34 腐った筈だったのだが
全てが色を無くした。
いや、色は無くなっていない。
何もかもが灰色となっただけだ。
何もする気が起きない。
息をするのも面倒くさい。
今、モンスターが出てきたら俺は一撃で逝けるだろう。
いっそ、そうして欲しいと望む俺が居る。
『ソウタ~~、ソウタ~~、ソウタ~~~~。食べないと死んじゃうよ?』
『ソータ、お前の気持ちは良く解る。だが、ここで負けては何もかもがお終いだ』
煩い奴等だ。どうせ、自分達が空腹になっただけだろ。
ミイとエルが俺を心配して話し掛けてくるが、ウザいとしか思えない。
それに、腹が減って死ぬなら、それはそれで喜ばしいじゃないか。
負けて何が悪い? 負けたらお終いだ? 既に終わってるんだよ。
大体、俺の気持ちが解って堪るか。
一体、どれだけの間、辛酸を舐めてきたと思ってるんだ。
「あぎゃ!あぎゃ!あんぎゃ~~!」
力無く座り込む俺の胡坐の上でキララが騒ぎ立てる。
抑々、お前の所為じゃないか。
俺がお前に何をしたっていうんだ。
恩を仇で返すとはこの事じゃね~か。
そう、俺の心は荒んでいた。
飯を作る気力も、飯を食べる気力も無く、ただただ茫然とダンジョンの中を眺めている。
いや、眺めているようで、何も見ていない。俺の瞳には何も映っていないのだ。
そんな無気力な俺の傍にカオルか近付いてくる。
『颯太、如何するつもりかな?』
あん?如何するつもり?
どうするも、こうするも、終わったんだよ。
俺の抵抗は終了だ。
後は腐肉になるのか、モンスターの餌になるのか、好きにすればいい。
結局は、糞神達を喜ばして終わりなのが、ちょっと悔しいけど、その悔しさをバネにする程の気力も残ってね~~。
『フニャーーーー!』
いてっ、カオルめ、本気で引っ掻いたな。
頬を手で触らずとも流れる血の感覚で、結構な傷になっていると理解できる。
オマケにHPが一減ってら~~。
カオル、あと十回ほど遣ってくれよ。頼むわ~。
『颯太は思ったより心が弱いようだね』
何を言ってるんだ。これで心が挫けない人間なんているのかよ。
彼是、四年の苦労が水泡に帰したんだぞ。
あの、悔しく、苦しく、死にそうな日々を乗り越えて得たものがゼロになったんだぞ。
『もう放って置いてくれよ』
俺の投げやりな念話に、カオルは溜息を吐く。
そして、ゆっくりと話し始めた。
『君は少し甘ったれているようだね。僕は君の様に恵まれてはいなかったよ。ビキニパンツ、いいじゃないか。革のベスト、とってもお洒落だよね。サングラスに、猫耳、猫の尻尾、どれもこれも、それなりに効果もあって最高じゃないか。僕なんて何も無かったよ。スッポンポンのまま、気付いたら五十歳だったんだ。その間、僕はこの大陸で何て呼ばれていたか知っているかい?裸の魔女だよ。変態魔女だよ。あの賢者の石で正気を失った僕は、裸で世界を荒らしまわったのさ。それに比べたら、君なんてマシじゃないか』
カオルのその話を聞いた時、まさか、流石にそれは無いだろうと思ったが、黒猫の瞳からは涙が零れ落ちていた。
猫が感情で涙を流すと聞いた事は無いが、抑々、カオルは猫に見えて猫じゃないからな。涙を流すことを不思議がる事も無い。
『賢者の石の効果が切れた時、僕は死にたくなったよ。この世界の三分の一の生物を素っ裸で殺して回ったんだから』
そんな話を聞いていた脳内嫁エルが割り込んできた。
『それって、狂気の時代にあった魔女の降臨か?』
『そうだよ。人間の世界ではそう言われているようだね』
エルの問いに、カオルは臆することなく答えた。
すると、今度はミイが尋ねてきた。
『男も、女も、犬も、猫も、何もかもを根絶やしにしたって聞いてるわ』
『そうだね。僕が正気に戻った時は、本当に発狂寸前だった。だって、無作為に殺しまくった三十五年間の記憶は今でも残ってるんだから』
流石に、その話を聞くと何も言えなくなった。
自分の悲惨さが、ちょっと転んだくらいの些細な出来事の様に思えた。
だが、そんなものは比較するものでは無い。
俺はそこまで悲惨では無かったが、今からあの苦労をゼロから遣り直す気になれないのだ。
しかし、カオルは笑っていた。
『バカだな~颯太は。これまでの苦労なんて、糞神との戦いを考えればゴミのようなものさ。これくらいで挫けるなら、初めからあの糞神とは戦えないよ』
ぬぐ...... そう言われるとそうかもしれない。だが......
『バカだな~颯太は。キララはリセットされて呪いが解けたじゃないか。君も呪いが解けてるんじゃないのかい?』
なに! マジか? 本当に呪いが解けているのか?
俺は即座にステータスを確認した。
――――――――――――――――――
名前:高橋 颯太
種族:人間
年齢:20歳
称号:超絶変態
――――――――――――――――――
LV:0
HP:10/10
MP:10/10
――――――――――――――――――
STR:10/0/5
VIT:10/0/20
AGI:10/0/30
DEX:10/0/5
INT:10/0/0
LUK:10/0/10
――――――――――――――――――
EX:0/10 ★
――――――――――――――――――
<装備>
金属バット
俊敏の靴 AGI+10
屈強のグローブ STR+5 DEX+5
障壁の腕輪
強力の腕輪
加速のアンクレット
跳躍のアンクレット
黒猫耳 LUK+10
黒猫尻尾 AGI+10
サングラス
黒革のベスト VIT+20
黒革のビキニパンツ
黒いローブ
黒い二―ソックス AGI+10
――――――――――――――――――
アイテムボックス 10マス×100
――――――――――――――――――
装備や補正は良いとして、この世界に来た当初との違いを探した。
そこで、一点だけ初期値と違う部分を見付け出した。
そう、必要経験値が違うのだ。
チュートリアルの時は百だった値が、今は十になっている。
まさか、あの桁外れの必要経験値が呪いであり、それが解除されたのか?
だが、そんな安易な結論があるだろうか。
その時、カオルが訝し気に思う俺に声を掛けてきた。
『まずは一匹倒してみようよ』
カオルは簡単に言うが、今のステータスでは全く倒すことは出来ないだろう。
だが、それまで空気を読んで黙っていたマルカが口を開いた。
「あたしが弱らせるから、それをエル姉様でガツっとやれば倒せるんじゃない?」
更に、カオルが付け加えてくる。
『僕のあげた指輪があるから、経験値の上りも良いと思うよ?』
なんかこいつ等って、引篭もりを外に連れ出そうとする家族みたいだな。
そうか、俺は引篭もりと同じなんだな。
まあいいや、取り敢えず、諦めるのは一匹倒してから決めよう。
俺はローブでキララを背負い、エルの精神が宿る大剣を取り出す。
「ぐあっ、重て~~~~~!」
『な、な、な、なんだと~~~~~~!』
脳内嫁が俺の一言で発狂する。
『いやいや、俺の力が初期化された所為だ。別にエルが重たいと言っている訳ない』
『ぬぬぬ。それなら良いのだ......』
どうやら、納得してくれたようだ。
エルの対応で汗を掻いていると、マルカが一匹のモンスターを釣ってきた。
更に俺の前で、そのモンスターをハルバートで殴り捲っている。
「はい。お兄ちゃん、どーぞ!」
ヨレヨレになったモンスターを和やかな笑顔で俺の前に差し出すマルカ。
これじゃ、養殖じゃね~か。
そんな愚痴を溢しつつ、精一杯の力で大剣を振り上げてモンスターを斬り付ける。
だが、モンスターを一撃で分断していた剣筋が見る影も無くなっていた。
それでも、大剣を何度か振り下ろしていると、モンスターが霧となって消える。
すると、レベルアップの音声が脳内で流れ、すぐさまステータス画面を呼び出して確認する。
「えっ?」
『ど、どうしたんだい?』
俺の驚愕に、カオルが慌てて尋ねてくるが、どうしても声が出てこない。
何度か目を擦りながら、ステータス情報を確認するのだが、どうやら間違いではないようだ。
『レベルが十四になってる』
驚きを抑えつけて、何とか振り絞って答えたのだが、カオルはそれほど驚く事は無く、納得の表情をしていた。
『まあ、指輪の効果があるから、呪いが無ければそんな処かな』
それにしても、チュートリアルと違い過ぎだ。
オマケにカオルの指輪で全てが十倍になってるから、飛んでも無い事になっていた。
唯一変わっていなかったのは、スキルポイントがレベルに関係なく毎レベルで一だった事だ。
まだ、ステータスは上げてないが、一部を参照すると次のような感じだ。
――――――――――――――――――
LV:14
HP:446/446
MP:173/173
――――――――――――――――――
STR:24/0/33
VIT:10/0/48
AGI:32/0/44
DEX:30/0/47
INT:10/0/14
LUK:10/0/24
――――――――――――――――――
EX:1,324/9,905
――――――――――――――――――
PT:2310
SP:140
――――――――――――――――――
確かに、必要経験値が驚愕する程に低くなった。
これはカオルの言う通り、リセットで呪いが解けたと考えた方が良さそうだ。
ただ気になるのは、ここのモンスターの経験値は一匹辺り一万以上だった筈だ。
オマケにカオルの指輪で経験値は千倍となる筈なので、この必要経験値からすると、もっとレベルが上がってもおかしくない。
だが、レベル十四で止まったという事は、マルカが痛めつけた分の経験値は俺に入らないという事なのだろう。
まあいい、それよりも呪いが解けたのがとても嬉しい。いや、呪いが解けているのだとすると......
となると、この衣装も変えられるのか! マジか! やったぜ!
いやいや、それよりもステータスだな。
以前ならLUK全振りなんだけど、現状を考えるとそういう訳にもいかないだろう。
という訳で、万遍無く振ってみた。
次にスキルだが、以前と同じで良いだろう。
ただ、エルが剣スキルを取れと煩いので、そちらを優先させる事にした。
結局、色々と悩んだ結果、次のような感じになった。
――――――――――――――――――
名前:高橋 颯太
種族:人間
年齢:20歳
称号:超絶変態
――――――――――――――――――
LV:14
HP:446/446
MP:173/173
――――――――――――――――――
STR:24/500/33
VIT:10/410/48
AGI:32/500/44
DEX:30/500/47
INT:10/200/14
LUK:10/200/24
――――――――――――――――――
EX:1,324/9,905
――――――――――――――――――
PT:0
SP:7
――――――――――――――――――
<スキル>
回復5 MP10/HP50×23
解毒5 MP10/100%
解呪5 MP10/100%
火魔法5 MP10/MATK100×23
土魔法5 MP10/MATK100×23
水魔法5 MP10/MATK100×23
風魔法5 MP10/MATK100×23
雷撃5 MP20/MATK200×23
炎竜巻5 MP20/MATK200×23
剣攻撃強化5 ATK+100%
斬撃5 MP10/ATK+100%
超斬撃5 MP60/ATK+600%
ヒート5 MP10/+100%
ハイヒート5 MP30/+200%
HP回復向上5
SP回復向上5
――――――――――――――――――
<装備>
金属バット
俊敏の靴 AGI+10
屈強のグローブ STR+5 DEX+5
障壁の腕輪
強力の腕輪
加速のアンクレット
跳躍のアンクレット
黒猫耳 LUK+10
黒猫尻尾 AGI+10
サングラス
黒革のベスト VIT+20
黒革のビキニパンツ
黒いローブ
黒い二ーソックス AGI+10
――――――――――――――――――
アイテムボックス 110マス×9,999
――――――――――――――――――
一応、スキル構成はこれまでと概ね同じなのだが、大きく変わったのはやはり剣スキルだ。
それ以外の違いと言えば、HP回復向上とSP回復向上だ。
これは、他のスキルと違って一レベル一ポイントで取得が出来なかった。
ということで、この二つのスキルをレベル五まで取得するのに六十ポイントが必要となったのだ。
それ以外にも、新たなスキルを見付けたのだが、これまでと違って軒並み必要ポイントが多かった。そこで、無理に全てのポイント消費せずに、中途半端なポイントは残すことにしたのだった。
「じゃ~、お兄ちゃん、次のを連れて来るよ~~」
ステータス更新を終わらせた俺が、テントの内外に山積みされたアイテムを収納していると、マルカが次の敵を連れてくると言うので黙って頷いておいた。
すると、マルカは直ぐに一匹のモンスターを連れて来てボカボカと殴り始める。
「これくらいで良いかな?」
「ああ、ちょっくら試してみるわ」
レベルが上がり、ステータスが上昇したことから、今度は大剣がそれほど重いとは感じなかった。
「ヒート!」
スキルを使用し、更にステータスを上昇させた状態で、半死のモンスターに大剣を振り下ろすと、今度は見事に真っ二つとなって消えて行った。
すると、またまたレベルアップを知らせる音声が流れる。
直ぐにレベルをチェックすると、今度はレベルが一つだけ上がっていた。
レベル十五に上がるのに必要な経験値が約一万であり、レベル十六に上がるのには約一万七千の必要経験値となっている。その辺りから考慮すると、レベル一からレベル十四までの合算でも、それほど多くの経験値を必要として無かったという事だろう。
まあいい。この調子なら直ぐにステータスは元に戻りそうだ。
まずは、元の状態に復帰させる事を目指そう。
「マルカ、悪いがもう何回か連れて来てくれるか?」
「りょう~か~~い」
キララに噛まれたことでステータス初期化なんて目に遭ったが、結果的にはそのお蔭で呪いが解除された。
もしかしたら、これはキララからの贈り物なのかもしれない。
ほんの一時間くらい前までは腐りきっていた俺だったが、レベルがサクサクと上がり、ステータスがあっという間に向上した事で、すっかり調子を取り戻すのだった。




