96話 一つの終わりと無数の終わり
~ ??? ~
「うーん……」
幼い少年の者の声が、その空間に響く。
聞けば大抵の人が可愛らしいというような高めの声で、少年は溜め息を吐く。
悩みの種は、今しがた実行した行動にあった。
「やっぱり、チャージ期間が短いのかな~……初めのより全然数も少ないし、時間も短いよな~……」
はぁ、と頬杖をつきながら憂いを帯びた少年の顔は、控えめに言っても美少年と言って差し支えのないものだ。
だが、今は誰も彼を見ることはない。
何故なら、彼は誰もが簡単に訪れることの出来る空間には居ないのだから。
彼が居る場所は、見る人が見ればこう言うだろう。
『電脳空間』と。
数々の情報や光景が表示されるモニターが沢山ある中、その中でも一際巨大なモニターに映されていたのは、商業都市マールコット。
魔族が襲来した、まさにその状況だった。
「たったこんだけのリソースじゃ、やっぱり雑魚ばっかしか産めないな~。グリルの時は結構溜めてたし、やっぱりあれくらいはチャージ必須か~……」
ぶつぶつと呟きながら、今しがた空になったリソースを見て肩を落とす。
それでも、少年の計画にはそれほど問題はなかった。
「まぁ、メインのチャージは滞りなく進んでるし、そっちが完成すればこれする必要もないんだけどね~。」
少年は、笑う。
無邪気に、笑う。
「これを作ったリスタリベラには、感謝しないとな~。」
そう言って、少年は空間から消えた。
そこに残ったのは、電源を落とされたかのように暗くなった空間と。
「りスタ……りベラ……」
自身の親の名前を呼ぶカタコトの声だけだった。
~ マールコット ユウスケ ~
クロノスと走り回り、魔族を倒しては人々を大通りに誘導していた俺と、反対側から回っていたリーニャが合流する頃には、地上に降りてきていた魔族は、もう残すところ僅かだった。
生存していた人達はもう全てが避難を終え、避難誘導に人員を割かれていた冒険者達は、次に自ら魔族の討伐に向かった。
魔族は独特な気配があり、気配探知を持たない俺には分からないが、気配探知を持つ冒険者は分かるらしく、次々と魔族を見つけ、それを討伐した。
その結果、マールコットの魔族はもはや驚異ではなく、事態の収束を待つばかりだった。
「あの忌々しい渦も消えたな。」
平穏になったマールコットの町中で、どこかの誰かの呟きが聞こえた。
残った魔族の討伐に向かった冒険者を眺めながら、俺は空を見る。
雲一つない快晴。
先程までの騒動が嘘のような、清々しい空だった。
だが、何事もなかったかのような表情を見せるのは、空だけだ。
「うっ……ううっ……」
地上では、魔族に襲われて命を落とした人の家族や友人達が、涙を流していた。
もともと腕利きの冒険者が多く、さらに勇者パーティがいたお陰で被害が最小限だったグリルでは見なかった光景。
俺が今まで見てこなかった、世界の側面。
「……ユウスケ。私達はやれることは全力でやった。それは悲観することじゃなくて、誇ることよ。」
涙を流す人々を眺めていた俺を、リーニャは慰めに来たらしい。
こう言う時、リーニャは真っ先に俺を気遣う。
「うん、分かってる。分かってるけど……」
色々な感情が、俺の中に渦巻いていた。
助けられた筈の人達を助けられなかった後悔や、泣いてる人達の心情を考えると胸が締め付けられるように悲しい。
でも、俺の中で一番大きかったのは、人型の印象を良くする為に……のような下心が人助けの動機だったと言う事だ。
俺にとって人型の印象を良くしたり、人型の助けになることを行うのは大事なことだ。
だけど、それがメインであるが故に他の命を軽く見ていた。
それは、誰に何と言われようと誤魔化しようのない事実だ。
名声の為に、他人の命を利用しようとしたんだから。
真剣に取り組まなければ、相応の結果になる。
俺が命に真剣ではなかった、その結果がこの状況なんだ。
心臓にいくつも針が突き刺さったかのような後悔が、俺の心に纏わりついていた。
「……今日の事は、忘れない。」
「ユウスケ……」
握りしめた俺の右手を、リーニャの両手が包み込んだ。
この温もりが、より一層俺の決意を揺るがないものにしてくれるだろう。
「おい、あんた。」
不意に後ろから声が掛かった。
振り向くと、そこには今日見かけた顔。
魔族達から助け出した、冒険者グループだった。
「改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう、助かった。」
「あぁ、いや、お礼なんてそんな……」
「いやいや、あんたは人の命を救ったんだ。誇るべき事だぜ。アラクネが目に入った時はもう終わったと思ったが、戦う姿を見て、正直美しいとさえ思った。」
冒険者グループのリーダーであろう、ガタイの良い戦士のような男が、当時の光景を思い出すかのように目を細めながら語る。
「あんた、最近噂のモンスターテイマーだろ? 人型でも何でもテイム出来るスキルを持ってるって言う。」
「……え? あれ、俺ってそんなに有名なんですか……?」
「有名っつーか、有名になりかけって所だな。情報の飛び交うこのマールコットじゃ、結構名前聞くぜ。白銀のハーピィ、モノクロのラミア、そして美しいエルフ。パーティ名は『救命の志』だろ?」
思いの外、俺の情報は出回ってるみたいだ。まぁこれだけ目立つ集団で動いていればそうなるか。
しかし白銀のハーピィにモノクロのラミアって、そんな呼ばれ方してたのか。
リーニャに至っては美しいエルフって。まぁ違いないけど。
で、俺はなんて呼ばれてるんだろう。気になるけど、聞く勇気はないので流す。
「どうやってそんなスキル手に入れたのか知らないが、他のテイマーは躍起になってそのスキルを探してる。皆名を上げたいんだろうな。モンスターテイマーって最終到達が中級職だから結構不遇だし、あんたみたいな頭一つ抜けた奴に憧れるんだろうさ。」
「そうなんですか……その割には、俺にコンタクト取ってくる人居ないですけど。」
「ん? そりゃ、スキルの取得条件なんてそうそう簡単に教えてもらえるもんじゃないしな。本人に聞く時間があったら、自分で探す方が早いさ。あんたも軽々と教えるつもりもないんだろ?」
「え、まぁ、ははは……」
スキルの取得条件か……そりゃ聞かれても教えられないな。だって女神に貰ったユニークスキルだし、取得条件なんて知らないんだから。
「長々と話しちまったけど、まぁ要するに、あんた達は周りから期待されてるってことだ。助けられた俺達が言うのもなんだけど、頑張ってくれよ。」
「は、はい。頑張ります……」
確かに頑張るつもりだけど、こう面と向かって期待してるとか言われたらむず痒いものがあるな。
頬をポリポリと掻きながら、俺は立ち去る冒険者を見送った。
直後、その冒険者の奥から、人混みを掻き分けて一人の男が飛び出してきた。
その男は、俺を見るやいなや、俺の胸ぐらを掴んだ。
「ぐっ……!?」
隣に立っていたリーニャが、すぐに俺と男を引き剥がそうと間に割って入る。
「ちょっと! いきなり何してるのよ!」
「うるせぇ!」
男は乱暴に腕を振り、リーニャはその反動で倒れて尻餅をついた。
男は俺の胸ぐらをつかんだまま、叫ぶ。
「お前らがやったんだろ! お前らが俺の弟を殺したんだろ!」
周りがざわついた。
ただでさえ人型を連れていて目立つのに、そこに人殺しの疑いを掛けられて、より一層俺達が注目の的になる。
「魔族に紛れて、人型使って殺したんだろ!」
男は、俺に向かって拳を振り上げる。
俺は反射的に目を瞑った。恐らく俺よりステータスの高いこの男の拳を、止める方法がない。
「……ッ!」
だが、来るはずの衝撃が来ない。
目を開けると、クロノスが男の腕を掴んで止めていた。
「ぐぅッ、離せ!」
男はクロノスの腕を振りほどこうとするが、クロノスはそれ以上の力で掴み、締め上げる。
男は次第に腕の痛みに耐えられなくなり、俺の胸ぐらから手を離した。
男が手を離したのを確認して、クロノスも手を離す。
「くっ……おい! お前らも今の見ただろ! 俺はこのアラクネに腕を折られる寸前だったんだぞ!」
周囲を見渡しながら男はそう叫ぶ。
だが、周りの人達はざわざわするだけだ。
「弟は、魔族程度に殺される様な柔じゃない! 結婚して嫁も出来たし、子供も生まれる予定で、前より剣術には力を入れていたんだ! ランクもBに上がって、こんな所で死ぬわけ無いだろ! アラクネに……Aランクのアラクネに殺されたに決まっている!」
クロノスと俺を睨み付けながら、男は叫んだ。
濡れ衣だ。俺達は誰も殺しちゃいない。
そう伝えようとしたら、クロノスが一歩前に出た。
「……私が殺した、と?」
「……あぁ、そうだ。お前が殺した。」
「ほう、死体は見たのか?」
「見たさ! パーティメンバーも! 嫁も! 無惨に殺されていた!」
「なら分かるだろう。私に酸は扱えん。背中や頭の外傷についてはどう説明するつもりか?」
「ッ!」
クロノスの、まるで状況を見たかのような問答に、男は黙る。
俺の知らないところで、クロノスはその人達を見ていたのかもしれない。
だけど、どうして彼の弟だと断定できたんだろう。
「……私は、正直ヒトの生き死に等どうでもよい。」
クロノスは、男を見つめてそんなことを言った。
男はクロノスを見て、青筋を浮かべる。
「だが、誇り高き戦士の死は汚されるべきではない。分かるか?」
「……は? どういう意味だ。」
「自ら盾になり、己の最愛の人を守ろうとした奴の覚悟を、お前は受け入れなければならない。」
「……ッ!」
嫁、仲間、頭と背中の外傷、自ら盾になる。
俺の頭の中で、ピースが繋がっていった。
そうか、魔力を一度見ているから、クロノスは分かったんだ。
「……私達は殺していない。が、間に合わなかったことは、済まないと思う。」
俺達があの時、間に合わなかった四人の反応。
その内の一人と、この人は魔力反応が似ていた。
似た魔力反応を持つものは、身内。
つまり、俺達が救えなかった人達の、兄。
彼は、クロノスの言葉を聞いて、その場に泣き崩れた。
彼は丁度、俺達が到着したところに遭遇したのかもしれない。
クロノスが魔族を倒す光景を遠目に見て、そう勘違いしてしまったのかもしれない。
もしかすると、そう思わないと感情の矛先が無くなってしまうからだったのかもしれない。
だけど、今。鮮明に思い出して、理解した。
彼は、魔族という理不尽によって、最愛の家族を失ったのだと言うことを。
他の誰のせいでもなく、どうしようもない天災のような出来事だったと。
「……なぁ。」
ひとしきり泣いた男は、そのまま立ち尽くしていた俺に話しかける。
「弟は、絶対悔いがあると思うんだよ。やれるだけやったって、それでも守れなかったんだから。」
力無く、静かに紡がれる言葉に、俺は無言で返した。
彼の弟の気持ちに、軽々しく同意も否定も出来ないと思った。
だから、先を促す。
「だからさ、そういう奴が出そうになったら、出来るだけ救ってやってくれよ。俺のような奴を出さない為にも、弟のような奴を出さない為にも。」
それは、悲痛な願いだった。
静かな、心の叫びだ。
「……出来る限り、手は尽くします。俺達も、後味が悪いのは好きじゃないので。」
「そうか……頼むよ。」
男はその言葉を聞いて安心したのか、立ち上がって人混みの中に消えていった。
もう、この魔族の襲来という事態は終わりを迎える。
でもその中に、いくつもの命の終わりがあったことを、俺達はずっと忘れない。
禍々しい渦の消えた空を見ながら、俺はまた拳を強く握りしめた。
一応ここら辺で四章は終わりにしたいと思います。
あと数話続くかもしれません。
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