29話 銀狼、アサシン
前回のあらすじ
見知らぬ倉庫へと連れてこられたユウスケとリーニャは、そこで過激な暴力を振るわれる。
リーニャの目の前でユウスケが大男に腕を折られ、次は足を折られると言うところで現れた謎の女性獣人により、大男は首を落とされた。
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「……え?」
その呟きは誰の物だったのだろう。
ヒョロガリか、ローブか、あるいは俺の呟きだったのかもしれない。
俺を除いた全員にとっては目の前にいきなり現れた銀髪の獣人に、そして起きた一連の出来事に皆が呆然とする。
俺の顔の近くにごとりと落ちてくる大男の頭。
身体を支える指令を失った巨体は、俺の足を絡め取ったまま崩れ落ちた。
地面に転がった大男の首を一瞥すると、獣人の女性はふらりと身体を揺らし、次の瞬間にはヒョロガリの真後ろへと移動していた。
速すぎて、動きを目で追うことが出来なかった。
ヒョロガリは気づいてすぐに距離を取ろうとするが、後ろに飛び退いた身体の動きと、首が地面に落ちる音は同時だった。
「くっ! 何だキサマは!」
先程から口数の少なかったローブの男が、初めて慌てたように声を上げる。
その手には炎の玉が作られていた。
口数が少なかったわけじゃない、恐らく聞こえないほどの声量で詠唱していたのだ。
その咄嗟の判断は、流石はDランクとでも言うべきかもしれない。
「フレイムスプレッド!」
獣人のいる場所へ向けて、火の玉が放たれる。
その放たれた火の玉は、手を離れてすぐ拡散し、広範囲にばらまかれた。
動きの速い相手なら、一点に向かって攻撃するより、ばらまいた方が当たる可能性があると踏んだんだろう。
放たれた火の玉も、それなりに速い速度で獣人へと襲いかかった。
だが、その魔法の威力も、判断力も、この獣人を前にしては意味のないものだった。
少し体勢を変えるだけで、全ての炎の玉を避けていく。
視線は、ローブの男から逸らしていない。
その圧倒的な技量から、相当な強者だと推測できた。
ローブの男は所詮Dランクだ、勝ち目はない。
しかし、ローブの男は今さっきの焦りはどこへ行ったのか、へらへら笑っていた。
「知っているぞ。俺はキサマを知っている。」
その言葉に、獣人の女性はピクリと眉を動かす。
ローブの男は話を続ける。
「銀狼のアサシン、リア。あえて光栄だ、殺人姫。」
リアと呼ばれた銀髪の獣人は、返事をすることなくその場に立っている。
「知っているぞ。キサマに会えば命はないと。命乞いをするつもりはない。だが……」
そこまで聞いて、俺はふとパチパチと鳴る音に気がついた。
男が魔法を放った方向、リアの後ろや天井。炎の魔法が、倉庫の中へと引火して燃え広がっていた。
「唯で死ぬ訳にもいかん。そいつらも巻き添えだ。」
ローブの男が次の魔法を使う準備をする。更に炎の魔法を使うつもりだろう。
「殺人姫の通り名が、どれ程か見せてみろ!」
そう言うと詠唱を始める。
強気な態度だ。端から見れば勝算があるように見えるかもしれないが、ローブの男の手は震えていた。
どうしようもないと知っていて、虚勢を張ったんだろう。
よく見ればへらへらした笑いは、顔がひきつった為の表情にも見えた。
リアは立ったまま、右手を素早く動かした。
投擲されたのは、ナイフ。
ナイフは恐ろしい速度でローブの男の眉間に迫っていく。
それをローブの男は右に傾き、躱した。
しかし、ローブの男の眼前には、既に接近したリアの姿。
俺には認識するのが困難な速さで繰り出された斬撃に、ローブの男も為す術もなく。
最後の首の落ちる音が聞こえた。
「す、凄い……」
それがリアの戦闘を見た、率直な感想だった。
今の俺たちじゃ、100人居ても勝てない程の実力。
文字通り、レベルが違いすぎる。
天井にはもう火が回っており、所々崩れてきている。
一ヶ所大きな穴が開き、そこからうすらと夜空が見える。
揺らめく炎、飛び散った血液。
返り血さえ浴びてない、リア。
三つの首が転がる、真っ赤な倉庫の中に一人たちずさむとでも表現するべきこの画は、狂気に混ざって美しささえ感じるようだった。
リアは、ついさっき落とした首を一瞥すると、
今度はこちらを向いた。
背筋に悪寒が走る。
これは、マズいパターンの奴だ。
嫌な予感と言うものは、どうやら的中する為にあるようなものらしく、リアはこちらに跳躍してきた。
逃げようにも腕は折れており、足は大男に絡まっている。
結局、情けない悲鳴を一瞬あげることしか出来ず、恐怖で目を瞑った俺に、リアは光速とも言えるような速度で斬撃を繰り出す。
かのように思えた。
駆け抜けるような風圧が俺の前髪を浮かす。
いつまでも来ない斬撃に疑問を覚え、恐る恐る目を開けると、リアはしゃがんで前のめりに左手を地面についており、つき出された右手には禍々しい漆黒の短剣が、俺の鼻先で止まっていた。
寸止めだ。
俺は、生かされた。
この殺人姫と呼ばれた殺し屋に。
何でだ? 人助けか?
それにしては被害者に対して随分な対応だ。
麻痺していた痛覚がじわりじわりと戻りつつある中、リアは俺に対して、初めて口を開いた。
「何故見えた?」
平均女性からしたら少し低めのハスキーな声でそう問われる。
何を言っているんだ。何も見えていない。
斬撃も、移動も、全て俺には目で追うことが出来なかった。
しかし、リアが尋ねたかったのは、そう言う部分ではなかったらしい。
「お前は、町に入ってきた時から、私が見えていた。」
鋭い視線をした金色の目が、俺の心臓を刺すように見つめてくる。
「お前は……」
リアが何か言いかけたところで、ふと顔をあげる。
視線は、倉庫の出入り口の向こう側を見ているようだ。
ほんの数秒した後、リアは立ち上がりこの場から立ち去ろうとする。
数歩だけ歩いて、こちらに振り返った。
「私は、お前が嫌いだ。」
そう言い残すと、リアは天井に空いた穴から、外の闇へと溶け込んでいった。
「ユウスケ!」
リアが立ち去った直後、リーニャが駆け寄ってくる。
どうやら腰に下げていた短剣を使って自力で縄を切ったらしい。
「マズいわ……早く逃げないと。ユウスケ、少し痛いかもしれないけど、我慢してね。」
そう言うと、リーニャは俺を抱えて逃げようとするが、力が入らずに俺の身体を持ち上げられない。
リーニャの方も苦しそうにしている。俺が起きる前に何か暴行されたに違いない。
「どうしよう、どうしよう……」
ここから俺を連れて逃げる手を考えたいが、考える時間が惜しいので身体を動かしたい。
身体を動かしたいのに、何をすれば良いのかわからない。
そんな様子でリーニャは焦っている。
その後ろで、火の燃え移った木材がリーニャに倒れてくるのが見えた。
「ッ、リーニャ!」
叫んだにしては小さすぎる声に、リーニャは後ろを振り向き……
水色の触手が、木材を弾き飛ばした。
触手が伸びてきた方向を見ると、そこには見覚えのある水色の球体が。
レイだ。
レイは倉庫の出入り口から中に入ってくる。どうやら器用に扉を開けたみたいだ。
そのまま俺の肩から下げていたカバンの中にニュルンと入っていった。
続けざまに出入り口から数人が入ってくる。
「早く消火にあたれ! ん、おい、大丈夫かお前達!」
男がその他数人に命令を出していた。
どうやら憲兵団? のような人達らしい。
俺達に気が付くと、その男が駆け寄ってくる。
俺の腕を見ると、険しい表情をした。
「これは酷いな……大丈夫か? それに、この周りの死体は……」
周りに転がる死体を見て、すぐさま命令を変える。
「おい、消火は後回しだ。先に生存者の救出、それと死体を運び出せ。危険が伴うようなら、最悪死体は残して構わん。」
そう言うと、その男は俺を抱えて出口へと向かう。
その慣れた手つきに安心感を覚えたのか、はたまた腕の痛みがどんどん大きくなってきた為か、俺は二度目の眠りに入ることになる。
次に目を覚ましたのは、これまでの騒動がまるで無かったかのような、静かな部屋の一室だった。
窓から差し込む朝日が眩しく、自然と目が覚めた。
身体を起こす。非常に肌触りの良い素材を使われた、とても良いベッドに寝かされていたらしい。
俺の寝ていたベッドの他にも、5個ほどのベッドがあり、病室のようなイメージを彷彿とさせる部屋の中には俺以外誰もいなかった。
窓の外を見てみると、そこには数日間歩き回った町並み。
詳しく時間帯は分からないが、どうやら俺は助けられた後、そのまま朝まで眠っていたらしい。
窓の外をボーッと見ていると、扉の開く音が聞こえた。
そっちに視線を向ける。
そこには見たことのある様な、修道服に似た服装の女性が居た。
この服装はエマでも見たことがあるような……えーと、確か名前は。
「クアレオ、修道院だっけ?」
「正解です。」
女性の透き通った声が聞こえる。
黄緑色でロングヘアの、これまた豊満なお山を2つ抱えた女性だった。
こちらへ歩み寄ってきて、ベッドの隣に置いてあったイスに座る。
「回復は間に合いましたので、恐らく異常はないかと思いますが……お体の方、どうでしょうか?」
「え、あ、はい。全然問題ないです。」
「それは良かったです。私の名前はパーラ。クアレオ修道院のビショップです。」
「あ、どうも、ユウスケです。」
既視感のあるやり取りを済ませた後、パーラと名乗る女性は部屋を出ていった。
数分後、倉庫で俺に駆け寄ってきた憲兵団のリーダーらしき男と、リーニャが部屋へ入ってくる。
「ユウスケ、身体大丈夫?」
リーニャはベッドの隣のイスへ座り、俺の手を握ってくる。
あー、この光景凄く病人っぽさがある。
よく見るやつだよこれ、病人の手を握るやつ。
そんな事を思っていると、リーダーらしき男が俺に話しかけてくる。
「酷い怪我だったが、命に別状がなかったようで何よりだ。話を聞く限りでは、後遺症のようなものも無いとの事だが。」
「はい、違和感とかも特に無いので……あの、助けてくれてありがとうございます。」
「構わない、治安維持は私達の役目だ。」
倉庫で見たキリッとした表情とは違い、今は柔らかい笑みを浮かべている。
落ち着いて改めて見てみると、身体がでかいわけではないが、それなりに筋肉の付いた身体をしている。
顔も一般人より厳つく、アルダンより爽やかって感じだ。
「えーと……憲兵団、の方ですか?」
「ああ、そう認識してもらって構わない。私の名前はヴェルニーという。」
そう言うと、他のベッドの近くからイスを取り、リーニャの隣に置いて座った。
「ところで、目覚めてすぐに申し訳ないのだが、少し話を聞いてもいいかな。」
「倉庫の事ですかね……? 分かりました。」
ここで、俺はここ最近起きている事件の事と、リアの事について、ある程度詳しく知ることになる。




