皿屋敷
皿屋敷、という有名らしい話を知っているか。だが、私は知らない。というか、何処かで聞いたことはあるが記憶は曖昧を帯びている。まず、女の名がいまいち、確か化けて出るのは女の方で、怖い感じの、あ、お岩サンという名ではなかっただろうか。そして屋敷と言うからにはやはり立派な人が主人なのであって、極めて立派な人というのは徳川家康公であろう。なにせ話が古いものだから、江戸城なども出てくる。皿屋敷は日本書紀にも出てくるのだ。家康公の屋敷で住み込みの女中をやっていたお岩サンという女がゐた。ゐました。いえ、まだ雨は降っておりませぬ。家康公は大抵夜中に女をはべらすのが趣味でしたから、お岩サンもそのはべらせられた女のひとりであった。はべりぬ、はべらべらせばびぬ。ある宵にお岩サンはビクトリアという女中と言い合いになって、修羅場となった。女たちはよく「家康公の女は私であって、貴方はただの付き人であります、まします」というような事で揉めあった。揉めるっつったって一晩に7Pとかしてんのに自分が家康公の女だみたいなこと言われましても通用しません。が、なぜか女たちは気付かなかった。たぶん、そこがいわゆる《物語的》な部分で、主人公補正的なものがかけられており、まあ、実際だったらそうはならないでしょう、というところを本文から抜き出して5字で答えなさい。で、そのモザンビーク調の高級家具のビクトリアとお岩サンは修羅場となった。まあ、修羅場と言いましても、モザンビーク調の高級家具ですから。出来ることといえば、「ある」か「いる」くらいだったのですが、「いる」は生命に対する存在をあらわす存在詞なのでここではやはり「ある」でせう。お岩サンはカッとなり、モザンビーク調の高級家具であるビクトリアを蹴り飛ばしてしまいました。ビクトリアから血しぶきがあがりました。お岩サンはビクトリアを屋敷にあった井戸に捨てました。そう、これが後に伝説となった、あの貞子が出る井戸です。ビクトリアは井戸に落ちてゆきざま「おいてけ~」と言いましたが、何を?ドボン。これが怨念のはじまりでした。死んで思念になってしまえば人間だってビクトリアだって一緒ですからね。それ以降その井戸から「いちまーい、にまーい、サンマルク、、、」と声がするようになった。家康公はそれを聞いて考えた。「何を?」1枚、2枚、のように聞こえます。「何を?」扇子ではなさそう。天婦羅蕎麦のセイロでもなさそう。あっ、そういえば居間に置いてあったモンステラ風の粉山たぬきの彫像が無くなっている!それか、お岩サンの仕業かも。さすがは一国の主たるもの、勘がよひ。さっそくお岩サンを呼びつけ、粉山たぬきの彫像について聞いてみた。「これをどう捉えますか」「無とは有の変解した姿であり、無を有たらしめることも、また有を無たらしめるのもわたしどもの心ひとつ。これを以ってして自我の所在は不明瞭なのであり無知の知的なものの発端であります」とお岩サンはもっともらしい事を口にした。家康公はさすがにやられてしまい、仕方なく全容をお岩サンに打ち明けた。実際井戸に行ってみると「いちまーい、にまーい、サンマルク、、、」と聞こえる。お岩サンはもちろん全て知っていたので即座に「皿、じゃないですか?」と言った。家康公は電撃が走ったようになって「皿だったのか!!!」と叫びました。
これが日本書紀にも載っている、かの皿屋敷ではなかったか。