幕間 進めない私と進む彼
今回は、リーニャ視点です。
私がそれに気付いたのは、5歳くらいの頃だった。
綺麗な金色の髪だと周りに誉められ、髪を結うのが毎日の楽しみだった私は、ふと触れた耳の感触に違和感があった。
それまでは全く気にならなかったのに、いきなり違和感を覚えたのは、きっとそういうのが分かる年頃になったから。
私の耳は、尖っていた。
小さい頃からエマの町でイルダさんに育てられた私は、何故耳が尖っているのかを聞いた。
イルダさんから聞いた話は、当時の私にとってとても忘れられない、衝撃的な内容だった。
いきなり町の近くに現れた芽から産まれた。
種族はエルフ。
育て親がいない為、イルダさんが親代わりに育ててくれた。
聞いてて、つらくなった。
それは5歳であるが故の感情だったのかもしれないし、大きくなった今頃に初めて聞かされてもそう思ったかもしれない。
イルダさんはきっと、私の事を余所者のようには思ってない。
そう頭では分かっているけど、私の心はそれを理解するのが難しかったみたい。
それから、あれだけ好きだった髪を結う事もしなくなり、髪を伸ばして耳を隠すようになった。
私はエルフ。
エルフの里に、私を待ってる本当の親がいるかもしれない。
もしかしたら、捨てられたのかもしれない。
どっちにしても、本当の親じゃないイルダさんに、これ以上迷惑はかけられない。
そう思った。
10歳をこえた頃、町を出る為に私はなんらかの技術をつけようと思った。
エルフは魔法に長けた種族だと聞いたことがあった。
その理由は、恵まれた魔力の量と、極めて優秀な集中力。
魔法は、エマの町では教わることは出来なかった。
魔法使い自体が居なかったからだ。
体力や単純な力は人族に劣る為、戦士になるのも難しかった。
でも、弓なら。
エルフの集中力をいかして、弓の扱いを極めようと思った。
幸い、現役ではなかったもののアーチャー経験者に稽古をつけてもらうことができた。
みるみる上達し、わずか1年少しでエマの町の中では一番と言われるほどの弓使いになった。
Fランクの魔物なら苦労せず倒せるレベルになった。
しかし、冒険者への登録は15歳からだった。
受け付けにいっても、年齢制限のために登録することは叶わなかった。
そんな私の隣で、神に選ばれた転生者と呼ばれる人が15歳に満たなくても冒険者になっていた。
とても悔しかった。
私は、毎日弓を引いた。
15歳になるまで、ひたすら弓を引いた。
とうとう15歳になった年、私は冒険者登録をした。
早速Fランクの依頼を受けた。
Fランクの魔物など敵ではなく、2日で私はランクアップした。
そんな私を見て、イルダさんは張り切りすぎだと心配した。
この時に、気付いてれば良かったのだけど、町から出ることしか頭になかった私には、イルダさんの姿は見えていなかった。
Eランクの依頼も問題なくこなせるようになったある日、近場にポイズンビーの群れが巣を作ってるという情報を聞いた。
村の大人達が集まり、討伐へ向かった。
その結果、ポイズンビーの群れは半壊し、生き残りはどこかへ飛び去っていったらしかった。
大人達の中には、帰ってこなかった人もいた。
私は怖くなった。死ぬということが近くにあるって感じて、足が止まってしまった。
それから冒険者ギルドの受付嬢として過ごした。
受付嬢になったのは、前に進めなくなっても、冒険者と何らかの繋がりが欲しかったのかもしれない。諦めきれていなかったのかもしれない。
あれだけ力を入れていた弓の訓練も、次第にやらなくなっていった。
何もしないまま、4年の月日が流れた。
ある日、突然町の近くに転生者が降りてきた。
ユウスケと言うその転生者は、職業がモンスターテイマーだった。
私は、転生者について詳しくない。でも、今まで見てきた転生者は剣聖やアークウィザード、果てには勇者等とても私たちが足元に及ばないくらい強い上級職ばかりだった。
ギルドの受付でモンスターテイマーだと知った時、とても不遇だと思った。一生中級から進むことのない、恵まれない職。
何だか、ずっと進めないままの私に似ている気がした。
でも、その男は違った。
モンスターテイマーに上級が無いと知ってても、力強く歩き始めた。
スライムをテイムして嬉しそうだった。
時々真剣な表情で何かを考えていた。
ギルドで依頼を受ける度に、いろんな表情で、でも迷うことなく前に進んでいた。
私は、この人から何かを得られる気がした。
この人を見ていれば、前に進む方法が分かる気がした。
その人がテイムしたスライムは、恐らく特殊個体だった。
その人は前に進んだから、特別なスライムに出会ったんだと思った。
私も、次第に前に進まないといけないと思い始めた。
ある日、近くの森にポイズンビーが群れているという情報が入ってきた。
過去のトラウマが蘇った気分だった。
ポイズンビーはまだ数が少ないと聞いたけど、一人で討伐にいく勇気はなかった。
いつも通り受け付けにいると、ユウスケがひとつ依頼を持ってきた。
その依頼の目的地は、ポイズンビーが発見された森だった。
ユウスケに知らせないと、大変なことになる。
そう思ったのに、心の中ではもう一つの気持ちがあった。
これを気にトラウマを克服しよう。
近くに行くだけで良い。自分は逃げ切れると自信をつけられれば良い。
なんならユウスケもいる。
この頃には、無条件で信頼していたのかもしれない。
自分に出来ないことをする人として。
受付はイルダさんに任せて、ホーンラビットの討伐に向かった。
ユウスケには何度か遭遇する前からビビりすぎだと言った。
遭遇する前から怖くて仕方なかったのは私だと言うのに。
あるいは、自分に聞かせる為に何度も言ったのかもしれない。
ホーンラビットの討伐は楽しかった。
久しぶりに握った弓は意外と私の言う事を聞いてくれた。
前に進めていたあの頃に戻った気分だった。
ユウスケとも他愛のない会話をした。
私が矢を命中させる度に誉めてくれた。
ユウスケが弓を使ってすぐ諦めた時は、彼なりのジョークかと思った、ちょっと面白かった。
でも、ユウスケが俺の為にありがとうなんて言ってきた時には、心に痛みが走った。
その頃には、ポイズンビーに対しての恐怖も若干薄れつつあった。
でも、そんなタイミングで、そんなタイミングだからこそ、あの羽音が聞こえてきた時は頭が真っ白になった。
怖かった。音が聞こえるだけで。
ユウスケを連れて森を走った。
羽音は遠ざかっていったけど、耳の中には残っていた。
ユウスケにいつ森を出られるのか聞かれて、落ち着いてと答えた。
一番焦っていたのは多分私だったのに、それは悟られたくなかった。
音は遠ざかった。後は歩いて森を出るだけ。
そんなタイミングでまたしてもアイツがやって来た。
今度は、もっと強烈にトラウマを刻みに。
私の背中には、今までで一番の恐怖が流れ込んできた。
毒針を刺されて、私は声が出なかった。
死を目前にして、恐怖に負けて、もう諦めていたのかもしれない。
ユウスケに助けてとも、逃げてとも言えなかった。
ユウスケが私を呼ぶ声がした。
倒れている私の目の前で、ユウスケはトラウマを切り捨てた。
解毒薬で、私を治療した。
私を背負って、森から逃げた。
ユウスケを危険に晒したのは、私なのに。
私が乗り越えないといけない危険だったのに。
全てを話そう。
私が危険に晒したこと。私がエルフだということ。
嫌われても良い、それだけの事をしたんだから。
それが、今私の出来る罪滅ぼし。
全てを話し終えた時、ユウスケは難しい顔をしていた。
私は謝った、許して欲しいと言いたかった訳じゃなかったけど。
ユウスケは、そんな私に向かってお仕置きだと言って、私を背負って歩き出した。
ポイズンビーの件を、イルダさんに報告すると言った。
それの何がお仕置きなのか分からなかった。冒険者をやめさせる為の説得を申し出るつもりかと思った。
何が起きても、受け入れるつもりでいた。
町に戻って、イルダさんやお世話になった人達に囲まれた。
みんな私たちを心配していたって。
イルダさんはユウスケの報告を聞いて、私を抱き締めて泣いた。
私の身体を心配して泣いた。
その瞬間、私の周りにあった見えない壁が崩れ去る音が聞こえた。
私の泣き声と混ざりあって。
私の本当のトラウマは、ポイズンビーじゃなかったみたい。
尖った耳に気が付いた時から、それは始まっていたんだ。
でも、ユウスケが壊してくれたから。
イルダさんや、周りの皆が壊してくれたから。
私、これから前に進めるよ。




