57話 グレーの髪、白黒マダラのあの子
「だぁれ? 騒がしいわねぇ。」
洞窟の最深部に続く道から聞こえた、間延びしたような声。
グレーのロングヘア。
強気そうなツンとした目。
女性から見ても憧れを持ちそうなボディライン。
その下に続くのは、このダンジョンの名前にもなっている白黒マダラ模様のヘビの胴体。
人間の身体にヘビの下半身を持つ人型、ラミアが、その先から姿を表した。
鱗が人である上半身の肌を下着のように覆っており、それが扇情的な魅力を醸し出している。
背筋にゾクリと嫌な感覚が走る。
こんな感覚、こんな勘、当たって欲しくはないけど。
恐らくこのラミアは、好戦的だ。
「おい……マジかよ。」
近くにいたディトが呟く。後ろではライラとカーシュが強張った表情で佇み、クルエは腰を抜かしてへたり込んだ。リーニャは三人に比べて落ち着いているが、それでも緊張しているのは分かる。シロナだけが、いつもと変わらない様子で立っていた。
ここはDランクが適正の、比較的安全と判断された上で残された、いわば経験や素材集め用のダンジョン。
どれだけ強かったとしても、そのダンジョン内で遭遇する魔物はDランク。
そんなダンジョンの中で、現れたのが人型。
CランクからAランクまで幅広く討伐ランクが設定される、見た目じゃ強さも何も分からない危険な存在。
その強大な存在はどうやら寝起きのようで、のそのそと奥から出てくる。
「なぁに? ヒトが私に何か用? 今帰るって言うなら見逃してあげるわぁ。ここに居るとあまりお腹空かないしぃ。」
ラミアがあくびをしながら目を擦り、そう言った。
「どうやら見逃してくれるようだが……ユウスケ、どうする?」
ディトが俺に聞いてくる。恐らく俺が人型をテイム出来る事を知っているからだろう、俺がどうアクションを起こすのかを聞いてから決めるみたいだ。
どうする……って言ったって。
俺の思考はぐるぐる回り始める。色々な事が浮かんでくる。
俺の最大の目的は、人型が困っていれば助け、共存できる未来を作る事。現状このラミアはここでの暮らしには困っていなさそうに見える。濃い魔素に湿り気のある洞窟。暮らしやすい部類なんだろう。
じゃあラミアの言う通り帰るか? いや、それは俺達もラミアも困ることになる。
ダンジョン『マダラ』に人型が住み着いていると言うことは、もし俺達が誰にも言わなかったとしても、いつかは誰かに発見され、伝わる。一度誰かに伝わってしまえば、噂はまたたく間に広がり、下手をすればラミア討伐の為に依頼を貼り付けられたりする可能性もある。いや、それが高い。
今困っていないからと言って、それを見過ごすことは出来ない。
共存できる未来を作る為に俺達が出来る事、しなきゃいけないことは正直分からない。分からないけど、分からないなりにやらないといけない事だってある。
じゃあ、今やらなければいけないことは?
「ディト、いつでも逃げれるように準備しておいて。」
「は? 何する気だ?」
「ちょっと、話をね。」
「おい、冗談だろ。」
ディトを無視して俺は前に歩いて出る。
俺がここでしないといけないのは、ラミアをここから外へ誘導して、なるべく人の生活範囲から離れて貰うことだ。
共存するという目的からは離れているように見える。だけど、今はお互い恐怖を煽らない状況を作ることが一番大事だと思う。
お互いが歩み寄るタイミングは、まだここじゃないと思うから。
ラミアは俺が近づいていることに気付いたのか、伸びをした後に改めてこっちに視線を移した。
一人ずつ、一人ずつ確認していって、その目が誰かを見た時、ラミアの表情が変わった。
「……はぁ? 何それ? 何でハーピィが一緒にいるわけぇ?」
ラミアは、シロナを見た途端に変わった。
間延びした喋り方は変わらないが、声のトーンは一段落ちていた。
その目は、まるで冷めたような、それでいて深い憎しみを持ったような物になっていた。
「……? 仲間だから。」
シロナは質問の意味がわからなかったのか、一度首を傾げたが、簡潔に返した。
その一言の後、まるで周囲の空気が一気に重くのしかかって来る様なプレッシャーを感じた。
何がどう琴線に触れたのかわからないが、このラミア、今めちゃくちゃ怒っている。
「気が変わったわぁ。今、何もかもを壊したい気分。」
ラミアが腕を振るうと、鋭い氷の結晶が空中に生まれ、即座にばら撒かれる。
「うわっ!」
俺は何とかしゃがんで回避し、他の皆もどうにか回避できたようだ。クルエは腰を抜かして座り込んでいたので、ディトが盾で弾いていた。
「シィッ!」
ラミアがまた腕を振るうと、次は氷の結晶が纏まってショットガンのように放たれる。
狙いは、シロナだ。
「シロナ!」
シロナはそれを最小限の動きで紙一重で避ける。だが、それが更に気に入らなかったようで、ラミアがシロナに直進していく。
俺とすれ違う瞬間、ラミアが言葉を零した。
「ごめんねぇヒト。これは、八つ当たりよ。」
そのごめんねの意図は、俺には全くわからなかった。
ただ一つ分かった事。ラミアは、彼女はここで、心のモヤを取り払うつもりだ。
それが、何となく、分かった。
ツプン
~ 『マダラ』最深部付近 ラミア ~
同じ種族の仲間といえど、意見の相違は当たり前のように存在し、そしてそれの行き着く先はどちらかが死ぬか、どちらかが群れを追い出されるか。
馬鹿馬鹿しい話だと思うけど、たかが群れという小さなコミュニティでさえ、そんな状態。
そんな中で掲げた私の理想は、それはもう、実現できるようなものではなくて。
天井から落ちる雫の音が心地よく響く。
純度の高い、濃い魔素。
私の見つけた新しい住処は、とても居心地のいい場所。
だと言うのに。
私は目を開ける。先程見た夢を振り払うように頭を振る。
もう忘れようとしているのに、忘れようとすればするほど脳裏に刻み込まれるよう。
「……はぁ。」
何度めかも分からない溜息を零して、また眠りに落ちようとする。ここでは食事を取らなくても、心地よく過ごすことが出来るから。
「……ィト!」
目を瞑っていると、遠くから響くように声が聞こえてきた。
こんな深い所まで、声を発することのできる存在が潜ってきたらしい。
暴れるような音が聞こえてくる。
「……うるさいわねぇ。」
勝手に住処に入ってきて、勝手に暴れて、睡眠の妨害。たまったもんじゃないわ。
忠告だけして、さっさと帰ってもらう。
もし言うことを聞かなくて、私より強いなら、それはそれでいい。命乞いなんてしない。
どうせ、惰性で生きてるだけだし。
私の寝床にしていた、一番深くの魔素が濃い場所を出て、声のする方へ近づいていく。
声が近づいてくるに連れて、私の心はグシャグシャになっていく。
あぁ、寝ても覚めても最悪な気分だわ。
「だぁれ? 騒がしいわねぇ。」
開けた空間に出た時、そこには案の定ヒトが居た。
まだ目が覚めてまもなかったのもあり、ぼんやりとしか見えないが、あの姿は間違いなくヒトだ。
先程の夢が一瞬脳内に浮かぶ。
はぁ。今は、ヒトなんて見たくない気分。
「なぁに? ヒトが私に何か用? 今帰るって言うなら見逃してあげるわぁ。ここに居るとあまりお腹空かないしぃ。」
冴えない頭を動かす為に身体を伸ばす。徐々にしっかりと周りが見えてくる。
私が忠告した後、ヒトの内の一人がこちらに向かって歩いてきていた。
忠告を聞く気がない? それにしては、こいつはそんなに強そうに見えないけども。
どいつを出してくるつもりなのかしら。
そのヒトの後ろに視線を向ける。
鋭い鉄の塊を持ったヒト、コイツはそれなりに強そうね。
次のヒトは、強めの魔力を感じる。けど、最初のよりは弱い。
その次は……
ハーピィ。
ヒト、ヒト、ハーピィ。
さっき見た夢が鮮明に蘇る。
――同胞以外は敵だ。それが、自然の掟だ。
「それは違うわ。」
――妙な考えを持つな。同胞に迷惑をかける事になる。
「迷惑なんてかけない。」
――お前達種族の話を聞くつもりはない。殺されたくなければ、さっさと引き上げろ。
「もう少しだけ話を聞いてよ!」
――考えを変えないなら、群れから出ろ。じゃなければ、私が殺す。
「……分かったわ。さよなら。」
「……はぁ? 何それ? 何でハーピィが一緒にいるわけぇ?」
「……? 仲間だから。」
たったそれだけ、たったその短いやり取りだけ。それだけなのに。
その一言は、私の頭を狂わせるには充分だった。
私のしてきた事は? 努力は? 認められなかったと言うのに、あのハーピィは認められるの?
分かってる、分かってるわ。ただ、理性を超えた感情を、もう制御出来ないのよ。
腕を振るう。真っ白になった頭とは裏腹に、鋭い氷の魔法が生み出される。
もうダメ、止められない。この怒りを、虚しさを、悲しさを、止めるすべを知らない。
あのハーピィを殺さないと、気が済まない。
あのハーピィがどんな努力をして、どうやって生きてきたのか知らない。
だけど、今、何もかもを壊したい気分なの。
その私の気持ちなんて知らないとでもいいたげに、私の魔法をひらりと躱す。
その余裕ぶった表情も、身のこなしも、全て、憎い。
ハーピィに向かって近づいていく。前に出てきていたヒトがあのハーピィの名前を呼ぶ。
……へぇ、シロナって言うのね。名前まで貰っちゃって、相当仲いいんじゃない。
ハーピィの名前を呼んだヒトとすれ違う。
「ごめんねぇヒト。これは、八つ当たりよ。」
分かってるのよ。あんた達が作ったものくらい。だから先に謝っておくの。
それを今から壊すのだから。
壊さないと、気が済まないのだから。




