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最終話『決着』

 あの都市襲撃戦から二ヶ月が経った。

 この二ヶ月は俺にとって地獄のような日々で、作戦行動で遠出しては、帰るなりすぐまた出動ということの繰り返しだった。家にはまともに帰れないし、シャワーもロクに浴びれ無いことも多かったのだ。

 一時期など、軍の駐屯地泊まりなどざらで、酷いときは移動中に睡眠を取るということまであった。まるで軍に完全に復帰したかのような錯覚に陥ったが、俺がいた頃でもここまで働かされたことはなかったように思う。

 唯一の救いは、レウのアホが元気を無くさないでいてくれたことくらいだ。他の連中とも再会して――一部と遺影での再会だったが、それでも懐かしいやら気まずいやらで忙しかったのだが、やはりレウだけはそんな連中の中でも特別なのだと感じた。

 ここまでの戦闘での人類の戦績は、中々良い。あの巨大インベーダー――インベーダー・グランドと名づけられた奴が出現しなければ、圧勝。出現したら勝てないので撤退、といった感じだ。

 インベーダー・グランドには、超大型兵器、それこそ都市に備え付けという規模のものならまだ通用するが、大型の攻撃用航空機に積み込めるサイズの兵器では太刀打ち出来ない。だから、強化外骨格に積める程度の兵器でどうこうできるはずもないのだ。

 あと、この二ヶ月で何度か都市が襲撃されることもあった。もちろん第四要塞都市以外も襲撃されたらしいが、いずれの都市も都市主砲や強化外骨格部隊によって迎撃し、持ちこたえ、今のところ大きな損害は出さずにすんでいる。

 大きな損害が出ていないもう一つの要因としては、インベーダー連中の、都市攻略が不可能とわかるとあっさり手を引いて攻めてこなくなる、という行動方針に起因しているだろう。

 もうひとつ追加すると、俺の危惧していた荷電粒子砲をも防ぎきるインベーダーは、今のところ現れていない。……そんな化け物、願わくば一生現れないで欲しいところではある。

 ちなみに、俺のいる部隊がこれまでの戦闘でガラス片に変えたインベーダーの数はすでに三桁を突破している。いよいよ、この星では増えてないという情報が疑問になってきた。まあ、それもそのうちわかるだろうから、今は深く考えていないが。

 ……インベーダーのことは未だによくわからないことだらけだ。それに加えてレウが教えてくれたME信者のことも気になる。今のところ不穏な動きは見えないが、それらしいアクションを起こしてくるのはこれからだろうから、まだまだ気は抜けない。


 さて、今俺は軍の保持する輸送機の中にいて、“最後の”作戦行動を言い渡されたところである。

 そう、奴らの母体とも言える隕石本体が見つかったらしく、これから各都市の部隊と連携を取って、それを叩くのだ。

 俺の視界には、比較的広い金属剥き出しの部屋の中で、十数機の強化外骨格がハンガーで干された洋服の様に、機械で固定され吊るされている様が写っている。もちろん俺も、その吊るされたお洋服の一着なわけだが。

 それにしても暑い。輸送機というのは何故こうも蒸すのだろう。まあ強化外骨格に身を包んだ十数名の人間が無造作に突っ込まれれば、こう暑くもなるのは頷けるが、なんとかならないものだろうか。

 俺は今まで旅客機というものには乗ったことがないが、非常に快適で、他の乗客のマナーも良く、食事も出されるなどという話を聞いたことがある。これとは正反対の乗り物のようだ。一度でいいから楽しんでみたいものだ、このような、荷物をぶち込むスペースだ、と言わんばかりの場所ではないところでの空の旅というものを。

 ああ、事務所でコーヒーを飲んでだらだらしていたあの頃が懐かしい。たった二ヶ月前なのに、酷く昔のことのように思えてくる。そんな俺のカフェイン中毒が伝染したのだろうか、隣の強化外骨格から、

「……タバコ吸いてぇ」

 などという声が聞こえてくる。かれこれ二時間近くこうして荷物をやっているのだから、普通のニコチン中毒者なら、吸いたくなる頃合なのだろう。俺は、タバコは吸わないからよくわからないが。

 さて、そんなことを思っていると、

「そろそろ目的地に着く。全員装備を再確認の上、作戦行動表にも再度目を通しておけよ」

 トナス隊長からの通信が全員に届く。トナスは今この場にはいないが、別動機で戦場には来るようだ。中佐なのに前線指揮を取らないといけないというのは、この部隊だけだろうな。

 さて、模倣的軍人な俺は言われた通り、装備を再確認することにした。というか、機体のコンピュータに移してあるレヴォルが何も言わずに俺の目の前のメインモニタに表示してくれたのだ。相変わらず出来た奴だ。

 【左腕:ガス圧式20mm徹甲弾×150発・左肩:徹甲榴弾×10、右腕:DAP弾×50発、右肩:焼夷徹甲弾×10発、背中:白熱刀×2本。

 このDAP弾――ダイヤモンド・アーマー・ピアシング弾というのは、この二ヶ月で軍が開発したインベーダーにダメージを与えられる弾丸である。ガラスを加工するときに使うダイヤモンドカッターにヒントを得たようで、弾頭に少しダイヤモンドが使われているという特殊な徹甲弾だ。

 口径は拳銃弾と同じ9mmだが、弾の先端の鋭く加工されたダイヤモンドが、インベーダーの強化ガラス装甲をぶち抜いてくれるのだ。欠点は、材料の希少性や加工の難しさから来る、量産が難しいという点。最終決戦ですら一人50発までしか用意出来なかったようだ。

 本来、宝石であるものをこのように使うのは少し勿体無い気もするだろうが、どうせ人工ダイヤや売り物にならない屑ダイヤをかき集めているらしいから、気にしなくてもいいだろう。

 あと、白熱刀が二本あるが、これは白熱刀の耐久性の低さによるものだ。白熱刀は、内部に高温を発するための機構を積んでいるので、あまり高い強度には出来ない。それに加えて、高温になるという性質上、使用中の強度はさらに低くなってしまう。

 当然、強化外骨格のフルパワーで調子に乗ってバシバシとインベーダーを殴り続けると、簡単に折れたり壊れたりしてしまうため、予備が渡されているというわけだ。

 さて、装備の確認は終わった。次は作戦行動だ。すでに頭に入ってはいるが、念のため、再読しておく。

 えーっと、ヒトヨンマルマルヨリ……何もそのまま読む必要はないな。要約すると、十三時から爆撃機による絨毯爆撃が始まり、その後十四時より俺たち強化外骨格部隊を空挺降下により展開し、地中で爆撃を逃れた敵を殲滅、その後殲滅が終わり次第敵本拠地制圧ということだ。

 さっきのニコ中とは反対側の隣にいるレウも作戦行動を再確認しているようで、

「うへぇ……」

 というよくわからない声を出している。大事な作戦前だ、何か重大な問題だったら困るので、一応声をかけておくか。

「……レウ、どうかしたか?」

「あたし、空挺降下嫌いなんだよね。こう、お腹の下の方がさ、きゅーってするじゃん? 何度見直しても、空挺降下って書いてあるなぁって思ってね……」

「……我慢しろ」

 わからなくはないが、どこまでも緊張感のない奴だ。このノリがありがたかったこともあるから、文句は言えないが。

 さて、そんなレウと他愛も無い会話をしていると、とうとう空挺降下の時間になった。全員の背中から固定器が外され、手すりにつかまりながら機内の床に足をつけると、機内前方の扉が開き突風が駆け抜けた。

 その後、前にいる奴から順番に、淡々と外へ飛び出していく。俺は後ろから二番目、レウの次だ。

 皆、ポンポン飛び出していくので、あっという間にレウの番になり、何故か飛ぶ前に俺の方を振り返った。強化外骨格のマスク越しなので表情はわからないが、残念なことに歯医者で順番が来た子供のような顔が容易に想像が出来る。

 そんなやりとりの後、レウも意を決して飛び出した。さて、俺も飛ばないとな、と思い突風に身を任せ、輸送機の外へと身を躍らせた。


 空に飛び出し、落下していると確かに、レウの言うとおりお腹の下の方がきゅーっとしてきた。俺はこの自由落下の浮遊感が好きな方なのでなんともないが、苦手な人はホントにダメなのだろう。

 落下しながら下に目をやると、先に飛んだ奴らのパラシュートが、大小それぞれの花が咲いている光景にも似て見えた。そのさらに先には、爆撃によって焦げた大地も見えるが、この距離だと敵の姿までは確認出来ない。

 規定高度まで自由落下したので、俺もパラシュートを開く。そしてそのまま地表10mまで降りると、そこでパラシュートを切り離し、脚部から圧搾空気を噴射する。

 ラスト10mは、降りたときパラシュートに絡まらないようにするため、圧搾空気の噴射で姿勢制御と着地を行え、という軍からの指示があるのだ。確かに、割と懸命な指示だと思う。

 無事に絡まることも無く着地した俺は、先に行った部隊を追って、北へ前進する。俺たちが降りたのは、敵本拠地があるとされている場所から1kmほど南に位置するところで、一番空挺降下に適していて、敵本拠地に近い場所らしい。

 ちなみに敵本拠地の場所というのは、空を飛び回っていた捜索隊が微弱な電波をキャッチしたことから判明した。先遣調査隊の報告では多数のインベーダーが確認されているとのこと。

 敵も出ないのでさくさく北上していると、一つ先に行っていたレウにすぐに追いついた。レウが少し飛ぶのを渋っていたせいか、レウより先に飛んだ奴らは大分前を移動しているので、小さくしか見えない。しかし、レウにだけすぐ追いつけたということは、こいつパラシュート開くの早まったな。

 完全に追いつき、横並びで走るような形になったので、通信で声をかけるか。

「追いついたようだな」

「わっ! 早いね。どうしてー?」

「お前が遅いだけだ。パラシュート早く開きすぎなんじゃないのか?」

「あ、バレた? なんか怖くなっちゃってさー」

 そんなことを言いながら走っていると、急に地面が揺れ出し、俺たち二人の周囲で大量の土を噴出しながら、無数のインベーダーが地面から這い出した。数はざっと見て、200体はくだらないだろう。

「……多いね」

 レウが真剣な声でつぶやく。

「確かに多いな。これは、まんまと敵の罠に誘われたか?」

 敵が自陣のど真ん中に来るまで隠れているとは、なかなか知恵の働く奴らだ。どうやら、俺たちより前を行っていた部隊や、後方にいた部隊も同じような状況にあるらしく、あちこちで銃声や爆発音が聞こえ始めた。

「レウ、背中は任せたぞ」

「オッケりょーかい!」

 そう言い合って、レウと背中合わせになる。現在360度敵に包囲されているが、こいつといると、なんとかなるだろうという気になる。

 俺とレウは背中合わせのまま、その場で半回転しながら、焼夷徹甲弾をそれぞれ五発づつ敵の群れに撃ち込んだ。俺たちの周囲は弾の撒き散らした可燃液のせいで完全に炎に包まれたが、その炎の中でガラスの爆ぜる音も聞こえる。この量の敵なら、おそらくこれが正解だろう。

 しかし、敵も黙って焼かれているわけではないらしく、前列にいた奴らが炎を突っ切ってこちらに向かってきた。俺たちはこれを迎え撃つべく、即座に白熱刀を構える。

 振り下ろされるツルハシをかわし、白熱刀を突き立てる、と、小気味のいい音と共にガラス片の出来上がりだ。さらに強化外骨格の視野範囲を限界まで拡大し、360度全てを視野に入れ、後ろからの奇襲もかわし、そちらを向きもせずに、連続で白熱刀を突き立ててゆく。

 視界の端でレウの様子を確認すると、レウも同じように白熱刀でインベーダー相手に無双していた。

 俺が、身体の反射に任せるままにインベーダーを砕いていると、不意に、インベーダーが一体が無防備に目の前に躍り出た。よくわからないが、身体は反応し、白熱刀を突き立ててガラス片に変える。

 しかしすぐにこれが罠だったと気付いた。白熱刀を押し当てている一瞬の隙を狙って、俺の背を突き刺すべくツルハシを振り上げている奴が目に入った。故意に犠牲になってまで、俺を殺しにかかるとは見上げた根性だ。だが、これは不味いな、避けられない。

 そう思ったそのとき、DAP弾が連続で飛んできて、インベーダーのツルハシ、胴体、関節を粉砕した。

 弾の飛んできた方を見ると、言うまでもなくレウがいるのだが、こいつ、右手で白熱刀を振りながら、器用に左腕だけこちらに向けてインベーダーを射撃したらしい。なんというバトルセンスだろう。

「これでもう一個貸しだからな!」

「わかった。帰ったらまた飯奢ってやる。それとも、今度は酒にするか?」

「あたし下戸!」

 それだけ言葉を交わすと、また戦闘に戻る。それにしても、インベーダーが徐々に知恵を付けてきていて非常に厄介だ。まさか自滅までするとは、誤算だった。


 そしてもう一つだけ、誤算があった。焼夷徹甲弾では白熱刀ほどすぐにインベーダーを倒せないのだ。焼夷徹甲弾の可燃液を被ったインベーダーが、この乱戦に燃えた状態で突っ込んできて、辺りに炎を撒き散らしていた。

 じわじわと侵食する炎のせいで、俺たちの戦えるスペースは徐々に減りつつある。ガス圧で動く強化外骨格は炎の中では、上手く吸気が行えないせいで、戦えない。

 それに加え、強化外骨格の表面装甲の特殊強化カーボン素材は、金属に比べ圧倒的に軽く、非常に丈夫という利点はあるのだが、構成元素の関係上熱というか炎にめっぽう弱い。

 燃えるわけではないが、長時間炎にさらされれば、強度はガクっと落ち、装甲としての形を保てなくなるだろう。

 それ以前にこの素材及び強化外骨格には断熱性がないため、装甲うんぬんの前に中の俺たちが丸焼けになってしまう。

 とうとう、残りのスペースは俺とレウが立っていられるだけになってしまった。炎はインベーダーにダメージを与えてはいるが、まだまだ元気な奴が多い。

「エヌ……どうしよ……」

 再び背中合わせになったレウが弱気な声を出す。どうするって一つしかないだろう。

「飛ぶぞ」

 端的にこれからの行動を告げる。俺たちに残された逃げ場は、空以外にない。

「やっぱりか。やっぱり飛びますか。せっかく地面に降りたのに、また飛び上がるのかぁ……」

 そう言ってレウは俺の機体の肩を掴み、俺もレウの機体の肩を掴む。

「ここで丸焼きにされるのに比べたら、浮遊感なんて可愛いもんだろ? さあ文句言ってないで飛ぶぞ。言わなくてもわかるだろうが、二段方式で行く。3……2……1!」

 俺のカウントに合わせて、肩を掴み合った二体の機体は大きくジャンプをし、それに合わせてまず俺の機体が圧搾空気を脚部から噴射し、跳躍力を増強する。

 そして、俺の機体のガス噴射が終わったタイミングで、レウの機体が空気を噴射する。これにより通常一機で飛ぶより長く飛べるのだ。最大高度は大体7~8mといったところか。 

 そこから先は、片方の機体がガスを噴射している間に、もう一機が吸気をするという感じに、交互に空気を噴射させ飛んでいった。しかし、これでもかなりの勢いで高度は落ちていく。

 それもそのはず、一回の噴射時間で満タンまでの吸気は不可能なので、どんどん最大ガス量は減っていき、ガス噴射時間も短くなっていくのだから。

 そうやって二機の噴射を使いまわしながら頑張って距離を稼いでも、炎の壁の向こうは果てしなく遠い。この分だと、炎の中に落下するだろう。

 仕方ない、やりたくは無いが、奥の手だ。レウを掴んでいた手を片方放し、肩と背中の間くらいにある弾薬パックから徹甲榴弾を一発取り出す。

「ちょっ! 何する気!? いや、なんとなーく想像はつくけど!」

「多分、その想像は正解だ。まあ強化外骨格の中でボイルされるよりはよっぽどましだろう」

 そんなやり取りの後、後方に向かって取り出した弾を投げ、弾が近くにあるうちに、左腕の徹甲弾でそれを打ち抜く。すぐにレウを抱きかかえ、榴弾に背を向けるように空中で無理に動く。

 そんな動きの動作中に、投げた榴弾は激しい爆発を起こし、俺とレウを炎の壁の外まで打ち上げて吹き飛ばしてくれた。

 無事に着地出来たレウは、方膝を付く俺に手を差し出しつつ、呆れた様子で声をかける。

「うへぇ。相変わらず無茶なことするね」

「まあ、な。あれ以外に方法も思いつかなかったのだから、仕方ない」

 装甲にやや損傷を受けた俺は、レウの手を取って立ち上がりながら、そう返した。

 立ち上がって周囲を確認すると、俺たちは炎の壁と同時にインベーダーの包囲も突破出来たようだった。

「まー、無事だったんだし、いっか。先進もう」

「そうだな。こんな作戦、いや、こんな戦争、さっさと終わらせてしまおう」

 そう言って、さらに北へと向かって、俺たちは走り出した。後ろの炎の中ではまだガラスが爆ぜているようだった。


 敵本拠地へと向かって走る中、多数のインベーダーの亡骸を見た。どうやら先に行った部隊は上手くやっているらしい。走りながら横目で観察した亡骸は、どれも熱による攻撃で倒されているようで、白熱刀が本当に優秀な兵器だと俺に再認識させてくれた。

 だだっ広い荒野を走り続けていると、俺は視界の先で嫌なものを見つけてしまった。

「インベーダー・グランド……」

 思わずつぶやいた、遠くでも一目でわかる巨体の持ち主は、現在完全に沈黙している。近づくにつれて、インベーダー・グランドがどんな状態にあるのかも見えてきた。

 歪に変形し、ぬるぬるした泡立ちのある液体で濡らされ、関節などの突起はなくなっている。

 そう、溶けているのだ。

「あれ、作戦会議で言ってた新兵器でやられたんだよね?」

 インベーダー・グランドの惨状を見たレウが聞いてくる。今、全容が見えてきたが、なかなか酷いものだ。

 巨大な円盤状だった胴体は、ドロドロに溶かされて、液体が滴っている。分厚い装甲も見るも無残に溶けてなくなり、関節部からは内部構造が丸見えだった。

「多分な。弗酸弾だったか? 凄い威力だな」

 弗酸――フッ化水素酸は、ガラスに含まれる珪素と反応して、それらを腐食させる酸で、これを濃縮して弾に込めたものが、弗酸弾だ。

 金属弾頭が溶けるせいで使えないこの弾丸は、強化プラスチック製で出来ており、その関係でサイズが大きく、取り扱いも難しいので携行兵器にはならなかった。

 インベーダー・グランドはおそらく、絨毯爆撃でおびき寄せられて、弗酸弾を多数浴びせられたのだろう。それにしても珪素を溶かす酸での攻撃は、効果覿面のようだった。

「なんか、怖いね。あれだけ強かった奴を簡単に倒せちゃう、こんな兵器作っちゃうなんてさ」

「そうだな。この分だと、次辺り地形を変えるレベルの戦闘になりかねない。これ以上の戦闘のスケールアップは勘弁願いたいな。これで最後の戦いにしよう」

「うん。でも……」

「……ああ。わかってる」

 ME信者どもの、敵星侵略計画なんて馬鹿げたことは、止めなくては。

「先を急ごう。この戦いを、終わらせるためにも」

「うん」

 俺たちは、インベーダー・グランドの亡骸を通りすぎ、さらに先へと進んでいった。


 先に向かうと、大きな岩が目立つ場所に出た。視界の先には、溶けたインベーダー・グランドが6体ほど横たわっているのが見える。

 さらに先では、インベーダー・グランドたちの亡骸の向こう側で、戦闘が行われているようだが、こちらからでは直接見ることは出来ない。

 進もう。先で戦っている仲間に加戦しなくては、と、思い走り出した直後、腹に激しい衝撃を受け、よろける。

 衝撃の瞬間、腹からパキーンと、ガラスが砕けたような音が聞こえた。

 狙撃だ。と、理解するが早いか、手近にある岩の陰に転がり込むように隠れる。

 移動中後頭部の方で、空を切る音がしていたが、どうやら俺がいた場所を二、三発の弾丸が通過して行ったらしい。レウも俺の様子をみて理解したようで、俺のすぐ傍にある別の岩の陰に隠れた。

 岩の陰で損傷度合いを確認するが、装甲が少し凹んでいること以外、特に問題は無いようだ。強化外骨格の頑丈さに感謝しなくては。

 それにしても、飛び道具を持った奴まで出て来るとは、驚きだ。いよいよ敵にも生物らしさが無くなってきた。もとからほとんどなかったが。

 しかし、これは不味い状況だな。強化外骨格の装甲を凹ますほどの威力の弾を連射でもされれば、こちらは確実に動けなくなるし、当たり所によっては、戦闘不能は間違いなしだ。

 とりあえず、様子をうかがうべく、岩から少し頭を出し、外の様子を見る。すると、すぐさま空を切る音が、俺の頭部少し横を突っ切っていった。

 いそいで頭を引っ込めると、その後も少し、敵の弾が岩の横を通過する。敵は、レウには敵わないが、なかなかの腕を持っているらしい。さて、今の動きで俺は敵を見ることは出来なかったが、カメラは見れたはずだ。

「レヴォル、先ほどの様子をスローで再生してくれ」

「了解です」

 レヴォルに頼んでスローで注視した映像には、インベーダー・グランドの亡骸のすぐ傍で、俺の方を向く二体のインベーダーの姿があった。

 距離があるので正確にはわからないが、サイズは通常のインベーダーより少し大きいくらいか。見た目は他のインベーダーよりもインベーダー・グランドに似ており、四肢や胴体を始めとする各部に、分厚い装甲が追加されている。

 さらに、その両肩ともいうべき部分に、銃口にも似た穴が空いており、恐らくそこから弾丸を発射してきたのだろう。インベーダー・シューターとでも呼ぼうか。

 かなり厄介な敵なのは間違いないが、これで位置は掴めた。

 ふと、足元を見ると飛んできた弾丸が、一発だけ岩の横の砂に突き刺さっている。すばやく拾い上げてみると、それは拳銃弾サイズの丸いガラスの弾丸だった。よく見ると、一部その球体が窪んでいる。これは、

「ホローポイント弾……」

 思わず口に出してしまう。驚いた。このガラス弾は、ホローポイント弾――生物に対する殺傷能力を高めた細工をした弾頭――だったのだ。まさか、そんなものを打ち出してくるなんて、一体どういうことなのだろう。

 だが生憎こちらは今強化外骨格だ。生身なら、これほど怖いものは無いが、装着している今なら、そこまで恐れる必要は無い。

 先ほど、腹に攻撃を食らったとき砕けていたようだったが、ホローポイント弾は弾頭がやわらかい方が殺傷能力が上がる。そんな理由でインベーダー・グランドなどの装甲に使われている例の強化ガラスを使った弾ではないのだろう。これも、こちらにとっては好都合だ。

「レウ、右の奴を頼む。俺は左にいる奴をやる」

「オッケー。でも、どうすんの? この距離だと飛び出して行っても的にされるだけだよ?」

「狙撃をする上で、嫌なことってなんだと思う?」

「ターゲット以外からの攻撃とか、伏兵や何かに接敵されることとか? あと嫌かどうかわかんないけど、気にするのは風向きとか日照角度なんかかなぁ」

「もっと根本的なことがある。それは、」

 岩の陰から、左肩を出し、即座にトリガーを三度引く。三発の徹甲榴弾が発射されるも、照準はまともに合わせていないので当たるはずも無く、どれも敵手前の地面で爆発を起こす。

「射線が通らなくなることだ。さあ、接敵するぞ」

「なるほどね。よし!」

 先ほどの爆発で、敵とこちらの間に砂と土のカーテンが出来上がっていた。これで正確な狙撃は不可能。敵までの距離200mほどを、土煙が晴れるまでの間に、圧搾空気の噴射を利用したダッシュで、一気に距離を詰める。

 走る中、敵からの射撃があったが、全く見当外れで、当たらない。土煙の前まで来た俺は、さらに焼夷徹甲弾を打ち込む。煙の向こうで炎が広がったのを確認すると、土煙の中へ飛び込んだ。


 分厚い煙の壁を突破すると、丁度炎から這い出したらしいインベーダー・シューターと鉢合わせた。非常に近いが、予想通り。白熱刀の射程内だ。

 インベーダー・シューターは焦ったように体勢を立て直そうとするが、遅い。俺が右手の白熱刀を奴の左肩の銃口に突き刺すと、左肩の銃は、肩を覆う装甲とともに砕け散った。

 だが、相手もそれだけで倒されるわけではないようで、左肩が砕けると同時に、壊れた肩を庇うように左側面を引き、俺の左側に回り込むように身体をひねる。

 敵はその間に即座に残る右肩の銃で射撃をし、パパパパッ……という静かな射撃音が俺の耳にも届く。予想の付いていたことだが、敵もガス圧で弾を発射しているらしい。

 俺は圧搾空気の噴射で敵とは反対方向になる右側に飛び、なんとか敵の射撃を回避する。

 だが、

「くっ…… そういうことか……」

 敵の狙いは俺ではなく、俺の右手に握られた白熱灯だったようで、2~3発の弾丸が吸い込まれるように白熱刀に命中してしまった。被弾した白熱刀は、中ほどからピシッパキィという嫌な音を立てて、折れてしまった。もう一本あるとはいえ、不味い状況だ。

 折れた白熱刀を手放し、右腕側面についている銃を敵に向けると、敵も後退し体勢を立て直したようで、右肩の銃を今度は俺自身に向けている。後退した敵と俺は、炎と土煙の間の通路で相対するように立っている。互いの距離は5mほど。

 銃口を向け合ったまま、時が止まったかのような錯覚に陥った。全力でトリガーを絞りにいっているはずの指が、酷くゆっくり動いている様に感じる。右側で揺れている炎も、左側で風に流れる土煙も、何もかもがスローモーションに映って見える。まるで西部劇のガンマンだ。雷管を叩く撃鉄の音と同時に響く銃声も、マズルフラッシュもないので、全く絵にならないとは思うが。

 こういった経験は初めてではないが、ここまで時間が止まったように感じるのは初めてだった。今なら100m先の米粒だって打ち抜ける気がする。敵の動きが、周囲の空気の流れが、俺の銃口の小さな動きが、敵の微かな駆動すらも、何もかもが見えている今なら。

 俺の右手の銃口から、DAP弾が発射され、それと同時に敵の右肩からも、ガラス製の弾丸が飛び出す。二つの弾は、ギリギリぶつからずに交差し、それぞれの敵に向かっていく。

 俺の放った弾丸は、正確に飛んでいき、敵の銃口に突き刺さり、そして、肩の装甲ごと、敵の銃を破壊した。一方敵の弾丸も、俺の銃を正確に捉え、銃口ではないが、俺の右腕側面の装甲にダメージを与えた。

 被弾した俺の右腕が跳ね上がるが、俺の感覚はまだ研ぎ澄まされたままだ。跳ねる腕の中で、再度標的を狙える瞬間を逃さずに、トリガーを引く。

 今度の俺の弾丸は、敵の残りの脚の間接めがけて飛んでいき、そして、破壊。だが、パキーンという小気味のいい音は、今の俺にはまだ届かない。

 が、その瞬間、まだ到達していなかった敵の撃った弾が、着弾し、俺の右腕の装甲を吹き飛ばした。被弾しながらの射撃という無理の反動だろうか。こちらの銃も、もう使い物にならないようだ。

 ようやく耳に届いたパキーンという小気味のいい音で、俺の感覚は元に戻った。前には、完全沈黙したインベーダー・シューターの姿があるのみ。


 インベーダー・シューターに背を向けて歩き出すと、自分の敵を無事に倒したらしいレウと――強化外骨格のマスク越しでこういうのは変だが――目が合った。

「無事のようだな」

「そっちも、」

 そう言い掛けたレウが、俺の右手の状態に気付いたからだろか、一瞬言葉を詰まらせた。

「……右手、大丈夫?」

「装甲が取れて、銃がお釈迦になっただけだ。別に問題は無い。先を急ごう」

「……うん」

 それだけの言葉を交わし、また先を急ぐ。

 先ほど俺の放った炎を迂回して、多数のインベーダー・グランドの亡骸の間をすり抜け、今度は狙撃を警戒しながら遮蔽物から遮蔽物へと移動しているので、先ほどと比べえると、移動速度は速いとは言えないが。

 点在している岩くらいしか遮蔽が取れない荒野において、沈黙しているインベーダー・グランドの脚は遮蔽物になるのでありがたかった。

 最後のインベーダー・グランドの脚から先に進もうと、頭を出して、周囲を伺ったとき、またもや高速で弾丸が飛来した。即座に頭を引っ込めるが、時既に遅し、俺の頭、その耳の横でガラスが砕け散る音がした。それと同時にメインモニタにノイズが走り、一瞬画面が暗転する。

 くっ……、メインカメラを一台割られた。これは不味い。強化外骨格のカメラは全方位を見渡せるように、頭部の左右、耳があるような位置に、カメレオンの目のようについている。

 今回はこの形のせいで、被弾し、左のカメラが割られてしまった。右のカメラがあるうちは正面を見ることは出来るが、左側は完全に死角になってしまう上、距離の推測や、それに伴うコンピュータによるターゲットロックなどは出来なくなってしまう。

「エヌ! 大丈夫!?」

 すぐにグランドの脚の影に引っ込んだ俺を見て、レウが訪ねてくる。

「ああ。カメラが一台潰れたが、なんとかなるだろう」

 さあ、このカメラの死を無駄にするわけにはいかない。潰される最後の瞬間まで撮っていた光景を、再生する。と、そこには、砂から肩をだけを出し、狙撃体勢を取ったインベーダー・シューターの姿が見えた。その数約10体。

「敵の数は10体。流石に俺たち二人でなんとかなる数じゃないな。どうする?」

 得た情報をレウに伝える。さて、本当にどう突破したものか。

「うーん。……ここにいてもジリ貧だし、どうしよう?」

 レウにも解答はわからないようだ。何か、策はないものか。……ん? これは……

「この穴、使えるんじゃないか?」

「この穴って、これ、インベーダー・グランドが出てきた穴、だよね?」

 俺が指した先には、インベーダー・グランドの出現時に捲り上げられたであろう、赤土の大地を横に切りつけたような割れ目があった。

「ああ、多分な。出ていって蜂の巣か、ここでジリ貧かだったら、いっそ関係無い道を選ぶのも、いいかもしれない。どこかに繋がっている可能性も高いだろうからな」

「よくそんな無茶なことポンポン思いつくよね……」

 レウが呆れたように、ぽつりと言う。心外だな、妙案だと思ったのに。

「……無理について来いとは言わない。元より無茶は承知しているし、こっちが安全である保証はないからな」

 そう言って、捲られた地面の切れ目まで降りると、改めて実感する異常に大きな穴とその先の闇が、俺の視界全体を埋める。

「待って、あたしも行くよ! ここに居たって、どうしようもないし」

「わかった。じゃあ行くぞ」

 レウの返事にホッとしつつ、俺たちは暗い大穴の中へと足を踏み入れていった。


 穴の中は非常に暗かった。どれくらいかというと、暗視が聞く強化外骨格が、足を踏み入れてすぐライトを灯すことを余儀なくされるほどだ。

 機体両肩に付けられたライトが辺りを照らし出すと、周囲ははっきりと認識できるようになる。ぱらぱらと赤土が崩れる穴の中は、グランドの重量の関係か、足元だけはしっかりっと固まっていた。

 穴の大きさは、最初は非常に大きかったのだが、進むにつれどんどん狭くなっていくようで、五分も進むと、本当にこの穴をあの巨体が通ったのだろうか? と疑問になるほどになってきた。そんなことを思いつつも、先に進む。幸いなことに、まだインベーダーには遭遇していない。

 しばらく進んだところで、足元がズルりと滑った。

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 二人の声が重なり、俺たちの足元の地面全体が滑り出す。周りの壁や天井ごと、さらに地下に向かって、滑り落ちていく。そうか、狭い穴は、当然の如く崩れただけだったのだな。

 掴まれるところもないので、土と一緒に滑り落ち続ける。

「ちょっ! これ、不味いんじゃない!?」

「ああ。不味いな。だが、どうしようもない。これは落ちるところまで落ちるだろう」

「そんな!? そのあと、どうすんの!?」

「行き止まりなら、また圧搾空気の噴射で登るしかないだろうな」

「うへぇ……」

 そんな会話をしつつ、俺たちは落ちていった。だが、落ちた先は意外にも、いや予想通りか、巨大な地下空間だった。俺とレウは大量の土砂を一緒に、その空間に流れ着いた。

 ライトの明かりが果てまで届かないため、正確な広さはわからないが、現在位置から一番遠そうな壁までは100mや200mでは足りないくらいだろう。天井も、30m以上はあるように感じる。

「ここって……」

「おそらく、インベーダー・グランドの待機場所だろうな。この広さなら、十分にありうる」

 現在、この広大な地下空間にインベーダーの影はない。ざっと照らした感じでここからいちばん近い壁、方角的には北に位置するそこには、通路が存在していた。

「じゃあここが、敵の本拠地ってこと?」

「だろうな。レウ、外部との通信を切ってもらっていいか?」

 レウは、何かを察したようで、無言で頷き、俺のマスク内では自機とレウを示す通信アイコンから、近距離無線通信以外のものが消えた。

「……切ったよ。これから、何する気なの?」

 普段からは考えられない真剣な声色で、レウが俺の方を振り向きつつ言った。

「軍や政府の上層部の狙い通り、恒星間移動技術がここにあるのなら、壊す。これ以上の争いの種は見たくもない。それと、インベーダーの操作ユニットのようなものがここに存在するのなら、稼動している全てのインベーダーを止める」

 俺も真剣な声で、レウの見えない表情を見つめながら、そう返す。

「敵本拠地に到着したら、内部を制圧して待機って命令だったよ。勝手に弄るなって言われたよね? そこまでやったら完全に反逆者になっちゃうよ? いいの?」

「構わない。反逆者になってでも、これ以上の戦争を止めたい。星がまた滅ばないように、あんな日常がずっと送れるように」

「そっか。そうだね。でもじゃあ、エヌは軍の敵になっちゃうんだね」

 そう言ったレウの声には悲しみと緊張が入り混じって、震えていた。


「俺を止めるか? レウォート=リヴド中尉」

 こうは言ったが、俺は、彼女と戦う気なのだろうか? 

 最初、彼女に借りを返すためと首を突っ込んで、彼女との日常から戦う意志をもらって、昔は人同士の戦いが嫌で軍を辞めたのに、俺は……

「どうだろうね。止めたほうがいいんだろうね、中尉としてはさ」

 レウは一旦そこで言葉を切った。やはり、そうだろうな……

「でもね、あたしも迷ってるんだ。この前の敵本星を襲撃するとか、母星に帰るなんて話を聞いたときから。……この組織にずっといていいのかな、ここまま従ってるだけでいいのかなってね。正直、辞めて独立したエヌが羨ましかったよ。自分で決断して、自分の判断で動く、そんな姿がさ」

 レウの口から続いた言葉は、俺の予想外のものだった。だが、俺は、

「……俺は、そんな立派なものじゃ、無い。ただ戦いから逃げて辞めただけだ」

「でも、戻ってきたじゃない、自分の意思で。凄い決意だと思うよ。あたしも勇気を出して、変わるときなのかもしれない」

 そう言って、レウは下を向いた。何か考えてるようだったが、マスクの下にある表情は読めない。

「……レウはなんで軍に入ったんだ?」

 何故か聞きたくなってしまった。彼女が、武器を取る理由を。

「……あたしの父さんの話、前にしたよね? あたし、父さんの軍人って仕事を誇りに思ってた。小さいあたしにとって、父さんは、蟲からみんなを守る英雄だったんだ。ずっと憧れてて、あたしの中で一番尊敬出来る立派な人なんだ。だから、小さい頃から軍人になるのは夢だった。……それは父さんが蟲に殺されても変わらなかった。そのとき、軍人が不死身の英雄じゃないってこともわかったし、誰かのために戦って死ぬってことの空しさもわかったよ。みんな形だけの感謝で、軍人が死ぬのはしょうがないって思ってる。軍人なら死んでもいいって考える人もいる。でも、蟲との戦いは誰かがやらないといけないことだから。誰かが平和のために戦わないといけないのなら、それは父さんの意志を継いだあたしがやらないといけないって思ったんだ」

 そう、自分の気持ちを語ってくれた。その声は、迷いと悩みに満ちていて、痛々しかった。

「……今は?」

「今も変わらないよ、この気持ちと思いは。でも、ううん、だからこそ、わからないんだ。……あたしの気持ちと、軍や政府の思惑が分離していって、どうすればいいのか」

「……そうか。人のために戦うことは、軍にいなくても出来る。今までの俺がそうであったように。だが、どうするかは、自分で決めることだ。俺が口を挟むことじゃない」

「そうだよね。自分で決めなきゃ、だよね」

 そう言って、レウはしばらく考えていた。自分の本当の気持ち、自分の本当の意思を。

「……あたし、エヌとは戦いたくない。これ以上人類に大きな争いを起こして欲しくない。侵略戦争なんてしたくない」

「俺も同じだ」

「……なっちゃおうか、反逆者に。二人で、さ」

「……いいんだな?」

「今、自分で決めたことだから。きっと後悔はないよ。他の選択の方が、後になってずっと悔やむと思う」

「そうか、わかった。……まあ、クビになって行く当てがなくなったら、うちにくればいいさ。茶汲み係か何かとして雇ってやる。レウでも汲めるだろう? 茶くらいは」

 クビで済めばいい方だが、彼女は決意を無駄にしないためにも、レヴォルと二人で工作でもなんでもして、クビで留めてみせる。

「……ひどいなぁ。でも、ありがとう」

 そう言ったレウの声は、泣いているようにも聞こえた。俺たちは今どんな顔をしているのだろうか。きっとお互いに酷い顔をしているのだろう。強化外骨格の、顔の見えない構造が今はありがたかった。

「酷いのは昔からだ。さあ行こうか、この部屋の先へ」

「うん」

 俺たちは、さらに奥へと、この戦争の結末へと、向かっていった。この先は、たどり着かないとわからない。後には静まり返った巨大な空間だけが残されていた。


 進んだ先は、生体機械とでも言うべきか、ぐにょぐにょと動く灰色をした筋繊維のような柱と、同じく灰色をした内臓を覆う膜のような壁が続く空間だった。

 壁や柱に、まるで血管のようにコードが走る姿は、機械と生物の融合とも取れる見た目で、じっと見ていると吐き気がこみ上げてきそうだ。

 広さはそこそこあり、両側の壁にはかなり大きめな培養槽のようなものが壁に埋め込まれる形で、いくつも並んでいる。

「うわぁ……きもちわるっ! 何この部屋……」

 部屋に足を踏み入れたとたん、レウがつぶやいた。確かにこの部屋は非常に生物の体内に足を踏み入れてしまったような気味の悪さがあり、同時に激しく気持ちが悪い。

 しかし、いくら気味の悪い空間でも人の好奇心は旺盛なままのようで、中が気になった俺は、壁から突き出る半円形の培養槽、多数の脈打つ管を絡ませるそれの、表面にある半透明な膜のような窓を覗き込んで見た。

「インベーダー……」

「やっぱり……」

 俺の後ろを歩いていたレウが、小さく漏らした。俺たちの予想通り、中身はインベーダーだった。あのつぶれた饅頭にまだツルハシが付いてない状態のものが、数本のチューブにつながれ、プカプカと浮かんでいる。誰だよ、この星では増えてないとかぬかした奴は。

「どうする? 破壊して回る?」

「いや、それはこれの停止装置が見つからなかった場合でいいだろう。いきなり生まれて襲い掛かってくるわけでもないようだ」

 そのまま俺たちは、培養槽の部屋を抜けて、先に進むことにした。武器を温存したいという理由もあったのだ。

 そうして、部屋の奥まで来たとき、向こう側からきたインベーダーと鉢合わせた。お互いに驚き、距離を取ろうとして、ぶよっと、後ろの壁にぶつかる。

 不味いな、当然巡回警備兵がいることは予想していたが、鉢合わせのタイミングが最悪すぎる。この部屋の出入り口という狭い空間での戦闘は分が悪すぎだ。

 そんなことを瞬時に考えていると、

「マスター! インベーダーの知覚撹乱用音波の解析が終わりました! 今すぐにでもテルスエンジンの回転数を調整して出せますが、どうします?」

 勝利の女神の声が俺の耳に届いた。どうやらツキは俺に味方したようだ。

 この作戦中、ほとんどしゃべらなかったレヴォルは、インベーダーの知覚を撹乱出来る周波数を捜して、それが出せるように調整する、という仕事をしていた。戦闘中にサンプリングしたデータを処理してそのまま即実戦投入、ということを成し遂げるため、普段会話に割く容量も全てデータ処理に回してもらっていたのだ。戦闘中は、白熱刀の発する高周波も邪魔になっていただろうし、酷い苦労をかけてしまった。

「よし! 頼む!」

「了解です!」

 すると、目の前にいたインベーダーは柱にぶつかりつつ、部屋の中央まであるいていく。

 俺とレウが、出入り口の影で息を潜めてその光景を眺めていると、やや混乱したようすのインベーダーは、俺たちを無視してまた来たところから引き返していった。まるで俺が見えてないかのように。

「凄い効果だな。よくやったレヴォル」

「ありがとうございます。ただ、この回転数を維持する関係上、この音を出した状態では戦闘行動は行えず、歩くことくらいしか出来ません。それでも大丈夫ですか?」

「ここから先は歩くだけでもなんとかなるだろうから、大丈夫だ」

 レヴォルにそう返事をしていると、俺の後ろで様子を伺っていたレウが顔を出し声をかけてくる。

「相変わらずレヴォルちゃんはすごいねー。そしてエヌも相変わらず無茶なことさせてるんだね」

 今は外部との通信は全て切った代わりに、二機間は無線通信を入れっぱなしにしているのだから、今のレヴォルとの会話は全て聞こえていたのだろう。

「お褒めに預かり光栄です。レウォートさん」

「ねえ、そのデータこっちにも送れるかな?」

「どうなんだ、レヴォル?」

「可能ですね。無線では無理なので接触しての赤外線通信をお願いします」

 そう言われて、俺たちはお互いの背中を密着させるように立った。強化外骨格のコンピュータの端子や通信機器類は後頭部と首の後ろに密集しているからだ。これで赤外線通信が行えるだろう。

「……送信完了しました」

「このプログラム開けばいいの?」

「そうですね。それを起動してもらえれば大丈夫です。ただし、戦闘行動を行うと解除されてしまいますので気をつけて下さい」

「ん、わかった」

 ちなみにレウの強化外骨格は、苦手だから、という理由でAIを積んでいない。昔勧めたときは、会話してて距離感が掴みづらいとかなんとか言っていた気がする。

 さて、これで二機ともに巡回警備兵対策は出来た。後は目当てのものを捜すだけだ。

「よし、先に進もうか」

 そう言って、俺たちはさらに膜状の扉を越え、さらに奥へと向かった。


 部屋を出た先は、通路だった。例によって生体機械とでも呼ぶべき、筋繊維と皮膜でできた生物の体内的様相の通路で、俺たちが出たのは通路の最奥の部屋だったらしい。視界の先には長い通路が続いている。

 通路の右側には、半透明な皮膜で出来た窓が続いている。左側は、時折膜状の扉がある程度だ。ここでも好奇心に負けて、窓の外をのぞいてみることにした。

 暗くてよく見えないがそこには、ひとつ分下の階が見え、広い空間にベルトコンベアと、腫瘍にも似た大型の機械がいくつか並んでいた。どれも稼動しているようで、コンベアには鉱石だろうか、大きさもまちまちな何かが流れている。

「……テルスの加工工場か?」

「よくは見えませんが、規模から考えて、そのようですね」

「うわぁ、そんなものまで作ってたんだ……」

 全く、恐ろしい侵略者だ。テルスの加工工場、俺の知識だけでは信用ならないが、レヴォルが言うからには恐らく間違いはないだろう。

 しばらく窓に張り付いていた俺たちは、ここからでは出来ることは無さそうだと判断し、その場を離れた。

 そのあと次々と通路左側の扉を開けて、家捜しの如くしらみつぶしに敵本拠地を捜索した。扉は全て半透明の皮膜で出来ており、最初触れるのを躊躇ったが、どうやら近づくと勝手に開くらしい。

 俺たちがいる通路か続く扉の奥は、どれも似たような培養槽の部屋だった。ただ、培養しているものは違うらしく、どうやらパーツごとに分けて作ったものを後から組み合わせて一体のインベーダーにするようだ。材料はおそらく、テルスとともに発掘した土や岩石に含まれる珪素なのだろう。

 この家捜しをしている間、インベーダーに全く遭遇しなかったわけではないのだが、どいつにも無視されるという感じだった。撹乱音波は非常に優秀らしい。

 片っ端からドアを開いて、中を確かめた俺たちだったが、特に重要そうなものは見つからず、とうとう通路の最奥までたどり着いてしまった。

 望みをかけて通路最奥にある扉を開くと、灰色で非金属製と思われる、地下に進むものと上へ行くものの二本がある螺旋階段があった。

「どうする? 登るか、下るか」

「判断しかねますね。ただ、最初の落下時間から考えて、この上がすぐに地上ということはないとは思います」

「地下じゃない? 重要なものは大体一番奥って相場じゃん。それに、この本拠地が地下にあるんだし、重要な施設は地下だよ。きっと」

 レヴォルは判断しかねるという意見で、レウは下か。じゃあ下に行くことにしよう。レウの意見に一瞬納得してしまったことだし。

 俺たちは、さらに地下へと、意外としっかりした板で出来た階段を下っていった。


 階段を、3から4mくらいのワンフロア分下りると、扉があった。扉は先ほどの階と同じような作りで、階段はさらに下にも伸びている。この階で出ると、先ほど、窓の外に見たテルス加工工場に出るのだろう。

 どうしようかと迷っていると、

「もっと降りてみようよ」

 俺の後ろを降りてきていたレウにそう言われ、俺たちはさらに地下へ地下へと階段を下っていく。

 しかし、意外だ。この場所は、素材こそ違えど、俺たちの作った建造物に似た構造をしている。もっと蟻の巣みたいなものを想像していたので、拍子抜けするが、探索はこちらのがしやすいので良しとしよう。

 階段を下ること4フロア、とうとうこの階段の一番深い場所に着いた。下への階段が無いので、そこそこの広さがある円形の空間だ。正面には今まで以上に厚い膜で出来た扉があり、他のものとは違い多くの管を絡ませている。

「ここ、かな?」

 レウは俺の後ろから一歩進み出ると扉の前に立ち、3mほどのそれを見上げている。

「ここ、だろうな」

「他に道はありませんから、そうでしょう」

 レウの言葉を肯定しつつ、俺も隣に立つ。この扉は、他の今までのどの扉よりも大きいのだから、どうやらレウの読みは正解だったらしい。

「じゃあ、行くぞ」

 俺が扉に触れるくらいまで近づくと、自動的に開いた。この先に、軍や政府が求める恒星間移動技術が、そして無数のインベーダーたちを止められる装置があるかもしれない。

 緊張と期待を胸に、目的を果たさなければという意思で、俺は力強く部屋の中に踏み込んだ。


 踏み込んだ部屋の中は、広いドーム状だった。強化外骨格のライトで照らされて、まず目に入ったのは、巨大な隕石だろう。

 いや、隕石と言っていいものか迷う。なぜなら、その隕石からはドームの壁に広がっている腫瘍のような生体機械へと無数のパイプが伸びているのだ。

 そして隕石の手前には大掛かりな膜製モニターと入力装置らしきものがある。おそらく、この隕石は巨大なコンピュータの役割も果たしているのだろう。

 ここから見ただけでは、この物体に恒星間移動に関する技術があるのかは、わからないが、内部を解析出来れば、何かしらは見つかるだろう。

 さらに部屋の奥へと踏み込む。壁際では生体機械が忙しなく何かを処理しているようで、ときおり脈打ちつつ、ところどころに埋め込まれたライトがチカチカと点滅している。

 ……この本拠地の運用に関する処理か、はたまた外での戦闘や、そこで集めたデータの処理か。いずれにせよ、止めないと。

「ここが、インベーダーの心臓部なのかな……? ……壊すんだよね?」

 周囲を警戒していたレウが、心細げに聞いてきた。思えば、随分と遠くまで来てしまったようにも思う。

「ああ。だが、その前にやることがある。少し、待っててくれ」

 部屋の中を歩き、インプット装置へと近づいていく、と入力装置の全貌が見えてきた。

「……なんだこれは?」

「……どうしたの? っ! これって……」

 どういうことなのだろう。そこにあったのは、生体機械で出来ているせいで一瞬わからなかったが、俺たちの知るキーボードに良く似たものだった。

「さっきからさ、何かおかしくない? あたしたちの知ってるものがあったり、建物の構造が人間のものと似てたりさ」

 ……このインベーダーたちの背後にあるものは、一体何者なんだろう。

 信じたくない嫌な仮説が、俺の中で立ちつつある。

「これから、それを確かめる。それと、インベーダーどもを止められるかもしれない。試してみる」

 俺はキーボードの正面に立った。流石に、キーを眺めても知っている文字は一つも無かったが、この右にある大きめのキーがEnterなのだろうということはわかった。

 他はわからないので、まずはEnterを押してみることにした。

 押すと、ポーンという電子音と共に、生体機械は起動した。目の前にモニターには光がともり、見たことの無い文字がそこに表示され始める。

「マスター、この機械は電波を発信しています。同時に受信もしているようです。これなら電波を利用してアクセス出来るかもしれません。試してみますか?」

 ますます俺たちの知るコンピュータに似ているな、この機器。しかし送受信か。電波でどこと通信しているのだろう。

「ああ。出来るのなら、頼む。あと、この言語の解析を頼めるか?」

「わかりました。解析してみます」

 レヴォルは、そう言ったきり黙って作業をこなしてくれた。そして五分ほど経ったあと、再度俺に声をかけてきた。

「アクセスに成功しました。部品は違えど、内部構造は非常に似ていますね。これは、我々のコンピュータと基本的なコンセプトは同じ物です」

「……そうか。言語の方はどうだ?」

「完全に訳せた、というわけではありませんが、法則やこちらと共通点は見出せました。全く異なる言語ではなさそうですね」

「よし、じゃあ出来るなら、訳したものを機体のモニターに表示してくれ」

「了解しました」

 そう言った同時に、俺の目の前のモニターに正面のモニターと同じ内容が表示される。その文字は一部“???”となっているが、大体訳せたようだった。システムの文字が読めるのは大きい。

 ざっと見てみると、“プラント”と訳されているこの施設の内部状況から始まって、各個体の状態まで詳しく載っているようだ。各固体の情報は、上位固体からの電波による報告になっているようだ。

「なるほどな。この機械の電波送受信はインベーダー・グランドに対して行われていたのか。さらにグランドが電波塔の役割を果たしていて、そこからさらに音波によってインベーダーに指示が飛んでいた、ということみたいだな。これならなんとか停止信号は送れそうか」

 今、ざっとレヴォルの中を見てもらっただけだから、こちらからのアクセスをちゃんと受け付ける保証はないが…… それでも、俺たちにとってこの情報は大きい。

 モニターを見ていくと、一つ、気になるコマンドがあった。それは……

「……この通信という項目はなんだ?」

 画面内隅の方にあった“通信”という項目。グランドへの通信は“上位個体”と別の項目になっている。ならば一体、どこの誰と“通信”するというのだろうか?

 もしかしなくとも……

「おそらく彼らの本星でしょう」

「……繋がるのか?」

「可能です」

 どうする? 繋いでみるか? しかし、何を伝えるんだ? こんなこと止めてくださいってお願いするとでもいうのか? そんなことをおとなしく聞くだろうか? そもそも話は通じるのか? いや、それ以前に……

 俺の脳裏にさっきの嫌な仮説がよぎった。それを確認するためにも、出来るのならば通信してみるしかないだろう。

「エヌ、さっきからレヴォルちゃんとしゃべってるけど、何する気なの?」

「こいつらの親玉と、話してみる。もしかしたら、話のわかる奴かもしれないだろ?」

 そんな希望的観測をもっているわけではないが、確認したいことが出来てしまったのだ。ここまで来たら、やりきるしかない。

「あたしにも、その会話がわかるようにしてもらいたいんだけど、いいかな?」

「俺は構わないが、レヴォル出来るか?」

「可能です。ではそういう設定にします」

 この会話は、レウの立会いのもと行われることになった。そうだ、彼女だって、自分の人生を変えるほどの決意でここまで来たんだ。見届けるたいだろう。

「ああ頼む。じゃあレヴォル、通信を開始してくれ。そして、これから俺のしゃべる内容を訳して向こうに送ってくれ。向こうの内容は訳してモニターに表示を頼む」

「了解です。通信を開始します」

 レヴォルが“通信”コマンドを起動する。この異星の機器への初アクセスだ……

 さあ、どうなる!? 沈黙が周囲を包み込み、モニターと周辺機器の明かりだけが、俺たちを静かに照らしている。

「……よう、はじめまして、か? 聞こえていたら返事を頼む。そう、送信してくれ」

 そう言うと、レヴォルが作業を開始したようだ。

 同時に、画面全体が赤に変わる。

 ビー! ビー! ビー!

 アラームが鳴り響き、画面には読めない文字が表示され、明滅を繰り返している。さすがに文字の読めない俺でも、わかる。

「何!? エヌ何やったの!?」

「忍び込んだのがバレたらしい。何が起きるかまではわからないが……」

「警告されています。中枢制御室への何者かの侵入を探知、これより強制排除行動に移る、と警告されています」

「さすがに通信はやりすぎたか…… レヴォル、停止コマンドは実行出来るか!?」

「不可です。強力なプロテクトに阻まれています。管理者権限が必要と言われています」

「なんてこった……」

 ここは袋小路、大量のインベーダーがなだれ込んで来るようなことになれば、俺たちに後はない。それに、侵入がバレてしまった以上知覚妨害音波もどこまで通用するか……

「レウ! 撤収だ!」

「無理そうだよっ! 階段の方から、なんかすごい音が!」

 レウの叫びにモニターから振り返れば、強化外骨格越しにも、ガシャガシャという奴らの足音が近づいて来るのが聞こえてくる。

 どうする…… ここまで来て万事窮すか……?

 この中枢と呼ばれていたコンピューターを破壊すれば、奴らの命令系統も乱せるか……?

 そんなことを考え、部屋の中央に置かれた巨大な生体機械に向け、銃を構える。

 ……破壊するしかない。元々、そのつもりだっただろう。ME信者の目論見を打ち砕ければそれでいいと。

 何を、俺は何を躊躇っている……?

 一体俺は、何を期待していたんだ……?


 震える指がトリガーにかかる。カチリとセーフティーが外れる。

 今まさにそれを引き絞ろうとした、そのときだった。

 一本の文章が、俺の正面にある巨大なモニターに表示された。それは機体の方のメインモニターにも転送され、訳されて表示される。

『驚いた。我々以外に知的生命体がいる星が存在するとは。しかもこうして、我々の機器を使って、アクセスしてくるとは。君たちは何者だ?』

 ……返事があった!? おまけに会話は可能そうだ。これならまだ望みはあるかもしれない。

「レヴォル! この部屋の扉をロックすることは可能か!?」

「可能です」

「なら、ありったけ頑丈に閉めといてくれ。それと、先方には“驚かれるのは光栄だが、名乗る前に、自分が名乗ったらどうなんだ?”と送信を!」

「了解いたしました」

 後ろでは、インベーダーどもの足音がドアの前で止まった気配があった。……もう後には引けない。進むしかない。この通信に、全てを託して。

 レヴォル経由のメッセージ送信ののち、今度は短い時間で動きがあった。

『それは失礼したね。我々は、自分達の星を地球と呼んでいる。太陽系の第三惑星だ。君たちの星では、この言い方ではないだろうから、正確に伝わるかどうかは、わからないがね。我々はその星に住む人類と呼ばれる種だ。と言ってもこれも自分達で言っているのだがね』

 ……どうやら先ほどまでの、俺の嫌な仮説が的中したようだ。敵は俺たちと同じ人間。

 参ったぜ……

 ……いや“人類”だからこそ、交渉の余地はある。未知の宇宙人じゃないならまだ……!

「奇遇だな。俺たちの星も“地球”って言うんだ。それでもって、俺たちも“人類”を自称している」

『……それは一体どういうことだ? もしや、言語の翻訳に失敗しているのではないだろうか? 応答を頼む』

 通信のラグは、みるみる無くなっていく。もはや、普通に会話できるまでになった。ここから、ここからが本番だ……

 後ろでは、バリィッ、ゴキィッと不吉な音が扉を叩き続けている。いつまで扉が持つかわからないが、とにかく話すしかない。

「俺たちは、約1200年前に地球を出発し、約500年前に地球に帰還した移民船団の生き残りだ」

『……今から約1200年前に旅立ち、約500年前に帰還した移民船は、我々の惑星にもあった。我らの星から旅立った移民船など、一機しかないのだから。だが、あれは帰還ではなく流れ着いたとも言えるような状態だったではないか。何せ内部は有に10000年以上経過しているほどに風化しており、乗組員は全滅していたではないか! 冗談はよしてくれ……』

 全滅、か。俺の知る歴史とは全く違う。むしろ真逆のようだ。一万年以上経過していたのが、船か、星か、それが全くの逆。

 だが、それ以外の数字が嫌に一致しているところからも、俺たちの星とこいつらの星が同じ“地球”であろうという俺の予想は当たっていそうだ。

 真逆の歴史の、もう一つの地球、とでも呼べばいいのか……?

「エヌ…… 一体どういうことなの……?」

「……レヴォル、一度止めてくれ」

 そう告げ、焦る思考を必死に落ち着けようとする。後ろでは、バンバンと扉を叩く音が強くなっているようにも思える。

「……レウ、俺たちの祖先が乗ってきた船はなんだった?」

「たしか、亜光速移民船…… だったよね……?」

「そうだ。あの方舟が抱えていた謎。双子のパラドックス。それがきっと、答えだ」

 ……移動する物体に流れる時間の流れは停滞する、という事象が含む矛盾。それの答えがこの状況なのだろう。

 亜光速で移動する宇宙船から地球を見た場合、地球が亜光速で移動していることになる。その場合、地球の時間が停滞するのか、宇宙船の時間が停滞するのか明らかではなかったが、答えは二つの歴史が分岐する、だったようだ。

 だが、真に不思議なのは、この二つの歴史の違う世界が交差しているという状況だろう。

「でも、エヌ、それがわかったところでどうするのさっ!?」

 そう、レウが叫んだときだった。

 バンッ!

 俺たちの後方で、不穏な音が鳴り響き、ガシャガシャという死神の足音が部屋に響き始めた。壊れた扉を踏み越えようとするその数、20は下らないだろう。押し寄せる数は次々増えているようだ……

「ど、どうすんの!? エヌ!?」

 残弾は…… いや、俺の銃はもう使い物にならないんだったか。それに白熱刀も一本失っている。焼夷弾や榴弾だって、残り数発……

 まともに戦って勝てるわけはない、か……

「……レウ、お前白熱刀はあるか?」

「一本だけ」

「なら、俺のも持ってけ。それで、時間を稼いでくれ…… 頼む……」

「……わかった。信じるよ?」

 たったそれだけの短いやり取り。それでもレウは、全てを理解し、俺にゆだねてくれた。自分の命と、俺の命。そして、戦争の行く末を……

 強化外骨格のマスク越し、彼女の顔はわからなかったが、それでも彼女の持つ強さが、俺に諦めるなと言ってくれた、気がした。

「レヴォル、再開だ。俺たちの視点では、星のほうが、一万年以上経っていた。人などおらず、すでに文明の痕跡もなく、荒野のみが広がり、そこには巨大な蟲が闊歩するのみ、そんな星だ。これは、この状況は、亜光速移動に伴う双子のパラドックス。恐らくはそれにより分岐した世界だろう」

 正念場だ。俺たちの命だけじゃない。部隊の仲間、それにこの星の人間、それどころか今交渉している相手の星の人間の命すら賭けた、交渉。俺には荷が重すぎても、今、ここに立っているのが俺である以上、俺が向かい合わなくては。

「エヌに、頼む、なんて言われたのいつ以来かなー へへっ」

 後ろでは、ジャキン、と両手の白熱刀を起動させたレウの声が聞こえてくる。直後に圧搾空気が噴出される音。ガラスが弾けていく音。銃声。それから爆音、と続く。そして上がった火の手が部屋を仄かに照らし出す。

『なんということだ、信じがたい。だが、なるほど、合点がいった。光速移動に伴うパラドックス、それによって別れた世界であるならば、全て説明は着く』

 モニターには新しい文字列が表示される。どうやら向こうも理解が早いらしく、俺の言葉を信じてくれるようだ。

 ……だったら、望みはある。

「……こちらの世界は、さっき荒野ばかりと言ったのは覚えているか? これは恐らく、地上に残った人類が起こした最終戦争によって起きたことだ。俺たちは、今、荒野の星で必死に生きている、そちらの星は、こんなことを繰り返すつもりか?」

『……そうだったね。荒野の惑星か。その辛さはわかりかねるが…… そちらの歴史で、人類が最終戦争を起こしたというならばわかるだろう!? その戦争は、我らの星ではまもなく始まるのだよ…… 深刻なエネルギー不足によって引き起きるであろう、資源の奪い合いでね……』

「……だからあんなものにテルスを集めさせて、奪って、その結果どうなるかわかっているのか……?」

『……テルス、というのはあの鉱石のことで間違いないだろうね。そうだ、あの鉱石は我々の星では非常に数が少ないものなのだ。だから、あれの豊富にある星を探し、あれを持ち帰ることを目的とした探査採集部隊を宇宙に飛ばした。我々の最後の希望だった。君たちの星に着いた理由はわからないがね』

 奴らがこの星に来たのは、偶然、なのか……? なんて最悪な。なんて最低な偶然だ。俺たちはそんなものに翻弄されて……

「きゃあっ!」

 ズザザ……と、鈍い音を立てて、俺の足元に赤い強化外骨格が吹き飛ばされてくる。所々剥げかけた装甲。頸椎を走るエアチューブは断裂され、ガスが漏れている……

 そんなボロボロの様子でも、レウは立ち上がると、こちらに小さく頷いてみせた。

「大丈夫。まだ動ける。まだやれるよ」

 折れた白熱刀を投げ捨て、背中から予備弾倉を取り出すと、肘にあるマガジンポケットに差し込む。そして、そのまま息もつかず、敵の群れへと駆けだしていく……

「……あいつらによって、多くの人が死んだ。俺の仲間も、沢山。みんな家族がいて、友達がいて、未来があった。……もう、こんな、奪い取るような真似はやめてもらえないか?」

 ……本当に沢山の仲間が死んだ。恨みや憎しみだって、数えきれない。仇を取りたいと思う日もあった。だが……

『……人類、いや生物のいる惑星に着いてしまったことは、我々にも想定外だった。謝罪して取り返しのつくことではないが……』

 ……今、一人、憎しみとか悲しみとか、それ全部振り切って、自分の命を投げ出してまで戦ってる奴がいる。俺の為に。

『……あの鉱石が無いと我々が滅ぶのも事実だ。君は我々に黙って滅べと言うのか?』

 俺の為…… たとえ憎くても、殺したいほど恨んでも、もう二度と、人に向けた銃の引き金を引きたくない、と言った俺の我儘に付き合って。全てを任せてくれた奴がいる。

「……自分達が滅びそうだからって、他を攻撃していいって訳じゃないだろ。そんなことを繰り返したから、この星の人類は滅んだのだろう!?」

 ……俺はもう二度と、人間を撃ちたくない。その為なら、なんだってやってやる。例えここで散ろうが、この命尽きる最期のときまで……!

「……このままそちらが攻撃的な姿勢を貫くと、星の間での戦争が起こる。そうなったら、どちらも滅んでお終いだろう? 人類は、二度も地球を滅ぼすのか!? 繰り返し、学ばず、全てを荒野に変えるのか!? ……俺は、人はそこまで愚かじゃないと信じたい!」

『だったら、どうすれば良い言うのだ?』

 どうすれば、だって?

 そんなもの、ひとつしかない。

 俺がモニターに向かって、声を上げようとしたとき、ひときわ大きい爆音が部屋に響いた。

 同時に、ずるり、と俺の背にもたれかかる重み。振り向けば、へし折ったインベーダーの足を杖に、息も絶え絶えなレウがそこにいた。

「白熱刀も、DAPも徹甲弾も焼夷弾も榴弾も、全部尽きちった…… ここまでかな……」

 バキンッ! と音を立て、赤い強化外骨格の膝の装甲が割れる。もはや立つことすらままならない状態……

 依然として減る様子の見えないインベーダーは、ガシャガシャと部屋に溢れ始めているようだった。

「よくやった。……ありがとう」

「へへっ……」

 割れたフェイスマスクの隙間から、レウの目が見えた。どこか満足したようなその瞳は、ゆっくりと閉じていく。

 ……本当に、ありがとう、レウ。

 レウのくれた時間、これで終わらせてやる。全部、何もかも。

「交渉と行こうじゃないか! 俺たち人間は、言葉を持っているんだから!」

『交渉、だと……?』

「そうだ! 俺たちの星はデカイ蟲に生活が脅かされている。そちらの技術力があれば、蟲に怯えずに安全に暮せるだろう。その技術の対価として、そちらの星にとって必要なテルスを渡す。これでどうだ? これからこうやって、この二つの地球間で交易を開始すれば、お互いのためになるはずだ!」

『それは素晴らしい発想だな。だが理想論だ。そう上手くいくかな?』

「人類は学習出来るんだ! 何回も戦争で滅ぶようなバカじゃないはずだ! それに、俺たちは言葉が通じるじゃないか! ……やってやるさ。政府だろうが軍だろうが説得して、交易の手筈を整えてやる。俺はもう二度と、人に向けた銃のトリガーを引きたくはない。そのためならなんだってやってやる……!」

 俺の言葉が終わったあと、再び長い沈黙が訪れた。

 部屋にひしめくインベーダーたちは、レウが作り上げた瓦礫とインベーダーの亡骸の山をかき分け、乗り越え、ゆっくりと俺たちを包囲し始めている。

 ……出来ることは、全てやった。それが最善であったか、最良であったかはわからないが、あとは、もう、信じるしかない。

 もう一つの地球を。そして、人類を。


 ……

 …………

 ……本当に、長い沈黙だったように思う。

 俺を囲んだインベーダーとの距離が、2mを切った、そのときだった。全てのインベーダーはその動きを止め、その場に崩れるように倒れた。

 同時に、赤かったモニターも点滅をやめ、以前の状態に戻った。

 ――そして。

『……そちらの決意はわかった。これが、こちらの意思表示だ。……惑星間の交易となると障害は未知数だが、やってやれないことはないだろう』

 そう、文字が表示されていた。

 肩の力が抜ける。膝から崩れ落ちそうになる。しかし、なんとか最後の気力を振り絞り、持ちこたえ、想いを言葉に変える……

「……ありがとう」

 絞り出せたのは、それだけだった。

『……君と話していて思い出したのだよ。……我々も、人を殺したくてあれを作ったのではない。人の未来を救うためにあれを作ったのだ、とね』

「……そうか。あんたが話のわかるやつでよかった」

『……攻撃的だったであろう世界の未来は、滅びだ。そう教えてくれたのは、そちらの歴史ではないか。それに君は、君から見れば侵略者になるはずの我々にコンタクトを取って来た。それも争う方向ではなく。その心意気に敬意を表したいのだ。つまり、君を信じるというわけだ』

「……ありがとう。信じてもらえた分は、絶対に返すと約束する」

『ああ。もちろん、こちらも出来る限りのことはしよう』

 その言葉を聞いたとき、疲労感からか、とうとう耐えられなくなって思わず座り込んでしまった。ドシャッ、と響いた音の後、部屋は驚くほど静かだった。先ほどまでの騒動が嘘のように。

 隣には、呑気に寝息を立てているレウが目に入る。

 ……どれだけ信用されてるんだろうな、俺は。レウからも、もちろん、この名も知らぬ異星の人物からも。

「……じゃあ、しっかりな」

『そっちこそ、頼むぞ』

 それを最後に俺たちの、星を超えた通信は終わった。



「ふぅ……」

「これで終わったのかな、戦争」

「一先ずは、ってとこだろ。インベーダーが止まってるのは見ただろ?」

「現在外で、インベーダーが急遽行動を停止したという報告が相次いでいます。どうやら、あの施設内だけではないようですね」

「じゃあ、これで本当に終わったんだね…… よかった…」

「……いや、これからだろ。……本当に踏ん張らなきゃいけないのはさ」

「あー、そうだね。そういう決着だったもんね」

「そうだ。むしろこれからの方が大変なんじゃないか? やることが山のようにあるぞ」

「まずは帰って、このことを報告しなきゃいけないし、独断専行の言い訳もしなきゃいけないもんね……」

「……そうだな。さてどうしたものかな」

 本当にどうしたものだろう。今目の前にあるのは非常に難しい問題で、単純に引き金を引く方が余程簡単にも思える。……だが俺たちはやり遂げなければならない。

 血を流して解決するのが嫌で、血の流れない解決のために、尽くすと決めたのだから。

 今日終わったのは、ほんの一部だろう。ここから、本当の戦いが始まる。血の流れない戦い。いや、血を流さないようにするための戦いが。

 これは人類が生きていく限り終わりの無い戦いだろう。人は争う生き物だから。

 だが人類は、その叡智と言葉を持って、これに勝ち抜いていけるだろう。今日、こうして一つの戦争が交渉へ向かい始めたように。

 地上に出た俺たちを出迎えたのは、輝く星空と夕焼けの混在した美しい景色だった。それはまるで二つの異なった世界が調和しているようにも見えて、これからのこの世界の未来の暗示ならいいのにと、そう感じられるような景色だった。



 ……

 …………


『終章』


 晴天の空からは、遮られずに降り注ぐ陽光。その光が、天を突くビル郡とその下に広がる街並みを包み込んでいた。そんな様子を七階の窓から眺める。この街も変わったな。一通り街並みを眺めたあと、俺は窓際を離れ、ソファに腰掛けた。

 テーブルの上には今朝方郵便受けに突っ込まれていたチラシやらなんやらが、綺麗にまとめられて置かれていた。ふと、その一番上のチラシに目を落とす。『世界開通一周年記念祭の開催に関して』そんなことが書いてある。これは、住民にも何かしろというのだろうか。非常に面倒くさい……

「マスター、コーヒーが出来ました。どうぞ」

 そう言って、銀髪の綺麗な女性が俺にコーヒーを持ってくる。うちの秘書のレヴォルだ。なかなか出来た奴で、彼女の淹れるコーヒーは俺が淹れたものとは比べ物にならないほどに美味い。うちのアホ所員一号も見習って欲しいものだ。

 あれから、二年の月日が流れた。そう、あのナム=デグナスの持ってきた厄介な仕事から二年。この二年間は、俺にとっても、世界にとっても激動の日々だった。何せ、異世界との交易が開通されたのだから。

 あの最後の戦いのあと、俺とレウは軍や政府に呼びかけて、なんとか事態を交渉へと持っていった。トナスの協力や、レウの奇抜な発想、それにレヴォルの反則的な所業の数々がなければ、なしえなかっただろう。

 だが、この三ヶ月間に渡った騒動は語らない方が花というものだ。単に、俺が他の奴らに比べほとんど何の役にも立たず、戦闘しか出来ないダメ人間のように扱われた過程を話したくないというのもあるが。

 さて、政府や軍をなんとか説得した先は、俺たちの活躍はほとんど存在しない。頑張ったのは、あのもう一つの地球と繋がった通信だけを頼りに、行き来できるシステムを構築した研究者の方々だ。彼らは本当に素晴らしいと思う。

 最初のうちは、ゲートを開くのに十分で都市を三日も停電にするほどのエネルギーを消費したりしていたが、まあなんとか改善されたようだ。なにより驚異的なのは、それらの問題なども含めた全てを、七ヶ月で片付けてしまったことだろう。本当に素晴らしい働きだと思う。

 そして一年前の五月から、むこうの世界とこちらの世界の交易が始まった。最初のうち、他の国と相対したことの無い統合政府や都市の住民は、全く異なる文化を持った世界との交流に戸惑ったが、それもなんとか解決されてきた。

 この一年で非常に多くのモノ・人・技術がこの世界に流れ込んできた。特に人は多い。この世界は、あちらの地球と同じ大きさがありながら、半径20kmほどの都市十個ほどしか土地を使っていなかったのだから、土地は余りまくっている。それにくらべて向こうの世界は人口が増えすぎて困っていた。よって移民する人が増えたのだ。

 また、モノも増えた。今まで俺たちがインベーダーと呼んでいたもの(今は珪素警邏機と呼ばれている)が、今では蟲から人を守るための自立兵器として動き回っている。奴らがいるおかげで、都市は壁の外にもその街並みを広げつつある。この前屋上からその様子を見たが、まるで中世の城塞都市のようだった。それ以外にも向こうの生体機械なども増えてきたが、中々に気持ちが悪いのであまり流行ってはいない。

 技術に関しては、向こうの進んだ生体工学のおかげで、半機械義手や生体機械ロボットなどが開発されていった。うちのレヴォルももとはAIだったが、生体コンピュータを内蔵した半機械部品と半生体部品の身体を手に入れたりした。これで名実共に秘書である。


 さて、変わったことと言えば、この事務所も傭兵事務所ではなくなってしまった。かつての仕事は、全てあの珪素警邏機に持って行かれてしまったから。

 だが、人の世に争いがなくなるのは無いようで、事務所は都市問題相談事務所に名前を変えて今日も営業中だ。

 主な仕事は、住民間のトラブルの解決など。最初の頃は、向こうの進んだ生体工学からくる倫理観や価値観、文化の差などによるトラブルなどが多かったが、今ではペット探しやら、不倫調査なんていう探偵の仕事じゃないのか、と言いたくなるものも増えてきた。

 とは言っても、この都市では未だに住民間、特に別の世界の出身者同士のトラブルは多い。それは、この都市がゲート都市であるが故に、向こうからの人間が絶対に立ち寄り、住み着きやすいという要因から来る。

 そう、世界と世界を繋ぐゲートは、こちら側の世界にはこの都市にしかない。俺たちがここをメインに活動し、政府や軍を変えていったというのが、この都市にゲートが出来た理由だろう。だからこの都市は向こうの世界の住民が非常に多い。

 今ではこの都市も、第四要塞都市などと呼ばれることもめったに無く、ゲートシティと呼ばれるようになったほどだ。世の中変われば名前も変わるものである。

 さて変わったものといえばもう一つ。世界観の交流が始まってすぐ頃、向こうの世界の連中から、“ガス圧でなんでもぶっ壊しちまうイカれた奴ら――エアロパンク”という嫌味を貰ったりしていた。だが、時の流れと共に言葉の意味は変わるもので、たった一年で、この世界を指すスラングとして定着した。この世界にも正式な名称があったのだが、はっきり言ってこっちのがわかりやすいので良いと思う。こちらも“狂った生物工学を持ったブチ切れた奴ら――バイオレイジ”という嫌味を言ってやっていたのだが、これもしっかり定着していた。

 エアロパンクとバイオレイジ、この二つの世界は現在上手くやっている。全くの遺恨やしがらみが無いわけでは無いが、何とか滅ばずに進んでいけそうだ。

 ああ、コーヒーを飲み終わってしまった。さて、コーヒーを買いに行かせたうちのアホ所員一号はまだ帰って来ない。あのアホは26にもなって買い物一つ出来ないのか、そう考えていたら、

「はぁ……」

 自然とため息が漏れてしまった。その光景に、隣に立つ秘書が苦笑いで返す。

「マスター、ため息は幸せが逃げますよ」

「……レヴォルさ、最近どんどん人間くさくなってきてないか?」

 そんな他愛の無い会話をしていると、

 ピンポーン!

 ……事務所のインターホンが鳴った。誰だろう? あのアホ所員はインターホンなど鳴らさずに帰って来るはずだし、電話かネットワーク経由以外の直接訪問での依頼だとしたら、久しぶりだが、どうにも厄介ごとの気配を感じる。

 というか直接訪問の依頼には、良い思い出がないように感じる。だがまあ、出ない訳にもいかないだろう。俺は重い腰を上げ、玄関に向かった。


 エアロパンク!(完)



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