39話 昇級条件その1-2
前回のあらすじ
大食い女王のシロナが誕生した瞬間であった。
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透き通った空気の、新緑に包まれた絶景。
森とは如何なる場所であっても、そう感じさせる要素が一寸程はあるのだ。
手を伸ばせば風が答え、空を仰げば光が照らす。
そんなリラクゼーション効果のある森とは程遠い風景なのが、今現在居る森。
通称『スワンプウッド』。直訳すれば水没した森ってところかな。
ポエムじみた語り口調になるのもやむなし。現実逃避をしたくなる程この森の景色は酷いものだった。
あちこちには腐ったような泥沼、紫に変色した木々、毒々しい木の実。
と言うか、アチラコチラに毒の要素が満載。
そりゃ、こんなところで育てば毒を蓄えますわ、と。
そう、俺達『救命の志』(パーティ名はどうやらライフセイバーと読むらしい。)は、ウグバゴの狩りへと出向いてきたのだ。
アステニア周辺の出現区域と言えば、この森しか存在しないらしいのだが。
毒で身を守る生物にとっては確かに最高の環境であることは間違いなさそうだ。
ウグバゴの討伐はDランクへの昇級条件になっており、この依頼を受ける時はギルド職員から監視が一人着く。
つまり、自分達の実力で討伐が行えているかどうかを直接ギルド職員の目でしっかり確かめるのだ。
周囲に人の気配はしないが、それ程気配を消すのが上手い人が周囲から俺達を見ているんだろう。
先程から、お目当てのウグバゴ以外にもEランク魔物のポイズントード(そのまんま毒ガエル)、ヴェノムイーター(毒蛇だった)等ちらちらと出てきてはそれを退けていった俺達だが、どうもウグバゴの気配がしない。
「シロナちゃん、気配とか何も感じない?」
人間よりもひたすらに鋭い野生の勘や気配感知を当てにした捜索は、難航していた。
「んー……無い。」
少し立ち止まって周りに集中するが、それで微塵も気配を感じられずに首を振るシロナ。
シロナで気配を感じ取れないなら、俺達じゃまず何も分からないな。
「案外、気配よりも目で探した方が良いのかもね。ぼーっと突っ立ってるって言ってたし、存在感なんて全然出てないのかもしれない。」
そう提案した俺だけど、実際の所半ば投げやりであったのは否定できない。
かれこれ体感時間で2時間ほどは歩き回っているのに、たった一匹とも遭遇できないというのは、案外心に来るものだった。
人が見ているというのにこの体たらく、早くも折れそう。
「ちょっと休憩しよう。一度軽く食事を取った方が良さそうだ。いつ遭遇出来るか予想がつかないし。」
「そうね、流石にそろそろ出会いたいところだけど。」
「ん! ごはん!」
休憩を挟まず長く探索を続けると、集中力も落ちるし良いことがない。
気分転換も兼ねて休憩がてら食事を取ることにした。
毒々しい景色を背に食事を摂るというのは中々厳しいものがあったが、それでも何とか開けた場所を探し出して休憩を取る。
こういう森では、開けた場所で休憩した方が良いってのが経験則だ。
森での戦いに慣れた魔物たちは、遮蔽物に身を隠しつつ接近して急襲するタイプが多い。
双方が気配感知による索敵を行っているのであれば、遮蔽物の扱いが上手い魔物の方に分がある。
しかし開けた場所の中心に居れば、ある程度の距離からは絶対に姿を見せないと接近出来なくなるのだ。
そうなった場合、シロナの気配感知で方向さえ分かれば、後はその方向を警戒するだけでいい。
魔物の方も、全ての有利条件を捨てた丸腰状態で挑んでくる者は少なく、完全にコチラにとって有利な場所であるといえる。
それと余談だけど、俺とリーニャは探索中よく上方を確認するようになった。
ポイズンビーの1件から、人間の視野はとても狭く、意識して見なければ上は死角とほぼ違いないと学んだ為である。
そして森には、結構な数の魔物が木の上で待ち伏せしてる事があるという事実も知った。
ヴェノムイーター等はどうやってかわからないが、器用に木を登るらしく、一度上から奇襲をされかけた。
それはリーニャとシロナが気付いたお陰で事前に分かり、対処が出来たのだ。
ポイズンビーの1件から分かったつもりだったけど、森は至る所に危険が潜んでいるというのが身に沁みたね。
「全く食欲のわかない景色ね……」
「同感……。」
苦い顔で干し肉のような保存食を腹に収める俺とリーニャ。
その隣では、環境などまるで関係ないかのように保存食を頬張るシロナ。
シロナはもう、目の前の食べ物しか見えてないようだ。毒々しい周囲の木々に似つかわない、ピンクの花のようなものが顔の周りを囲んでいるように見える。
なんだか羨ましいぞ……
少しの食事とつかの間の休息を終え、捜索を再開する。
何処かで聞いたことある話だけど、人間の適切な労働時間はおよそ6時間らしい。
ちなみに集中力が持続する時間は90分。ピークが15分毎に訪れ、集中したり集中力が切れたりしながら人は暮らしているのだ。
人間の適切な労働時間が6時間。といえど、それは恐らく平和的な労働であって、今みたいな命の危険があるような労働はもっと精神を削られるし、3時間程に見ておいた方が良いだろう。
体感時間で曖昧だけど、あと1時間程探して見つからなかったら、今日は依頼を諦めることにしよう。
シロナもこういうザ・森みたいな所での戦闘にはまだ慣れていないみたいだし。
シロナが居た山の中腹より、木々の生えている感覚が狭い。
それに、シロナ自体も元々戦闘なんてしたことのない様な子だった訳だ。
この森に入ってから、相手との距離を測りながら飛んでいると木の枝にぶつかる見たいな事は多かった。
「待って、何か居るわ。」
急にリーニャから静止の合図が入る。
斜め上方を鋭く観察するリーニャ。シロナもそちらの方を向いている。
「ヴェノムイーター、一匹」
ボソッとそう言ったのはシロナだ。
俺には見えないけど、どうやらあの毒蛇が木の上で待機しているらしい。
リーニャが弓を引き絞る。
相手側にはまだバレていないみたいだ。
俺も少し前に位置取る。
ヴェノムイーターの攻撃には幾分か慣れてきたし、リーニャの射線を確保しつつヘイトを稼ぐのも上手くなってきた。
居る方向さえ分かっていれば、なんてことはない。
シュッ
リーニャの鋭い矢を射る音がした。
リーニャの放った矢は、前方の木の上へと飛んでいき、キシャァァァという鳴き声とともにヴェノムイーターが気配を現す。
どうやら胴体へ命中したようだ。
ヴェノムイーターは名前の通り毒を持つ蛇だ。
その毒は、おなじみの牙から送り込むという方法でしか受けることはない。
つまり、奴はバレたと分かれば逃げるか、それとも近づいてくるかの二択しか無い。
ヴェノムイーターへの距離は充分。
俺がヘイトを稼ぐまでもなくリーニャの二発目が命中してダウンするかもしれない。
後ろで静かに弓を絞る音がする。なら俺がやることは射線に入らないように奴の進行を防ぐこと。
シロナも飛び立つ準備は万端だ。だがまだ飛ばない。
シロナが飛ぶのは俺と標的が接触してからだ。
その方が意表を突くことも出来る。
リーニャが二発目を放つ、それと同時にヴェノムイーターも威嚇をしながら飛び上がった。
矢は飛び上がって居なくなった場所をかすめながら飛んでいく。
「キシャァァァァ!」
ヴェノムイーターが俺目掛けて降りてくる。
ここからは俺の番だ。
そう思って構えていた時、冷たい予感が俺の全身を撫でた。
何か、マズい。
咄嗟に後ろへ飛び退く俺。
ヴェノムイーターは俺が居た場所へ降りてくる。
地面まで残り2m程になった時。
突如、横から大きな塊がヴェノムイーターへと飛んでいった。
「うおっ!」
突如感じた風圧に若干よろけながらも、その大きな塊へと視線を向ける。
濃いグレーの、大きな毛玉。
その大きな毛むくじゃらの塊から生えた、三本の蜘蛛のような足。
中心についた、ヴェノムイーターを噛み砕く大きな口。
間違いない。
「……ウグバゴ。」
ついに、お目当てのヤツに遭遇した。
ウグバゴはヴェノムイーターを豪快に噛み砕きながら、何処を向いているのかわからない様子で当たりを見回す。
俺はウグバゴを初めてこの目で見て、予想とは遥かに違う事に動揺していた。
毛玉に蜘蛛の足が生えた2mの魔物。
まさにその通りだ。だけど違う。
まず胴体は毛むくじゃらだ。そして粘液を纏ったようにベットリとしている。
それと、胴体だけで三分の一。つまり約60cmとちょいくらいある。
胴体から生えているのは蜘蛛のような足と言われて華奢な棒のようなものを想像していたが、実物はめちゃくちゃ太い。
そりゃそうか、あの胴体を支えないといけないんだからな。
蜘蛛のような足と表現したのは、恐らく毛だらけだからだろう。
関節の感じとかも蜘蛛にそっくりだ。
そして、何より一番動揺している原因は、あの動きの速さと、近づいていることに全く気が付かなかった程の気配遮断だ。
もしあのままずっと気配を消していたら、俺達は誰も気付けなかったかもしれない。
ウグバゴは、ヴェノムイーターの咀嚼が終わった後、こちらを見つめてそのまま立っている。
何故襲いかかってこないのか分からないが、それならそれで好都合だ。
シロナへ空中へ飛ぶように指示する。それとリーニャには矢を放つ準備を。
「先に攻撃を当てた方が有利だ。相手が動く気がないなら、先にこっちから動いてしまおう。」
リーニャは弓を構え、シロナは俺の後ろで大きく羽ばたいて空中へと舞い上がった。
その瞬間、ウグバゴはこちらへ向けて大きく口を開けた。
「毒かっ!」
口の奥から紫色の液体が飛び出してくる。
ヤバい、思ったより大きい。
「ユウスケ! 避けて!」
後ろからリーニャの声がする。
その声を聞いた瞬間、殆ど反射のような動きで俺はその毒玉を回避した。
少し左腕に触れつつも、毒玉は後ろへと飛んでいく。
しかし、そこにはリーニャの姿は無い。どうやらリーニャも回避していたようだ。
「痛っ!」
急に痛みとしびれを感じ始める左腕。
この毒、強力すぎないか。
「マズいわ。あの毒は思った以上に危険ね。」
リーニャが解毒薬を取り出して俺に渡してくる。
小さいガラス瓶に入った、一口サイズの物だ。
コレだけを取り敢えず飲んでおけば、戦闘が終わるまでは問題ない。
傷口に塗り込むのは戦闘が終わった後だ。
これは想像以上に辛い戦いになりそうだ。
未だこちらを睨みつけるウグバゴを睨み返しながらそう思った。




