93話 冥の月
遅くなりましたが、私は生きています。
クロトガを出て二日。そろそろマールコットが見えてくる頃。
俺達を乗せた馬車は、視界の開けた平原を走っていた。
道中の魔物も大した強さはなく、遭遇したとしても俺達全員が相手をせずに処理できるようなものばかりだった。
まさに順風満帆。冥の月と言われる程なのでどんなものかと身構えていたが、所詮言い伝えか。
小銭稼ぎが出来たと少し笑みをこぼしつつも、この先現れるであろう大きな都市を脳内に思い描く。
今日は12月27日。あと3日で冥の月も終わる。
マールコットについたら、3日くらいはのんびり過ごして冥の月をやり過ごそうかな、なんて思った矢先にそれは現れた。
「みっ、皆さん! 魔物です!」
御者が慌てたように俺達に声を掛ける。
これまでの魔物との遭遇ではこれ程慌てていなかったことから、先程までより強い魔物が出てきたのかもしれない。
「みんな、降りて準備だ。」
こちらにはアラクネのクロノスがいるから、多少強いくらいではどうにでも出来るだろうと、軽い気持ちで馬車を降りた俺達の目に映ったのは、50を超えるであろう大量の魔物達がこちらに走ってきている光景だった。
「うわっ! なんだあれ!」
「ちょっと、数が多すぎるわよ!」
軍勢を見て動揺する俺とリーニャをよそに、シロナとヒサメは魔法を放った。
シロナの鋭い風の刃と、ヒサメのショットガンのように放たれた氷の礫により、先頭を走っていたウルフや、体は大きいが強さはEランクほどのビッグボアが何匹か倒れる。
「こういうのは先手必勝よぉ。」
「ん!」
盛大に魔法をぶっぱなしたシロナとヒサメだが、しかし魔物の軍勢は止まらない。
このままでは、相手できるほどに減らす前に、50を超える魔物と接触してしまう。
「やばいっ、このままじゃ……!」
焦る俺の前に出たのは、クロノスだった。
「撚糸。」
蜘蛛糸のスキルを使ったらしいクロノスの体の周りで、いくつもの寄り合わされた糸が生成される。それは太さと長さを増やしていき、それそれが太さ直径5センチ、長さ2メートル程になる。
「硬糸。」
続いて、二つ目のスキルを使う。どうやら先程の太い糸を硬くしたようだ。まるで投げ槍に見える。
クロノスの体の周りには投げ槍のような蜘蛛糸が二十本程、くるくると回っていた。
クロノスが手を降ると、それが魔物の軍勢に向かって山なりに飛んでいく。
半分ほどは魔物の軍勢に命中し、残りの半分は届かず魔物の進行方向に落ちて地面に刺さる。
「クロノス、これじゃ……」
失敗したのか? とクロノスの表情を伺うが、クロノスは至って冷静だった。
魔物の進行方向に落ちた蜘蛛糸に魔物達が差し掛かったところで。
「展開、枷。」
クロノスがスキルを発動する。
すると、先程まで地面に刺さるほどに硬くなっていた蜘蛛糸が、急に崩れ、周囲に広がった。
魔物達はその蜘蛛糸を避けられず、その身に受けてしまう。
そしてそのまま、全ての魔物は蜘蛛糸に絡み取られ、その場で止まってしまった。
「す、すごい……あの数の魔物を止めるとは……」
御者が驚いているが、いや、俺も驚いてますよ御者さん……
どうやら最後のスキルの枷には、蜘蛛糸の粘着力を増大させるような力があるようだ。
魔物に絡み付いた蜘蛛糸が地面に触れ、縫い付けるように動きを止めていた。
「この程度、造作もない。」
何でもなかったかのような表情で、クロノスは魔物達を見ていた。
驚いていた御者が、我に帰ってこちらに寄ってくる。
「いやぁ、しかし、何故こんな大群が……」
「おかしいわね、この先で何かあったのかしら。」
「この先って言ったら、マールコットで……?」
確かに、魔物達の様子は何かおかしかった。
リーニャが言った通り、まるで何かから逃げているような……
「あれだ。」
魔物を見ていた俺達は、クロノスの言葉を聞いて、クロノスの視線の先を見る。
そこには、見覚えのあるものがあった。
「あ、あれは……」
忘れる筈もない。一瞬にして大勢の人達を恐怖に陥れた厄災。
二度と遭遇しないようにと情報を集めなければならなくなった原因。
まだ見えぬマールコットの真上であろうその空は、禍々しい漆黒の渦が渦巻いていた。
御者の表情がひきつっていく。
「そ、そんな! 今さっきまではあんなものは無かったはずなのに!」
「とりあえず急ぎましょう。」
「えっ! 行くつもりですか!?」
「俺達は多少戦力になります。魔族達を全て倒せなくとも、避難する間の時間くらいは稼げると思いますから。」
これから少しの間でもお世話になる都市だ。少しでも力になりたい。
と言うのは建前で、俺の仲間達が被害を抑えれば、避けられたり怖がられたりするような居心地の悪い期間も短くなるかなと思っていた。
俺とリーニャは魔族に対してあまり有効な攻撃手段を持たないが、戦闘指示や避難誘導に徹すれば役に立たないことはないだろう。
リーニャに視線を移すと、リーニャも俺に頷く。正義感が強い方なので、この状況で見捨てるような行為をするのは好ましくないのだろう。
俺達は馬車に乗り込んでいく。
「あ、あの……この魔物たちはどうするんです?」
「枷は直に外れる。あれから逃げていただけなら、しばらくはマールコットを避けるだろう。」
クロノスは直に外れるとは言っているが、いつまで効果が続くのかは俺達には分からない。
糸に絡め取られた魔物たちを見て、御者が少し同情の視線を向けた。
「と、とりあえず出発します!」
「お願いします。クロノス、少しペースが上がるかもしれないけど、大丈夫?」
「問題ない。」
「よし、じゃあ行こう。」
御者の威勢のいい掛け声とともに、馬車は悪夢に向かって走り始めた。
~
「皆さん! 見えてきました!」
その声に、俺達は身を乗り出すようにして前を見る。
渦の大きさを見ると、迷宮都市グリルの時程の大きさではない。予想ではあるが、恐らく小さい魔族しか落下してきていないだろう。
それでも、商人の町であるマールコットでは誰も太刀打ち出来ないかもしれない。
運良く戦える冒険者達が滞在していればいいが、最悪の場合は俺達だけで戦うことになるのか……?
いや、とりあえずは到着してからだ。状況を見て厳しいなら、無理に殲滅することを考えずに避難誘導をメインでやろう。
「皆、戦う準備はしておいて。魔族は恐らく一番小さい奴らだけだと思う。俺は剣があるから一応戦闘に参加するけど、基本的には遠距離から処理できるシロナ達に任せようと思う。」
「ん。」
「問題ないわぁ。道中もあまり魔力を消費する程の戦闘はしてないしぃ。」
「無論。」
皆心意気は十分だ。
そのまま町へ近づいていくと、門の辺りから大勢の人が外へ出てくるのが見えた。
どうやら町の外へ避難しているようだ。
「マールコットの周辺は、あまり魔物がいないのです。それこそ先程遭遇した大群が全てくらいでしょう。外に逃げるのは正解ですね。」
馬車を走らせながら、御者が俺達に説明してくれた。
しかし、俺は嫌な予感がしていた。
俺達が近づいていくと、案の定避難してきた人達が騒ぎ始める。
「ひぃっ! 人型だぁっ!」
「魔族に人型なんて……もうおしまいだ……」
そんなことだろうと思ったのだが、今は悠長に説明している暇はない。
避難誘導をしていた、今は腰が抜けている門番らしき人の近くで馬車を止めてもらう。
「大丈夫です、この人型魔物は全員俺の仲間ですから。通行の許可は貰えますか?」
俺はそう言ってギルドカードを差し出す。
腰が抜けていた門番はギルドカードには目もくれず、俺の言葉に半信半疑ながらシロナやヒサメに視線を移しいていき、従魔証明証である首飾りや腕輪を確認した。
「し、信じられないが本当のようだな……いや、しかし中に入れる訳にはいかない。今魔族が押し寄せてきているんだ。」
「分かっています。少しでも住民の避難を円滑にする為に、避難誘導や魔族の討伐をしようと思っていますから。」
「おぉ、そ、そうか! それはありがたい! 確かに、アラクネやラミアが居るなら……冒険者ランクDか、確かに確認した。無理はしないでくれよ。」
門番に通行許可も取った。後は町に入るだけだ。
俺達は馬車から降りる。これ以上御者を巻き込む訳にはいかない。
「ここまでありがとうございました。外の方が安全なので、外にいてください。」
「えぇ、そうします。頑張ってください。」
「よし、皆行こうか。」
門番や御者、それに周りで騒いでいた人達もいつの間にか静かになって俺達を見送る中、俺達は町中に入っていく。
大勢の避難してきた人達が、左右に分かれて俺達が通る道を作っている光景は、なんだか旅立ちを見送られる勇者みたいで変な気分だ。嫌ではないけど。
しばらく中に向かって進むと、ちらほらと魔族を見かけるようになってきた。見かける度に、シロナ、ヒサメ、クロノスの三人が討伐していく。
シロナもヒサメも魔法の威力が上がっており、時間をかけずに魔族を倒していく。
だが、クロノスの強さはやはり桁が違った。
「この程度か。」
硬糸で細い糸の強度をあげ、それを魔力で操ることにより、魔族達を切り刻んでいた。なんだかピアノ線みたいな……
いや、これあったら無敵なんじゃないか? 強すぎないかこれ。
とはいえ、操る糸の長さや強度の関係で一体ずつしか処理できないようだが、処理の速度が早いので全く問題になっていない。
そんな感じで魔族を処理しつつ町を歩く。目的地はモン娘三人衆に任せてある。
何故かと言うと、モン娘三人衆の方が気配感知に優れているからだ。三人には人の気配がある方向へ行ってほしいと伝えてある。
そして、クロノスが一人目を発見したようだ。
クロノスは乱暴に一軒の民家の扉をこじ開けた。
「ああっ、壊したら駄目だよ!」
「ん? 何故?」
「ユウスケ。緊急時だし、少しくらいは仕方ないわよ。」
「確かにそうだけど……そうか、仕方ないよなぁ……」
お金かかってるからと言おうとしたが、よく考えればグリルの時なんて魔族のせいで潰れた家もあるのだ。
人の命が救えるのなら、扉が壊されるくらいは仕方ないのか……?
いや、割り切ろう。仕方ない。俺達は悪くない。
クロノスに壊された扉の中に、リーニャが入っていく。家の中にいたのは、8歳くらいの女の子だった。
今さっきまで泣いていたであろう女の子は、目を真っ赤に腫らしながらリーニャに抱っこされて出てきたが、モン娘三人衆を見て表情が引きつる。
うーん、確かにこの光景はトラウマ物だろうなぁ。
リーニャが宥めようとしたところで、ヒサメが近寄って女の子の頭をなでた。
「大丈夫よぉ、お姉さん達に任せなさい。」
撫でられた感触が心地よかったのか、女の子はヒサメに笑顔を向けた。
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