58話 ラミアとの決着
~ 『マダラ』最深部 ユウスケ ~
風を切るような速さでシロナへ向かうラミア。その手には氷の刃を纏わせている。
対するシロナは、別段どうと言うこともないような表情でその場から動かない。
「ちょ、シロナ! 避けろ!」
俺の言葉を聞いてか聞かずか、シロナはラミアの攻撃をギリギリのところで避けた。
突進に加え、大振りだった攻撃を避けられ、ラミアは勢いを殺せずそのままシロナを通りすぎる。
しかし、振り返ってすぐ腕を振るうと、氷の刃をいくつも生み出してシロナへと放った。
シロナはそれも軽く身体を動かすだけで避けてしまう。
もしかして、今のシロナの方がラミアより強いのか?
「ん!」
今度はシロナが風の刃をラミアへと飛ばした。ラミアは……蛇である下半身を自分の上半身に巻き付けた。
その状態のラミアへ風の刃が襲いかかった。
結果は……
「……無駄よぉ、その程度じゃ。」
風の刃による傷はゼロ。巻き付けられた下半身が鎧のような役割をしたのか、全くの無傷だった。
やっぱり、速度で勝っていても火力不足だ。
ザッ
ラミアでもシロナでもない、地面を蹴る音が聞こえた。
音の鳴った方向を見ると、ディトが剣を構えてラミアへ駆け出していた。
「うおおぉぉぉぉ!」
しかし、その特攻は予想外の邪魔により止められることとなった。
ディトの足元に放たれた魔法によって。
魔法を放ったのは、シロナだった。
「~~~っっっ! その余裕がムカつくのよぉ!」
自ら加勢を止めたシロナに対し、ラミアは更に怒りのボルテージを上げた。その感情が、まるで自分の事のように身体の芯まで伝わってくる。
「おい! どうすんだよ!」
俺の隣まで駆け寄ってきたディトが俺に問いかける。
先程のシロナがやったディトへの足止めの意図は、正直よくわからない。俺達じゃ足手まといなのか、それとも自分の力だけでどうにかしたいのか、何か考えはあるのか。
それよりまず、あのラミアをどうするべきなのか。
アステニアのギルドマスターであるレイフさんから言われた事を思い出す。
『話が通じないと判断した時は、ためらわずに剣を振るうこと。』
あのラミアは今、俺達を、シロナを襲ってきている。だが、話は通じないのか?
いや、好戦的ではあれど、初めは俺達を見逃すつもりだった。つまり、対話の余地はあるはず。
じゃあ何でシロナを襲っている? それにも理由があるはずだ。あのラミアはシロナへ向かう際に、八つ当たりだと言っていた。
それはハーピィだから? それとも、他の何か?
おかしいのは、シロナを見た瞬間に表情が変化したことだ。単純に考えれば、見た瞬間に殺したくなるほどの因縁が、ハーピィとの間にあると予想できる。
でもそれなら、八つ当たりではなく復讐であるべきだ。復讐でもなく、気まぐれでもなく、八つ当たり。
自分の鬱憤をぶつける? 何に不満がある? 環境に恵まれた今の生活に満足しているラミアが。
それに、シロナではなく、なぜ俺に謝ったんだ。
「わからない。」
「はぁ? おい! わからないじゃないだろ!」
「とにかく、シロナには何か考えがあるのかもしれない。俺達はいつでもサポートできるように構えておこう。」
「……それでいいのかよ。殺されるかも知れないんだぞ。」
「それは……。」
言葉が詰まる。さっきから色んな事が頭に渦巻きすぎて、判断力が鈍ってるのが分かる。分かるけど……
「……わかった。最悪の事態だけは避けられるように準備しとくぞ。」
「ディト……。」
「何悩んでるのかは知らないけど、今必要なのは生きることだ。どうせ生き残らないと説得の一つも出来ないんだからな。目の前の戦闘に集中しとけ。」
「……そうだな、ありがとうディト。」
ディトはそれ以上何も言わずに、自分のパーティメンバーの元へと向かっていった。
ディトのお陰で、俺の頭の中がだいぶスッキリした。
そうだ、分かりようの無い理由なんて、今は考えなくてもいい。生きて、無事にこの戦いを終わらせて、その後にラミアに理由を聞けばいい話だ。話してくれるかは分からないけど。
俺はシロナに視線を向ける。シロナは変わらず、ラミアの攻撃を避けては風魔法を使って攻撃している。だが、全ての攻撃はあの下半身に阻まれてダメージを与えられていない。
膠着した状態が続いたが、ついにシロナが仕掛けた。
シロナが風魔法を放つ。それをラミアは上半身に下半身を巻き付けるようにしてガード。すぐに元の体勢に戻って氷の刃を作る。
ガードを解いて魔力を練る、その一瞬の隙にシロナは自分の後ろで風爆――風の爆発により加速する技を勝手に名付けた――を起こし、ラミアに急接近した。
「っ!」
俺達にとって見慣れたシロナの戦法だが、ラミアにとっては初めて見る風魔法の使い方だろう。ラミアは流石に予想していなかったのか、慌てて氷の刃をシロナに向けて放つが、シロナは器用にくるりと回転しそれを避けた。
その回転のまま、足の爪でラミアの上半身へ斬撃をいれる。だが、ラミアはすんでのところでそれを避けた。
勢いのままラミアの後方まで飛んでいったシロナは、壁に着地する形で止まる。
前は見えなかったシロナの加速も、マダラヘビとの戦闘でレベルが上がったのか、それとも目が慣れてきたのか、追えるようになっていた。
相当速い、速いはずだけど、あのラミアは避けた。
「……今のは少し驚いたわぁ。でも、それを外したのはマズかったわねぇ。貴女にもう勝ち目はないわよぉ。」
不敵な笑みを浮かべ、勝利を確信するラミア。でも油断している雰囲気はない。それどころか、尚更シロナの一挙手一投足を隅々まで観察している様子だ。
さっきシロナの切り札とも言える風爆を見せて、尚且つそれを見切られた。シロナにとってかなりマズい展開だ。
でも、シロナの顔に焦りはなかった。いつも無表情といえば無表情なんだけど。
シロナはまた、周りを飛び回りつつ風魔法で牽制し、ラミアはそれを防ぐ。ラミアが防御を解いた瞬間に、先ほどと同じタイミングで風爆によりラミアに接近する。
ラミアは宣言通り、完全にシロナの動きを目で追っている。もう手がバレている以上不意打ちにはならない。ラミアは体に巻きつけていた下半身を解く動きをそのままに、尻尾をシロナへ叩きつけた。
シロナは尻尾が当たる瞬間に身体を捻っていたようだったけど、間に合わずに尻尾が当たる。直撃より若干威力を殺せたとはいえ、シロナの加速も乗ったダメージだ。横に逸れながら、壁際まで激しく地面を転がっていった。
俺達パーティとディトのパーティから悲鳴が上がる。
「シロナ!」
もうマズい。これ以上はダメだ。シロナは俺と同じで打たれ強くはない。スピードを活かして攻撃を回避するタイプだ。直撃じゃないとは言え、あのダメージを負えば……
俺はシロナへと駆け寄ろうとする。しかし、そこに飛んできたのは魔法での足止め。
シロナの風魔法だった。
「……なんで。」
俺はシロナへ問いかけた。しかしシロナは表情を変えない、何も喋らないまま、ふらりと立ち上がりもう一度ラミアと対峙する。何を考えているのか、分からない。出血などはないが、先程打たれた場所へ酷い痣が出来ている。
ここまで徹底して加勢を許さないシロナに、ラミアが声を掛ける。
「そう、そんなにここで殺して欲しいのねぇ? 良いわよ突っ込んできてみなさい。次は絶対殺すわ。」
ラミアは両腕に氷の刃を纏わせた。次接近された時にはそれで切り裂くという警告だろう。でも、今のシロナの攻撃で一番威力が乗るのは風爆からの爪斬撃だ。ダメージを与えるならそれしか無い。それが分かっているから、ラミアは今完全に迎え撃つ体勢でいる。
それをシロナも分かっていて、それでも次の手に選んだのは、風爆。
でも、一つ違うのが、
「……何よそれ、ムカつく。」
俺にも、ラミアにも見えない速度で、シロナはラミアを通り過ぎていて、ラミアの上半身に傷がついている事。
ラミアはシロナを睨みつける。シロナは、壁に着地した状態でラミアを見ている。
俺の分析に一つ訂正を入れよう。俺がシロナの風爆を目で追えていたのは、俺のレベルが上ったわけでもなく、目が慣れていたわけでもない。ただ、シロナが全力で加速していなかっただけだ。
シロナが今まで加速していた環境は、パーティプレイだ。ターゲットに攻撃を入れて離脱する遊撃の立場にいる時は、相手の知覚外から急襲する為に回避やガードに意識を割くような細かい調整が要らず、全力で加速しても問題無い。
今回のように相手と一対一のタイマン状態の場合、自分が回避やガードを出来る余力を残した速度でなければ危険だと判断して、速度を落としていたんだろう。
それが、通用しないと分かった今。シロナは回避やガードを捨てて、いつも通りただ攻撃を入れる事だけに集中した。結果、俺もラミアも追えない、本来の速度での一撃を入れることが出来た。
シロナが同じように全力の加速でラミアに攻撃を加える。直線の動きだが、あまりにも早すぎるそれはラミアにも対応できなかったらしく、氷の刃を空振りし、身体に傷を作っていた。
ラミアが体勢を整える前にシロナはまた加速、そして身体に斬撃を入れる、シロナは、ここで決着を着けるつもりらしく、ラミアへ畳み掛ける。
「ムカつく、ムカつく、ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。」
一つ一つの斬撃を受ける度に、ラミアは呪言のように言葉を零す。
最高速度の乗った斬撃は、ラミアのヘビである下半身の硬い鱗さえも関係なく傷を入れていた。それのせいか、ラミアは下半身での防御をしない。ずっとシロナを目で追おうとしている。
いや、事実追っているんだろう。最初はキョロキョロしているように見えていたが、攻撃を受ける度にその視線は探すような動きではなく、見ているような動きに変わっていた。
そして、
「ムカつくのよぉおおおおおおおお!!!!」
ラミアが氷の刃を突き出す、そこには、シロナが直進してきていた。
今まで見えていなかったシロナの姿が、スロー再生のように見える。
やめろ、突っ込むな、避けろ、シロナ、避けろ。
ズブッ
シロナの身体に、氷の刃が突き刺さった。
シロナの口から、鮮血が溢れる。
速度の乗ったシロナの身体が、ラミアに伸し掛かる。
力なく、凭れるように。
「シロナあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺はシロナに向かって走り出そうとする、シロナから視線を外さないまま。
シロナの身体を貫いたラミアは、今までの怒りがウソのような落ち着いた表情で、体勢を変えないまま俯いたシロナの顔を見ていた。
だから気付かなかったのだろうか、シロナの右手がラミアの身体に触れるまでは。
「……え?」
ユニークスキル『痛覚遮断』
本来なら痛みによって鈍る身体の動きも、乱れるはずの魔力を練る集中力も、シロナには関係がなかった。
シロナが顔を上げる。いつもの、無表情で。
「爆ぜて。」
ラミアに密着したシロナの手の平から放たれたのは、全力の風爆。
ラミアも、シロナも、その風圧で吹き飛ばされた。
駆け寄ろうとしていた俺や、俺達の後方にいたリーニャ達にまで、その風圧は襲いかかった。
距離が離れていたので吹き飛ばされるほどでは無かったが、後ろに転けそうになるのを踏ん張って耐える。
「ぐっ……!」
風がおさまってすぐに辺りを見渡す。
俺と同様にある程度距離を取っていたディト達や、俺より後方に居たレイとリーニャは無事だ。
そして、ゼロ距離で風爆を身体に受けたラミアと、その反動で吹き飛んだシロナは、それぞれが向かい合わせの壁に凭れ掛かっていた。
ラミアは全身を風で切り裂かれたように、幾つもの切り傷があり、シロナは刺さった氷が身体に残ったまま、血を流していた。
「シロナぁっ!!!」
俺はシロナへ駆け寄る。
「クルエ! ヒールの準備を!」
「は、はい!」
後ろではディトがプリーストであるクルエに回復の指示を出していた。今回、ディト達がいて本当に助かった。
リーニャとレイも俺の元へと駆け寄ってくる。
シロナの身体を確認する。深刻な状態だ。早く治療しないとまずいかもしれない。
レイに格納してもらっていた回復薬を傷に振り掛ける。傷口の周りを綺麗な布で覆いながら氷を抜いていく。
正しい手順を知らない、けど、傷が塞がるときに氷があったら邪魔だから先に取り除いた。シロナは魔法をかなり使って魔力を消費していたから、回復薬はあまり当てになら無いかもしれないが、やらないよりはマシだろう。
クルエがシロナの隣に座ってヒールの準備をする。ここからは彼女に任せることになる。焦る気持ちはあるが、邪魔になら無いように避けておこう。
一度立ち上がって少し離れると、ラミアの方を見る。
恐らく死んではいないだろうけど、ピクリとも動く気配を感じなかった。
「ラミアの方は僕が警戒しておきますよ。」
シーフのカーシュがそう声をかけてくれた。隣ではディトが頷く。
「……ありがとう。」
「いえいえ、僕は何も出来ていませんから。ここくらいはね。」
俺は二人にラミアの警戒を任せ、もう一度シロナへ意識を向ける。
プリーストのヒールがあれば、大丈夫だ。助かる。
そう思っていた俺に、クルエが振り返ってこう言った。
「す、すみません……ヒール、出来ません。」




