力がその場で離散してしまいます……。」
何だよそれ、シロナがヒールを拒絶してるって言うのか? そんな馬鹿な話があるか。
それだから、ラミアとの戦いで俺達の加勢を邪魔したとでも言うのか?
死にたがってるから?
「そんなわけない!」
思わず大声になる。声を発した自分が驚いたくらいに。でも、それくらい大きな声で言いたかった。
シロナは決めた。色んな美味しいものを食べて生きたいって。
だから俺は、色んな美味しいものを食べさせるって、約束したから。
「そんなわけ……ないだろ……。」
涙が溢れ落ちる。助けなきゃいけないのに、俺には何も出来ない。
「クルエ、従魔のヒールは初めてなんだろ?」
暗い雰囲気に包まれた空間に、ディトの声が響いた。
いつの間にか、俺達の近くに寄ってきている。どうやらカーシュにラミアの警戒を任せてこちらに来たようだ。
「は、はい。と言いますか、恐らく従魔をヒールしたことのあるプリーストは殆ど居ないかと思います。」
「だろうな、モンスターテイマー自体の人口も少ないし、疎まれているからパーティには入れない。そうなればこなせる依頼も少なく、そんな稼ぎじゃ従魔のヒールを頼む金なんて捻出できない。必然的にプリーストにはヒールして貰わず、回復薬や薬草を使って休ませるってのが多いだろ。」
ディトが持論を展開する。俺はユニークスキルとリーニャのお陰で困ってないが、確かに普通のテイマーにとっては、パーティを組んで貰えることもなく、そうなれば金が無いのも分かるし、プリーストにヒールして貰わないのも分かる。
「……だから何だよ。」
「つまり、従魔のヒールってのは謎が多いってことだ。資料も少ない、体の構造も違えば魔力の質だって同じだとは限らない。ヒールしたプリーストが居たとして、成功したかどうかもわからない。」
「じゃあ助からないっていうのか?」
「違う、情報を整理しようと言っているんだ。クルエ、ヒールする時に違和感は無かったか? あとユウスケ、お前も何か感じたことがあったら言ってくれ。」
クルエは、違和感を探す為にもう一度シロナにヒールをかけ始めた。
情報を整理する、か。従魔のヒールについて。
いや、そんなこと俺が知っているわけがない。そもそもシロナがこんな大怪我をしたのは今回は初めてで……。
……いや、何忘れてんだ。初めてじゃないだろ。シロナは一番最初から、傷だらけで現れたじゃないか。
その時、テイムする前に憲兵団の寮で、パーラというビショップにヒールして貰った。あの時は身体中の傷全て完治したはずだ。
「ディト。シロナは一度、パーラというビショップに治療して貰ったことがある。その時には成功してた。」
取り敢えずディトに伝える。冷静じゃない俺より、冷静でこの場を仕切っているディトに情報を渡した方がいい。
「それは本当か? いつだ? ざっと経緯も話してくれ。」
「半年前……くらいかな。その時はハーピィをテイムしようとしていた日だった。シロナはハーピィの集落で傷だらけにされながら、気を失った状態で俺達人間の生贄として差し出されたんだ。」
「生贄?」
生贄という言葉を聞いて顔をしかめるディト。
「白いハーピィの素材は高く売れるから、見かける度に冒険者達がハーピィの集落を壊滅に追いやってきたらしいんだ。それで、多分集落を潰されない為に。」
「拘束されていたわけか。成る程、それで?」
「すぐに連れて帰ってパーラに治療して貰った。俺はシロナの意思を尊重したかったから、目覚めてから説得してテイムした。」
「成る程。わかった。」
説明を終えると、ディトは短くそう答えてクルエの方に向かった。
俺はそれ以外の情報を探し始める。
もし、死にたがっているのが理由なら、当時のシロナもヒールを拒むはずだ。集落の仲間の為に、命を投げ出すつもりだったあの頃も。
俺もクルエとシロナの側に寄る。魔力の離散の状態を目で見れば、何か分かるかもしれない。
俺が隣に来ることで、クルエは一瞬ビクッと震えたが、俺が真剣にシロナの傷口を見ているのを見て、何も言わずにヒールを続けた。
薄っすらと光る魔力が、シロナの傷口の表面を滑ってそのまま離散していく様子が見える。何か、何かに似てる。
「何となく、わかりました。」
クルエがそう呟いた。
「違和感があったか?」
「はい。えっと、表現しづらいんですけど……身体中に魔力の膜が張っているような状態で、身体に流し込む道がないんです。」
「魔力の膜?」
「はい。それも、シロナちゃんの魔力なんですけど、シロナちゃんの魔力じゃないというか……。」
通る道を塞ぐ魔力の膜、シロナであってシロナでない魔力。
傷口の表面を滑ってそのまま離散するヒール。
ヒールに成功したのは運んだ直後、テイム前。
テイム前? 表面を滑る魔力?
ある感覚が蘇る。
水と油のように分離していた魔力が、ある一瞬でプツッと融合する瞬間。
俺は近くに剥がれ落ちていたラミアの鱗を手に取り、自分の左腕を切りつけた。
傷の入った左腕からは、鮮血が滴り落ちる。
「っ!! 何してんだお前!!」
ディトが物凄い形相で俺を怒鳴りつける。うん、俺も何も知らなかったら、多分怒鳴ると思う。
けど、試したいことがあるから。
「クルエ。ヒール、お願いできる?」
俺が腕を切りつけた時、クルエは口をパクパクさせていたが、俺の声でハッとなったように慌てだす。
腕の痛みを我慢しつつ、クルエにヒールをしてもらう。
そのヒールの感覚を、魔力の動きを身体に刻み込むように。
傷も浅かった為、すぐに治療は終わった。
「おい、ユウスケ。お前何か分かったのか?」
さっきまでの俺と雰囲気が違ったのか、ディトも落ち着いて俺に質問してきた。
「確信があるわけじゃないよ。でも、出来るかもしれない。」
「何するつもりだ?」
「俺が、シロナをヒールする。」
その場に居た全員が、驚いた表情で俺を見つめる。
「おい! 気が狂ったのか!? テイマーのお前がヒール出来るわけ無いだろ!?」
ディトは俺の胸ぐらを掴んでそう叫んだ。
おいおい、何でお前が今一番焦ってるんだ。
「違う、テイマーだから、出来なきゃいけないんだ。」
ディトの腕を振りほどいて、シロナの傷口に手を添える。
全部推測だけど、クルエの魔力を流し込む道がないのは、俺とシロナにパスが繋がっているから。
パーラがヒール出来たのは、シロナと俺にパスが繋がっていなかったから。
パスが繋がることによって、魔力の通り道が限定されてしまったんだろう。
傷口の表面を滑る魔力は、俺がシロナをテイムした時の最初の感覚と同じ。水と油がお互いを弾き合っているような状態だ。なら、パスが繋がっていて既に融合している俺の魔力なら、何の抵抗もなく身体に浸透するはず。
そして、エマの町でリビテラさんが言っていた言葉。
――出来ないことなんて無い。思いついたことを片っ端から試してみろ。常識を常識と思い込むな。
――俺たちには分からなくてもな、ユウスケ、お前だから分かることがある。それを出来るだけ拾え。
テイマーがヒール出来ないのが常識? 関係ない。
俺は、俺がやらなきゃならないことを、やるだけだ。
シロナの事を分かるのは、俺だから。
俺は先程のヒールの感覚を忘れない内に、シロナのヒールを始める。
身体に魔力が浸透する感覚、傷を包み込む様な動き、魔力の流れ。
魔力を流し込み、少しでも抵抗があったら、それに逆らわずに一度流される。
そうして自然なルートを把握しつつ、また魔力を浸透させる。
俺の手からは、クルエと同じように淡い光が発せられていた。
そして、その魔力はシロナの傷口に、どんどん馴染んでいく。
「お、おぉ。これって。」
「ヒール……出来てます。」
少しずつ塞がっていく傷。脳内にシロナの傷口の状態や魔力の流れが浮かんでくる。
適切な方法が、見えてくる。
何分立ったのか、淡い光りに包まれていた傷口は、光が消えた頃には見事に塞がっていた。
「……ユウスケ。」
リーニャが、隣に来て俺の手を握る。
それで気がついた。俺は、手は勿論のこと、全身に物凄く汗をかいていた。
それ程、集中していたらしい。ステータスを見ると、MPは半分くらいまで減っていた。
「お疲れ様、ユウスケ。」
「うん、何か、滅茶苦茶疲れたみたい。」
集中が切れて、一瞬くらっとした。こんな神経をすり減らす様な事を毎回やっているなんて、プリーストは凄いと、身に沁みて感じた。
「……ユウスケ、お前本当にテイマーか? もしかして人間じゃないのか?」
「失礼だな! テイマーだし人間だわ!」
唖然とした表情のディトがかましてきた冗談(?)にツッコんで、俺はシロナの頬を撫でる。
シロナは、それで目を覚ました。
「……ん。」
「シロナ、頑張ったな。でももう、本当に二度と無茶はしないでくれ。」
「無茶じゃない。」
「じゃあ何なんだ?」
シロナはしばらく考えてから、答えた。
「……意地?」
「意地って……。」
「あと。」
シロナは、他の人には分からないほど、でも俺には分かってしまうくらいの小さな笑顔で言った。
「助けてくれるから。」
どうやらシロナは、これからも無茶をする気のようだった。俺が助けると、完全に信頼して。
シロナが立ち上がれるのを確認した後、俺も立ち上がった。
「どうする? 帰るのか?」
ディトに尋ねられる。正直、ディト達はもう帰ったって問題ないんだけど、俺にはやることがある。
「ちょっと、やり残したことがあるから。」
そう言って、俺、レイ、リーニャ、シロナは、ラミアの方へ近づいていく。
「なぁ、起きてるんだろ? ラミア。」




